特集:生物地理学の次元
●森中定治:日本生物地理学会の意義……193
日本生物地理学会は,75年の歴史をもつ学会であり,生物の記載・分類および生物地理に係わる様々な研究を議論し,出版してきた.会員は第一線の研究者も生物学をライフワークとする非職業研究者も含み幅広い構成となっている.生物のジャンルは問わない.生物地理学的研究の尊重は,学会の趣旨から論を待たないが,近年の科学の急激な進展,社会の変遷に鑑み,生態学,進化学,生物哲学から生物多様性や環境に係わる生物研究まで,人類の人間としての持続という視点から幅広く扱い,また大会において取り上げていく所存である.
キーワード:蜂須賀正氏,日本生物地理学会,次世代の人類
●向井貴彦:汽水魚・通し回遊魚における地理的分化と生殖隔離の維持機構……196
これまでの魚類を用いた生物地理学的研究には,地史との関わりが深い淡水魚が注目されることが多かった.しかし,汽水魚や川と海を行き来する魚類(=通し回遊魚)といった海を通じた分散が可能で,なおかつ淡水に依存した魚類も,興味深い地理的分化のパターンを示す.また,汽水魚や通し回遊魚の地理的に隔離された集団が二次的に接触した地域では,さまざまな交雑帯の構造が見られるため,遺伝的に分化した集団がその違いを維持する機構,すなわち生殖隔離が維持される機構について比較検討する題材となりうる.そうした視点から,琉球列島―日本本土間の汽水魚・通し回遊魚の地理的分化を交雑帯研究のモデルケースとして,いくつかの事例を検討する.
キーワード:地理的隔離,遺伝的分化,交雑帯
●疋田 努:東アジア島嶼域における爬虫類の生物地理――分子と形態から見た地理的分布――……205
日本列島と琉球列島を含む東アジア島嶼域の爬虫類に関する系統学および生物地理学的な研究についてレビューした.まず,生物地理学的に解析するための地域を分割し,爬虫類の共通種数の比較によりそれぞれの地域間の関係を示した.ついで,形態や分子データから大陸種を含めた系統関係が明らかにされているトカゲ属,カナヘビ属,ハブ属,マムシ属について系統地理学的な関係を示し,琉球列島と台湾,大陸,日本列島と朝鮮半島での地理的な分断と種分化について論じた.
キーワード:生物地理学,爬虫類,東アジア,琉球列島,日本列島,古地理
●森中定治:カザリシロチョウの分子系統解析から見えてきたこと……221
シロチョウ科のひとつであるカザリシロチョウ属は216種以上が含まれ,ニューギニア島山岳地帯では特に著しい種分化がみられる.ミトコンドリアおよび核ゲノムデータに基づいてカザリシロチョウ属に含まれるeichhorniグループの系統解析を行い,形態形質による系統解析結果を参考にしてその進化過程を考察した.また,この系統学的研究から塩基置換における転移型と転換型の推移の一定性が分岐群の精度に関係することが示唆された.
キーワード:EF - 1α, Eichhorni, ND5,カザリシロチョウ,分子系統,ニューギニア
●朝井 計・日原由香子・太田にじ・是枝 晋・定家義人:ゲノムサイエンスと遺伝子研究……229
ヒトが月に降り立った時に遺伝暗号は分かっていたが、遺伝子の塩基配列は分かっていなかった。電卓も高価でコンピューターも性能が悪かった。それから30年後にヒトゲノムの全塩基配列が決定され,世界規模のコンピューター通信網を介して巨大なデーターベースの利用が可能となった。ゲノム情報は嵐のようにやってくる。これはほんの始まりのようだ。
キーワード:ゲノム,ポストゲノム,枯草菌,藍藻,ミトコンドリア,アイスプラント
●関根康介・佐藤直樹:プラスチド核様体の構造とグローバルな機能調節……238
プラスチドは独自のDNAを持ち,多くの光合成遺伝子をコードしている.プラスチドDNAは,タンパク質とともにコンパクトに凝縮され,核様体と呼ばれる複合体を形成している.プラスチドの遺伝子発現に関する研究は,現在盛んに行われているが,最近,プラスチド核様体におけるDNA凝縮が転写に影響することが明らかになってきた.ここでは,両者の関係を示す実験結果を紹介し,プラスチドにおける転写調節の新たなメカニズムについて考察する.
キーワード:プラスチド核様体,転写調節,DNA結合タンパク質,亜硫酸還元酵素
●書評―……246
『熱帯雨林の生態学―生物多様性の世界を探る―』/『森林の環境・森林と環境』/『里山の生態学』/『生物進化とハンディキャップ原理』/『アニマルサイエンス(全5巻)』
『自殺する種子』/『ちょっと待ってケナフ!これでいいのビオトープ』/『砂浜海岸の生態学』
Special feature: The dimension of biological geography
Morinaka Sadaharu:What is the Biogeographical Society of Japan ?(193)
Mukai Takahiko:Geographic differentiation and reproductive isolation
of diadromous and brackish water fishes(196)
Hikida Tsutomu:Biogeography of reptiles in islands in East Asia――geographic
distributions from views of molecular and morphological studies(205)
Morinaka Sadaharu:What is revealed by the molecular phylogeny of the
genus Delias ? (221)
Asai Kei, Hihara Yukako, Ohta Niji, Kore-eda Shin & Sadaie Yoshito
: Genome science and genetics
(229)
Sekine Kohsuke & Sato Naoki : Structure and global functional
regulation of plastid nucleoid(238)
Book reviews(246)
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