「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2005年11月号
 
小浜市地図

食農教育 No.44 2005年11月号より

小浜・食のまちづくり(2)

地場産学校給食と
朝市で高まる校区内自給率

▼佐藤由美

開店と同時に売り切れる朝市

 小浜市内を東西に流れる北川は近畿地方の一級河川では一位、全国でも七位の水質を誇る。その清涼な水は市内最大の米作地帯、国富地区の米づくりを支えてきた。北川の豊富な伏流水は、一〇集落からなる国富地区の各所で湧出している。丸山区の岩崎恒一さん(六八歳)が、転作田で自噴するこの水を利用して国富小学校の学校給食用の野菜を栽培するようになって三年がたつ。

 食のまちづくりを進める小浜市では、二〇〇一年に制定した「食のまちづくり条例」で学校においても食育の推進を図ることを盛り込んだ。これを受けた教育委員会は翌二〇〇二年から「食の教育推進事業」に着手し、地場産給食の普及にも乗り出した。

水曜と土曜に開かれる「まるやま農園」の朝市。「ここの野菜を食べたら量販店のものは買えない」という消費者が多い

 国富小学校から食材の提供を依頼された岩崎さんは、三〇戸ある丸山区の全農家一七戸で「まるやま農園」を結成。このうち一三人が学校給食の食材を提供し始めた。学校との連絡や生産者間の調整を続けるうちに、余剰作物の直売もやろうという機運が生まれた。

 「『うちの車庫でやるさかいに、みんな野菜を出してくれ』と、ルールも決めず見切り発車で始めたんです」  週に二回の朝市では、七時の開店前から安全で新鮮な野菜を求める常連客が並び、シャッターが開け切らないうちに店内に押し寄せる。陳列ケースのほとんどがわずか一〇分ほどで空になßる。初回に二七〇〇円だった売り上げは数万円になり、農地の有効利用にもつながった。だが、岩崎さんにはそれ以上の喜びがあるという。

 「やってよかったと思うのは、農産物が売れ、人に喜んでもらえるだけでなく、区内の人間関係がよくなったことです。よその朝市では自分がつくったものを自分が売りますが、ここでは毎回二人の当番が交代で店に立ちます。当番はみんなのものを売ろうと努力するし、出荷した人は売ってくれた当番の人に感謝する。おかげで地域の団結力が強まった。それがいちばんうれしいですわ」

地場産給食を子どもたちに

 湯気が立ちのぼる国富小学校(田井和美校長)の調理室では、調理員の出口とみ江さんが、炊き上がったごはんに、若狭地方の伝統食、サバを糠漬けにした「へしこ」を混ぜている。副菜にもジャガイモのそぼろ煮、たくあん煮と、郷土料理が並ぶ。そぼろ煮のジャガイモとタマネギは「まるやま農園」の秋岡孝和さんが前日に届けたものだ。調理員の池田友子さんと森下温美さんは、地場産の野菜をこう評価する。

 「それまで野菜は県外産の古いものが多く、ニンジンやダイコン、ゴボウには鬆が入っていることもありました。まるやま農園の野菜は味も香りもぜんぜん違う。新鮮でやわらかいので、早く煮えるし、切るのにも力が入らない。子どもたちもよくおいしいといってくれます」

給食の食材を届ける「まるやま農園」の秋岡孝和さん。生産者と調理員の日々の対話が充実した給食づくりにつながる
164食の給食をつくる国富小は自校炊飯を行なう市内最大の小学校。調理員の出口とみ江さんが炊き上がったごはんに「へしこ」を混ぜる

 地場産給食の開始に先立ち、国富小学校では生産者を訪ねて農作物のデータを作成した。まるやま農園との連絡調整会はいまも学期ごとに年に三回行ない、データを更新する。そして、このデータと、市の栄養士が作成した献立をもとに独自の献立に編成し直している。

 教室に運ばれたへしこごはんは、子どもたちに大人気だった。三年生の教室では、給食主任でもある担任の上林スミイさんが食缶をもって教室を回ると、ほとんど全員がおかわりを求め、競って手を上げた。

当番の子どもの「いただきます」を合図に、3年生全員が手を合わせる
「今日のきゅうしょく」の掲示板を見る3年
「へしこ大好き。おばあさんもよくつくってくれる」と子どもたち。給食は持参した「マイ箸」で食べる

 国富地区では、老人クラブが保育所でサツマイモの、小学校では米の栽培を指導するなど食農教育がさかんだった。地場産給食と「食の教育」が始まると、まるやま農園の生産者に社会科の授業、総合学習の豆腐や味噌づくりの指導を依頼するようにもなった。

 「私らは子どもたちに食べてもらえるだけでありがたい。子どもたちが大人になったときにいい思い出になってくれればと、そんな思いで協力している。そして、もっと食育が進み、日本型食生活が広がって、食料自給率の向上につながればいい。給食や授業はそういう目標に向けたひとつの運動だと思っているんです」

 一連の活動を岩崎さんはこうとらえている。そして、上林さんはその教育効果について次のように語る。

 「専門の人の経験にもとづいたお話は子どもたちも熱心に聞くので、いつまでも心に残ると思います。食べることは生きた教材ですから、これからはもっと生産者とふれあい、農作業も体験させたいと考えています」

岩崎恒一さんと秀子さん夫妻。「まるやま農園」では今年から、関西大学のある大阪府吹田市の市民との交流も始め、希望者に米の産直を試みた
毎年1月に行なわれる給食感謝祭には調理員や生産者などが招待され、子どもたちから色紙と花束が贈られる

愛情という心の栄養

小浜市教育委員会の森喜太郎さんは、地場産給食を含む7つの「食の教育推進事業」を進めている

 地場産学校給食は、小浜市教育委員会が取り組む「食の教育推進事業」の七つの事業内容のひとつ。二〇〇三年に国富小学校を含む四校で開始し、現在では市内の小中学校一六校のうち九校に拡大している。その目的を教育委員会の森喜太郎さんは次のように話す。

 「これまでは校区内で米や野菜をつくっているのに、給食の食材は地域外から供給され、子どもたちはどこでつくられたのかも知らないまま食べていました。地場産給食はこのねじれを正そうとするものです。もうひとつのねらいは、地域に開かれた学校づくりの一環として、給食も地域に根ざしたものにすることにあります」

 それまで食材を供給していた学校給食会や地元の青果市場との軋轢もなく導入することができた。

 「学校給食会や青果市場に理解を求めましたが、どちらも地産地消を進めてくださいと理解してくれました。地場産給食もあくまでも子どもたちをどう育てるかという学校教育の視点で進めていますので、自給率を上げることをめざしているわけではありません。各学校には、たとえ一品でも、一年に一回でもいい、無理をしないで、できることをやってくださいとお願いしています」

 小浜市では給食センターの建設や民間委託を検討したこともあるが実現には至らず、自校方式が維持された。そこで、地場産給食を行なう九校が参加する「地場産給食推進協議会」で情報交換の場を用意し、各校の生産者グループを組織した「生産者グループ連絡協議会」で研修や先進地視察の機会を設け、各校の取り組みを支援。各校では地域性を生かした独自の実践を進めている。

 そのひとつ、中名田地区では、地域活動の拠点である公民館が学校と生産者の調整を行なう「中名田方式」を誕生させた。「中名田農産物生産グループ」代表をつとめる中野幸男さん(七一歳)は、「孫」と呼ぶ地域の子どもたちのために栽培歴一六年の経験をもつナスを出荷する。

中名田小の子どもたちは、生産者全員の似顔絵を描いた看板を設置した。子どもたちに「ナスのおっちゃん」と呼ばれる中野幸男さんは「よう似とるやん」とうれしそうだ

 「孫はかわいいんやわ。だからこそ、安全な野菜を食わしてあげたい。どんなに虫が来ても、給食に出すものにはぜったい消毒をしないんです」

 校長の高田清之さんは、そんな生産者の子どもたちへの愛情が給食を通して子どもに伝わるという。

 「生産者の方々が単なる仕事としてではなく、一生懸命につくった米や野菜を、調理員さんが心を込めて調理する。その思いの連携が地場産給食の価値なんです」

 地場産給食には、生産者からの愛情という目には見えない心の栄養がある。子どもたちも生産者のことを考えるようになり、教育委員会には、野菜嫌いの子が少なくなった、残食が減ったという報告が相次いでいる。

 校区内自給率の向上が目的ではないにしても、各地区の生産者グループの努力で自給率は当初の想定を超えて高まっている。国富小では重量ベースで七〇%、米も地区産を使う中名田小では八〇%に達する。食材供給をきっかけに結成された生産者グループのうち三団体は、まるやま農園のように朝市の開催にも乗り出した。地場産給食の導入は生産者の意欲を引き出し、地域内の地産地消を拡大させることにもつながっている。

地域の可能性は無限大

国富地区で「いきいきまちづくり」を推進する「国富の明日を創る会」会長の宮川健三さん(左)と公民館長の小矢甚造さん
「観音市」を主催する羽賀寺住職の玉川正隆さん。市の立つ毎月第一日曜日にはおよそ30店が出店するにぎわいをみせる

 小浜市では、市の固有の歴史や伝統に根ざした食のまちづくりを展開するように、市内の一二地区にも独自の地域性に基づいた「いきいきまち・むらづくり」が行なわれている。各区では二〇〇一年からまちづくり委員会を設置し、三年をかけて策定した地域振興計画を実行に移している。国富地区でも「国富の明日を創る会」を中心に、地域農業の活性化などに向けた活動が始まった。

 「どこに出かけても国富に帰ってくるとほっとする。わしが死ぬところは国富やなあと思う。落ち着いたたたずまいのなかに歴史が生きていて、こんなええところはない、よそに誇れる地区だと思う。こういう思いを持ち続けて、少しでもいい地域づくりをしていきたい」

 会長の宮川健三さんが地区への思いをこう語るように、各地区でもその地区のよさを率直に語り合えるようになった。そのことがまちづくりの原動力となっている。

 同地区の羽賀区にある羽賀寺は奈良時代に創建され、五つの重要文化財を有する古刹。本堂で雅楽のコンサートなどを主催してきた住職の玉川正隆さんは、今年八月から「観音市」と名づけたフリーマーケットも開始した。毎月第一日曜日には、農産物や海産物、若狭塗りの箸、手芸品や古本などの店が出店してにぎわいをみせる。

 「地域にお世話になっている寺としてどんな貢献ができるか模索し、檀家の役員会で国富に少しでも人を呼ぼうと提案しました。小さな取り組みですが、国富の人たちも自信をもって外にアピールし始めています」

 檀家のなかには、いつかやりたいと思っていたが、やれるとは思っていなかったという人もいた。だが、勇気をもって始めてみたら、予想を超える成果が得られた。そして、ひとつの目標を達成した喜びは、次の目標に向かう意欲を生む。地場産給食と朝市を軌道に乗せたまるやま農園では、農産物加工も始めようと計画を立てている。地域の潜在力を自ら発掘することでこれからの地域づくりにも自信を得た岩崎さんはこう語る。

 「可能性は無限大や」


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