田中さんの貸し農園「平成自然農園」 ![]()
「農家の貸し農園」は魅力いっぱい
――福岡県前原市・田中幸成さん
編集部
ジャガイモを30cmの深さに植える!?
奥さんは市役所勤め、ずっと一人で米麦をやってきた田中幸成さん(59歳)だが、最近はすっかり貸し農園経営にハマってしまった。
3.5m×10mで35m2の小さな区画を150つくり、1区画年間1万2000円(借地料1万円+堆肥代2000円)で貸し出している。何かあるといけないので、なるべくしょっちゅう顔を出すようにしているが、だいたいいつでも誰か来ている。春先の植え付けの頃や土日などは、小さな区画それぞれに人がいて、遠くから見るとなかなかにぎやかな光景だ。短いウネごとに、丈の高い果菜類あり、小さな葉物あり、トンネルあり、マルチあり……思い思いに好き勝手な作付けを工夫しており、農家の自家用畑とはまたちょっと違う独特の雰囲気が一町歩くらい連なっている。
いろんな人が来る。農家としてずっと人生を送ってきた田中さんには信じられないようなことが毎日起きる。ジャガイモを地中30cmもの深さに埋めておいて「芽が出ない」と相談された。覆土は何でもせいぜいタネの一・五倍くらいだと思いこんで生きてきた自分の「常識」が、じつはこの人たちには「非常識」なのだということを思い知った瞬間だった。また、「水をやるならジョウロ」しか思いつかない田中さんだったが、ペットボトルを倒した状態でいくつも穴をあけて、何列か分同時に水をやれる道具をつくった人がいた。全然機能的とは思わなかったけど、その発想と意欲に何だかすっかり感心してしまった。
みんな楽しそうだ。そして田中さんも楽しい。農業を知らない人たちとのやりとりが、こんなにおもしろいとは思わなかった。できれば規模を今の2倍、300区画くらいまで増やしたいなあと現在、畑を造成中である。
やりたい人は無尽蔵 月1000円の遊び
左が、農園オーナーの田中幸成さん。右は畑を3区画借りている藤田さん。出で立ちも本格的だ 300区画になったとしても、おそらくすぐに満杯になってしまうと田中さんは見ている。今、とにかく畑をやってみたい町の人はたくさんいるのだ。
だって想像してみよう。土とはまったく無縁のコンクリートの集合住宅にひしめき合って暮らす日々。一軒家だとしても、ネコの額もない庭は、隣の家の陰になって日当たりが悪い。夜が明けたら毎日会社に出かけて、暗くなってから戻ってくる。食べるものはすべて、スーパーかコンビニで買ったもの。天気も四季の移り変わりもよくわからないまま、日々を重ねる生活……。
そんな暮らしに嫌気がさして定年帰農する人たちのことがよく話題になるが、実際に農村に移住して「帰農」までできる人はほんの一握り。だけど「ちょっと畑をやってみませんか?」「自分で食べる野菜を自分でつくってみませんか?」という呼びかけに、心動かされる都会人の潜在需要は、それはそれは未知数なのだ。
年間1万2000円ということは、月にしてみたらたった1000円。毎月焼酎1本の価格で自分の畑が手に入り、土や自然と遊べて自在に野菜がつくれるなんて! 町の人の気持ちになれば、これ以上のレジャーはないということがよくわかる。
手間いらず? 労働力は一人でも、気軽に始められる貸し農園
田中さんが貸し農園を始めたのは6年前。平成11年のことになる。20年くらい前までミカンをやっていた畑が2町歩くらいあったので、そこを少しずつ造成して使うことにした。それまで長らく飼料畑に貸していた場所なのだが、「これは『経営』としてあまりうまくないなー」と思っていたところだったのだ。だが自分で何かつくるにしても、簡単で儲かる作物はそうそう見あたらない。手間をかければいいのだろうが、労働力が自分一人しかない状況では米麦で手一杯だったというわけだ。
その点、貸し農園は、何せ「畑を貸す」のだから、自分で手間をかけなくても利益が上がる。一人で十分経営ができる新しい事業の形なのだ。バカみたいに儲けるつもりは最初からないのだが、「経営」としてそこそこまわっていくくらいにはしたい。制度が変わったときに農業者年金も脱退してしまった田中さんとしては、「年金の上積みくらいにはならんかなー?」と思って始めたというわけだ。
▼農家個人で開設できる貸し農園
市役所や県に相談に行くと、前原市では「市民農園整備促進法」に基づいて市民農園地区を広く設定しており、個人でも貸し農園が開設できることになっていることがわかった。田中さんのほかにも、個人や直売所組合などで始めているところが数例ある。全国的には、最近になって「構造改革特区」でようやく個人が市民農園を開設できるようになったところが多いと聞くが、その点、前原市は先進的な取り組みをしてきたようだ。
▼必要なのは、トイレ・水・農具舎……
農具舎のハウス内には、自由に使っていい耕耘機が1台と、クワやスコップなどの農具がある。でもみんなだんだん「マイ農具」が欲しくなってくるのか、各自持参の道具や支柱、トンネルの骨などもたくさん置いてあった いざ始めるとなると、「先立つもの」は100万円くらい必要だった。人が大勢集まるとなると、まず大切なのがトイレ。最初から立派なのをつくっても、お客さんが集まるかどうかわからなかったので、とりあえず仮設トイレのリースを頼んだ(翌年、それを購入)。
次に必要なのは水。幸い、ミカン園のときに掘った井戸があったので、ポンプを入れて農園のあちこちに配管した。今は畑中何カ所にも水道栓が立っていて、蛇口をひねるとどこでも水が出るようになっている。
農具も準備した。スコップは20本、平グワと草取りグワは10本ずつ。使い放題の耕耘機も1台置くことにした。それらをしまう農具舎はビニールハウスで建てたが、その他に、九州の真夏の日射しをよけられる屋根のある場所も必要だった。やる気まんまんのさすがのお客さんたちも、炎天下にはかなわないはずだ。
堆肥は、知り合いの酪農家にワラと交換でもらうことにして、お客さんには「取り放題使い放題」の大サービス。なくなりそうになったら、2tダンプで運んでくる。今では年間50台分くらい運ぶだろうか。何せお客さんたちは「有機質は土にいい」と思いこんでるもんだから、ものすごく入れるのだ。
お客は固定客だから営業いらず 面倒なこともあるが……
お客さんは、8割は福岡市内から。もっと遠くから来る人もいるし、地元の人もいる。だいたい車で30〜40分以内の地域の人なら問題なく続く。契約は1年ごとの更新だが、1年でやめてしまう人は2割くらいで、普通は一度始めたら長いお客さんになってくれる。引っ越しとか転勤とか病気とか以外の理由でやめる人がおらず、毎年新しく顧客開拓せずともやっていけるという点も、貸し農園経営の魅力の一つというわけだ。
取り放題の堆肥置き場の堆肥。もう残り少ない。奥に見えているのも、ずっと農園だ 田中さんは、20区画以上まとまって新しく造成ができたときは折り込みチラシなどで宣伝をかけるが、ふだんはあまり宣伝しない。口コミで月に1〜2件申し込みが来るので、それで十分。お客さんの中にラジオのアナウンサーがいて、「昨日は農園で○○をして楽しかった」などとしゃべってくれるのも効いてるのかもしれない。
最初の契約のときにお客さんにいうのは、「とにかく草との戦いですよ」ということと「隣の区画の人と仲良くしてくださいね」ということ。草は、素人が考えてる以上にスゴイので、覚悟しておいてもらわないと困る。1年でやめてしまうのは、たいがい草に負けた人だ。
それから、普通はお客さんどうしで交流が始まって、とてもいい仲間になっているようなのだが、たまに「あの人はいつも、人の畑を平気で踏んでいく」などと「さかいもめ」する人たちも出る。そういうときは農園オーナーとしては仲裁に入らねばならない。大勢人が集まれば、ルールを守らない人も一定程度出るのはこれ、仕方ないことだ。大きな気持ちで構えないと、貸し農園経営はできない。
その他にも、それはそれは様々な問題が起きる。「水道が出ない」と電話があれば、すぐに飛んでいかないといけないし、最近一番困っているのは盗難が多いことだ。出入りが自由なので外からねらわれるらしく、この前も、お客さんの参考になればと農文協刊『そだててあそぼう』の絵本を60冊全巻買って農舎にならべたのに、なんと一夜にしてまるごと盗られて消えてしまった。じつに悔しい。
ほかの仕事もあるので、四六時中農園にいるわけにもいかない田中さんなのだが、できるだけ顔を出して様子を見る。だが聞かれなければ、お客さんに指図はあまりしない。ベランダのプランター感覚なのか、来るたびにたっぷりたっぷりかん水する人とか、堆肥や肥料を入れすぎている人とかもいるが、見て見ぬふりをするのもオーナーの役割だ。
「農家の貸し農園」は、ひと味ちがうのだ
またこの農園は、畑以外の魅力にも充ち満ちている。
▼すぐ隣に直売所もあるよ
まず、貸し農園入り口のすぐ脇に、土日だけだが直売所が開店する。これは田中さんが言い出しっぺでつくった地域の農家の直売所で、主に集落のじいちゃん・ばあちゃんが野菜を出す。売上げは右肩上がりで現在年間1200万円。貸し農園のお客さんは、客層としてやはり直売所が大好きな人たちで、自分たちの畑でとれた野菜以外のものは、結構買って帰ってくれる。タマネギの余り苗などを出すばあちゃんもいるので、大喜びで買ってはさっそく自分の小さな畑に植える人も多い。田中さん自身もここで、ジャンボタニシで除草した無農薬米を白米5kg2500円で売っているのだが、売れ行き好調だ。
▼イベントも楽しいよ
また、貸し農園では年に何回と決めているわけじゃないのだが、イベントもやる。春の「ヨモギもちつき」と秋の収穫祭(去年はシシ鍋!)はまず毎年やる。コイが捕れたからと「こいこく」もやった。これらがまた楽しい。
何かやる日が決まったら、得意なお客さんが看板を描いて知らせてくれる。自由参加で、来たい人だけが来るイベントだ。田中さんは裏方でちょっと準備をしておくだけ。「ヨモギもち」の日に向けては、もち米2斗を用意して、ヨモギは近所のばあちゃんに頼んで摘んでおいてもらう。当日は手伝いのおばちゃんを1〜2人頼みはするが、基本的にはもちつきも、ふるまいも、参加者たちで勝手に進めてくれる。何十人も大人がいると、すぐ「先生」や「大将」が出てくるのだ。
▼タケノコも掘っていいよ
また、タケノコの季節になってきたら、「あそこの山にタケノコ出てるから自由にとってもいいですよ」と、お客さんに声をかけてあげる。するととても喜んで、勝手にどんどん掘りに行くので、戻ってきた頃には米ヌカも用意しておいてやる。ときには会員以外の人まで誘って掘りに行くふとどき者もいるが、まあその辺りは大目に見てやっている。
こういう様々なサービスは、全部田中さんの持ち出しになってしまうわけだが、お客さんにとってみれば、これこそが「農家の貸し農園」の醍醐味かもしれない。町や農協がやっている杓子定規な市民農園では、けっして味わえない「農のお裾分け」。以前、米の宅配産直で、「米と一緒にダンボールに入っているちょっとしたオマケ(漬物や庭でとれたカキ、紅葉の葉など)が、農家の暮らしを感じさせてくれてとても嬉しい」という消費者がいたが、田中さんが貸し農園にこめている思いも、単に「畑を貸す」ということにとどまらず、「農」の世界をお客さんに産直するということにある。
「夢はいっぱいあるとですよ。区画のハンパになるはじのほうには果物をずーっと植えて、もぎ取りできるようにしたい。ホントはもっと山のほうでやるとおもしろいとです。近くに清流があって、キノコなんかが出とったらよかですねえ。まあそれは無理でも、ニワトリを飼って残渣を食わせるとか、山羊も飼いたい。300区画が完成したら、もうちょっとトイレとかも立派にして、一人管理人を置いて……。今からだと年齢が足るかな? あーもっと早くやっときゃよかった……」
消費者に農業をわかってもらうことでしか、変わらない
だが本当は、田中さんは若い頃はこんなことやるタイプではなかった。当時は、「観光農園だの貸し農園だのは百姓の邪道だ」と思っていたからだ。土地でちゃんといいものをつくって、いい食品を提供することこそが農業の使命であると考えていたわけだ。
だが最近は、自分でもちょっと考え方が変わったように思う。農家が消費者と無関係にプロ級の食べものつくりに励んでいるだけじゃ、世の中どうもうまくいかない。百姓の苦労をわかってもらうこと、農業のことを知ってもらうことでしか、「安いものはよそから持ってくればいい」という安易な発想を止められないような気がする。また、農業は食べものをつくることだけでなく、自然環境を維持して世の中に提供することも仕事の一つ、とも考えるようになった。「だから、貸し農園でそんなに大きなカネはとれないよね。自然はみんなのものだから」。
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前原市は福岡市の隣に位置し、貸し農園をやるには立地がいいということは大いにある。だが、やり方は工夫次第。これからの農家経営には「貸し農園」が大きく位置づいていくことと思う。
お問い合わせはrural@mail.ruralnet.or.jp
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