「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2005年4月増刊号
 

食農教育 No.40 2005年4月増刊号より

からだが喜ぶ食べものを

大好きなファーストフードをおなかいっぱい食べたらどうなる?

新潟・上越教育大学附属小学校 星山 薫

自分の食べ物をどう選ぶ?

 子どもは、ファーストフードやスナック菓子が大好きです。私が担任している5年生の子どもたちも、例外ではありません。また、世の中には、手軽で便利な食品があふれ、食べ物をつくったり食べたりすることにかける時間が、ずいぶんと減ってきたように感じます。

 一方で、書店では、スローフードの文字を掲げる雑誌をよく目にするようになりました。本物の味を求めたり、食における文化や伝統、地域性を大切にしたりする人が、増えてきたのだと思います。

 このように選択肢が広がっている今、子どもが自分自身の食べ物について、より良い選択ができるようにしたいと考えました。また、そうすることで、将来にわたっても「食べる」ことを大切して生きることができると考えました。そこで、ファーストフードとスローフードという切り口から、「食べる」ことを追求していくことにしました。

ファーストフード三昧の4日間

 まず、子どもが大好きなファーストフードについて考えさせたいと思いました。しかし、教師がファーストフードを食べさせるのではなく、子ども自身が自分で選んだ食べ物について考えていくようにしたいと思いました。そこで、給食を止め、その分の食費をもたせ、「好きな物を食べよう」と呼びかけました。

 時間は、店への行き帰りと食事を合わせて1時間です。引率には、保護者の協力をあおぎました。ちょうど教育実習の期間だったので、実習生も一緒です。給食分の265円という金額と限られた時間では、ファーストフードに頼らざるを得ません。予想通り、子どもたちは、ファーストフード三昧の日々を過ごすこととなりました。

 好きな物を食べていいと聞いた子どもたちは、大喜びで出かけました。一番人気はハンバーガー店で、次がドーナツ店でした。スーパーでお総菜やお菓子を買ったり、コンビニでお弁当やパンを買ったりする児童もいました。

 A君は、次のような4日間を過ごしました。

「1日目 ぼくは、今日、カリーパン、カスタードショコラにコーラを食べました。すごく良かったです。

 2日目 ぼくは、今日、牛肉コロッケを食べ、よっちゃんイカとガムを開けました。そしたら、ガムで当たりが出ました。すごーくおいしかったです。

 3日目 ぼくは、今日、コロッケを食べて、ごはん代わりのかき氷を食べ、チョコボールも食べました。全部すごくおいしかったです。

 4日目 ぼくは、今日、テリヤキマックバーガートリオのセットで、ドリンクはファンタグレープ、ポテトのS、フィッシュマックディッパー。全部おいしかったです」。

 ファーストフードが大好きなA君は、好きな物ばかりを思いきり食べることができて大満足でした。

 ほかの児童も「おいしくて、おいしくて……。こういうのを食べられて良かった!」「食べることが勉強なんてサイコー! 給食と比べたらもう天国」など、ファーストフードのおいしさを十分に味わった児童がほとんどでした。

 しかし、4日間続けるうちに、「とてもおいしかったです。でも、ちょっと飽きてきました」「私は、おなかいっぱいになりました。でも、同じ265円なら給食のほうが良かったなあ」と、ファーストフードの画一化された味に、満足しない声も聞かれるようになっていきました。

安心して食べてもいいの?

子どもたち
ファーストフード三昧に喜ぶ子どもたち

 「でも、ファーストフードって危ないんだよ」と、B君が言い出しました。ファーストフード三昧の日々を終えて、ファーストフードの良い点や悪い点について話し合っていたときのことです。ちょうどこの頃、新聞やテレビで報道されていたドーナツ店の幼虫混入事件について話す子もいました。

 これらの発言をきっかけに、ファーストフードを、安心して食べていいのかを調べることにしました。

 ファーストフードに対し不安を感じていた子どもは、自分が不安に思っていることを調べていきました。食品添加物や残留農薬、遺伝子組み換え食品、狂牛病、カロリーの問題などを知りました。Cさんは、調べた後の感想に次のように書きました。「私は、今まで何も気にせずに食べていたけれど、本当にただ食べているだけでいいのか考えなきゃいけないと思いました。図書室で食べ物に含まれているアレルゲンについて調べたときに、私はドッキリしました。なぜかというと、身近にパクパク食べているものが結構あったからです」。Cさんのように不安材料を調べた子は、自分が食べているものを、本当に安心して食べていいのか考えるようになりました。

 しかし、ファーストフード店のホームページなどから調べた子は、安心して食べてよいと思いました。なぜならファーストフード店は、安心・安全にはとても気をつけていたからです。A君は、次のように書きました。「ぼくは、ハンバーガーは絶対安心だと思います。トレーサビリティーだからです。それは、食品が安全なようにしてあるということです」。

給食の食材を調べよう

栄養士の先生
栄養士の先生から給食の食材について聞く

 食材の安全性について関心を持ちはじめた子どもたちに、栄養士の先生の話を聞かせることにしました。

 栄養士の先生は、なるべく地元の新鮮で安全な食材を使うようにしていることを教えてくれました。値段の関係で輸入食材を使うこともあるけれど、試食をして安全性を確かめているのだそうです。子どもたちは、自分たちのために、よく考えて食材を選んでくれていることを知り、とてもうれしい気持ちになりました。

 そして、栄養士の先生から、給食の食材を納入している魚屋さんを紹介してもらいました。

 紹介してもらった鮮魚店は、天然の魚にこだわっている店でした。Dさんは、次のように書きました。「天然の魚は、そのまま海に泳いでいる魚です。新鮮でおいしく栄養があるのだそうです。でも、養殖の魚は、狭い所でたくさん育てるので、薬を使っている場合があるそうです。でも、養殖二つ分の値段と天然一つ分の値段が同じだそうです。だから、天然を売る所が少なくなってきたのだそうです。私は、できるなら、天然の魚を食べたいです」。

スローフードってすごい

スローフードについて聞く
地域の方からスローフードについて聞く
豆腐づくり
湯葉っておいしそう(豆腐づくり)

 鮮魚店の見学の後、「天然の魚ってスローフードだよね」と言ってきた子がいました。食材の産地や天然の魚について知ることで、子どもたちの興味はスローフードに向いていきました。

 そこで、近くに住む小川さんから話を聞くことにしました。小川さんは、自分でも農家をしながらスローフード運動を推進している方です。小川さんの田んぼに行き、食物と自然との関係や地産地消の良さを教えてもらいました。また、学校に来ていただき、豆腐づくりを教えてもらいました。お豆腐をおいしく味わうために、小川さんは、地元の大豆でつくった醤油も持ってきてくれました。

 これらの活動から、ファーストフードが大好きだったA君の考えは、次のように変わっていきました。

 「ぼくは、豆腐づくりの前に水につけておいた豆を見て、すごいと思いました。それは、まん丸の大豆が水をいっぱいふくんで長くなっていたからです。自分たちのつくった豆腐は、すごくおいしかったです。あと、醤油もすごくおいしかったので、もっと食べたいと思いました」。

 そして、スローフードとファーストフードのどちらが大切ですかという問いに、A君は次のように答えました。

 「ぼくは、自分にとって大切なのはスローフードだと思います。理由をいうと、まず、ファーストフードは体に良くない。カロリーが高くて良くない。スローフードは本当の味がある、です」。

 スローフードにこだわっている人の話を聞き、自分でも味わってみることで、A君の気持ちは大きくスローフードに傾いていったのです。

でもスローフードって大変……

 ファーストフードが大好きなA君まで考えを変え、クラス全員がスローフードに大賛成となっていきました。

 しかし、私は、スローフードを簡単に考えては良くないように思いました。そこで、昼食を自分たちでつくって食べようと、呼びかけることにしたのです。

 お米は自分たちがつくったものを手作業にこだわって精米し、その他の食材は買いに行きました。

 
食材選びに悩む子どもたち

 食材選びからこだわってつくるのは、とても大変でした。買い物から、つくって食べて後片付けをするまでには、丸一日かかりました。後片付けが終わった後、子どもたちはみんな疲労困憊の様子でした。

 これらの活動を通して、A君の考えは次のようになりました。

 「ぼくにとって、ファーストフードを毎日食べることは、夢みたいなものでした。だけど、最近、ファーストフードを食べていても何か物足りない気がします。でも、何が物足りないのかは、わかりません。ファーストフードに飽きたのかと思ったけど、やっぱり違います。マクドナルドの近くに行くと、すごくいいにおいがしてくるので、食べたくなります。だから、ファーストフードはやめられません。でも、ファーストフードを、毎日食べていると危ないのです」。

 ファーストフードの良さと不安、スローフードの良さと難しさを経験することで、A君は自分にとっての「食べる」ことを考え直しました。ファーストフードとスローフードの間で揺れる心を、正直に見つめるA君の姿がありました。

 A君は、この学習をする前は、「食べる」ことを何とも思っていませんでした。しかし今、「食べる」ことは「生きるために絶対に必要なこと」になり、「本当の味」をもっと知りたいと思っています。栄養士の先生や地域の方との出会いから得た知識と食べた経験が、A君の中で結びつき、A君にとっての「食べる」ことの意味を変えていきました。

 これからも子どもとともに考えながら、子どもが自分自身のより良い「食」のあり方を追求できるような学習を考えていきたいと思っています。

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