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米飯給食は、十年後の食卓を変える

阿部裕吉(あべ・ゆうきち)
学校食事研究会事務局長。5年間、都内の高校に勤務し、教育雑誌の編集長を務める。
1968年より現職。月刊『学校の食事』を主宰し、子どもの嗜好調査や健康と食生活調査、学校給食関係調査を続ける。


カレーシチューからカレーライスへ

 戦後、学校給食が再開されてから約三〇年間、パンが主食の給食が実施されてきた。一九七六年に正式に米飯給食が導入されたが、その前後五年ほどは、いわばパンから米飯への移行期で、一九七一年に実施した筆者らの学校給食好評献立調査では、カレーライスが第五位(九・三%)にランクされ、人気ナンバーワンの献立はカレーシチュー(四九・〇%)であった。

 このころ、筆者が取材ででむいた現場の小学生から、「どうして、カレーのときにライスがでてこないの?」と質問されて、その解答に四苦八苦していたのを思いだす。当時のカレーシチューは、パンに合うように調理されたシチューっぽいカレーでトロみがなく、どう考えてもライスには合わなかったのである。子どもたちは、早く米飯の時代がきて、トロみのあるカレーライスがでてきてほしいと願っていたのである。

 その思いがかなって、一九八一年の好評献立調査ではカレーライスがナンバーワンになり、嗜好率も過去最高率の七八・一%を記録した。子どもにとってカレーは、いまも昔も大好きな献立で、とくにパンから米飯の移行期で、はじめて食べたカレーライスの思い出は忘れることができないものになっただろう。

 このような思い出の数々がそれぞれの人々のその後に大きな影響を与え、それぞれの食構造を変えてきているといえるのである。

給食の人気メニューが家庭料理に浸透

 米飯給食が導入されて五年目の一九八一年に実施した好評献立調査では、カレーライスがはじめてトップにおどりでて、好評献立に占める米飯献立の割合が二五・二%になり、その一〇年後の一九九一年には四八・二%となる。好きなメニューに占める米飯メニューの割合が約二倍に増えたのである。当時の好評メニューでは、五目ご飯(一一%)、手巻き寿し(八%)、ピラフチャーハン(六・六%)、わかめご飯(六・三%)、肉じゃが(三・六%)など、その後のわが国の家庭料理に影響を与えたものが多い。

 このころ給食で「肉じゃが」を食べていた人が二十歳代になった二〇〇一年に発表された「日本人の食卓風景」(全国・二十歳代女性一二八一名調査)によると、「家庭でよくつくられる代表的家庭料理」では、カレーライスやスパゲティーを押しのけて、「肉じゃが」がナンバーワンの座に着いた。五目ごはんなども上位に入っており、学校給食のメニューが、そのあとの時代の家庭の食生活にストレートに影響を与えたともいえよう。これも、米飯給食がもたらした大きな効果として銘記されるべきものと思われる。

納豆カップと米飯給食の意外な関係

 ところで、スーパーマーケットの棚にも、学校給食の影響をみつけることができる。

 アイスクリーム用の紙パックに入った一人用の納豆カップ。一九七六年ごろ関東の納豆屋さんが給食用に開発した個別用のパックを、四個から五個フィルムパックにしたものである。あるいは、手巻き寿司用ののり。一九八五年から九〇年ごろにかけて、学校給食で手巻き寿司が流行したが、そのために正方形ののりが必要になり、東海地方の流通業者がつくらせたのが最初といわれている。このように、米飯給食が食品の流通形態に及ぼした影響も数多くみてとれる。

 学校給食に米飯が導入されて今年で三十二年になる。戦後の一九四七年から七六年まで、パン全盛の学校給食が二九年。その後の米飯給食が今年で三十二年目。パン経験年数を約三年超えた。

 いま、米飯給食の回数は平均週三回に近づこうとしており、地元のお米や野菜を導入し、和食中心の給食献立を実施する動きも広まりつつある。この米飯給食経験が子どもたちにどんな影響を与えるのか、興味をもって見守りたい。

(学校食事研究会)



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