現代農業 特別号
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別冊現代農業 2011年10月号
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農家が教える 品種 とことん活用読本

B5版 176ページ 定価1200円

「品種」にはいろんな楽しみが秘められています。今回の別冊は,農家が自らを表現するための大切な柱である「品種」を,品種に夢を託す農家の思いと技,そして自分の目的にあわせた,例えば直売所向きの品種ならどこに着目すればいいかといった着眼点,さらには自分オリジナル品種を作り出す技までを集大成しました。
種苗会社のエリート品種もいいが,自分の畑にあわせて選抜して作る品種もいい。品種を選ぶ楽しみ,品種を作る技と楽しさ,育種の基本を,一冊丸ごと紹介します。

はじめに目次編集後記購入する

別冊現代農業2011年10月号

はじめに

 農耕以前の人類は、自然の動植物を捕獲、採集することで食料を得ていた。やがて、採集した麦や豆を大量に貯蔵するようになり、そして、貯蔵した種子を野に播くようになった。野生の麦の種実は、熟すと大半が地面に落ちてしまうので収穫の効率が悪かった。紀元前九千年ごろに、種実が脱落しない変異株が発生した。種実が落ちない麦=栽培麦は効率よく収穫できるので、その種子が繰り返し播種され、次第に増えていった。近年のトルコやレヴァント地方での発掘調査から、突然変異体の栽培麦が、野生麦よりも優占的になるには、三千年以上もの年月がかかったことがわかっている。

 人類は、栽培植物を世界中に伝え、各地に農耕社会を作り上げていった。さらに、それぞれの地域で次々と栽培種や品種を作出した。小麦、大麦、稲、雑穀、豆、メロン、アブラナ、ブドウなど、栽培の歴史が古い作物では、一万以上もの品種が存在する。現在の人類の生存を支えている五百種以上の栽培植物や数百万の在来品種は、全人類共有の遺伝的財産である。

 一九八〇年代に、世界市場におけるアメリカの優位性が崩れると、当時のレーガン政権は、プロパテント(特許重視)政策を推進し、知的所有権の保護を他国に強く求めるようになった。先進国と新興国との間で、特許や知的財産をめぐる紛争が頻発したため、一九九四年に「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)が、WTO設立協定の一部として採択された。日本でも、「知的財産基本法」(二〇〇二年)などの法整備がすすめられた。

 種苗の分野では、一九九一年に「植物の新品種の保護に関する国際条約」(UPOV条約)が改正され、育成者権が強化された。それまでは原則自由であった農家の自家増殖についても、「例外規定」と定めた。日本でも種苗法が改定(一九九八年)され、育成者権が大幅に強化された。農家の自家増殖を禁止した従来の「例外植物」を年々増やし、将来的には一部の例外を除いて原則禁止する方向になっている(つまり「例外」を逆転させる)。

 もちろん、効率的な経済活動をすすめるうえで、育成者の権利を保護することは大切である。せっかく育成した新品種が、経済的な利益に結びつかないのであれば、多大な労力を要する品種改良など誰もやらなくなる。しかし、農産物は工業製品とは根本的に異なる。人間は携帯電話や自動車が無くても死ぬわけではないが、食料がなければ直ちに生存できなくなる。食料には、人々の生存に直結する「ライフライン」のような性格があり、だからこそ、どの時代でもどの場所でも国家をあげて管理してきた。また、作物は生命体であり、農業生産は、生命体と周辺の環境(生態系)に対して働きかけるものである。工業製品とは、まったく比較にならない複雑な構造を持っている。さらに、新品種といっても、すべて先人が作り上げた在来品種が基になっており、ごくわずかな変化が加わったにすぎない。このように、歴史的に築かれてきた遺伝的資源財産を、一個人や私企業の「知的所有物」や「物質特許」とするには無理がある。

 育成者の権利保護と農家の自家増殖の自由については、社会全体の公益性を損なわないような施策をとるべきである。まず、新品種の大半を占めるF1品種については、日本には世界トップレベルの優秀な種苗メーカーが数多く存在し、毎年多くのF1品種を発表している。F1品種は、農家が自家増殖することはできないので、権利問題は発生しにくい。

 稲、麦、大豆、家畜など、人々の生存に直結する基本食料については、公的機関が中心になって基礎研究や品種改良を行なわなければならない。農家の自家増殖の自由も、完全に保障されるべきである。野菜、果物、花卉のうち、品種改良に多大な投資が必要な品目や、病害虫抵抗性のような公益性が高い品種改良についても、公的機関の役割は重要である。

 農耕の歴史は長く、人類の未来の時間も長く続く。短期的な利益に目を奪われ、祖先が築いた人類の財産を、一部の強欲な人々が囲い込んで食い荒らしてしまうなら、必ずや未来の子孫に禍根を残すであろう。

 本書では、先人たちが我々に残し、未来の人類に引き継がなければならない品種=遺伝的財産についての資料を収集しました。


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別冊現代農業 2011年10月号
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農家が教える 品種 とことん活用読本

目次

〈カラー口絵〉

赤大根 熊本県 西 恒美さん

自家採種はおもしろい 高知県 桐島正一さん(撮影 赤松富仁)

ソラマメの採種法 宮城県 佐藤民夫さん(撮影 田中康弘)

海外のトマト品種 鳥取県 中原一男さん(撮影 赤松富仁)

人気の西洋野菜

カボチャの品種 群馬県 宇敷久男さん ほか

ジャガイモの品種

サツマイモの品種 徳島県 塩田富子さん ほか

大根の品種 神奈川県 高梨信一さん ほか

PART1 自分の畑にあった品種を選ぶ、作る

自家種と優良品種を交配する 群馬県 針塚藤重さん

夕張メロンとパパイヤメロンから「わが家メロン」 東北太一

市販の種からオリジナル品種 茨城県 菅野拓治さん

【図解】品種をつくる、タネ・苗を殖やす 自家ダネ採種はおもしろい (絵 近藤 泉)

岩手県 菊池豊人さん
茨城県 益子智治さん
兵庫県 川原輝男さん
静岡県 平松玖仁彰さん
東北農試水田利用部
福岡県宇根 豊さん
福島県 薄井勝利さん
埼玉県 吉野森男さん
茨城県 大越 望さん
群馬県 針塚藤重さん
栃木県 田島 穣さん

市販のスイカから薄皮スイカができた 須賀サカ江

農家が品種改良してきた「岩槻ねぎ」 鈴木仙一

美味しい浅漬けは自家採種した野菜から 熊本県 西 恒美さん

三〇種の野菜を自家採種 田島 穣

宮ねぎ 伝統の美味しさと風味を守っていきたい 金子幸雄

先人が伝えてきた宝の在来種 高森 勍

昔の大根の味を復活 紫大根「六助」 藤原 博

こぼれ種を利用して家庭菜園 芋生ヨシ子

そうか病、青枯病に負けないジャガイモを農家が育成 長崎県 俵 正彦さん

農家が育成した果樹品種 黒星病、黒斑病に抵抗性のナシ「豊華」 木村 豊

糖度一八度! 年三回とれる「四万十甘栗」 谷脇和道

スモモ ジューシーな「関口早生」 高糖度の「彩の姫」 関口 一

露地でも八月から出せるレモン「宝韶寿」 木本韶一

大玉でうまい早生モモ「まなつ」 高橋忠吉

ブドウ 誰でもできる交配品種づくり 神奈川県 青木一直さん

【図解】自分で採ればタネはタダ! マメ科作物タネ採りのコツ

アブラナ科・ウリ科 交雑を防ぐ自家採種のこつ 船越建明

PART2 主要野菜の品種

 〈ナス科〉

トマト 共同執筆

大玉トマト
中玉トマト、ミニトマト
加工・調理用トマト

ナス 吉田建実

ジャガイモ 浅間和夫・梅村芳樹/森 一幸・小村国則

トウガラシ 松島憲一/松本満夫

 〈ウリ科〉

キュウリ 藤枝國光/松沼俊文

メロン 瀬古龍雄

スイカ 萩原俊嗣

カボチャ 大和陽一

 〈アブラナ科〉

大根 藤枝國光

白菜 渡辺穎悦

キャベツ 辻本建男/山本昌司

 〈ネギ科〉

ネギ 小島昭夫

 〈ヒルガオ科〉

サツマイモ 吉永 優

 〈その他の野菜 特徴的な品種〉

スイートコーン
ピーマン・パプリカ
ゴーヤー
ブロッコリー・カリフラワー
カブ、カラシナ、ワサビ
レタス
ホウレンソウ、ニンジン
エダマメ、インゲン、エンドウ
シカクマメ、オクラ、タマネギ、ゴボウ

PART3 穀物の新品種

注目の早春播き用ソバ「春のいぶき」 西原幹雄

九州で広がるソバの早春播き栽培 品種選択と栽培のポイント 原 貴洋

カナダ産に負けないパン用小麦「ゆめかおり」 上原 泰

オーストラリア産に劣らない めん用小麦「きたほなみ」 吉村康弘

博多ラーメン用小麦「ラー麦」 濱地勇次

高温に強い良食味米「にこまる」 森田 敏さんに聞く

【カコミ】にこまる 田村克徳

農家が育成したイネの品種

みのにしき 短日処理で開花をそろえて交配 岐阜県 尾関二郎さん

まんざいらく ひとめぼれより一カ月早く出穂 佐藤 力

さちわたし 「さわのはな」から生まれた乳白・腹白の少ないイネ 遠藤孝太郎

香育21号「さぬきの夢2000」の後継品種 藤田 究

PART4 育種の基礎

交雑育種(花卉の例) 三位正洋

一代交配種(F1種) 伊藤秋夫

育種法の基本(果樹の例) 小崎 格

植物の繁殖様式 本田進一郎


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編集後記

▼品種は農業にとってきわめて重要なものにもかかわらず、現在の農家は採種や育種についての知識がほとんどない。F1品種についても多くの誤解がある。一般にはF1品種(一代雑種)は、「雑種強勢」であるために、固定種や自然交雑した株に比べて優れているとされている。逆に、F1品種は自然に反しており、見栄えばかりで美味しくないとか、栄養価が劣るなどと考える人々もいる。放射能や農薬と同じで、専門家同士が争い、どれが本当なのか人々にはさっぱりわからない。

 F1品種(一代雑種)の本質は、種子の性質が均一であるということだ。血液型がAA型の父親とBB型の母親からは、AB型の子供しか生まれないことと同じだ。一代雑種だから「強勢」というわけではなく、目的の遺伝的性質が、すべての種子に発現するように、両親のうまい組合わせを選んでいる。自然交雑の場合は、一組の両親から、高温を好むもの、低温を好むもの、乾燥に強いもの、過湿に強いもの、早生、晩生など、バラバラの性質の種子ができる。

 F1だから良い悪いではなくて、自分の経営に合わせて選択するのが正しい。機械化が進んだ大規模経営や産地農家など、小品目大量生産の経営では、生育や品質が揃わないのは大問題なので、F1品種はとても都合がよい。逆に直売や宅配などの多品目少量生産の経営では、コストが高いF1品種でなくてもかまわない。(本田進一郎)

▼各種苗会社の品種カタログには、毎年、春夏とその年を彩る品種が並ぶ。カタログに書かれた新品種の特徴を見ながら、今年はどれを栽培しようかと考えるのを楽しみにしている方も多いことだろう。

 月刊『現代農業』ではかつて、各地の農家の人たちがそれぞれ大切にしてきたタネ(品種)を、自分の栽培の経験も含めてやりとりする「タネットワーク」が大きな話題を呼んだ。まだ、現在のようにインターネットが盛んではなかった時代だ。しかし、お互いが自慢のタネを介して、それぞれの地域の土壌や気象環境、それに栽培や食べ方、加工の仕方も含めた情報の交換を、手紙や電話でやり取りして広がっていった。今に比べたら時間はかかっただろうが、そのやりとりからお互いが旅行の途中に立ち寄って、嫁に出したタネの生長ぶりを見、そこでお互いの苦労話も弾んだとの手紙も受け取ったことがある。

 いまや全国版の漬け菜となった野沢菜も、もとはと言えば京都のカブがその祖先だとされている。遺伝子研究が進んで、現在では諸説あるようだが、京都から嫁いできたカブが、信州の厳しい自然の中で、葉を食べる野菜として変化してきた物語には、品種の持つロマンを感じないわけにはいかない。本書に、そんなロマンを感じていただければ幸いです。(西森信博)



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