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Ruralnet・農文協食農教育2003年5月号

食農教育 No.27 2003年5月号より
[特集]地域みんなで校庭改造―ビオトープから農園まで―

 

大胆改造術

 

校舎の裏地にハス田がよみがえる

 

東京・江戸川区立二之江第二小の実践 編集部

 

 都会の住宅街のど真ん中に建つ学校の校舎裏に、かつての地域に広がっていたハス田が復活した。江戸川区立二之江第二小学校。開校30周年を迎えた昨年、校歌にもある「白くふらむはすの花」を子どもたちにぜひ見せてやりたい――と、学校と地域がいっしょになってハス田復活への取組みが推し進められた。

小松菜以外にも特産がいっぱい

 昭和48年にこの学校が開校するまで、1haにおよぶ敷地のほとんどがハス田だったという。この土地の提供者の一人である中里治男さん(74歳)に、ハス田のあったころの地域の暮らしをお聞きした。
 「江戸川の農産物といえば小松菜と思われてるが、昔は、レンコン、海苔、アサリ、ツマミ菜、京菜と、たくさんの名産があったんだ」。
 江戸川・荒川の水と、東京湾の塩が出合うこの地域では、とびきりの浅草海苔がとれたという。中里さんもお父さんの代までは海苔を養殖していた。
 レンコンもやはり、この土地の水を抜きにしては語れない。江戸川区は台風がくれば水浸しになるような土地だった。しかし、それもイネには影響するが、ハスはへっちゃら(8月の成長期に台風がくるとダメだが)。それに、3〜4年に一度水をかぶったほうが、連作するに都合がいいという。だからこそ、ハスが広まったとも言える。

ハス田での作業(昭和40年ごろ、江戸川区郷土資料室提供)

冬場の収穫はたいへんだった

 ハスの栽培は手間いらずで、米の3〜4倍はとれたそうだ。ただ、冬場の収穫がたいへん。暮れのかきいれどきは、日が短いし、寒いし……。ゴム手袋一枚、手作業なのだ。
 「レンコンは抜き取って収穫するわけじゃない。折ってしまうと泥が穴の中に入って食べられないから、上のヌルヌルした土を桶ではねのけて、その下の土を手で掘り返して収穫する。節の間から芽がでるから、その芽をたよりに土を片すんだ」。
 どんどん地下にもぐっていって、馬止め(耕盤)より下にいくものや、隣の田んぼまで伸びるのもあるという。
 しかし、昭和30年ころから工業化・宅地化が進み、水が汚れてしまう。
 「『枯れが入る』というんだが、レンコンが腐っちゃうんだな。昔は10aで1600kgとれていたのが、1000kgになり500kgになった。私も学校の土地を最後に、ハスづくりをやめることになった」。

「二小蓮田愛育会」を結成

 失われた地域の姿を伝え残したい。それには、いっそ学校の校庭を改造してハス田を復活し、子どもたちが白い花を見て、泥をかいて土の中で育ったレンコンを収穫することが一番だ、と中里さんは考えた。
 二之江第二小には土地提供者としてずっとかかわってきた。金満俊一校長もハス田復活に大乗り気だったので、平成13年8月、まずは金満校長と齊田幸二教頭を茨城県土浦市の農家に連れて行き、ハスの花を見せた。
 次に、学校の土地提供者や町会長、自治会長、歴代のPTA会長さんなどとともに、「二小蓮田愛育会」を組織。12月には、江戸川区長、教育委員会に趣意書を提出し、協力をとりつけてしまった。

土浦から江戸川へレンコンが里帰り

 明けて、14年2月。校舎裏の土地50m2に念願のハス田がよみがえる。
 「区に土台をつくってもらったあとは、愛育会の力でなんとかしたよ。ちょうど町内に畑を駐車場に変えるという人がいたから、運び賃だけだして土をごっそりもらっちゃったし、ブロックも知り合いの業者さんに『あまってるのないかい?』って聞いてね。ハッハッハッ」と中里さん。
 『湖北の光』という種レンコン30本は、茨城県土浦市の農家からもらいうけた。土浦のハスはもともと江戸川の業者が開発したもの。榎本さん、三橋さん、彦田さんという運び屋がいて、毎日農家からレンコンを集荷しては、東京中の市場を駆け回って売ってくれたそうだ。ところが、東西線が開通し、行徳や浦安のハス田が住宅地へと変わったのを機に、業者たちは茨城に種レンコンをもっていき、大産地を育てたのだという。
 二之江第二小でのハス田づくりは、言ってみれば、土浦から江戸川へレンコンたちのお里帰りでもあった。

ハス田ができるまで

四時起きで花の咲く音を確かめる

 さて、学校にできてしまったハス田を管理したのは齊田教頭だ。もちろん、ハスの栽培ははじめてだった。
 「田植え後の管理はけっこうラクなんです。水を切らさないことと、浮草や茎につくアブラムシをとることだけです。でも、最初はどこにハスの根があるのかわからず、足の入れ場にも苦労しました」。
 ハスの学習は3年生(80名)がすることとした。30本のハスは順調に成長し、7月27日には、3年生や保護者を集めてハスの花の鑑賞会を開くことができた。花見のあとは、ボランティアで絵本の読み聞かせをしているお母さんが、『蜘蛛の糸』など、ハスの登場する絵本を朗読してくれた。
 ハスの花は朝早く咲き、日中開いて、夕方閉じる。ハス田全体に一気に咲くのではなく、少しずつ咲いていく。
 「ハスが咲くときには『ポッ』と音がすると聞きますが、愛育会の間では、音のする派としない派とに分かれました。私も確かめたくって、夏休みに学校に泊まってみたんです。この花が明日あたりかなーと検討をつけて、四時起きで見にいったのですが、咲き終わったあとでした。次は3時半くらいに起きてテープレコーダーでももっていかなきゃなー、と思っています」。
 どうやら、齊田教頭もすっかりハスの世界にハマッてしまったようだ。

ハスの花鑑賞会

長さ150cmのレンコンに感激!

 収穫の日は11月2日の開校30周年記念日。当日は地域の人、児童、保護者など、200人もの人が集まった。順調な成育具合に「けっこうとれるかもしれんぞー」と中里さんは言ってくれたが、じつは齊田教頭をはじめ学校教職員は、「まー、とれて一本か、二本だろうか」と半信半疑だったという。
 ところが、ふたを開けてみると――。50m2のハス田に、なんと150kgものレンコンが育っていたのである。大きいものだと、長さ150cm。子どもたち三人がかりで運ばなければならないほどだった。
 「感動しました。子どもたちはもちろん、私だってあんなに大きなレンコンは見たことがなかったもの」。
 栄養士の岡野美智子さんもそのときの感激を素直に語ってくれた。
 お昼には、前日に収穫しておいた20〜30kgほどのレンコンで、「レンコンを食べよう会」が開かれた。地域婦人部の方々や学校調理師が腕によりをかけてつくった、レンコンのちらし寿司、てんぷら、きんぴら煮だ。ふるさとに広がるかつてのハス田を思い浮かべながら、みんなして掘りたてのレンコンを味わったという。

11月2日の開校記念日に収穫祭
11月の給食は
11月の給食はレンコン料理の
オンパレードとなった

レンコン学習が次々に立ち上がる

 150kgものレンコンを取り上げた感激に後押しされて、二之江第二小では一気にハス学習の機運が盛り上がった。とれたレンコンは新聞紙につつんで3週間は保存できる。その間、岡野さんは6回もレンコンの給食をつくったという。しまいには子どもたちも「またレンコンー」と根をあげそうになったが、岡野さんはつくり続けた。なんといっても、学校のハス田で育ったレンコンなのだから。
 そして、12月には出前講座を行なった。農林水産省東京統計情報事務所の三宅逸子さんを呼んで、岡野さんとティームティーチング(3年、「ハスの向こうにふるさとが見える」)する。さらに、「食教育は保護者から」と親子でのハスを使った料理づくり(3年)も行なった。
 「小松菜は直接地元の農家から仕入れてきたし、子どもをハウスまで連れて行ったりもしていた。でも、レンコンは意識してなかったんですよねー。
 もう大好きになりましたよ。農水省の三宅さんにお願いして茨城からレンコンのレシピをいっぱい取り寄せました。てんぷらやきんぴら煮以外にも、チラシ寿司のなかとか、すりおろしておやきに入れたりもできる。主役ではないけど、日本人の食生活をつくった名脇役。食材としても教材としてもすばらしいと感じています」。

学校から地域を再生したい

 収穫を味わい、地域の歴史にふれた二之江第二小学校の児童、保護者、教職員たち。15年度は3年生だけでなく、全学年でレンコンをとおしたふるさと学習に取り組む予定という。
 中里さんは思う。完全に都市化が進んだ今、地域の歴史を物語るには、校庭を改造してふるさとの原風景につながる農地をつくってしまうしかない。子育てや学校という場なら大人も子どもも、地域に暮らす人間としてつながりあえるだろう。
 「足立区には農業公園ができている。江戸川でも学校を一つつぶしてそういう場をつくるくらいでないとダメですよ」と大胆な構想も聞かせてくれた。

かつての特産を知る本

 谷中ショウガ、駒込ナス、花と植木の里染井、雑司ヶ谷ナス、早稲田ミョウガ、大久保ツツジ、鳴子ウリ、内藤トウガラシとカボチャ、ケンネル田んぼ、居留木橋カボチャ、品川ネギ……。

江戸・東京農業名所めぐり江戸・東京農業名所めぐり

の農業名所マップを見ると、東京山手線沿線にも、こんなに個性的な特産があったことがわかる。そのほか、大都会にひそむかつての地域特産を掘り起こしてふるさと学習をするさいの必備書(発売はすべて農文協)を紹介する。

江戸・東京ゆかりの野菜と花(PDF版)』

練馬の農業を支えた女性たち
 (企画・発行は「練馬の農業を支えた女性たち」編纂委員会、練馬農協)
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なにわ大阪の伝統野菜なにわ特産物食文化研究会編著

さらに、全国版もある。600余種の地方品種をオールカラーで収録。種苗の入手先・問合せ先一覧もついている。それぞれの地方で気候、食生活、行事などに適応するよう選抜・固定されてきた「地方品種」を、大切な地域の宝として学校で発掘、保存していきたい。

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