農文協:作物学用語事典

刊行の辞

大杉立

日本作物学会 会長 大杉立

 地球環境を健全に維持しつつ人類を持続的に繁栄させることは、現在を生きる我々に課せられた大きな使命である。そのために食料・環境・エネルギーの諸分野における様々な問題に積極的に対応することが重要である。

 作物学はこのような問題解決に密接に関わる学問であり、作物に関する様々な側面、たとえば、作物の起源と伝播、形態、生理、生態、環境との相互作用、収量性、栽培管理、品質などについて研究するものである。そして、その成果を環境と調和した持続的な作物生産を可能にするような栽培技術の開発、新たな品種育成などにつなげることをめざしている。

 このように作物学は作物を総合的に捉える学問であることから、使用される用語も多岐にわたっている。これまで、日本作物学会では「作物学用語集」を刊行し、用語の表記法、日本語と英語の対照などを示してきた。これまで何度かの改訂を行ない、2000年3月に、『新編 作物学用語集』(養賢堂)を刊行した。

 その後、用語の表記法などだけではなく、関連する知見を含めて用語の解説を行ない、作物学に関する研究・教育に資する書の必要性が指摘され、2006年に常設の用語委員会の業務としてその刊行作業が開始された。今般、ここに『作物学用語事典』の刊行をみることができたことは大変喜ばしいことである。

 本用語事典は、大学の専門課程の学生、大学院生、研究・行政・教育機関の若手職員など、これからの作物学および関連分野の研究・教育を担う若人をおもな読者対象とし、彼らにとってより理解しやすい形をめざした。その結果、本用語事典では、個別の用語ではなく作物学のおもな分野ごとに、166の大項目を立て、それに関わる用語を見開き2ページの中で写真、図を含めて解説することとした。

 このような新しいスタイルは用語委員会における精力的な議論の結果であるが、こうすることで関連する用語も併せて理解できるとともに、その用語についてもより深く学ぶことが可能になり、利用者の利便性を増すことができたと考えている。また、本用語事典にはこれまでの作物学における多くの成果が凝縮されており、若手のみならずすべての作物学および関連分野の方々が座右の書として研究・教育に活かしていただけることを期待している。さらに、農家の方々はもちろん、農業に直接かかわりのない一般の方々にも気軽にご利用いただき、作物や農業への理解の一助にしていただければ幸いである。

 本用語事典の刊行は、用語委員会(松田智明委員長)が中心となり、多くの会員の協力のもと日本作物学会の総力をあげて行なわれた事業である。執筆にあたられた会員各位、そして、企画から刊行まで多大の労力を費やされた松田委員長以下用語委員会の皆様には、心よりお礼申し上げる。

 さいごに、本書の企画・編集にあたってご尽力いただいた、社団法人 農山漁村文化協会に感謝申し上げる。

2010年1月

本書の刊行にあたって

松田智明

日本作物学会用語委員会 委員長 松田智明

 日本作物学会の常設委員会の1つである「用語委員会」は、2000年3月に、今井 勝 委員長のもとそれまでの『改訂 作物学用語集』(1987年刊)をかなり大幅に改訂して、日本作物学会編として『新編 作物学用語集』(養賢堂)を刊行した。その後、日本作物学会として「作物学の用語解説集」刊行の必要性が指摘され、その具体化についての検討が用語委員会の主要な業務として取り組まれてきた。

 同様の取り組みは関連学会においても同時進行的に行なわれ、いくつかは先行的に刊行されている。本用語委員会ではこれら先行的刊行物も参考にしながら、取り上げて解説すべき用語の選択や解説スタイル、体裁等について紆余曲折を重ねながら検討を進めた。その結果、先行した関連学会の用語解説集とは異なるまったく新しいスタイルの本用語事典の編集・刊行が決まった。

 本用語事典は、作物学分野の研究や調査、教育を進めるうえで必要な基礎的用語や知識・知見などを解説するのが目的である。従来の事典(辞典)は、『生物学辞典』(岩波書店)や『熱帯農業事典』(日本熱帯農業学会編 養賢堂)、『植物育種学辞典』(日本育種学会編 培風館)などのように、数千におよぶ用語をそれぞれ数百文字程度で解説を加えwるものが多かった。

 これに対して本用語事典は、「〔イネ〕苗代と苗」、「〔畑〕栄養繁殖」(以上、「栽培」分野)、「〔イネ科〕幼穂の発育」(「成長」分野)などのような大項目を166立てて、関連する用語を、見開き2ページの中で解説するスタイルをとった。こうすることによって、他の用語と関連づけながら理解することが容易になる。

 本用語事典で解説する用語は、原則として『新編 作物学用語集』に掲載されているものとした。しかし、近年、『日本作物学会紀事』や『Plant Production Science』に頻繁に掲載されている新規の用語も加えることとした。解説用語は赤字で表記し、英語訳を併記した。また、解説用語とその英語訳を、それぞれ「和名索引」、「英和索引」(英名と和名を併記)として索引を作成した。用語によっては複数の解説ページが示されており、多面的な理解が可能になっている。索引には、本書で取り上げた作物、雑草の「学名索引」も収録しているので、あわせて利用いただきたい。

 なお、用語の解説内容は必ずしも学会誌等でオーソライズされたものばかりではないため、項目の最後に執筆者名を入れることとした。

 166の大項目を「栽培」、「成長」、「形態」、「生理」、「品種・遺伝・育種」、「作物」の6つの分野に分けた。各分野の編集は、本委員会の編集委員が担当した。「栽培」ではイネと畑、「成長」、「形態」ではイネ科とマメ科に大項目を分け、それぞれイネとダイズを取り上げて解説した。しかし、おもに他の作物やその栽培で用いられ、イネやダイズで説明できない用語については、「作物」分野の各作物で取り上げ、解説した。本用語事典で取り上げた用語数は、和名3,646語、英名3,372語、学名307語である。

 本用語事典は、作物学分野および関連分野の研究や実務、教育に携わる若人をおもな読者対象にしている。大学の専門課程の学生、大学院生、研究・行政・教育機関などの若手職員がこれにあたる。しかし、用語を解説するということは、ある程度用語の意味を定義付けすることにもなるため、すべての作物学研究者の必携の書となると考えられる。また、現場の指導者や農家の方々にとっても作物の基本図書として便利に活用していただけるものと思う。

 本用語事典の執筆・編集は日本作物学会の総力をあげて行なわれ、多くの会員等の協力のもと刊行のはこびとなった。「作物学用語集」と対をなす日本作物学会の基本的刊行物である。ご多忙の折、執筆にあたられた会員各位には、心よりお礼申し上げる。

 さいごに、本書の企画・編集にあたっては、社団法人 農山漁村文化協会にご努力いただいた。厚くお礼申し上げる。

2010年1月