「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2004年7月号
 

食農教育 No.35 2004年7月号より
[特集]川と遊ぶ 暮らしを学ぶ

湧水、水路への思いが地域を動かした
ワサビ田があった昭和初期のせせらぎ復活へ

東京・日野市立南平小学校 千葉晋一

 府中市の南白糸台小学校(前任校)には、ほかの学校のビオトープとは違う、ちょっと工夫されたせせらぎ広場と呼ばれるビオトープがある。ここは昭和初期のこのあたりの自然を復元したもので、水路や池のほかにワサビ田や水田があり、また環境学習に直結した風力太陽光発電や雨水リサイクル、雨水浸透も仕掛けられている。地域の人たちや児童が力を合わせて去年完成させたが、ここまでくるには、もう何年も何年もかかっている。

地図
地域のお年寄りが子どもたちのために描いた地図。鎌倉街道沿いの崖(ハケ)から湧水がでて、ワサビ田や田んぼが広がっていた

2年目から危機を迎えるビオトープ

 始まりは6年前、ジャッキー池と呼ばれる、小さな池だった。今のせせらぎ広場とは違うプールの前につくられた水田用の3〜4mの四角いコンクリ池と、その周りを回る水路、そして、魚用の池。私はこの池をビオトープとして改修しようと児童と理科の時間を使って、ビニールを張り、土を入れ、川から植物や魚を持ち込んだ。ところが、いざ完成してみると、2年目からが大変だったのだ。

 まず、完成してから気づいたのだが、池は活動場所としてはもちろん、観察場所としても狭いのである。10数人で囲めばもういっぱいになってしまう広さ。観察を始めても40人学級だから残り20人以上の児童は、人の背中しか見えない。中に入って生物採集なんて行なえば、もう7、8人が入っただけでメチャクチャ。全員が満足な体験をすることなど、まったく夢のまた夢である。この悩みは多くの学校ビオトープであることらしい。

 そう、なにを隠そう、土地の狭い首都圏の学校などでは、ビオトープをつくることそのものが一番おもしろく、できあがってみればただの小さな池だったのだ。

 さっそく、私は2年目から次のような作戦を工夫することとなった。

ビオトープは環境を考えるきっかけ

 池の完成後、児童をジャッキー池に連れて行くと周囲をいろいろと観察させたあと、私は次のように指示した。

 「ジャッキー池にはいろいろな問題があります。また、まだ完成していません。みなさんが思い描く理想のジャッキー池をまとめてみましょう」。

 とりあえず、児童にアンケートをとり、(1)もっと自然を増やすグループ、(2)今のまま、いろいろな問題を解決するグループ、(3)もっと自然とふれあう場所を増やすグループ、の三つにグループ分けした。そして児童にいろいろな調査活動をさせたあと、それぞれの設計図を描かせ、最後には理想の池の環境をかけてコンテストを行なったのだ。

 (1)のグループは中に島を浮かべ緑を増やしたり、鳥の水浴び場や、野鳥のエサ台をつくる案を出してきた。(2)のグループは、カラスよけの線を張ったり、誰かが入れた金魚を出したりして、池の問題を解決する活動を提案した。(3)のグループは、観察用のベンチをつくったり、橋を架けたりして、よりみんなが池に親しめる方法を提案した。競わせて、1位になったものに今度は全員で取り組む、それが次の活動となる。この活動は、少しずつ味付けを変えながら4年の間毎年行なわれ、けっこうな盛り上がりを見せたのだった。

 つまり、「ビオトープは実際の体験ができなくても、環境を考えるきっかけになればよい、そこから有意義な活動が行なえる」ということがわかってきたのだ。

川への認識を深める5つの段階

川に対する児童の認識の階段

 その当時、私はそれ以外にも、いくつかの疑問や問題をかかえていた。一つめはこれ。

 「多摩川に魚を増やすためにはどうすればよいか」。

 そう質問すると何も学習していない児童は次のように答えることが多い。

(1)水をきれいにすればよい。

 でも、実際に川に行って魚とりをやった子どもたちは一匹でも友達より多くとろうとがんばって、魚のいる環境を学び、次のように発言する(魚とりの方法は20頁参照)。

(2)川岸に草や自然の石の多い川にすればよい。

 さらにそれが進むとヨシノボリは平瀬、フナはワンドなど、よくとれる場所がわかってきて、このように理解が高まる。

(3)早瀬、平瀬、淵、ワンドなどがある蛇行した川がよい。

 さらに、次の段階として本流にはいない魚や小魚の生育場所まで児童の理解が広まると、

(4)流域の小川・湧水、用水路を魚のすみやすい環境にする。

(5)水源林や河口との結びつきを考える。

 なども入ってくるのである。これを「川に対する児童の認識の5段階」として私は学習を展開してきた。

魚をとる
魚をとることで川の表情をつかむ(日野市立南平小、岡本央撮影)
川の水族館
南白糸台小の「川の水族館」。多摩川でとった魚30種200匹ほどを飼育している

 でも実際には、多摩川の本流はすでに水質改善が進み、魚も帰ってきているのだが、その一方で湧水や農業用水はかえりみられず、どんどん消えていっているのだ。そのような場所にしかすまない、たとえばメダカは多摩川では事実上絶滅である。ヤツメウナギ、ホトケドジョウなども危機に瀕している。それで本当に多摩川はきれいになったといえるのだろうか?

 どこからどこまでが川なのか、川に通じる小川や湧水、用水路などすべてが川の流域であり、「川」なのではないだろうか。でも、CやDといった日常の生活と川とのかかわりへと認識を高めるような学習を行なうための、湧水も小川も用水路も南白糸台小の周りにはもう、残っていなかった。

 そして二つめには、そのころ始まった総合的な学習である。総合的な学習の重大なポイントの一つは課題設定である。いろいろな体験をさせたり、連れ歩いたりしてやっとのことで課題が設定されてくる。ところがこれがなかなか難しく、時間もかかるのである。児童にもっと確実に多様な課題設定を行なう方法はないものか。

学校一帯は湧水と用水路のある生きもの豊かな地域だった

 そんなことを考えていたとき、私は次のような南白糸台小の秘められた過去と出合った。

 南白糸台小は、ちょうど去年30周年の式典を行なった学校であるが、学校ができる前には敷地内に三本の湧水から流れてきた水路があり、プールのあたりにはワサビ田が広がっていた。そして、三本の水路は一本にまとめられ、フタをされ、学校の周囲をぐるっと回っているというのだ。さっそく市役所に調べに行くとそのとおりで、校舎の周りをぐるっと囲んでいるマラソンコースの下が、その水路だということも判明した。そう、なにを隠そう、昔ここは湧水と用水路のある、生きもの豊かな地帯だったのだ。

 そこで私はひらめいた。「昔の地域のようすや川の流域の環境に関係したさまざまな施設を備えたビオトープをつくれば、広くいろいろな場面からの課題設定に直接役立ち、川に対する児童の認識を前述のCやDへ高めるためにも役に立つのではないか」。

 さあ、すぐ動き出した私は30周年の記念事業にこの工夫されたビオトープをつくることを提案し、その年は児童に、新しいビオトープをつくるのなら、どんなビオトープをつくったらよいかというコンテストを行なわせた。児童を休日に集めて、学校の中を用水路が流れている日野の順徳小学校や、崖からの湧水でワサビを育てている神代農園などに連れて行ったり、墨田区まで雨水リサイクルの取材に出かけたりした。

 活動するなかでの一番の発見は、なんとお膝元の地域のお年寄りたちの存在だった。子どもたちに湧水と用水路があったころの地域の姿を伝えたいという並々ならぬ思いと、そのパワーに出合うことができたのだ。

この続きは雑誌でご覧ください。

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