合鴨君中国へ飛ぶ

この春3月、私達(鹿児島大学の萬田正治先生夫婦と古野夫婦)は、招かれ中国の安徽省合肥市の安徽省農業科学院、江蘇省鎮江市科学技術委員会、湖南省長沙市湖南農業大学を訪問。合鴨水稲同時作の交流をしてきた。

地図を開ければ良く解る。前二者は、揚子江下流域、後者は中流域に位置する。この三者は遠く離れている。相互に連絡し合った訳ではないが、何故か同じ頃に訪中を依頼してこられた。

この国の稲作やアヒルの歴史は古く、稲作は6000年〜7000年前に始まり、アヒルは3500年〜4000年前に家禽化されたと言われている。アヒルの水田放飼も約1000年の歴史を持つ。唯、私の提唱する「合鴨水稲同時作」と、この国の「伝統的アヒル水田放飼技術」はどうも根本的に違うらしい。この度三個所で合鴨水稲同時作の本格的試験が始まる。私の知る限り中国初の試験である。


一 菜の花の風景

安徽省や江蘇省の春は浅く、野山の草は枯れていた。その為か、田んぼの菜種や小麦の緑が、春の光の中で、一際鮮やかだつた。時折、柄の長い鍬で中耕している人がいた。丘の上に、レンガ作りの小さな農家が点在していた。のどかな早春の風景がどこまでも広がっていた。

一方湖南省は、南に位置するので、暖かく水田には水が入り水牛で田を耕したり、苗代に種を播く作業が始まっていた。ここでは既に菜の花は満開。地のはてまで黄色の海だった。

とにかく中国は広い。人口12億。耕地面積9491万ha。湖南省だけでも、人口は6000万人、面積は日本の半分くらいもある。安徽省だけでも5000万人以上の農民がいると言う。


二 中国農業の印象

1992年、私達は、「アヒル水田放飼の調査交流」の為、中国南部の広西省興安県の農村地帯を訪ねた事がある。その時、私達は、伝統農業を見た。懐かしい気持ちになった。今回の訪中で受けた中国農業の印象はそれと幾分違っていた。

江蘇省では、丹陽市延領鎮で、合鴨水稲同時作のワークショップが開かれ、スライドで説明した。

「丹陽市では高収量米を作っており、収量は1ムー(666u)当たり600kg〜800kg(籾)。N成分36kg、殺虫剤5回、殺菌剤4回、稗は人力で抜く」

「中国の、農業は、化学肥料や農薬を多量に使い増収したが結局農産物価格は安くなった。そこで生態農業が始まった」

「丹陽市では60万ムーのうち10万ムーで化学肥料や農薬を使用せず有機肥料のみを使用して、生態農業を行っている。害虫防除は、テントウ虫やクモを放す。BT剤(生物農薬)も使う。政府はカエルを取る事を禁じている。ただし、除草剤は少し使う。出来た野菜は、北京や南京等の大都会で30%〜50%位高く売れる」

中国各地に、この様な、生態農業モデル地区があるという。湖南農業大学の、畜産の先生達は、私達のスライドを見て「中国では、農薬を使い過ぎているので、放飼いしたアヒルに悪影響がでるのではないか」と心配されていた。湖南省でも2年前に、農薬を使った野菜を市場で買って食べて、消費者が急死した事件が新聞に報道されたそうである。

湖南省の省都の長沙市近郊の稲の苗はポット苗であった。直径1cm位のポットが集合している苗箱を苗代の土に置き赤土を入れバラ播きで、手で種をまく。ポットの底には穴があいている。育苗期間30日。田植えはポットより、土のついたままの苗を取り出し、空中に投げて植える。いわゆる空中田植えである。腰を曲げてする田植えより、ずい分楽で収量も多いそうだ。今では滅多に見られないがこれは日本から伝わった技術である。それが中国、稲作の中心湖南省で広がっている事は興味深い。

この技術は除草剤とセットになつているが、現在の中国では適正技術なのだろう。因みにここでも、農家一戸当りの耕地面積は20a位である。江蘇省や安徽省の、高級レストランで「この野菜は天然もの(野草)です。安心して食べて下さい。」と言われた。笑えないブラックユーモアである。三地区とも、中国の平野の穀倉地帯であった為か、多肥、多農薬、多収穫の農業から生態農業に関心が向かっているという印象をうけた。


三 合鴨水稲同時作の可能性

以上のような農業事情の中国に合鴨君は招かれたのである。果たしてこの国に広がる可能性はあるのだろうか。

@中国のアヒル

「日本の合鴨の卵を下さい」アジアの国々でよく言われる。「合鴨」は日本人のように良く働く特別の鴨であり、合鴨水稲同時作の成功のカギは、「合鴨」に在りという訳である。これは完璧なる誤解である。普通、その国のその地域の土着のアヒルこそ、「最適品種」と考えてよい。

中国は広く、アヒルの品種も多い。肉用、卵用、卵肉兼用合わせて20種類以上のアヒルがいる。

今回、私達は三種類のアヒルを観た。

巣湖鴨。安徽省の卵肉兼用種で、体格強大3.5kg日本の合鴨の二倍位ある。田んぼの中を小さな小川が流れていた。200羽近い巣湖鴨が両岸の葦の中に首を突っ込んで何かを食べていた。見張りの男が一人、小船を操り鴨を追っていた。何千年と続く風景であろう。

江蘇省では特産の高郵鴨を見た。この鴨は卵肉兼用種日本の合鴨よりやや小型。動作機敏。生後83日〜100日で産卵を開始し、一年間に300個近く産卵する。

湖南省長沙市近郊では、春草の生えた田んぼの中に、白色のアヒルを放し飼いしていた。この地方で湖鴨と言う品種で、これも産卵率は年300個という。

いずれのアヒルも産地は湖沼地帯である。これらの品種だけ見ても、中国では、日本と違ったタイプの新しい可能性が示唆される。たとえば高郵鴨で合鴨水稲同時作をする。極めて短期間で産卵を開始するので、田んぼから鴨を引きあげる頃、卵を産み始めるだろう。日本ではまだ行われた事のない、産卵用の鴨による愉快な合鴨水稲同時作である。又、体格強大な巣湖鴨も、肉用アヒルとして合鴨水稲同時作に適正品種と考えれる。

A稲作

安徽省肥東県の稲作では、五月下旬田植え、九月下旬収穫。苗は35日畑苗、手植え一本植え。栽植密度17cm×20cm。江蘇省丹陽市では、30日苗の3本植え。6月中旬田植 。10月下旬収穫。栽植密度は20cm×30cm。湖南省ではポット苗1穴6〜7粒。30日苗。空中田植。いずれも苗は30日以上の中成苗で、合鴨水稲同時作に丁度よいと思われる。ただし栽植密度と多肥の習慣が気になる。

B試験区

三地区とも合鴨水稲同時作の試験区は意外に広かった。特に江蘇省丹陽市延領鎮の試験区は2haもあった。田んぼの横に立派なレンガの家が建設中であった。

「何ですかあれは」

「試験区の監視所です。」

「アヒル泥棒を見張るのです。」

日本では、合鴨の外敵は犬やカラスやイタチである。ところが中国では泥棒(人間)が最大の外敵になるだろうと言われる。これに対して、従来の私達の体験は役に立ちそうもない。更に電気柵は、経済的理由で中国農民が使用するのは無理かもしれない。このように普及段階では中国の実情の中ではいくつかの問題点がある。が、一応日本式の電気柵で、試験区を囲いキッチリ試験をしていただくことにした。もしも、この試験で収量や収益や環境等で良好な結果が出たならば、中国の実情に合わせて、例えば電気柵を使用しない方法等を自力で工夫して頂く訳である。尚この試験用の電気柵は熊本県八代市の末松電子より、社長末松 弘氏のご好意で贈呈されたものである。


四 おわりに

アジアに於ける合鴨水稲同時作の広がりは、大きく分けて二つのタイプがある。

A.〔先進国型〕農業近代化が進んだ結果、合鴨水稲同時作に至るタイプ。(日本、韓国)

B.〔発展途上国型〕伝統農業あるいは近代化のごく初期の段階で合鴨水稲同時作に至るタイプ。(ベトナム、フィリピン、ラオス、ミャンマー等)。

今回の中国の三地区の農業を見る限り明らかにA の先進国型と言ってよいだろう。これは、意外であった。世界一のアヒル王国中国こそ当然合鴨水稲同時作の世界一の適地になる可能性がある。この交流は始まったばかりである。今後も交流を続けて、合鴨水稲同時作を「アジアの共通技術」にしたいものである。


今回の旅でも実に多くの事を学ばせて頂きました。

瀋暁昆氏。王志強氏。劉英女史。戚少燕氏。黄先生。曲先生。本当にお世話になりました。

尚、今回の訪中の直接のきっかけは、農文協が近年中国に農業書を贈る運動を展開していて、拙著「合鴨ばんざい」と「無限に拡がる合鴨水稲同時作」が、鎮江市科学技術委員会の沈 暁昆氏の目に止まった事にあります。中国との仲介の労を農文協の大石 卓氏にとって頂きました。有り難うございました。


合掌 古野隆雄 久美子

2000年4月吉日


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