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トランプ当選に貢献したアメリカ農民の苦悩と怒り

ーー新刊『アメリカ農業と農村の苦悩』より

薄井 寛

 アメリカの農家はなぜトランプ大統領を支持したのか。2月に刊行される『アメリカ農業と農村の苦悩』には、アメリカ農業・農村の現状と行く末が詳細に描かれている。そしてそれが日本の農業、農政にどのような示唆を与えるのか。著者である薄井寛さんに新刊案内を兼ね、アメリカ農業の実態を解説いただいた。

 

トランプ政権を農家が支持したわけ

 トランプ大統領誕生に最も貢献したのはラストベルト(さびついた製造業地帯)の白人工場労働者であったといわれる。しかし、「トランプが地方の有権者の助けを借りて当選できたのは今や公然の秘密だ」と、政治学者のキャサリン・クレイマーが指摘したように、とりわけミシガンやウィスコンシンなど中西部の接戦州で、農家と地方住民の岩盤支持がトランプ当選に重要な役割を果たした。

 この背景には、農薬や肥料による環境汚染への規制を強化しようとしたオバマ前政権に農家が強く反発したのに加え、農村社会の深刻な空洞化に対する地方有権者の危機感があったのだ。

ハーパー市郊外アルゴニアのガソリンスタンドに併設された食料雑貨店。内部は日本のコンビニより少し広いが、客数は1日当たり100人ほど

いくつもの村が廃墟に

 アメリカの地方(ルーラル・アメリカ)では今、いくつもの村が廃墟と化し、地域社会が崩壊しつつある。家族経営農家の離農・倒産が長期に続くなか(1959年から2017年までの58年間に全米農家戸数は371万戸から204万戸へ45%減)、農業関係の店舗や事業所をはじめ、飲食店や工場の閉鎖・倒産、さらには学校や教会の統合によって人口流出が加速化した。空洞化に歯止めがかからず、都市部との経済格差は広がっている。

 また、農村部のインフラは老朽化し、医療や介護の施設は不足する。さらに、オピオイド(麻薬)常習者の中毒死や農家の自殺、高校生らの若年出産などが増えるなか、地方住民のやり場のない思いがうっ積する。

店がない、食料が買えない

 一方、本書の五章2節(カンザス州に見る地域食料供給システムの崩壊)に記したように、アメリカ本土のほぼ中央に位置するカンザス州(人口292万人)では、1404の市町村のほぼ半分で食料を買える店が一軒もなくなってしまった。近隣の町へ数十キロ走ってたどり着けるのは給油所併設の小型スーパー(右写真)。過疎地域が広過ぎて移動販売の商売も成り立たない。住民の13%から15%がこうした「食料砂漠」に住む地方の郡が、大平原から南東部の諸州で増えてきた。

 大規模農家や企業農場との競合に負けた家族経営農家が後退し、地域住民向けの農産物の生産が減り続ける。その一方で、大規模化する農場は都市部と海外の巨大マーケットへ向け穀物や食肉の生産・供給に特化してきたからだ。

直売所は頭打ち、アマゾンが急伸

 20年ほど前からアメリカでもファーマーズ・マーケット(直売所)が急増した。しかし、家族農業の活性化にはつながらない。この数年は逆に、スーパーとの競争や直売所の乱立、一部消費者の直売所離れ、アマゾン・フレッシュなど生鮮食料品の宅配事業の急成長などによって、直売所はその数と経営の両面で頭打ち状態に陥っている。

 今後、大手宅配企業による出荷農家の囲い込みが進み、一部の州ですでに認可済みの「ドローン宅配ビジネス」が発展していけば、夏季中心の期間限定が一般的なアメリカの直売所は徐々に駆逐され、「食料砂漠」はさらに広がりかねない。これが、世界最強の農業国アメリカの実態なのだ。

地方産業の崩壊を置き去りにした “ワシントン” の驕り

 トランプ当選の要因から説き起こす本書は、家族経営農家の減少と人口流出がもたらした農村社会の空洞化の実態を報告するとともに、地方有権者の保守化の歴史を振り返り、今日の景気回復から取り残された彼らの憤りと投票行動について考える。

 そのうえで、米中貿易戦争を契機に表面化した、一部農家の「トランプ離れ」に注目する。そこでは、農家のトランプ岩盤支持層を切り崩そうと、農業・農村の活性化策を積極的に打ち出してルーラル・アメリカへの接近を強める民主党予備選候補者たちの動きや、それを「応援」するメディアの報道を追う。

 さらに、六章の「トランプ大苦戦か、2020年大統領選挙ーカギを握る三つの有権者グループ」では、①中南米系移民を含む青年有権者の投票率がどうなるか、②農家と農業関係者のトランプ離れがどれほど進むか、③隠れトランプ派の有権者がどれだけ増えるか、を予測する。

「輸出を増やせ」の日本でいいのか

 社会の分断をあおるような大統領が生まれた背景には、家族農業の衰退と地方産業の崩壊を置き去りにした「ワシントンのおごり」があったといえる。

 農商工など国家を構成する多様なセクターの均衡と調和のある発展をないがしろにすれば、そこに生じる政治の危機と社会の混乱は容易に修復できなくなる。家族農業と地域産業の役割を軽んじてきた “ワシントン” の農業・地域政策が、アメリカ社会の今のゆがみをもたらしたのだ。

 少子高齢化ではアメリカの先を行く日本はどうか。中小農家の急減と地方の過疎化が深刻化し、食料自給率は37%という異常な低水準。それでも、農産物の輸出増にこそ日本農業の生き残りの可能性があるかのように、安倍晋三政権は吹聴する。本当にそうなのか。苦悩するアメリカの今を他山の石とし、数十年先を見越した農業・地域政策の抜本改革に着手すべき時がきている。それこそが「トランプ劇場」から学べることの一つだと、本書は提起する。

(JA全中OB)

新刊案内

アメリカ農業と農村の苦悩
ー「トランプ劇場」に観たその実像と日本への警鐘』 薄井寛 著
農文協刊(2020年2月発売)四六版312ページ。本体予価2200円+税

第一章 トランプ大統領を誕生させたアメリカ中央部の地方票
第二章 トランプ支持者の怒りとルーラル・アメリカの直面する課題
第三章 忘れられたルーラル・アメリカートランプへ投票した農家の思い
第四章 ドイツ系アメリカ人社会の保守化の変遷とその背景
第五章 深刻な空洞化に直面するアメリカの過疎地帯と移民労働者
第六章 トランプ大苦戦か、2020年大統領選挙ーカギを握る三つの有権者グループ
終 章  “トランプ劇場” から私たちが学べること

※新刊『アメリカ農業と農村の苦悩ー「トランプ劇場」に観たその実像と日本への警鐘』もぜひご覧ください。

https://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54019208/

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現代農業 2020年3月号
この記事の掲載号
現代農業 2020年3月号

特集:もっと使える 農家の軽トラ
雑草イネ、スズメ、ジャンボタニシ……ヤツらをあざむく直播のワザ/春のトウ立ち回避術/摘果や受粉がラクになる ナシの花芽整理/自然哺育時の増し飼いは落差が大事/自然災害と復旧――農業保険編 ほか。 [本を詳しく見る]

アメリカ農業と農村の苦悩" アメリカ農業と農村の苦悩ー「トランプ劇場」に観たその実像と日本への警鐘』薄井寛 著

トランプ大統領の誕生に大きく貢献したアメリカ中央部の農家と地方有権者。その背景には、輸出志向型の大規模農業の推進による家族経営農家の衰退と、それに起因する農村社会の深刻な空洞化に対する彼らの反発と憤りがあった。社会を構成する一部のセクターの利益が著しく疎外されることで生じた分断と、人種差別主義によって政治的に深められた亀裂の傷は容易に癒えることがない。地方と都市の分断と対立をあおることで自らの岩盤支持を固めてきたトランプ大統領のもとで、苦悩するルーラル・アメリカの実態を活写するとともに、我が国における農業・地域政策の抜本的な変革の方向を含め、その「トランプ劇場」から日本は何を学べるのかを考える。 [本を詳しく見る]

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