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Ruralnet・農文協食農教育2003年1月号

食農教育 No.24 2003年1月号より
[特集]食と農でこんな力を育てたい

「総合」でこんな力を育てたい──学校の外からの期待

仕事のなかで「自然情報」を読みとる

福岡県・農業 古野隆雄 [ふるの たかお]

古野隆雄
1950年、福岡県に農家の息子として生まれる。九州大学農学部卒業。以後、完全無農薬有機農業に取り組む。合鴨水稲同時作を開発し全国へ広める。

 私は25年間、有機農業をしてきました。あらゆる種類の野菜を作り、合鴨水稲同時作をし、ニワトリを飼い、蜜蜂を飼ってきました。貧乏人の子沢山の言葉通り、私たちには、5人の子どもがいます。子どもたちは、田んぼや畑で遊び、自然に手伝いをしてきました。手伝いというより、働いてきたというほうが正しいかもしれません。有機農業の中には、子どもたちにも相応の仕事があるのです。今、振り返ってみると、子どもたちは、仕事の中で遊び、学んできたように思います。

仕事の意味は合鴨から学ぶ

 我が家の有機農業の仕事は多種多様です。子どもたちの仕事もいろいろあります。

 長男の隆太郎と次男の泰治郎は、1つ違いの兄弟。長男が小学校に入学したその日から、300羽のニワトリと1.7ヘクタールの田んぼの合鴨の世話を一切、2人に任せました。雨の日も、風の日も、朝、夕2回、彼らはニワトリと合鴨の給餌をしました。高校に入学するまで、この仕事は続きました。「先生、泰チャンは、ニワトリの餌やりしよるとよ」、友だちが遅刻した次男の弁解をしてくれたことが何度かあったようです。

 仕事を任せることは大きな意味があります。もし、与える餌の量が少なかったり、緑餌が不足したりすると、ニワトリの産卵率は落ち、尻つつきで死んだりします。合鴨はもっと正直です。餌やりが遅れると、全員で大声で鳴いて、餌を催促します。子どもたちは、自分の仕事の役割を、ニワトリや合鴨から直接学びます。

 「ママ帰ろう。ニワトリに餌やらな、いかんばい」。海に沈む夕陽を見ていた長男が、突然言いました。その時、長男は5年生。家で海水浴に行った時の話です。「任された仕事」が、いつの間にか、「自分の仕事」になっていたのです。それは、自分で観察し、自分で考え、自分で決断し、行動する事なのです。

仕事に深く関わることで生まれる発見

 では、なぜ手伝うのでしょう。

 ある時、テレビのプロデューサーが小6の長男に質問しました。「隆太郎君、なぜ手伝うの」「手伝わんやったら、パパとママが野菜の配達に行くのが、遅くなるやん。だき、手伝うと」「エライナアー」「ウン」、次男「わからん。気がついたら手伝いよった」

 私は、仕事の事を、いつも子どもたちに話します。意識的に、子どもの意見を引き出します。

 初めて田んぼに放した合鴨のヒナが、濡れて、震えていた時、私はドライヤーで乾かそうとしました。そこへ長男が言います。「パパ、風呂に入れたほうがいいよ。僕たちも寒い時、風呂に入るやん」。その通りでした。

 「ママ、雄鶏が1羽鳴くと、1、2、3、4、5と数えると次の1羽が鳴くよ。そして、1、2、3、4、5と数えると次のも鳴くよ」。次女の瑞穂の大発見です。「合鴨は、おしりの両側をコチョコチョするとくすぐったいみたいよ」と、末っ子の明日香。子どもたちは、傍観者として観察するのではなく、仕事に深く関わることで、それなりの新鮮な発見をしています。

 女の子たちは、軽トラックに乗り、野菜の配達に、いつもついてきます。配達の仕事から、子どもたちは、老人の1人暮らし、3人家族、大金持ち……いろんな家族があることを学びます。我が家は、どうして、お金を得ているのかを、実践の中で学びます。そして、自然に計算が上手になっていきます。時には、計算違いをしますが、それはそれでいいと思います。

人工情報と自然情報のバランスが大切

 現代社会は、情報化社会と言われています。情報には2種類あります。自然情報と人工情報です。本、テレビ、ラジオ、コンピューター、そして通常の勉強も、ほとんど人工情報でしょう。農業の仕事は、自然情報がいっぱいです。人工情報は、整理され体系化された情報ですが、自然情報は混沌とした情報です。そして、自然情報は、身体と心の全体で感受するものです。子どもたちは、手伝い、仕事の中で、自然情報を学んでいます。

 人工情報と自然情報のバランスが大切です。韓国、忠清南道にプルム農業高校という小さな学校があります。韓国の合鴨水稲同時作は、この高校の前校長の洪淳明先生の尽力で全国に広がりました。「仕事だけするのは牛。勉強だけするのはオバケであり、仕事をして勉強をする全人教育」と、洪先生は言っています。

 子どもたちが、仕事の中で得たことが、何に役立つのか、具体的には、わかりません。しかし、自然情報を、自分で観察し、全体の流れをつかみ、仕事の段取りをし、作物が育つのをじっと待つ体験は、子どもたちがどんな勉強をしても、どんな仕事についても、きっと役立つと思います。

 逆に、私が学校で勉強した事は、今の有機農業の仕事にとても役立っています。

 「パパ、数学やら勉強して、何の役に立つと」と次女が私に尋ねました。中学生になって、数学が急に難しくなったのでしょう。

 「それはねえ、お前が仕事についた時にきっと役立つと思うよ。お父さんも、直接ではないが、合鴨水稲同時作の理論と技術を組み立てる時に、昔、数学で筋道を立てて考えた事が、厳密に因果関係を考えるうえで、ずい分役立ったよ」


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