<<戻る

臼井 隆



氏名:
臼井 隆
ふりがな:
うすい たかし
肩書き:
なぐも原・結いの里 事務局長
出身都道府県:
岐阜県
生年(西暦):
1953
現住所:
新潟県
主な経歴:
1976年 酪農学園大学卒業
1978年 新潟にて農業に従事
1989年〜1990年 新潟県農協青年部委員長
1997年〜 お米の学校開催
2003年 なぐも原・結いの里設立
2004年〜なぐも原・結いの里事務局長

上記肩書き以外の「主な役職」:
(有)結い 専務
「お米の学校」講師

■お話のジャンル・領域

<食農教育>

総合的学習

■メッセージ

私は、今都内と地元の小学校12校で「お米の学校」と題してバケツ稲を中心にした稲の栽培指導を月一回の出前授業を行っています。
今年で、12年目を迎えます。

この「お米の学校」の特徴は、イネの育つ姿や育て方をイネの一生を人の一生になぞらえた言葉で子供たちに話を進めながら、一粒の“いのち”でお茶碗一杯のごはんを食べると言う目標をもって、子供たちには、実際のバケツ稲で育つイネの生育を観察、診断しながら育ててもらっているところにあります。
そこには、“いのち”の大切さや食と農と環境との関わりから“生きる”ことの意味や役割を子供たちに伝えていく私の思いがあります。

こうした「お米の学校」の誕生には、私と子供たちとの農を通したこれまでの様々なふれあいがあったからです。それは、今から17年前、当時牛飼いと稲作をしていた私のもとに、都会で生活をしていた一人の子が私の農場にやってきました。そして始めての体験である牛の世話に悪戦苦闘しながら、約1週間農場で過ごしました。その体験を如何に家族に伝えるか?その子は考えた末出た答えが洗濯しない手袋で、自分の思いと体験を家族に帰宅後伝えました。

もう一人は、先輩からのいじめによって引きこもり親も心配していた子が、牛の世話をしながら、自分の居場所を発見し少しずつ心を開いていきました。そんな変化は、同じような状況にあったの仲間を誘い、一緒に牛の世話や農作業を行うことによって、自分の存在と仲間への思いやりを育てていきました。
それ以降も心荒れる子や情緒不安の子など様々な子供たちが自然に農場に集まり、農業とのふれあい体験を通して、心豊かに逞しく成長していきました。そんな子たちの姿を見て、私は、農業の教育的役割を学ぶことができました。

そんな子供たちに親しまれたと子供たちと農と私とので愛・ふれ愛・めぐり愛の農場「おっちゃん農場」の様子を農文協の雑誌「食農教育」に連載したところ、それを見た都内の小学校の栄養士さんから「学校で稲の栽培指導をしていただきたい」と言うお話しがありました。これがきっかけとなって「お米の学校」が始まり、その後、総合学習の始まりによって先生や栄養士さんたちを通じ年々「お米の学校」を行いたいというという学校が増えていきました。

そこでたった一校で始まった「お米の学校」を取り入れる学校が年々増えていったのか、その理由を色々と考え先生や栄養士さんたちと話すと、それは、「お米の学校」の授業がただ単なる稲の栽培授業にとどまらない、子供たちの今かかえている心と身体の変化に合わせた言葉でイネの生長していく姿を話し、一緒になってバケツ稲で子供たちに語り、育てているところにあるようです。
当然教育現場における総合学習の目的にも合致している食や農、環境、社会に関心を持つきっかけとなっている。そんな効果があるようです。

一方、私の活動は、『なぐも原・結いの里』と組織の村おこし事業を軸に行っています。その事業の中の一つである教育福祉活動のとして「お米の学校」をおこなっています。その他に『なぐも原・結いの里』は、事業の軸となる農耕事業部門を(有)結いが10fの高校の実習農場跡地を農業特区を活用して有機無農薬の農産物の生産・販売しています。「お米の学校」を通して学校給食に食材の供給も行っています。更に地域の自然や資源を活用した環境・エコエネルギー事業や都会の人たちに農村の良さを体験し田舎暮らしをしてもらおうと移住定着事業も行っています。こうした事業をとおして持続可能な村づくりを目指しています。

「お米の学校」の詳しい授業内容や『なぐも原・結いの里』の活動については、私の活動拠点である 『なぐも原・結いの里』のホームページに掲載しております。

■主な著書・雑誌記事等


お問い合わせはこちら:農文協(食と農の応援団事務局)