『農村文化運動』 191号 2009年1月

タイにおける地域再生運動に学ぶ
―「アグロ・フォレストリー」への転換と「次世代への継承」に着目して

國學院大学名誉教授 里見実


[目次]

特集 タイにおける地域再生運動に学ぶ
――「アグロ・フォレストリー」への転換と「次世代への継承」に着目して

 國學院大学名誉教授 里見実

はじめに

序 タイの地域コミュニティ再生運動の今

I 森を生かした自給型複合農業への転換はこうして始まった

1.タイの経済成長と、農業近代化のための借金による破綻
2.「インペーン」による複合農業への転換
3.地域自立のベースである森林生態系と、その模倣としての畑の農法

II 自然から学んだ技術や智恵を次世代に継承
──「地元を愛する子どもの会」の活動から

1.村の子どもたちとのワークショップ
2.足もとの自然や生活から学ぶ
3.ワークショップの実際
4.森を生かした複合農業のさまざまな智恵
5.〈学びのスタイル〉を村の古老から学ぶ教師たち

III 暮らしから森を観る農民のローカル・ノーレッジが自然を守る

1.山の民を突然に閉め出したタイの森林保護政策
2.森のありがたさを知っている焼畑農民の森とのつきあい方
3.民衆知を生かして森を管理する「コミュニティ・フォレスト」運動の広がり

IV 生命系としての自然に根ざした共同体の文化再興を
──「開発」の思想批判

1.「建国」と「開発」という第三世界の課題と陥穽
2.西欧型の「開発」は豊かさにつながるか
3.森が人と人をつなぎ、大地と人をつなぐ――タイの農民たちの労働と共同体
4.共同体の文化と生命系としての自然を破壊したものは何か
5.労働を豊かにし、人びとの生を充実させる道

おわりに──地域コミュニティの再生は地域に根ざした実践的学習から


はじめに

 アメリカの住宅バブルの崩壊とサブプライムローン問題に端を発し世界を混乱に陥れている金融危機は、貿易や資本を自由化し無限成長を追求してきた経済グローバリゼーションの破綻にほかならない。今、その後始末に世界各国が取り組みつつあるが、実体経済とは無関係に膨れ上がりだぶついた金のやりとりは必ず次のバブルとその崩壊を招き、いっそう深刻な経済危機を呼ぶだろうといわれている。飽くなきもうけを求めての、金が金を生むかのような虚ろな経済成長の先には、より大きな世界的規模の破局が待っている。

 このような転倒した経済社会のあり方を転換し、まっとうな社会を築いていくには、地域資源をじょうずに活かす農業を確立し地域自立をはかっていくことをベースに、社会全体の産業や暮らしのあり方を変革していくことが必要なのではないか。

 そこで本号では、農業近代化で地域の農家が借金づけになったことへの反省から始まったタイ東北部における地域再生の取組みを紹介したい。

 そこではインペーンという土着の農民組織が立ち上げられ、森林を生かした複合農業「アグロ・フォレストリー」への転換がすすめられている。森の植生をモデルに見立てて畑に一七〇種などという多種類の樹木や草本類を混植し、家畜を飼い魚も養殖し、加工も取り入れる。衣食住の自給をすすめ、一部は地域の朝市で売るような、風土を活かした、市場経済に左右されない農業である。

 タイは一九九七年、経済危機にぶつかった。タイの急成長を陰で支えていた海外からの大量の投機資金が、タイの変動相場制への移行をきっかけにタイから逃げだし、タイの通貨バーツが下落、倒産・失業など激しい混乱に陥ったのだ。だがその際、自給型の複合農業は大きな影響をうけず、却って農村に若いものを受け入れることができて、人びとは大きな自信をつけてきたという。

 本号を執筆してくださった國學院大学名誉教授の里見実先生は、このような農業確立の取組みとともに、インペーンが毎年開いてきた、地域の自然や農家が築きあげてきた技術・文化を学ぶ、地域の子どもたちを対象としたワークショップにも注目している。地域コミュニティの自立と持続のために、地域の子どもを地域で育む食農教育が必要なのである。

(社)農山漁村文化協会


戻る