増刊現代農業  

仕事で、生活で、個性的自己実現
本当の「帰農時代」の始まり

「増刊現代農業」〈帰農〉5部作

 1998年9月3日、NHK「クローズアップ現代」で「定年帰農六万人」が放映された。新聞やテレビでひんぱんに使われるようになった「定年帰農」は農文協の造語だが、「帰農」という言葉の歴史は古く、中国の「後漢書」にも登場する。

 日本では戦国末期、江戸の改革期(たとえば寛政の改革での「旧里帰農令」、天保の改革での「人返しの法」など)、幕藩体制崩壊後(明治維新)、第2次大戦敗戦後と、大きな時代の節目やドラスティックな変革期にあらわれる言葉であり、現象のようだ。しかし、それらは権力による強制的・半強制的な「帰農」であり、大衆自身の主体的な選択による「帰農」や都市から農村への人口還流が、これほどまでに大きな流れになった時代は歴史上初めてといってよいだろう。

 「帰農」という言葉を、インターネットのサーチエンジンで検索していたら、札幌の古本屋さんのホームページで『帰農時代』という本を見つけた。柴田義勝著、昭和21年6月、瑞穂社刊とある。電子メールで注文したら、2日後には書籍小包で届いた。札幌からというより、昭和21年から時空を飛び超えて送られてきたような気がした。著者柴田氏は、新聞記者の職を捨て、昭和10年代に愛知県大高町文久山に帰農した人のようである。敗戦直後、新憲法も、農地改革も実現していないころの本。バブル敗戦後の現代とかさねて読むと味わい深い、珠玉の言葉が黄ばんだ本の中にちりばめられていた。

 「商工日本の発展は、その後、満州事変を、支那事変を、更に今次戦争を経験せざるを得なかった。そして、敗戦の結果、それが終りを遂げたのである。我が国は農業国として再出発する以外に別の方途はないことになった。新日本の国是は『農業立国』でなければならぬ」
 「大正の末期から昭和のはじめにかけての思想的大混乱期において、日本をして動揺なからしめたのものは、実に、我が国農村の重厚性であった。今度の敗戦に直面しても、何等の不安動揺を起させていないのも、我が国農村の不動性のお蔭である。農村の厚み、とその奥行とは大きな力である。帰農者は、その農村の厚みと、奥行とに学ぶところがなければならぬ」
 「帰農といふことは、職業の転換であると同時に、思想の転換でなければならぬ。思想の転換が行はれ、従って生活の転換を行ふ決意が出来て、はじめて帰農といふことが出来るのである」

 バブルの崩壊を経て、画一的大量生産・生活・労働の時代は終った。これからは個性的自己実現の時代である。農文協では「増刊現代農業」で帰農3部作「定年帰農」「田園住宅」「田園就職」を発行してきたが、「定年帰農」個性的自己実現生産の、「田園住宅」個性的自己実現生活の、「田園就職」個性的自己実現労働の本である。仕事で稼いだお金で余暇に自己実現するのでなく、生産・生活・労働そのものをとおして自己実現する生き方への共感が広がっている。それは、『帰農時代』がめざした職業の転換、思想の転換、生活の転換でもあろう。


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