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「近藤康男先生三世紀祝」開かれる


三世紀祝いで記念講演する
近藤康男農文協図書館理事長

満州農業移民の講演は40分におよび、
感銘を与えた


卒寿記念講演する
小倉武一農文協図書館評議員


米寿記念講演する
松尾孝嶺農文協図書館理事

 2001年1月4日、農文協主催の近藤康男先生三世紀祝いが日本出版会館で開かれ、三世紀記念講演近藤康男元会長・卒寿記念講演小倉武一前々会長・米寿松尾孝嶺前会長がそれぞれ行われた。
 近藤康男先生は記念講演で次のような思い出と意見を述べられた。
「20世紀の戦争で悲劇に終わった満州農業移民のことを忘れてはならない。原因の一つは昭和初期から、日本は土地が狭くて人口過剰だから海外への移民が奨励された。その一つが陸軍が計画した満州移民であった。中国人の土地を安く手にいれ、100万戸500万人の農家を北満州に移住させ、ソ連軍の侵攻に備えるということであった。
 すでに明治中期から始まった海外移民について、農学者、横井時敬は”移民は棄民である”と、移民政策の誤りを指摘していた。人口過剰を解決する方法は、国内の牧野を開拓し、農地改革を実施することであった。工業でも内需を拡大することで解決出来たはずだ。しかし、小数の社会科学者では軍隊を向こうに廻して反対することは出来なかった。国策と世論が誤った方向に進もうとするとき、それを正すのは言論機関に社会的使命である。社会科学者の意見を進んで取り上げて普及することである。21世紀は戦争のない平和な世界にしなければならない」

<新世紀を迎える新聞報道は次の通り>
◆2001年1月1日号:日本経済新聞文化欄・近藤康男
「生を受け止め農に生きる」◇農業経済学で「貧しさ」と戦い抜いた1世紀◇
 二十一世紀を迎えて今思うのは、百年以上も健康でいられたことへの有り難さである。百二歳の日常生活、「無抵抗主義」の一生、世の混乱に学を志す、こうして二十世紀に農業問題を追求し70冊の図書をまとめた、最期に二十一世紀に実現しなければならないのは戦争のない社会だ、中国の文学者巴金の「過去を忘れないものだけが未来の主人公になることができる」が結論だ。
写真:農作業中の筆者(撮影・橋本紘二)

◆2001年1月5日号:毎日新聞の目次と社会面
NEWSLINE:「102歳の記念講演」日本の農業経済学の礎を築き、今年102歳を迎えた近藤康男さんの祝賀会が開かれた。講演で、20世紀は戦争の時代と総括、あやまちを忘れずに21世紀へつなげていくべきだと語った。
 社会面では「3世紀生きた元教授熱弁」102歳「言論機関は使命果たせ」と紹介、農文協では1月4日に、近藤康男さんの「三世紀祝」に90歳の小倉武一さんと88歳の松尾孝嶺さんと歴代会長の長寿を祝った。
 近藤さんは記念講演で、第2次世界大戦中に日本は人口過剰だと旧満州へ500万人の農業移民を計画した。「満蒙開拓団」の視察団長を務めた経験に触れ、中国人の土地を安く取り上げ、結果として敗戦に伴う引き揚げで多数の犠牲者を出したが「移民ではなく国内の牧野を開拓するなど言論機関として果たすべき役割があったはずだ。誤った方向に行こうとする世論を正すのが言論機関の社会的使命だ。昔の間違った戦争と悲惨な経験を忘れずに、21世紀につなげていきたい」と40分にわたって熱弁をふるった。 

◆2001年1月7日号:日本農業新聞(サンデーとうーく)
「3世紀を生きる」「食料自給は平和のかぎ、農協はもっと主体性を」
 長寿社会といわれるが、19・20・21の3世紀を生き、新世紀を現役出迎える人はまれである。農業経済学の大家である東大名誉教授・近藤康男氏は102歳の高齢にもかかわらず、農文協図書館理事長として、電車とバスで通勤している。21世紀は「戦争のない、平和と民主主義の世であって欲しい」と願う一方、農協については「政府の代行機関ではなく、組合員の主張が反映できる、主体性を持った組織にすべきだ」と語っている。以下、研究活動の印象に残ること、農林統計調査・農地改革の経験、現在の生活、長寿の秘訣などをインタビューしている。

◆2001年1月10日号:協同組合新聞一面、(新春対談)102歳近藤康男博士と梶井功東京農工大学学長<3世紀を生きて>印象に残ることなどを特集した。

◆2001年1月中旬、共同通信から地方紙に配信:「ときを語る」「3世紀を生きた」◎過去を忘れず、未来を担え。戦争のない新世紀を語る近藤康男さんインタビュー記事が出ています。 

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