『農村文化運動』 168号 2003年4月

脱「大量生産・大量消費」の社会像

-日本農業の進路と未来社会を構想する-


[目次]

はじめに

I  問題提起

 

「世紀的転換期」に生きる 庶民の暮らしと農業・地域の未来像

茨城大学農学部教授 中島 紀一
  1. フォーディズムの破綻と「世紀的転換期」としての現代
  2. 「世紀的転換期」は庶民にとって必ずしも悲惨の時代ではない
  3. 今「自給」について考え、小さな実践を開始することの意味
  4. 行き詰まる「産業型農業」と、「生活型農業」の可能性
  5. 農家の自給を基本とした自立的な地域を創造する

 

II  21世紀の農業像・社会経済像を考える視点

 

[文化経済学の視点から]

金銭経済から文化経済への構造転換

京都橘女子大学教授・文化政策学部長 池上 惇
  1. 大量生産・大量消費社会の終焉と現代日本産業の空洞化
  2. 地域の固有性と住民の創造性
  3. 現代の知的所有とノウハウの継承・創造
  4. 創造型産業としての文化産業

 

[歴史学の立場から]

グローバリゼーションと日本の農業・農村・農家

岩手大学連合農学研究科教授 玉 真之介
  1. はじめに
  2. グローバリゼーションの諸相
  3. 戦後の管理・開発型国家における農業・農村・農家
  4. 「国家の退場」
  5. 不安定化と二極分化
  6. ハイテク化時代における農業・農村・農家
  7. デフレ時代と農業・農村・農家
  8. おわりに - 農家であることに誇りをもって

 

[文明論の立場から]

農業と文明の転換 - 農・食・環境からの社会展望

國學院大學経済学部教授 古沢 広祐
  1. はじめに - 大地と人間のつながり
  2. 人類史の歩みのなかで
  3. 20世紀文明からの転換
  4. 農業生産の近代化にみる諸矛盾
  5. 「緑の革命」にみる近代技術の明と暗
  6. 歴史にみる生命循環型モデルの原型
  7. 農と食、森と海が結ぶ循環の世界
  8. 有機・環境保全型農業で支える世界
  9. 環境・福祉と農業・地域政策の統合の時代

はじめに

 日本農業は、少量多品目生産の直売型農業には活気があるものの、年々増える輸入農産物などの影響によって、米や野菜等の農産物価格が低迷、下落。とくに日本農業の土台である米については、自主的減反などを骨子とする米政策改革大綱が決定されるにおよんで、いっそう厳しい事態への対応を考えなければならない状況になっている。

 一方、日本経済に目をやると、長期不況克服の展望はなかなか見えてこない。グローバリゼーションの広がりのなかで、生産性の高い先進国や労賃の安い発展途上国とのきびしい競争にさらされて、産業空洞化がすすみ、輸出も低迷。デフレ下で人件費の圧縮・リストラがすすめられ、失業率は五・五%と最悪の状態である。兼業化が深まった今、農家経済も景気の動向と無関係ではありえない。

 このような農業や経済の動向について、マスコミでは現状や各種政策のあれこれについての報道はなされても、明確な展望が示されることはなく、閉塞感だけがつのっている。そこで本号では、現代社会の何が、どう行き詰まっているのかを明らかにし、経済や農業の進路と、来るべき社会の近未来像を明らかにすることを目的に、第T部「問題提起」では、茨城大学農学部の中島紀一教授に、農業をとりまく環境の大きな変化にどう対処すべきかを論じていただき、第U部では、さまざまな専門の三人の研究者に、二十一世紀の農業像・社会経済像を考える基本視点を提起していただいた。

 そこで、茨城大学の中島紀一教授は、経済成長と生活の豊かさはイコールではないとして、自給を基本にすえた生活型農業の見直しと地域の自立を提起し、文化経済学の池上惇教授(京都橘女子大学)は、人々の豊かな情報ネットワークの形成によるノウハウの継承・創造と、地域の固有性にもとづく創造型産業の振興を提起。大量生産・大量消費社会から脱却と、生活の質が重視され、それぞれの人間が自分らしさを発揮できる社会への展望を示している。

 また、歴史学の立場から玉真之介教授(岩手大学)は、グローバリゼーションの波が日本に何をもたらしつつあるのかを押さえたうえで、デフレ時代に農家や農村はどう対応すべきかを過去の歴史から提起し、歴史的転換点としての現代をどのように超えていくべきかを、農の原理を基に提起。そして最後に、よりいっそう長い人類の歴史をふまえた文明論的視点から、古沢広祐教授(國學院大學)が、環境と食・農を基軸にパラダイムを転換し、大地・自然と人間との関係を結び直すことを、一人ひとりの生き方や社会システムのあり方も含めて提起されている。

大量生産・大量消費にもとづく経済成長の時代は終わった。日本農業の進路は、農家・農村だけでなく、地域や社会の暮らし全体が豊かになる方向で展望されねばならない。農業・農村がもつ根源的な力に自信をもち、自然と人間が調和した新しい社会の創造に取り組むことができれば幸いである。

文化部


戻る