『農村文化運動』 154号 1999年10月

むらの10年後を育てる「集落点検運動」


[目次]

はじめに

第1章 「集落点検運動」

    - 農村女性の手による地域計画づくりとその実践

元山口県農林部 藤井チエ子
  1. 女性たちの「集落点検運動」が明らかにした地域の未来図
  2. 統計数字ではつかめない集落の現状と未来
  3. 農家生活改善士誕生のドラマ
  4. むらづくりにおける女性たちの力を行政も公認
  5. 若妻・高齢者に関する政策視点を県政へ提言する農村女性たち

第2章 山村を呑みこむ「山の里くだり」からむらを守る

    - 女性たちの山の手入れと地域資源に有効利用が山村の未来を育てた

山口県農家生活改善士 田中恵子
  1. 育林や農産加工に大活躍の「小波グループ」
  2. むらの文化を再発見し、みんなで未来を構想した「集落点検活動」

第3章 豊かなむらづくりが中山間地の過疎を防ぐ

   - 廃校に日本語学校をつくったら

山口県農家生活改善士 國本展子
  1. 消防隊や夕市でむらを守り、消費者に発信する「すみれグループ」
  2. 日本語学校に至る「集落点検活動」の道

第4章 安定兼業地帯で歳をとっても田んぼを守れる基盤づくり

    - 11年がかりで女性たちが実現したむらのグランドデザイン

山口県農家生活改善士 三嶋八重子
  1. むらづくりは「河原グループ」の胸中に「夢プラン」からはじまった
  2. 「夢」の実現にかけた11年

補論 「集落点検活動」の独自性とその意義

    - 農村計画論の流れになかで総括する

日本農村生活学会西日本支部長・元山口県農業試験場 高橋伯昌
  1. 住民は計画の受益者か計画の主体か−農村計画二つの流れ
  2. 専門家・行政関与のしかた
  3. 「むらびとの、むらびとのための、むらびとによる、むらづくり」

 


はじめに

文化運動としての「集落点検活動」が市町村の未来を拓く

 一九九九年は、新農基法(「食料・農業・農村基本法」)が成立した年として、長く記憶にとどめられるだろう。農家・農業を対象に農工間の所得均衡と選択的規模拡大路線を打ち出した旧農基法に比べると、食料自給率の向上を掲げ、国民全体を視野に入れて農業の持つ多面的機能を強調する新農基法は、農業農村の見方を根本的に転換させる画期的なものである。

 新農基法の考え方は、今後具体的な施策となって市町村に下ろされていくだろうが、全国の農村では、新農基法に先だって、農業農村の見方を転換させるさまざまな力強い実践が、女性や高齢者を中心にすでに始まっていることを見落とすわけにはいかない。そのひとつが、今回特集した山口県の「集落点検活動」である。

 〈生活創造型〉の農業が地域を暮らしの場として再生させる

 旧農基法のもとでは、日本農業の土台をなす稲作も選択的規模拡大作物も、生産性が追求された。農業が産業としてとらえられ、大型機械の導入をてこにした大規模化と、大型産地化が政策的に進められたのである。

 では、その路線に乗れなかった地域はどういう道をたどったか。その典型は山村や中山間地の過疎地で、大型機械の導入が難しく市場からも遠いため、規模拡大も産地化も困難だった。一方で生活様式の急激な変化のために木炭の生産が困難になり、木材価格も低迷。こうして、地域資源を生かす仕組みが衰退すると、後継者は他産業に就業し、過疎化と住民の高齢化が急速に進んだ。

 ところで、産地化に成功した地域でも、別の問題が生じていた。産地間競争による果てしなき規模拡大、連作障害による地力の低下や作物の病害虫の多発、農作業の集中による過労や農薬被害といった問題が起こったのだ。また自給生産が縮小して農家でありながら野菜を買う、あるいは農作業に追われて子育てがおろそかになるというような状況もでてきた。

 農業における生産性追求は、暮らしの場としての地域をひずませ、貧しいものにしたのである。

 いま女性や高齢者を中心に、朝市産直や農産加工、高齢者のための給食サービスなどの動きが、全国的に広がっている。この動きは、農業の生産性追求がひずませ貧しいものにした地域を、再び暮らしの場として蘇らせようという性格を持っている。〈生活創造型〉の農業への転換が進んでいるのだ。

 格を持っている。〈生活創造型〉の農業への転換が進んでいるのだ。  朝市産直が買い手も含めて地域の絆を結び直したり、高齢者への給食サービスが地域の相互扶助の力を改めて活性化させていることに見られるように、農業のこの転換は、コミュニティの再創造を伴なっている。暮らしの場としての地域とは、コミュニティそのものなのである。

 豊かなむらづくりのための実践へと展開する「集落点検活動」

 山口県の「集落点検活動」は、この根源的な動きを先取りし、暮らしの場としてのむらづくりを意識的に追求したものなのだ。

 「集落点検活動」とは、集落の現況と、集落をこのまま放置しておいたら一〇年後にはどうなるかという予測を、各世帯の聞き取りをもとに作成し、そのうえで集落が一〇年後どうありたいかという構想を立てる。この「構想」は単なる机上の計画ではなく、「構想」を立てた住民の主体的な実践と不可分のものである。

 山村や中山間地の「集落点検活動」の結果、過疎化と高齢化の進む集落をいかに維持し、豊かにするかということが共通の課題として浮かび上がった。だから「集落点検活動」の過程では、基盤整備のように農業生産のハードに関することも話し合われたが、その目的は労働生産性を上げ大規模化するということではなく、高齢化しても農業を豊かに展開できる条件づくりである。どうしたらより多くの人が集落に住み続けることができるのかという課題が、根底にあるのだ。そのため「構想」実現のための実践活動は、暮らしの場としてのむらづくりに、おのずから展開していくことになった。

 未来は〈自己〉のうちにある――「集落点検活動」は高齢社会悲観論を打破する

 「集落点検活動」によって予測された一〇年後の集落の姿は、山村や中山間地では空き家や独居老人、高齢者世帯の増加であり、とくに山村では集落の存続すら危ぶまれることが明らかになった。

 このとき、この「集落点検活動」は、統計数字による客観的な調査ではないということに注目する必要がある。山口県で「集落点検活動」を実施したのは集落の女性たちだったが、彼女たちにとって、集落の人びとは身内と変わらない存在である。そのため一〇年後の「予測」にあたって集落住民の長寿に対する願望が入り込み、そのことが結果として、独居老人や高齢者世帯の増加など、一〇年後の集落の姿をいっそう厳しく描き出したというのだ。「むらの一人ひとりが、少しでも長生きしてほしい」、これがむらびとの偽らざる心情なのである。

 その心情は、「客観的な数字」を根拠に、「高齢者の増加は、生産年齢人口の減少と介護などの社会的な負担の増加を招く」などと高齢社会を悲観的にとらえる見方とは相容れない。

 「予測」が主観(体)的なものであるから、それを踏まえた「構想」も、どこかの誰かが立てた客観的な計画とは当然違ってくる。「自分も歳とっていくし、集落全体も高齢化していく。でもまだけっこう元気だし、がんばれるうちはがんばろう。みんなで息子たちを呼び戻そう」、こんなふうに集落の高齢化と自分自身の高齢化を交差させながら、集落をどうしたら豊かにしていけるかを考えていく。

 「集落点検活動」において、未来は「構想」を実現していく主体である〈自己〉のなかに存在するのであって、〈自己〉の外に客観的に存在するのではない。このことは市町村計画を立てるときに、基本的に押さえておかなければならないことである。

 平成九年、山口県は「高齢者ビジョン」を策定した。「高齢者ビジョン」の基本視点は、「経験と知識、技術を豊かに持つ高齢者が生涯現役で活躍することは、地域の活性化に役立つ。高齢者の増加は好ましいことだ」というものである。この基本視点の基になったのは、山口県の農村女性のリーダーたちが、自分の住む地域の高齢者に対して実施したアンケート調査だった。調査する主体が「自分は生涯現役で高齢社会を生きる」という「未来」を〈自己〉のなかに持っていたからこそ、このような基本視点を提示することができたのだ。高齢社会を悲観的にとらえる固定観念を〈自己〉のうちの「未来」によって打破するという文化運動を、山口県の農村女性たちは、「集落点検活動」を通して行なったのである。

 「集落点検活動」から始まる暮らしの場としての市町村づくり

 いま、私たちの生活の根源的な次元で、五つの変革が進行している。人生八〇年時代に生涯現役をめざすライフサイクル革命、農都両棲の暮らしをめざすライフスタイル革命、画一的大量生産から多品目少量生産へ転換する生産革命、小量多品目の農産物の産直を通して農村から都市へ働きかける産直革命、全国画一の教育から地域の個性的な教育へ転換する教育革命である。この五つの変革を支えているのが農村空間であり、そのような農村空間を形成するのが、〈生活創造型〉の農業なのである。

 二十一世紀の日本社会の有り様は、生産性追求によって歪められた農業を〈生活創造型〉へ転換させることによって大きく変わってくるだろう。自分の住む地域を暮らしの場とするためにこの転換を進める「集落点検活動」は、集落段階のむらづくりにとどまらず、二十一世紀の日本社会を内包しているのである。

 いま多くの自治体が長期基本構想を立てつつあるが、情勢認識とすべきは生活の根源的な次元で五つの変革が進行しつつあることであり、課題とすべきは〈生活創造型〉の農業への転換によって暮らしの場を作り出すことである。「集落点検活動」は、その起点となるであろう。

文化部


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