「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2004年9月号
 

食農教育 No.36 2004年9月号より
[特集]食育で校区が元気づく―高知からの発信―

子どもたちの夢はおこわばあちゃんの夢だった
檮原町立西川小学校の「米つくり・販売学習」

編集部

西川小学校の学校田 大崎千鶴子さん
西川小学校の学校田と大崎千鶴子さん

「おこわばあちゃん」は「さんぽの天才」?

 高知県檮原町立西川小学校は、愛媛県との県境近くの山間部にある、在校生16名の小さな学校。この西川小学校で、今年の春から、高知県の「育てて売ってわんぱくどきどき事業」を受けて、新たな取組みがはじまった。上の写真の田んぼで、子どもたちが米をつくり、その米を高知市の「おかみさん市」で売ろうというのである。この取組みを企画した校長の堀内正次先生によると、無農薬で栽培したいので、アイガモ農法に挑戦する計画だという。

 ところで、この学校田の畦に立っているのは、大崎千鶴子さん(73歳)。学校に自分の家の田んぼを貸し、これまで行なわれてきた西川小学校の米つくり学習で、田んぼの先生をしてきた。この大崎さんは、代々の西川小学校の子どもたちから「おこわばあちゃん」と呼ばれてきた。また近年は、1、2年生から「さんぽの天才」とも呼ばれている。なぜそんな名前がついたのか、その理由をたどることから、話をはじめよう。

伝統の味覚を伝える「おばあちゃんの味」

 西川小学校には、在校生の父母で組織されるPTAのほかに、校区の全住民で組織される校下PTAがある。西川小学校の校区には、地域の子どもは地域の全住民(子・孫が学校に通っていない家を含めて)が育て、また、学校を地域の住民をつなぐ場とする、という気風があるのだ。

 そんな気風を背景にして、西川小学校では、12年前から、大崎さんをはじめとする地域のおばあちゃんたちの提案で、「おばあちゃんの味」(12月)という行事がはじまった。大崎さんによれば、あるとき、「冬に向けて、昔ながらのぞうすいを子どもたちに食べさせたいね。ダシもジャコからとってね」「そうそう、野菜嫌いな子も、そうすれば野菜を食べるよ」という雑談を仲間としているうちに、思いついたそうだ。

 ぞうすいからはじまった「おばあちゃんの味」は大好評で、その後、献立は、ぜんざい、五目めし、山菜おこわへと広がった。その山菜おこわが、あまりにおいしかったので、大崎さんは「おこわばあちゃん」と、子どもたちから呼ばれるようになったのだ。

「おばあちゃんの味」の日の会食を楽しむ
「おばあちゃんの味」の日の会食を楽しむ

 12年もつづいている「おばあちゃんの味」だから、孫が小学校を卒業してしまったおばあちゃんも多いが(大崎さんもその1人)、まだ参加しつづけている。また、このときは、子どもたちの親も参加する。「おばあちゃんの味」は、学校行事というより、まるで地域の行事のようになっている。

サツマイモのお菓子を届けてわかったお年寄りのもう1つの顔

 いっぽう、西川小学校では、サツマイモを栽培し、それを子どもたちがスイートポテト、大学イモ、イモケンピ(イモカリントウ)などのお菓子にして、地域の1人暮らしのお年寄りに届ける活動が、十数年間つづいている。このとき、全校児童がお年寄りに手紙を書き、サツマイモのお菓子は、5、6年生が届ける。お年寄りを訪問して何をするかは、5、6年生が自分たちで相談して計画する。

 お年寄りの肩をもんだり、昔遊びやゲームで一緒に遊んだりすることが多いが、ときには、訪問したおばあちゃんが、望遠鏡で星を見るのが好きで、ハレー彗星を観測したこともあるという、地域のお年寄りの意外な側面を発見することもあるそうだ。

サツマイモのお菓子を持って1人暮らしのお年寄りを訪問
サツマイモのお菓子を持って1人暮らしのお年寄りを訪問

 つまり、「おばあちゃんの味」では、地域の伝統の味を、地域の大人から子どもたちがいただき、サツマイモのお菓子を届ける活動では、手づくりの味を、子どもたちが、地域の大人に返しているわけだ。また、2つの行事・活動を通して、親の世代、大崎さんたちのような元気なお年寄りの世代(スカッシュバレーのチームを組んでいる)、さらにその上の世代のお年寄りなど、校区のあらゆる世代の大人と出会うことになる。

 西川小学校では、「食」を通して、子どもたちが、地域の大人たちと密接に交流することになるのだ。

食べながら知恵をつけていく

 西川小学校では、4〜5年前から、1、2年生の生活科で、「さんぽ」という授業がある。大崎さんが、子どもたちを連れて、校区を「さんぽ」するのだ。今年は春、去年は秋だった。

 大崎さんが一緒だと、ただ歩くだけにはならない。草花の名前からはじまって、「この草は薬になる」「この草はこうやると虫かごになるよ」「この草は灯心草といって、茎の芯を食用油につけて明かりにするよ」「ほらそこの茎が折れているだろう、けもの道だよ」などと、大崎さんは、たくさんのことを子どもたちに教えてくれる。その知恵の豊富さに驚いた子どもたちが、尊敬の念を込めて、大崎さんを「さんぽの天才」と呼んだのである。

 大崎さんが子どもたちと活動するときは、必ず「食べる」ことがつきまとう。「さんぽ」の授業では、寒の水で搗いたモチをあられにして持っていき、子どもたちと食べた。また、総合的な学習の「1日先生」で、地域の先生から、校区の木の種類を教わるときに、シバモチ(サルトリイバラの葉でモチをはさんで蒸したもの)をつくって、子どもたちに食べさせようと提案したのも、大崎さんだ。

 校下PTAの前会長の中越一長さん(57歳)によれば、檮原の昔の子どもたちは、いつもポケットに塩を入れて、山や川へ遊びに行ったそうだ。酸っぱい木の実は、塩で甘くして食べ、釣った川魚に塩を振りかけて、焼いて食べた。そうやって自然の恵みを食べながら、山の知恵、川の知恵を、子ども同士で学びあったのだ。

「さんぽ」に出かけた大崎さんと子どもたち
「さんぽ」に出かけた大崎さんと子どもたち
大崎さんの指導でシバモチをつくる
大崎さんの指導でシバモチをつくる

 「1日先生のときは、この木の枝にはクルミがなり、この枝にはクリがなると、実物で教えた。そしてクルミは、その場で子どもたちに殻を割らせて、実を食べさせた。そうすると、あとで子どもと山道を歩いていても、『あれがクルミの木だね』と、すぐにわかるようになる」と、一長さんは話してくれた。

 「食べながら地域の知恵を学んでいく」、これが、大崎さんだけでなく、西川小学校の校区の大人たちの、ふつうのやり方のようである。

自分たちでつくって売りたい

 子どもたちに、「食」を通して地域の伝統的な生活の知恵を伝えていくことが、これまでの西川小学校の「食育」の基調だったが、一昨年から、これに新しい動きが加わった。地元のJA婦人部(JAつのやま)に誘われて、7月、12月の2回、3〜6年生が、高知市のおかみさん市で、檮原の産物を売ったのである。子どもたちは、ハウス野菜を栽培している地域の農家で聞き込みをして、調べたことをおかみさん市でパネル展示するなどの工夫をしたが、このときは、地域の大人についていったという印象が強かった。

 それでも、販売体験のインパクトは強く、翌年(昨年度)はJAからの誘いはなかったが、5、6年生が畑を借りて、キュウリ、ピーマン、ナス、カボチャなどの野菜を栽培し、学校の前で良心市を開いて、校区の人に販売した。

 そして今年度は、一昨年度から積み上げてきた「自分たちでつくったものを売りたい」という子どもたちの願いに沿って、冒頭で述べた「米つくり・販売学習」がはじまった。堀内校長によれば、「人前に出ても、自分の意見が言える、豊かな表現力をつける」のが、ねらいだという。

アイガモ農法があるがね

 今回の取組みには、県の事業で、地域の住民・教師・子どもたちの三者による委員会をつくることが条件づけられている。西川小学校では、8年前に、県の教育改革の方針を受けてつくられた「西川の子どもを育てる会」を母体として、「米作り実行委員会」がつくられた(先述の大崎さんも委員の1人)。

 実行委員会のリーダー格の中越順市さん(67歳、育てる会の会長)は、第1回の実行委員会で、「農薬を使わずにイネをつくりたいそうだ」「除草剤を使わずに、どう草をとるかだね」「アイガモ農法があるがね」ということで、米つくりにアイガモ農法を導入することが決まった、と話してくれた。校区にアイガモ農法を実践している川上芳郎さん(48歳)がいることも、理由になったらしい。

 そして、おおよそ次のようなことが決まった。

(1)米つくりは、無農薬・有機栽培にして、アイガモ農法に取り組む。

(2)米だけでは売るものが足りなそうなので、子どもたちが地域のお茶を摘んで、自分たちで揉んだものを売る。

(3)さらに、サツマイモを栽培して売る(とりあえず、生のものを)。

(4)まだ足りなければ、野菜を売る(子どもたちの手が回らなければ、地域のお母さんたちが栽培したものを持っていく)。

 実行委員会は、夜、開かれることになりそうなので、子どもたちの意見は、学校で先生方が集約して、持ち寄ることになった。

いよいよアイガモのヒナを田んぼに放す日がきた
いよいよアイガモのヒナを田んぼに放す日がきた

気づいたら大人の夢でもあった

 第1回の実行委員会で、大筋は決まったが、細かいことになると、まだまだ不安だらけだ。

 アイガモ農法にしても、川上さんはまだ1年間しか経験がないので、アイガモの管理、けもの害の防止など、手探り状態だ。また、子どもたちの力で、売れるものができるのか。さらに、どうやって売ればよいのか。真剣に考えるほどに、不安がわいてくる。

 しかし、この不安の裏には、地域の大人たちの夢も潜んでいる。川上芳郎さんは、ゆくゆくは地域の仲間たちとアイガモ組合をつくりたいと目論んでいるし、中越順市さんは、JAの理事をやっていたときに理事仲間のアイガモ体験を聞いてから、アイガモ農法には並々ならぬ関心がある。

 大崎千鶴子さんは、自分の栽培している無農薬野菜や、特別の工夫をこらした山菜の漬け物には自信があり、機会があれば自分で売りたいと思っていた。今回の取組みで、その機会がめぐってきそうだ。

 校下PTAの現会長で、実行委員会の委員でもある西村要吉さん(57歳)は、林業に携わっていることもあり、「食べるものだけでなく、地元の木で、子どもたちが簡単な木工品をつくれば、売れるかもしれない」と考えている。

 子どもたちの夢を実現するために企画された西川小学校の今年度の取組みには、いま徐々に、地域の大人たちがそれぞれに抱いている夢が、重ね合わされようとしている。地域の伝統的な生活文化を子どもたちに伝える場となっていた学校は、その役割を維持しながら、地域の大人たちの新しい夢を育む場へと変身しつつある。

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