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農文協のトップ月刊 現代農業2019年2月号>渋いリンゴ 酸っぱいリンゴが加工で化ける

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「渋いリンゴ 酸っぱいリンゴが 加工で化ける」コーナーより

渋かったり酸っぱかったり。
でもそれがシードルやお菓子、ジャムなどの加工品をよりおいしくしてくれる。加工用リンゴは、新しい売り先を開拓するチャンスだ。

浅間クチーナ(115ページ)のアップルパイ

浅間クチーナ(115ページ)のアップルパイ

酸味と渋みが決め手
グラニースミスとゴールデンラセットで強烈なシードル

長野・宮嶋伸光

 就農17年目、昭和2年から続く宮嶋林檎園の3代目です。経営面積4haの畑で現在30〜40品種のリンゴを栽培しています。2015年から大町市の小澤果樹園と協業で、サイダーブランド「Son of the SMITH」を設立しました。

「Son of the SMITH」のシードル

左から筆者(41歳)と小澤果樹園の小澤浩太さん(36歳)。シードルをつくる醸造所

醸造所で味が違う!?

 所属している長野県果樹研究会の青年部の行事に、シードル製造がありました。毎年青年部のメンバーがリンゴを持ち寄り、地元ワイナリーにシードルの製造を委託するのです。当時は知識があったわけではなく、なんとなく未熟な果実がよいのでは?と、ふじやシナノゴールドのやや未熟な果実と、クラブアップルと呼ばれる受粉専用品種などを使っていました。

 同じ原材料比率で2011年頃から5年間製造し、初めの2年、後の3年とワイナリーを2カ所経験しました。初めに委託していたワイナリーの製品は非常に仕上がりがよく、青年部員からも好評価でした。しかし3年目に醸造所を変更し出来上がったシードルは、まったくの別物になっていました。年により原材料の品質に若干のぶれはあるものの、同じ比率でこうも変わる理由は何かと疑問を抱きました。

 このとき湧いた素朴な疑問をきっかけに、恩師で元長野県果樹試験場長の小池洋男さんの勧めもあり、農閑期には毎年のようにアメリカのオレゴン州に足を運びました。シードル(アメリカではハードサイダー)の進んだ醸造技術を学ぶうちに、自分でもつくりたい思いが込み上げてきました。現在は同じ思いを抱いた仲間と、ワイナリーを間借りして醸造を行なっています。

コンセプトは「振り切った酸味」

 2015年から本格的に醸造を開始したのですが、当時最も悩んだのが品種選び。当然、栽培している品種は生食用がほとんどで、シードルに向く品種はわずかしかありませんでした。その中で選んだ品種が「グラニースミス」と「ゴールデンラセット」。

 グラニースミスはオーストラリア原産の強い酸味が特徴の、世界を代表する青リンゴ。アメリカでもこの品種を使用したシードルは多くあり、品種選びのヒントになりました。

 ゴールデンラセットはアメリカ原産の品種で、果汁は少ないものの糖度が高く、若干のタンニンを含むことから、アメリカではシードルの原材料として使われることの多い品種です。

高い糖度と渋みを含むゴールデンラセット(農研機構より試験的に導入した。一般流通はしていない)

酸味と青リンゴ特有の香りがあるグラニースミス(入手先は菊地園芸)

 シードルの品種選びで最もありがちな誤りは、ふじを選択してしまうことです。もちろんふじも使い方次第では優れた材料になりますが、100%使用した場合はその限りではありません。

 現在日本のワイナリーで醸造されるシードルは、ほとんどがビン内2次発酵方式により製造されています。その際に使われる酵母は、非常に強いシャンパン酵母。じつはこの「ふじ」+「シャンパン酵母」の組み合わせは、世界の評価では最も相性の悪い最悪の組み合わせといわれています。

 その理由は、高い糖度と強い酵母の働き。糖度が高いことで、酵母の働きによりアルコール度数が高くなります。さらに強い酵母ゆえに、ふじの旨みの大きな要素である糖分が完全に食い尽くされます。結果アルコール度数がやたらと高く、旨みのないスカスカのシードルになってしまいます。

 そうしたことを踏まえ原材料を選択する際に重要視したのが、いかに飲み手の印象に残るシードルをつくるかということです。手持ちのリンゴで印象に残せる要素は「酸味」でした。ただし、無難なバランスのとれた酸味では面白みに欠けます。「振り切った酸味」をコンセプトに品種を選び、レシピを組み立てていきました。

 ゴールデンラセットの複雑な味とグラニースミスの青リンゴ特有の香りを含む果実味、そこから生まれる強烈な酸味をまとう「Son of the SMITH」のシードル(ハードサイダー)は非常に好評価でした。選択肢が少ないがゆえに生まれたコンセプトが、功を奏したのです。

原材料をつくる専用圃場。新わい化栽培を導入して作業効率を上げている

渋いリンゴを育種中

 シードルをつくるうえで欠かせない三つの要素があります。それは甘さ、酸味、そして渋みです。基本的にシードルをつくるときには、この3要素をどのようなバランスにするかで味が決まります。

育種でできたタンニンを多く含むリンゴ2種。 名前はまだない

 現状の日本の栽培現場には、甘みのある品種(生食用品種全般)、酸味のある品種(紅玉、シナノゴールドなど)はたくさんありますが、渋みのある品種(タンニン含有量が多い品種)は存在しません。その背景には明治から現在に至るまで、生食一辺倒の消費形態で日本の文化が進行してきたためと考えられます。

 3要素のうち、渋みははたして本当に必要なのかと思う方も多いかと思います。しかしこの渋みこそ、シードルの味に深みをもたらす、最も重要な要素なのです。そこで渋み成分であるタンニンを多く含む品種をつくり出すための育種を行なっています。

 まずはどんな品種を親とするかの選択から始めました。結果、クラブアップルや古来の品種(国光、和林檎など)、海外原産の品種などを使っています。

 現在いくつかタンニンを多く含む品種ができていますが、今後栽培特性や醸造特性など、さらなる見極めが必要です。

宮嶋林檎園。左から父佐一、母つぎ子、筆者、弟の妻智子、弟優作

(長野県小諸市)

酸味が強くて舌触りのいい 浅間クチーナ

浅間クチーナ。9月下旬〜10月上旬に収穫する

アップルパイにピッタリ

 2011年に品種登録された品種です。先代の父親が30年ほど前に「千秋」と「紅玉」を交配させて生まれました。

 この品種ができたときは、酸味が強すぎて生食用には向かないため、樹を切ってしまおうとしました。しかし、アップルパイにするのにちょうどよい酸味だったため、母親が切らないでほしいと要望。当時子供だった私たち家族は、この名前のないリンゴを愛着も込めて「酸っぱいヤツ」と呼んでいました。

浅間クチーナのタルト

 近年、リンゴは生食用だけではなく調理用としての需要も伸びてきました。これがきっかけとなり品種登録するに至り、「浅間クチーナ」と名付け、現在約20a栽培しています。

摘果いらず隔年結果なし

 加熱調理に向くポイントがいくつかあります。一つ目はpH3の強い酸味。二つ目は細胞が細かく、滑らかな舌触りに仕上がること。三つ目は、紅玉と比べて火の通りが早いことです。

 栽培上の特徴は、非常に豊産性であることと、自家摘果性(自ら不要なリンゴを落としてくれること)があることです。どんなに樹に実らせても隔年結果せずに毎年安定的に収穫できて、摘果労力も最小限で済みます。

 ただし欠点もあり、日持ちがやや悪く、軟化が早いです。しかし生食を目的としていないため、大きな欠点ではないと思われます。軟化した果実を加熱調理しても、正常果と大きな差は見られません。

 また、火が通りやすいことが欠点となるケースもあります。余熱でも火が十分通るので、大量に調理するときに、鍋の上側と底側とで火の通りにムラが出てしまうことがあるのです。

 現在、自園ではジュースに加工しています。爽快な酸味と甘さが特徴的なジュースに仕上がります。また取引先では、アップルパイはじめ、ケーキやパンの具材としても利用してもらっています。

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2019年2月号
この記事の掲載号
現代農業 2019年2月号

特集:タネの大交換会
今こそ 外国人が喜ぶ野菜/日本ワインは日本の気候に合うワイン用ブドウで/渋いリンゴ 酸っぱいリンゴが加工で化ける/国産オリーブ、有望品種を探せ/カレー好き集まれ!の品種選び/品種セットで売り上げアップ/直売所で目を引く品種ほか。 [本を詳しく見る]

リンゴのお酒 シードルをつくる リンゴのお酒 シードルをつくる』アドバンストブルーイング 著

軽くてさわやかで飲みやすいリンゴのお酒「シードル」。ジュースとイーストでできる身近なお酒のつくり方を本邦初公開。度数を高めたり生リンゴからつくる応用編、蜂蜜酒「ミード」やフルーツビールのつくり方も。 【別冊うかたま2014年4月号「手づくりする 果物お酒」を改題し書籍化した本です】 [本を詳しく見る]

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