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力まかせの介護にさようなら

長野県飯田市・介護操体講習会

介護操体の起こし方をやってみて、目からウロコの松尾さん
介護操体の起こし方をやってみて、目からウロコの松尾さん

どの家庭も「介護が身近になってきた」

 2014年11月13日に、長野県飯田市龍江地区にて、介護操体の講習会が開かれた。介護操体とは、「体を気持ちのいいほうに動かすと痛みがとれる」という操体法の考え方を介護に取り入れた方法だ。介護する人は力が要らず、介護される人も自然とリハビリにつながっていくという、画期的な介助法だ。

 きっかけは、この地域に暮らす元JAマンの熊谷秀男さんが、DVDブック『家庭でできる ラクラク介助法 介護操体のすすめ』(農文協)を見て、龍江地区の福祉委員会に提案したことだった。毎年、地域住民を対象に、ガン予防などの健康講座を開いているが、最近はどの家庭も「介護が身近になってきた」ので、今回は著者の坂本洋子先生を呼んで実践的な講座にしてみよう、となったのだ。

 また、せっかくの機会だからと、熊谷さんは「社会福祉法人 みなみ信州」にも話をもっていき、地域住民だけでなく、介護の現場で働くヘルパーさんにも参加してもらう会とした。

ヘルパーさんの世代交代期

 ところで、同法人は、JAみなみ信州が立ち上げた福祉事業から独立した組織。介護保険制度が適用される訪問介護や通所介護、訪問入浴介護などの事業を担う。一方、要介護認定は受けていない独居老人などを対象とした会員制の助け合い組織もJAが作り、現在もその活動をサポートしている(同様の組織は、全国703JAのうち、338JAにある、2012年全中調べ)。

 介護保険制度ができた当初、JAみなみ信州では女性部役員を中心にヘルパーの資格を取得していった。現在、同法人には介護福祉士などのより専門的な資格をもった人を含めて48名のヘルパーさんが登録されているが、75歳定年制となっており、制度ができて13年経ったなかで世代交代期に入っているという。しかし、介護の仕事はハードなわりに報酬が少ないというマイナスイメージが先行しており、ヘルパーの養成も大きな課題となっているそうだ。

 そんな状況のなかで行なわれた、介護操体の講習会。その内容は、座っている人を立たせるといった、ごく基本的なものだ。しかし、熊谷さんも驚いたことに、プロのヘルパーさんたちの反応が、思いのほかよかったのだ。

力まかせに持ち上げていた

「えー!? ホントに目からウロコです!」

 ベッドで寝ている要介護者を起こす方法を実践してみて、松尾みゆきさんが目をまん丸にしながら驚きの声を上げている。「すごい軽いんです。これまで、何百回、何千回と施設でお年寄りの体を起こしてきたけど、今までやってたことが恥ずかしくなってしまいました」。起こされる役をやった小木曽美里さんも、「本当にあっちゅうまというか、あれって思ったときにはもう起きてました」。介助してもらっているのに、自分の力で起きたような不思議な感覚だというのだ。

 そこで、松尾さんがこれまでやってきた起こし方を聞いてみた。

「『この方を起こさなきゃ』っていう意識が強くて……。こうやって寝ている方の胸とか肩の後ろに手をやって、体をピタッと密着させてぐーって力まかせに持ち上げていました。相手にも覚悟してもらうために、『さぁ、今から起こしますよー、いいですか〜!』って声をかけながら。その方も緊張して体をこわばらせますよね。ホント、恥ずかしいくらいで……」。

 松尾さんはヘルパー歴20年のベテラン。看護師でもあり、リンゴ農家でもある。民間の介護施設で働いており、2〜3年に1回は簡単な講習を受けるそうだが、たいていは「ぴたりと体を寄せ、抱きかかえるようにして相手に安心してもらう」方法を教わるという。日々、忙しい現場では、事故のないよう、手早くこなすことが精一杯で、これまで上手な起こし方とか、自分への負担などは考えてこなかった。そのため、10年ほど前にぎっくり腰を患ったという。

松尾さんのこれまでの起こし方
相手を不安にさせないように、胸をピタッと密着させて手を回す。そして、力まかせに引き起こしていた!?
→ →
相手を不安にさせないように、胸をピタッと密着させて手を回す。そして、力まかせに引き起こしていた!? ⇒腰への負担が相当かかる
30kgの米袋を座った姿勢で持ち上げるようなものだ

ふだんの起き上がり方がお手本

盆踊りの練習……!? ではなく、坂本洋子先生のお手本を見ながら、手の動きをマネているところ
盆踊りの練習……!? ではなく、坂本洋子先生のお手本を見ながら、手の動きをマネているところ

 そんな松尾さんにとっても「目からウロコ」の介護操体。どんな起こし方をするのだろう?

 とその前に、今、あなたのすぐそばに仰向けに寝転べる場所があったなら、一度やってみてほしい。まずは、ふだんどおりに、そこから起き上がってみる。……よっこらしょっと……。さあ、どうやって起きただろうか?

 手をどう動かしただろう? 片方の手の肘を体の横において、それを支えにしていなかっただろうか? 頭はどんなふうに動かしただろう? おじぎするように、おへそを覗くような格好をしたかもしれない。両足は「く」の字に曲げ、丸く猫背になりながら、肘を支点にゆっくりと上体を持ち上げなかっただろうか?

 筆者もやってみた。初めて意識してみたが、ずいぶんと年寄りじみた起き上がり方に感じた。しかし、締め切り前の疲れた体には、この方法が一番ラクで、実際、毎日のっそのっそと、こんな感じで布団から起き上がっているようなのだ。

 じつはこれが、介護操体のお手本とする起き方、起こし方。要するに、「この方を起こさなきゃ(=私の力で相手を動かそう)」ではなく、本来その人が自分で起き上がる形を、「私(介護する人)が動いてサポートする」のだ。

テコの原理でラクに持ち上がる

 小学校のときに「テコの原理」を習ったと思う。石などを支点にして、長い棒をかませれば、大きなものを少しの力で動かすことができる。

 例えば、図1―Aの場合、30kgの重石を持ち上げようとしたら、下から30kgの力を加えなければならない。しかし、図1―Bのように、力を加える位置〈力点〉をずらす(〈支点〉と重石〈作用点〉の距離から、2倍の距離とする)と、加える力の大きさは2分の1、つまり15kgでよくなる。

介護操体での起こし方
図1-A 図1-B
作用点と同じ位置で持ち上げる場合には、同じ大きさ以上の力が必要 支点から力点の距離を2倍に遠のけると、必要な力は1/2になる

 さらに、図1―Cのように、〈支点〉の位置を重石〈作用点〉にぐっと近づける(〈支点〉と重石〈作用点〉の距離から、6倍の距離に〈力点〉がくる)と、6分の1の力、つまり5kgだけで重石を持ち上げることができるのだ。

図1-C
支点の位置を作用点に近づけると、力点の力はさらに小さくてOK

 じつは、毎日布団から起き上がるときも、この原理を応用している。

 上半身の重心がおおよそ胸や後頭部のあたりにかかっているとすれば、胸や肩の後ろに手を回して上半身(30kgとする)を起こそうとすると、下から30kg以上の力を加えなければ、引き起こすことはできない(図2―A)。松尾さんの「恥ずかしい」やり方はちょうどこんな格好だ。例えると、30kgの米袋を、座った姿勢で持ち上げようとしていたようなものだ。

図1-C
胸や肩に手を回して引き起こすと、重心の重さと同じくらいの力が必要

 しかし、胸や肩の後ろではなく、後頭部をかかえれば、力点が支点(腰)から離れて、その分ラクになる(図2―B)。さらに、肘を床に下ろせば、そこが支点となり、重心〈作用点〉との距離が一気に縮まる。相対的に支点と力点との距離が大きくなり、さらに小さな力で体を引き起こすことができる(図2―C)。

図2-B 図2-C
後頭部に手を回せば、支点(腰)からの距離が少し離れる 肘を床に下ろせば、支点が重心にぐっと近づき、必要な力はかなり小さくなる

 もちろん、人間の体の仕組みは単純なテコの原理で説明しきれるものではなく、重い頭をおじぎするように前に倒したり、丸く猫背になって体をひねるなどの動作も大切な役割を果たしていることを付言しておこう。

力を使わず、ニコニコ介護

(1)相手のへその位置に立つ。(2)(自分から見て)手前側の肘を床に置き、もう一方の手を自分のほうへ寄せる。(3)相手の後頭部をかかえて、肘をしぼりながら相手の上半身を手前に引き寄せるように起こす。肘を支点にスッと起き上がらせる(田中康弘撮影)
(1)相手のへその位置に立つ。(2)(自分から見て)手前側の肘を床に置き、もう一方の手を自分のほうへ寄せる。(3)相手の後頭部をかかえて、肘をしぼりながら相手の上半身を手前に引き寄せるように起こす。肘を支点にスッと起き上がらせる(田中康弘撮影)

 さて、参加者にいつもの起き上がり方を実演してもらうと、前述したようなやり方をしている人がすべてではない。なかには、腹筋をするようにとてもキレイに一直線に起き上がってみせた方(若い女性)もいた。思わず「若さってすばらしい!」と拍手したくなるが、毎日毎日、このやり方で起きていると、「将来、必ず腰を痛めてしまうでしょう」と講師の坂本先生。年寄り臭く感じられても、肘をついて、のっそのっそと起き上がるのが、じつは正解だったのだ。

 こんなふうに、人間の骨格の仕組みを踏まえつつ、介護される人があたかも自分で起き上がったり、立ったり、移動しているかのように感じられる介助法。「介護が身近になった」現在の農村にこそ必要とされる技術の一つといえそうだ。坂本先生は、こんな言葉で締めくくった。

DVD

「力を使わないラクな方法をマスターして、私たちがニコニコしながら親を見ていれば、子どもたちも、介護ってそんなに大変じゃないんだって思ってくれるでしょ? そうすれば、今度は自分が介護されるときに助かるんです。自分も、子どもも、精神面でも、肉体面でもラクに介護と向き合えるはずですから」

 誌面の都合で、今回はたった一つの方法しか紹介できなかった。ベッドから車椅子に移動するときの介助法やおむつをラクに替える方法など、ほかにもまだまだ使える技がいっぱいある。DVDブック『家庭でできる ラクラク介助法 介護操体のすすめ』(農文協、税込1944円)を、ぜひご覧いただきたい。

 この介護操体の動画が、ルーラル電子図書館でご覧になれます。

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2015年2月号
この記事の掲載号
現代農業 2015年2月号

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家庭でできる ラクラク介助法 家庭でできる ラクラク介助法』坂本洋子 指導・監修

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