「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2004年11月号
 

食農教育 No.37 2004年11月号より
[特集]農家に学ぶ「いのちの授業」

この人に聞きたい!

教職員研修で農園づくりを強力にサポート

岐阜県総合教育センター長 小山徹さん

すべての県立高校で学校農園を持つ

小山徹さん
小山徹さん

――今日は岐阜県の食農教育、農業体験学習についてお話を聞きに来ました。

小山 食農教育というのは、おもしろい視点ですね。食べるという出口の部分だけじゃダメ。食農教育は、きちっと食べようということだけでなく、命そのものに切り込む視点がある。

 子どもだけでなく、親の世代も食物を育てることと食べることがつながっていないのが、今の世の中です。体験を切り口にそこに一度戻してみる。暑い夏に汗かきながら、自分で育てたキュウリをガブリとかぶりついたときのおいしさ。そういうものが消えてしまったことに危機感を覚えます。プランターでもいい。育てる体験を各家庭でもちたいですね。

――岐阜県では梶原知事が自ら、小中高すべての学校で農園を持とう、と旗を振っているそうですね。

小山 そうです。小中学校は市町村立なので、まずは、県立高校からやろうと。13年度から予算をつけましたが、初年度は28校、次に58校、15年度には74校全校に達しました。

 実は私は昨年度まで華陽フロンティア高校の校長をしていたのですが、現場ではいろいろあったんです。そこは、3部制の定時制と通信制を合わせもった学校で、3年前にできた県立高校です。岐阜県の教育改革は12年度からなのですが、その申し子みたいなものです。入学してくる生徒の6〜7割が不登校経験者。「いつでも・誰でも・元気に・いろいろ学べる」というキャッチフレーズでやってるのですが、たまたま学校の目の前にある田んぼが職員の持ち物で、ちょうど休耕中だったんです。

 それで13年度に県から話がきたときに、これはおもしろそうだなーと思い、学校の企画委員会に提案しました。ところが、11人いるメンバーのほとんどがノー。うちの生徒じゃできないよとか、鍬や鎌なんかで怪我するんじゃないかとか、授業時間はどうする? とか。で、授業は「総合的な学習の時間」が使えるようになるじゃないか、これだけ条件があるのにと話すうちに、ふと気になって聞いてみたんです。「このなかで現役の農家は何人いますか?」と。すると誰もいない。唯一消極的賛成だった先生が、実家が農家で農繁期になると駆り出される、という方でした。

 それなら机を囲んで話してばかりいても仕方がない。ぼくも素人、あなたも素人、じゃあやってみましょう。やってみてうまくいかなかったら、またこうして考えてみましょうとね。

移動用発電機と投光器を使い、III部(夜間)の生徒も畑仕事

小山 やってみたら思わぬ成果が出たんです。土の中に素足で入ったときのニュルニュルとした感触。暑いときにかがんで草取りをする。腰は痛いし、汗はポタポタ落ちる。でも、芽が出てきて大きくなって「次どうなるんだろう?」と。予想もつかず、ワクワクするおもしろさがありましたね。

 III部(夜間)の子は夜やるわけです。移動用の発電機と投光器を買いました。休耕田でサツマイモやカボチャをつくりましたが、土地が低く梅雨時になると水が上がってきてダメになってしまった。そういう失敗も経験です。ラッカセイの実のつき方を見て生徒は喜ぶ。ケナフを育てた生徒たちもいました。きれいな花が咲きますね。その花を使って理科の先生が酸性、アルカリ性の実験を始める。さらに、紙漉きはどうやってすればいいんだろう? と。

 失敗して考えながら、一つずつ工夫を重ねていく。それぞれの学校ごとに問題は出てくると思いますが、じゃあどうしたらできるのだろう、と考えて工夫する。そこがポイントじゃないでしょうか。

 いわゆる教室での学習以前のもっとベースの部分に、体を使って働いたり、考えたり、収穫物のおいしさを味わったりすることを位置づけたい。表面には現われないだろうけど、それが学校教育を支えるものになるだろうと思うんです。

総合教育センターの独自予算でユニークな教員研修が次々と

――小中学校の先生向けの農業研修なども、積極的に開いているそうですね。

小山 この総合教育センターには、研修管理課と学校支援課があるのですが、いずれも教育委員会事務局の本課なんです。ふつう県の教育センターというと、教育委員会の出先機関としてあり、主管課の指示にしたがってしか動くことができません。岐阜県も11年度まではそうでした。しかし、教育改革にともなって、出先機関でなく本庁機構になったんです。つまり、予算の獲得が独自でできる。われわれが今教員の研修に何が必要かを考え、自分たちでプランニングして自分たちで予算を獲得することができるようになった。これはたぶん、北海道から沖縄まで、どの県にもないやり方です。逆にいうと、うちの機能が働かなければ、それはうちがおさぼりしているわけで、主事さんはたいへんなわけです。すべての責任をわれわれが負わなければならないから。

 農業分野での教員研修は、可児市にあるグリーンテクノ研修室が核になっています。この施設は農業高校の機械実習を行なうために昭和31年にできました。もともとは各都道府県に一つこういった施設がありましたが、現在ではだいぶ減ってきたようです。しかし、広大な土地に露地畑やハウス、花壇、お茶畑、里山、機械設備、トラクター運転練習場、宿泊棟、それに専門的な技能を持った農業の教員が八名いる。むしろ、幼・小・中・高・盲・聾・養護学校の教員や児童生徒、一般市民のみなさんに施設を開いて、どんどん活用してもらったらどうかと発想したんです。近隣の学校の農業学習、土曜親子体験学園なんかもするようになりました。もちろん農高生向けの機械実習もです。

 教員向けとしては、まず県立高校の初任者研修がありますね。今年は120人ほどでしたが、岐阜県の県立高校に赴任する初任者は全員、ここで農業体験の研修を受けます。畝の立て方や草花の栽培法、お茶摘みだとか、基礎的なことを一度経験しておくんです。それから、一般の教職員研修。今年は18講座。1講座につき10〜20人の受講者で、250人ほど参加することになります。野菜づくり、学校花壇の設計の仕方から、炭焼き、里山体験まで。シイタケの菌を打ったり、バードウォッチングやネイチャーゲームなんかもしているんです。

 当初は趣味で来ている先生もいたそうです。「ナスをつくったが、ちっともうまくいかんもんで研修を受けにきました」と。趣旨が理解されずに困ったこともありましたが、研修を受けて学校へ帰って子どもたちといっしょに花や野菜を育てて、その写真をグリーンテクノ研修室に送ってもらう。そうするうちに、リピーターが増えてきました。理論と体験が一体化しているところが受けているのだと思います。

 ホームページ上でもQ&Aをしたり、野菜ごとに栽培計画をきちっと出しています。データはすべて農業高校で実験済みです。さらに詳しいことは地元の農業高校でお尋ねください。そういう連携をとる総元締めがグリーンテクノ研修室ですね。

農業高校を食農教育のキーステーションに

――これからの課題としてはどんなことが挙げられるでしょうか?

小山 たしかにまだ、こういった取組みが県内の教職員に広く認知されているとはいえません。また、広い県ですから遠隔地の学校はどうしても使いづらい。ただ、グリーンテクノ研修室から遠い学校が無理して研修を受けにくる必要はない。各地域に農業高校が7校あるわけですから。先生方は研修管理課のグリーンテクノ研修室で勉強しましょう。子どもたちには、近隣の農業高校の施設・人材も使ってください、と。さらにいえば、農協とか、農業改良普及センターとも連携しながら、開かれた学校をつくっていこうと考えています。

 農高生だって指導者となりますよ。農業実習で鍛えられていますから。近隣の小中学校との交流を含めながら、技術援助もしていけるんです。お兄ちゃんお姉ちゃんの活躍の場でもありますし、ひょっとしたら、近所のお百姓さんよりわかりやすい言葉で説明してくれるかもしれない。ふだん威張っている高校生も、「先生、やっぱ教えるのは難しいもんやなー」などと言いながら、子どもたちと接する。生徒自身の学習の場にもなるんですよね。

農業体験とITをつなぐ岐阜県まるごと学園構想

――県のあらゆる施設が教育の場なんですね。

「環境を知ろう」
ホームページ「岐阜県まるごと学園」の学習室サイトにあるビデオクリップ、「環境を知ろう」

小山 そう。岐阜県には「岐阜県まるごと学園」という発想がある。県内にいる幼児から始まって児童生徒は、岐阜県という全体の場のなかで学び、育っているんだという大きな考え方になっているんです。「岐阜県まるごと学園」の発想にたてば、県内すべての教育資源をもっといろんなことに使えるのでは、となってくる。だから、グリーンテクノ研修室にいる先生が幼稚園児や小学生に教えることもありうるわけです。

 その発想を可能にするのがITです。ITと農業が一体化しているところがおもしろい。学校間総合ネットと呼んでいますが、すべての学校のコンピュータを高速回線でつなぎます。県立学校においては100%つながりました。光ファイバーによる1ギガ高速回線ですから、いろんなことができるんです。小中学校では今年度中に95%、来年度で100%いきます。

 先日も恵那と高山の小学校が、「ホタルサミット」と称してお互いに情報交換しました。また、先生だけでなく、子ども自身も使える教育コンテンツもどんどん増やしています。700本の教育用コンテンツが今年度そろいます。農業科のコーナーでつくった農文協のコンテンツもよく使われていますよ。農業高校の先生よりも、小中学校の先生方に極めて評判がいい。田んぼに行ってみよう、環境調査をしてみようなど、『地域から調べる環境シリーズ』をビデオクリップ化したものですが、小中高いろんなレベルでめざす姿も違うけれど、それをチョイスできるようになっている。教科を超えて利用者が増えているところがいいですね。

 ハードは整備されてきたし、教育用コンテンツも整った。今後は活用という部分に入ってくるでしょう。これを使ってどういう授業を展開していくか。使い方を蓄積して、こういう使い方ができるよ、と現場に返していくことが重要になってくると思います。農園活動についても同じです。それぞれの学校で何ができるのか? どうすればできるのか? そういった基盤整備ができてきた。次はそれをどう教育実践のなかに生かしていくのか。ITもからませながら、子どもたちに何を学ばせるのか。それが結果として、学校の特色となる。その特色を磨き合う時代になったのではないでしょうか。


飾り炭、木工細工、ボカシづくり……
 多彩なメニューで小学校と連携学習

岐阜県立恵那農業高等学校

 岐阜県の東部に位置する恵那農業高校。ここでは、近隣の大井第二小学校と20年も前から連携学習を行なっている。

ポスター
小学2年生のキュウリのもぎとり体験用に、高校生がつくったポスター

 現在、環境科学科と園芸科学科の3年生が中心となって、和菓子の空き缶を使った「飾り炭」づくり、竹炭の水質改善実験、ドングリを山で拾ってブローチをつくる木工細工、有機無農薬で栽培したキュウリのもぎとり体験、生ゴミ処理に効果てきめんのボカシづくりなどを行なう。じつに多彩なメニューだ。

 地球環境問題が取りざたされるなか、もっと身近なところから環境を学ぼうと、農業高校の授業でドラム缶炭焼きをはじめたのは環境科学科の森本達雄先生。生徒たちとエントツ口の温度を測るなどしながら、実体験をとおして炭焼きの原理を学ぶ。その後、小学5年生に簡単な「飾り炭」つくりを教えると、生徒たちの理解もいっそう深まるようだ。「小学生のほうが遠慮ないですよ。生徒のほうが逆に乗せられて自信をもつようになる」と森本先生。

 いっぽう、農業高校のハウスでJAS認証までとってしまった園芸科学科の林久雄先生は、「高3の生徒が小5の児童に教える。大人がしゃべるより、ぜったいによく聞きますよ」とそのようすを語る。林先生は、生徒数も少なく規模も小さな恵那農高で「目玉商品をつくろう」と生徒に呼びかけ、完全有機無農薬のキュウリをつくるようになった。地元の寿司屋や名古屋の三越デパートでも売り出されたほどの人気商品だ。生徒たちはその技術を生かして、ダルマ菌をつかったボカシづくりを小学生に教える。ボカシは連携学習時に、米ヌカ油カスなどと混ぜて密閉。それを家庭に持ち帰って発酵させ、野菜の肥料や台所の生ゴミ処理に使ってもらうのだそうだ(編集部)。

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