月刊 現代農業
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熊澤秀治さん、和食料理屋「かわ竹」
熊澤秀治さんが和食料理屋「かわ竹」に野菜を配達すると、伊藤料理人は野菜を見定めて、料理の仕方などいろいろと話してくれる(写真はすべて赤松富仁撮影)
お客は地元にいる

ねらうなら地元の飲み屋・レストラン

茎がうまい葉物7種で“呪縛のある農業”にハマった

高知県高知市・熊澤秀治さん

編集部

高知市

どんどん自分を売り込むべし!

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 ――飲み屋でカウンターに座ると、「どんなお仕事されているんですか」って言われるでしょう。農家です、っていうと、「何を作っているんですか」と聞かれる。そこで美味しい食べ方のひとつでも紹介すると、「今度うちに持ってきてくださいよ」って必ず言われるんですよね。これ社交辞令かもしれません。でも、そこでちゃんと持っていくんですよ。すると世界が変わります。農家はどんどん飲み屋に乗り込むべきだと思いますよ――。

 熊澤秀治さん(49歳)は高知市で20年近くホウレンソウとシュンギクを作り市場へ周年出荷してきた。でも、5年ほど前から地元の料理屋や八百屋と関わるようになり、要望される野菜を少しずつ作り始めてからは、農業が面白くてしかたなくなってしまったのだ。気付いてみると葉物野菜で7品目。昨年から「潮江旬菜」と名付けたその野菜は、いまや高知市内の料理店やレストランなどの飲食店の間で絶対的な信頼と人気のあるブランド野菜になってしまったのだ。

消費者と話すことは実にエキサイティング

熊澤さん。手に持っているのが葉物の全種類(7品目)
熊澤さん。手に持っているのが葉物の全種類(7品目)。左端からホウレンソウ、シュンギク、リアスカラシナ、赤軸ホウレンソウ、サラダシュンギク、ミブナ、ワサビナ
熊澤さんのハウス
熊澤さんのハウス。右端から赤軸ホウレンソウ、普通のホウレンソウ、シュンギク。左端のトンネル(ネット)に、サラダシュンギク、ワサビナ、リアスカラシナ、ミブナが区切られて入っている。4ウネを1セットにして、年間7〜8回転作る
サラダシュンギク
料理人から圧倒的な人気のサラダシュンギク。茎が太くて、かじってみるとジューシーで実にさわやか。まったくえぐみがない。出荷するときは下葉を取って袋に詰める
赤軸ホウレンソウの株元
赤軸ホウレンソウの株元を覗くとミミズの糞がビッシリ。堆肥をたっぷり入れ、有機肥料主体の施肥と微生物資材を入れて土作りにこだわっている証拠

 自分が作った野菜を料理屋に持って行く。すると、いままで見たこともないような料理になって出てくることがある。とくに創作料理屋。そこでプロの料理人が作るものは、他店と差別化を図るためのこだわりの逸品なのだ。畑で育ててきた野菜がそんな料理(64ページ)に姿を変えると、熊澤さんは正直感動してしまう。さすがは料理人、農家とは違う視点で野菜を見る。話を聞くと、新たな世界がどんどんと広がってみえてくるのだ。

 さらに、もっとすごい瞬間がある。それはお店のカウンターで見ず知らずの人が自分の野菜を食べる場面に出くわすこと。近所の知り合いにあげる場合はたいてい美味しいと言ってくれるが、そういう世界ではない。自分でお金を出して食べるので、本音が出る。ある意味恐ろしい瞬間でもある。でも、そこで「美味しい!」という声が聞けると実に嬉しい。料理人が「あの人が作っている野菜なんですよ」なんて紹介してくれると、消費者とじかに話ができて、結構野菜に詳しい人がいることなんかもわかってくる。かなり刺激的で、市場出しでは絶対に味わえない世界なのだ。

 「知らない人に美味しいって言われたら農家にとってはこれほどの褒め言葉はないですよ。もう、これは“呪縛”ですね。そうなったら今よりはまずくできないでしょう。ハウスの中で自分の野菜を食べている人の顔が浮かぶと手も抜けない。だから味にも敏感になりますね。やりがいも出てきます。じつにエキサイティングで面白い世界ですよ」

地元の料理屋が求める野菜

 熊澤さんは、野菜の半分はこれまでどおり市場にも出荷しているが、残り半分は地元の業務需要に合わせた出荷だ。懇意にしている和食料理屋「味処かわ竹」に週1回配達するほか、高知市内で約200の料理店やレストランに野菜を卸す老舗の八百屋「田村青果店」に週2回、最近は量販店にも週3回出荷している。そんな、地元でひっぱりだこの野菜とは、どんなものなのか。

(1)煮てもシャキシャキ食感が崩れないミブナ

 まずはミブナ。最近はやりの「ミズナ」ではなく「ミブナ」のほうである。これは「かわ竹」の料理人・伊藤秀樹さん(64ページ)からぜひ作ってほしいと頼まれて始めたもの。当初、ミブナと聞いて熊澤さんの頭に浮かんだのは浅漬け用の野菜。高知市内ではあまり出回っていない野菜だった。伊藤さんはこれを煮浸しやサラダに使いたいという。煮ても茎の部分がシャキシャキとしたままの食感が楽しめる。ホウレンソウだと柔らかすぎるのでそうはいかないのだそうだ。またサラダとして、はやりのミズナは味もそっけもないが、ミブナにはほんの少しのほろ苦さがあって、その味がまたいい。いま、熊澤さんが作っている品種は京千本(タキイ)。

(2)よそのお店には教えないで! サラダシュンギク

 次はスティックシュンギク(武蔵野)。これは4年前にタネ屋からサンプルとしてもらい、試作してみたものだ。香りがあって実にさわやかで、こんな美味しい野菜があったのかと自分でも驚いてしまった。さっそく料理屋に持って行くと「よその店には教えないで欲しい」といわれたのだ。サラダとしての食感もいいが、スパゲッティに入れて、からめても美味しい。鍋にも使えるし、炒め物全般に使える最高の食材だ。

 ただ、栽培面では手間がかかる。収穫するときに、ハサミでそうっと切らないと茎が折れてしまう。水管理にも気を使う。20cmくらい大きくなってから他の野菜と同じように頭上かん水すると、茎が曲がってしまい製品にならないので、そのときだけはかん水チューブを下に敷いたりすることも必要だ。

(3)香り抜群のサラダカラシナ

 サラダカラシナは香りがいいと喜ばれる。品種はリアスカラシナ(タキイほか)。サラダのアクセントとして使われることが多いという。きっかけはタネ屋からサンプルとしてもらったものだが、作ってみると評判がよかった。ハーブ系の香ばしさが人気の秘訣。いまは草丈35cmくらいで出荷しているが、実はもっと大きくしたほうが香りが増して、味も増すそうだ。

(4)サンドイッチに挟むと美味しいワサビナ

激辛トウガラシ
これは最近植えた激辛トウガラシ。タイ原産の「プリックキーヌ」。料理店にもっていくと、さっそくサラダドレッシングに刻んで入れてくれた。激辛だが風味は抜群。若い女性には人気があるそうだ
赤軸ホウレンソウ
赤軸ホウレンソウ

 最近始めたのがワサビナ(中原採種場(102ページ))。きっかけはカタログを見て直感的に美味しそうだと思ったから。作ってみると実にうまい。しばらく口の中でガシガシ噛むと、わさびの味がピリッとしてくる。サラダのアクセントとしてもいいが、サンドイッチに挟んでも美味しい。浅漬けにしてもいいし、料理屋では肉料理の上にパラパラと飾りでのせるところが多いらしい。

 アブラナ科野菜は、葉っぱに油が染み込むので、おおむね油料理との相性がいいという。葉のギザギザもユニークな形で、これも料理屋には魅力的な理由のひとつなのだ。

(5)サラダの彩りにはこれ! 赤軸ホウレンソウ

 彩りをよくし、味もいいサラダ用野菜として圧倒的に人気があるのは赤軸ホウレンソウ。メインで使う品種は食彩(渡辺農事)だが、夏場の高温期には赤色がのりづらい。いろいろな品種を試した結果、夏場は赤茎ミンスター(中原採種場)が作りやすいことがわかった。

 ある料理店では熊澤さんの赤軸ホウレンソウを使うようになってから、それまで半分くらい残されることが多かった昼のサラダが、綺麗に残さず食べられるようになったのだそうだ。

葉物野菜で一番美味しいところは茎の部分

 「葉物野菜で、もっとも重要なのが茎の食感だと思います。シャキシャキ感とジューシーさ。葉物というけど茎に一番味があって、うまいですね。市場だと日持ちが求められますが、地元では新鮮さと味でしょう。水を切れば日持ちも簡単によくなりますけど、どうしてもスジが残ってしまって、味ものりませんね」

 そんな栽培のこだわりも持ちながら、現在、約2反のハウスで7品目の葉物野菜を7〜8回転作る。配達は手間もかかるし、味にこだわって多品目作ると収量も伸びない。だが、地元の業務需要にちゃんと応えられれば、価格は市場の平均値の倍くらいと高くなる。「美味しい」の呪縛のある農業。これが、いま面白くてしょうがない熊澤さんなのだ。

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