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Ruralnet・農文協食農教育2004年3月号

食農教育 No.32 2004年3月号より
[現地レポート]から

魚、木、虫、水、薬草…
地域の資源を見直すインドの子どもたち
NGOによる西ベンガル州の環境教育プロジェクト

DRCSC現地ワーカー チャタジー公子

「道を歩く魚」はなぜ少なくなったか

 “ん!? 道を歩く魚!?”

図1 コイ・マーチの図
図1 コイ・マーチの図。子どもたちが地域の資源を観察・調査・記録するさいに使えるようにデザインした補助教材のひとつで、12種類の魚を描いている。市場で売れる魚というより、村人が田んぼや池、川などで捕って食べられる身近な魚を選んだ。こうした魚は農薬などの影響で以前より数が減少しており、エコロジカルな点からも保全したい魚である

 私の未熟なベンガリー語のせいではないかと一瞬びっくりして、道に座っているベンガリー人のスタッフに英語で確認してみたがやはりそうだ。私たちの環境教育プロジェクト(ENRE)で定期的に行なっている先生たちの報告会でのこと。2001年の8月、この日は主に「魚」と「米作り」をテーマにプロジェクトが提供したレッスンプランを実際に子どもたちとやってみた結果をそれぞれの教師が報告していた。「道を歩く魚」は西ベンガル州でも海岸に近いミドナプール県から参加している教師の話のなかにでてきたのである。

 この魚はコイ・マーチ(マーチはベンガリー語で「魚」)といい、日本の鯉とはもちろん違う。栄養もありベンガリー人の好きな魚のひとつであるというが、名前は聞いたことのあるものの、私も詳しいことは知らない。しかし、近年この魚は市場ではめっきり少なくなったという。

 驚く私のおかしさも加わってか、子どもたちと地域でみられる魚を観察・調査した結果を話すこの教師たちの話も盛り上がってくる。彼らによると、「コイ・マーチはパルミラヤシを登り」(!)「池で捕れるが、卵は田んぼで産む」という。子どもたちは近くの市場を訪れ、どんな魚を売っているか、どこから魚が来ているかなどを売っている人たちから直接聞いているので、たしかにコイ・マーチは以前より少なくなったということを学んでいる。なぜだろう?――自らの観察と聞き取りを合わせて子どもたちと話し合った結果、今は田んぼに農薬がたくさん使われているので、コイ・マーチもそこに卵を産めなくなってきたのだろうということではないかと教師たちは報告していた。「コイ・マーチが道を歩く」ように見えるのは、たぶん雨季の時期その地域はたいていサイクロン(雨を伴う台風)にみまわれ洪水になることがあるので、そのとき田んぼから池へと、水のある道を移動するため「歩いている」ようにみえるのではないかという教師もいた。いやいや、実際、乾いた道を「歩いて」一つの池から他の池へと移動するのだ、しかも家族中で、という教師もいた。

表面
表面
裏面
シートから切り取った絵をはる。または自分たちで描いた魚の絵をはる。色もぬる。
裏面
図2 魚のデータカードの表面と裏面(子どもたちの記入例)

魚でわかる地域の環境

 調べてみると、コイ・マーチは南アジアや東南アジアの一部に棲息し、英語の一般名はなるほどClimbing Perch(学名:Anabas testudineus)という。頑丈な胸鰭を使って、木の幹を登ったり、地面をかなりの距離移動するとある。これは肺が二つあることと、棲息する場所と産卵する場所が違うので、あちこち“移住”するかららしい。乾季で干上がった池でも泥の下にもぐったりして、次の雨季まで生き長らえるらしい。

 コイ・マーチを調べることは、「魚」とその地域の環境やエコシステムのことを学ぶよいきっかけとなると思われたので、私は教師たちが地域に戻ったら、このコイ・マーチを中心に独自のレッスンプランを作ってみることをすすめた。

地域資源として魚を見直す

 この最初の調査活動で、ある子どもたち10人のグループは、その地域では81種の魚を、また他県の別のグループは98種の魚の名前をリストアップしたものも提出した。インドのなかでも魚好きで有名なベンガリー人とはいえ、この数には驚いてしまう。それらの魚のなかから、さらに実際見たことのある魚、どこで捕れるか、どこで卵を産むか、昔はいたが今は少なくなった魚、市場で人気のある魚、その値段の違いなどをさらに子どもたちは調べていくことになる。

 「魚」はスーパーマーケットや魚屋さんで買うのが一般的という日本とはやや違い、ここでは「魚」は食料であると同時に大切な地域の資源(Natural Resource)の一つといえる。ことに西ベンガル州では、池やため池、多くのガンジス川支流、海岸線などの自然環境とあいまって、地域の環境と密接に関係している。

ENREネットワーク グループ地図
図1 コイ・マーチの図
  教師・指導者研修(2000年、12月)
子どもたちが行なった調査結果を持ちより、共通テーマ「木」についての情報交換。継続的に行なわれるこの研修で、参加型活動学習の進め方について、さらに学んでいく

モデル・レッスンプランで教師をトレーニング

 このように、地域の資源を子どもたちが調べ学び、それを保全したり、自分たちでできる環境活動を地域で行なっていけるようにサポートすることを目的に、このENREプロジェクトは1999年から始まった。プロジェクトの運営をしている私たちの団体DRCSCは、カルカッタをベースにするNGOで、かれこれ20年間西ベンガル州の各県で持続的農業の普及に努めてきている。もともとこのENREプロジェクトも学校教育というよりも、将来農業につくであろう青少年を対象にしたものであり、各地域の地元のNGOとパートナーを組んで進められてきている。

 まずは、エコロジカルな考え方と、発見学習に基づく教え方のできる指導者を育てることが必要なので、5つの県にまたがる各パートナー団体から3〜4人の教師やフィールドワーカーの参加を呼びかけ、計20人ほどのネットワークを作った。インドでは政府だけでは学校教育が十分にまかないきれないので、このようにNGOが各地域で学校を開いている場合があり、このネットワークに参加している教師たちは主にそこで教えている人たちである。プロジェクトは活動主導型のモデル・レッスンプランを教師たちに説明し、彼らがそれを実際学校の子どもたちとやってみて、そのフィードバックを持ちよるという形式をとっている。はじめは二ヵ月ごとに教師トレーニングと報告会を開き、そこで教え方の技術を向上させたり、各地域の情報を交換したりすることを目的としたトレーニングも行なってきた。

12のテーマで子どもたちが地域資源を見直す

 ENREでは「魚」のように地域資源やそれらのマネジメントに関係する12のテーマについてのレッスンプランに基づいて、これまで活動してきている。ネットワークの教師と子どもたちが参加型で進めてきたこれらの経験と成果を、他の団体・学校・エコグループの関係者と分かち合うため、プロジェクトではすでに「木」「虫」「水」「薬草」のテーマについては、まとめのブックレットを発行し、子どもが観察・調査活動に役立てられるデータカードなどの補助教材作成をすすめている。ブックレットのおかげで、カルカッタの都市部の学校でも興味や関心をもつところが増えてきて、ネットワークへ参加したいと問い合わせてくれる教師も増えてきている。

 プロジェクトでこれらのレッスンプランの開発とブックレットの作成を主な仕事としている私自身、活動を通じてじつにいろいろな地域資源と人々のそれに対する知恵について学ぶことができて、楽しく仕事を進めている。ただ、なかなか教師自体から独自のレッスンプランが上がってこないことにがっかりしている。これはなにもENREネットワークの教師にかぎったことではない。インドの学校教育自体が勉強・試験主導型で、政府や私立の学校でも、教師は教科書と試験をだすことが仕事であり、自分で工夫して授業案を作り、子どもたちに教えるという「文化」がない、ということにも原因がありそうなのである。

2003年1月、ENREネットワークグループの子どもたちが、これまでの成果を、街の学校の生徒やNGO関連者に紹介。カルカッタで初めて行なったこのエキジビションは、訪れた都市部の学校教師や生徒たちの驚きと関心を集めた

 プロジェクトの活動は、これまでの教師から地域の子どもたちのグループへと重点対象を移そうとしている。これまでENREに参加してきた子どもたちは、自分たちで地域の環境や資源を保全していく力をすでに蓄えつつあるので、それを実行し、継続していけるようにサポートしていくことが私たちのこれからの仕事となっていく。

エキジビションでは、調査結果をまとめたポスターや表などの展示資料に加えて、各グループによるデモンストレーションと、活動発表が行なわれた。自分たちの学校のまわりの資源マップを説明するグループの発表者

 最後に「コイ・マーチ」に話が戻って恐縮だが、私がこれを書いているとき、資料をあれこれ広げていたのだが、その中のコイ・マーチの絵を見て、わが家に手伝いに来てくれているプルニマおばさんが、「あれ! コイ・マーチ! この魚はすごく硬くて、強くて、油であげてもまだはねているくらいなんだから!」とうれしそうに話しはじめた。また、おおげさなという私に、彼女は本当なのだという。だからベンガリーでは「メーチェレール ジャン、コイマチール ジャン」というのだと話してくれた。メーはベンガリー語で女の子。つまり、「女の子はコイ・マーチのように生命力が強い」ということらしいが、「女性はいろいろ大変な目にあっても(男性より)、しぶとく長生きする」ということらしい。

 地域資源は、その地域の人々の生活と生き方に密着している。まだまだ子どもたちと一緒に調べたら、おもしろいことが学べそうだ。

 

〔注〕  
(1)ENRE Ecology and Natural Resource Education(ENRE)Project
(2)DRCSC Development Research Communication and Services Centre(DRCSC)
(3)12のテーマ 1.木、2.虫、3.水、4.薬草、5.鳥、6.燃料、7.魚、8.米、9.ゴミ、10.野菜、11.地域の店と市場、12.地域開発(コミュニティ活動)

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