手作り豆腐セット
角田の力が集まってできた手作り豆腐セット。
角田産ミヤギシロメ600g(豆腐4丁分)と木箱、こし布、敷布、天然にがりとレシピのセットで2500円(送料・税別)「角田の良い地場産品を育てる会」

生活提案型の特産品
「手作り豆腐セット」
が地産地消のうねりをつくる

宮城県角田市での取り組み

■結城 登美雄

 豊かに実った黄金色の稲穂と深緑色のダイズ畑。この秋、東北の田園風景は2つの色のコントラストが1段と鮮やかである。しかし、どちらも順調に生育しているというのに、それを見つめる農家の顔色は、いまひとつさえない。米価の見通しの悪さ。大幅に作付けを増やした転作ダイズの販売先も不明なまま。収量も品質もまずまずというのに、さて、どこに向けて、どう売ればよいのか?


ダイズ生産と食卓をダイレクトにつなごう

 周知のとおりダイズの国内自給率は3%前後。遺伝子組み換えダイズの登場以来、国産大豆を求める消費者の声は日増しに大きいのだが、それを食品工業者や消費者と結びつける動きは意外なくらい弱い。

 その第一のカベは輸入ダイズとの価格差。少なくとも2〜3倍はあるコスト差を豆腐製造メーカーなどはまず敬遠する。いままで1丁100円の豆腐が国産大豆を使えば最低180〜200円にはなる。消費者が要求するので作ってみたが、思ったほどには売れない。口では安全と言いながら、いざ買う段になると安い方を選ぶ。いったい消費者を信用していいのかわからないと悩む。

 もう一つのカベは、品質の維持と供給量の安定化。転作作物の宿命か、まだまだ本格的栽培環境が整わず、安心して取引ができないという。加えて対応の早い海外からは「非遺伝子組み換えダイズ」が攻勢をかける。結局はそれに頼らざるを得ないのだという。

 自給率が低いからといって単に増産すればよいという時代ではなくなった。生産と消費、畑と食卓をどうつなげていくか。ましてダイズの場合、そのまま家庭消費されることは少なく、豆腐や油揚げ、納豆や味噌などの食品加工の存在がとりわけ大きい。その間のギャップをどうクリアするか、目下のところそれを解決する有効な手だては見つからないが、以下にレポートする宮城県角田市で取り組まれている農業と商工業の地域連携による「手作り豆腐セット」開発とその促進活動は、ダイズ生産と食卓をダイレクトにつなぐ試みとして、ひとつのヒントになるのではないか。

 減農薬栽培の角田産ダイズ600g(豆腐4丁分)と、豆腐2丁分がつくれる木箱、こし布、敷布、天然にがりとレシピをセットにした、いわば生活提案型特産品は、2500円という手ごろな価格と相まって、安全でおいしい豆腐を食べたいと願う人々に、5カ月で2500セットが売れている。まだまだ始まったばかりの動きだが、予想外の反響と反応には汲み取るべきものが決して少なくないと思える。その試みの背景とプロセスを紹介してみたい。

“話題は一時”の地場産品開発ではなく…

 ことの始まりは角田市商工会の特産品開発事業だった。かつて全国に広がった地場産品も、ブームの風がやんで久しい。金とヒマをかけて開発しても話題は1時で努力の割には報いは少ない。マンネリ化した方法、すなわち地域資源を調査し、試作品をつくり、その販路を開拓するというマニュアルも限界を迎えていた。だが、ともあれ事業は発足した。

 どうせやるなら今までとはちがうやり方をしたい。肩書きだけのメンバーもできればやめたい。できれば現場の人たちを集めて徹底的に話し合うこと。事業では商工会メンバーだけでなく農家、農協、主婦、など自由に意見を言い合う場を大切にした。そこで出た意見には次のようなものがあった。「これまでの特産品開発は都市という巨大なマーケットに売ることだけを考え、中身のよさよりもパッケージやネーミングなど表面的なカタチばかりにエネルギーと金を使ってきた」「いくらマーケットが大きいといっても気まぐれな都市の消費者をあてにするのではなく、もっと身近な人々に喜んでもらえるようなモノづくりを」「見かけよりも実質」「たとえ規模は小さくても長く支持してもらえるものをつくるべき」「もっと地元の人を大切に」―それには理由があった。

梅まつりで痛感! 食卓から実に遠かった地元生産物

梅祭り
どしゃ降りの中、満員の盛況だった梅まつり会場

 会議の席上、ひとりの主婦から「角田は梅花の里と言われているけど、どこにウメの木や花が咲いているの?」と素朴な疑問が出された。「町のキャッチフレーズなんて所詮そんなものさ」と軽くあしらわず、そのために何ができるか、どうするかと議論し解決の道を探るところが角田の人々のいいところ。

 梅栽培農家をメンバーに加え、ウメに関するさまざまのことを学び、「梅花の里復活」のプランを練った。とりあえず、「梅まつり」をすることに決まった。内容は「梅料理コンテスト」やウメ情報のパネル、ウメ加工の実演、試食や角田産ウメの実やウメ製品の即売。

 実は角田は県下有数のウメの産地。生協との連携で開発された梅干しも評判がよいとは聞いているが、ウメも梅干しも身近な店では売られておらず、あるのは他県のウメばかり。そんな不満がくすぶっていた。それに応えてのイベントだった。

 時あたかもウメの収穫期、しかし「梅まつり」当日はあいにくのどしゃ降り。誰もが企画の失敗を覚悟したが、予想に反して会場は黒山の人だかり。用意したウメは10分ほどで完売。あわてて十数回ウメ畑を往復してなんとか手当て。実に600kgのウメの実が売れた。驚くウメ農家。「どこでもウメは売っているのに、そんなに地元のウメが待たれていたとは!」と反省しきり。

 ウメ料理コンテストの入賞作品のレシピは3000枚もさばけ、コピーが間に合わない。ウメの効用やウメ加工の情報誌2000枚もアッという間になくなった。台風のような雨の中を1000人を超す来場者にも驚いたが、地元産のウメに対する市民の関心の高さにはビックリ。地元における生産と食卓の遠さを痛感させられる出来事だった。

人と人、人とモノが出会う場のプロデュースこそ大切

歴史と味覚ツアー
「角田の秋 歴史と味覚ツアー」でのナシのもぎとり体験
もちつき体験
もちつき体験

 このときから地場産品を誰のためにつくるかが明確になった。むろん慎重な角田の人々、この1事ですべてを決めたわけではない。

 一般に地域資源の特産品化は大量に安定的に供給できるものを土台に考えられるが、地域にはその他に持ち出せない資源が数多くある。少量生産のもの、季節限定のもの、それらは魅力がありながら市場原理ゆえに切り捨てられる。景観や行事などはそれにあたる。

 それらを含めて角田の魅力を知ってもらうために立てたのが、「角田の秋 歴史と味覚ツアー」。この企画は、例えば切り餅はどこでも買えるが、つきたて餅のおいしさは、ここに来なければ味わえない。その本物のよさを体験してもらい、少しずつ角田のファンになってもらい、その輪を着実に広げること。そんなネライがあった。

 角田を丸ごと体験するこのミニグリーンツーリズムは参加者に大好評。次回もぜひとその場で申し込む人もたくさんいて、特産品とはモノだけではない。人と人が出会う場、人とモノが出会う場のプロデュースこそが、いま一番大切なことなのではないか。無理をせず、心からもてなしていけば人はきっとそれをわかってくれる。改めて知る自分の町の資源の豊かさと、それを求めている人の心を知り、少しずつ何かが見えてきたと感じた。

 ここまでが「手作り豆腐セット」開発までの前段。率直に意見をぶつけ合うチームワークが土台になった。

木箱、こし布、ダイズ、… すべて角田産の手づくり豆腐セット誕生

 特産品開発チームの会議の中に、遺伝子組み換えダイズの話題がしばしば登場するようになっていた。

 「この頃、スーパーの店頭に「組み換えなし」の表示がされるようになったが、あれはどこまで信用できるんだろうか。消費者も半信半疑で買っているらしい」「自分はともかく小さな子どもには安全な豆腐を食べさせたいよね」と豆腐の話題がひとしきり。

 それに答えるように誰かが、「角田産のダイズを使えば大丈夫なのにね」という。何気ないそのひとことから角田産豆腐の特産化が動き出した。

 とはいえ、3万5000人の町・角田には地元の豆腐店が1軒だけになってしまった。かつて十数軒もあった豆腐屋がスーパー豆腐に押されて消えていった。組み換えダイズを不安がる角田の消費者と1軒の豆腐屋。コスト問題もさることながら1軒ではとうてい対応しきれない。

 あきらめかけていたある日、「昔はどの家でも豆腐は家庭で作っていたもの。今だってミキサーとこれさえあれば、うまくて安全な豆腐が家庭でも作れるよ」と、どこで手に入れたのか豆腐の木箱を持ってきた。

 これに女性陣が反応した。

 「ものぐさな人にはちょっと面倒かもしれないけど、主婦は手抜きもするけど案外手づくりに興味がある。これに角田のダイズをつけて売れば、意外にウケるかもしれない」と早速手づくり豆腐の試作にとりかかる。

 さすがに主婦たち。3〜4回の台所での実践で、香りがあって甘味のする、市販の豆腐とはひと味ちがう本物豆腐が完成した。男たちはただ試食するだけだが、食べるたびに「うまい」「おもしろい」「案外いけるかもしれない」と気持ちが徐々に盛り上がっていく。

 やがて本格的な商品化作業。できればこの商品、どこか外部に製作依頼するのではなく、すべて地元角田の力を持ち寄って作りたい。

 とりあえず1000個の製作を市内の木工所に依頼。むろん角田産の杉材を使う。木綿の布140反は呉服屋から。こし布と敷布に縫製するのは洋裁店。にがりは食品の卸小売業者。むろんダイズはJA角田。レシピは試作を重ねた女性陣の体験をふまえてつくり、印刷も地元の業者に頑張ってもらった。

 ささやかでも、地元みんなの参加と力を合わせて商品化したい。きれいごとのようだが会議を積み重ね、「梅まつり」やツアーなどさまざまな経験と実感を共有していたからこそ、自然にそんな機運ができていた。

和菓子屋、時計屋、玩具店、花屋… 町内18店舗で特産品としてデビュー

 さて、今年2月末、いよいよ販売開始。販売取り扱いは商工会を窓口に、市内の小売店18店が見本品を店頭に並べてくれた。小売店とはいっても「手づくり豆腐セット」とは関係のない、和菓子屋、時計屋、玩具店、花屋などで、なんでこの店でこんなものを売っているのという店ばかり。しかしそれがわが町の特産品のデビューに寄せる気持ちの表われだった。

 果たして新聞に販売開始の記事が掲載されるや、連日商工会の電話は鳴りっぱなし。年度末の仕事が手につかないほどの嬉しい悲鳴。「農業新聞」も大きく取り扱ってくれた。そのおかげで北海道から九州までほとんどの県から申し込みがあり、10日間で1000セットが売り切れた。あわてて追加発注も間に合わず、木工所は連日徹夜作業に追われたという。

 とりわけ一番あわてたのは農協。当初1tと見積もったダイズは最終的に2tを超えた。すでに転作ダイズは販売済み。毎日農家を駆け回り、残っている自家用ダイズのミヤギシロメをかき集めた。

 「いやあ、ふだんは農協と縁の薄い自給農家、とりわけ、じいちゃん、ばあちゃんの庭先ダイズに助けられた。大規模作付け農家も大切だが、小さな農業も改めて見直さなければ」としみじみと振り返っていた。

空き店舗も利用して豆腐レストラン、総菜店を開きたい

 当事者の誰もが予想できなかった豆腐セットの売れ行き。「本音を言うと、俺は500セットも出れば成功と思っていた。こんなチャチなものが今どき売れるものかと思っていた」とは、みんなの正直な気持ち。

 総額600万円の売り上げが多いか少ないかは評価の分かれるところだが、この先の見えない時代に寄せられた意外な反応。むろんその理由はまだわからない。

 しかしこの事業に関わった人々には確実に大きな変化を与えた。売上利益金150万円をもとに、これに1口1万円の出資を募り「角田の良い地場産品を育てる会」が8月末に発足した。100人余り出資者と多様なネットワークは、補助金をもとに始まったこの事業を自立的主体的に継続しようとする角田の人々の熱意と自信の表われである。

 角田にはたくさんの良いものがある。それらを売れる売れないで選別するのではなく、小さな芽をみんなで育てようではないか。そしてその先にある大きな実りを待とうではないか。その姿勢、どこやら農の営みに似ている。

 女性たちも張り切っている。もうすぐ秋のダイズの収穫になる。角田のダイズが一番おいしい季節に市内外のあちこちに出かけて、角田産ダイズを使った手づくりのうまさを普及したい。そしてこんな夢も語られるようになった。

 豆腐の安全さだけではなく料理の楽しさ、おいしさも伝えたい。多くなった空き店舗を利用して豆腐料理のレストランや総菜店なども開きたい。角田に行けば、おいしい豆腐料理と人の出会いがある。そんな町にしたい。農と商工の連携から、女たちの新たなる仕事場づくり…。少しずつたくさんの夢がふくらんでいく。


関連記事

(1)さまざまな人材、女性の力で新しい発想の町づくりが生まれた

(2)手作り豆腐セットの反響

(3)今年の転作は納豆用コスズとミヤギシロメが半々です


もどる