● お宮の社務所を加工場にして栃餅づくりに邁進

 ―栃餅保存会・谷田秀太郎さん

 栃餅が村の特産品としてさまざまなイベントで販売されるようになってきたころ、雲洞谷では栃餅づくりに本格的に取り組もうという機運が高まりました。食品衛生上、専門の加工所を設けることが必要になってきたことも、活動に本腰を入れるきっかけでした。そこで1世帯で7万円ずつ出し合って加工所をつくろうと呼びかけたところ、結局残ったのは河井さんや谷田さんをはじめとする7世帯。現在の栃餅保存会のメンバーです。
 保存会が正式に発足したのは15年前。お宮の社務所だった建物を加工所として改築し、村から約200万円の補助金を得て餅つき機などの機械を購入しました。加工所ができたことで安定した量産が可能となり、モチ米と栃の実の配合もモチ米3kgに対し栃の実600gという比率で統一することに。また、集めるのが大変だったナラの木灰は、静岡県焼津市にある鰹節工場から定期的に譲ってもらえることとなり、現在も続く加工体制がほぼ確立されたのです。
 メンバーのなかには保存会の活動の他に仕事を持っている人もいますが、河井さんや谷田さんは会を結成してからは収入の途を栃餅づくり一本に絞ってきました。アク抜きなど手間がかかる栃餅は、簡単につくれるものではありません。そんな確かな技に裏付けされた自信があってこその選択でしたが、経済上の理由から生業の創出を迫られたというのも理由のひとつです。もともと農地の少なかった雲洞谷では林業との両立が生活の基本でしたが、木材価格は低下の一途をたどっていたのです。
「もし栃餅がなかったら、村を出て行かなくてはならなかったかもしれませんね」と谷田さんは振り返ります。栃餅の可能性に賭け、背水の陣を敷いたメンバーもいたのです。