「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2006年1月号
 
小浜市地図
平成10年文部科学省飼育手引「学校における望ましい動物飼育のあり方」作成委員、平成14年日本学術会議学校飼育動物に関する委員会委員を歴任。現在、全国学校飼育動物獣医師連絡協議会主宰、全国学校飼育動物研究会事務局長、お茶ノ水女子大学子ども発達教育研究センター研究協力員、(社)日本獣医師会学校飼育動物委員会副委員長など。

食農教育 No.45 2006年1月号より

この人に聞きたい!

鳥インフルエンザで、日本の
学校のニワトリは大丈夫ですか?

全国学校獣医師連絡協議会主宰・獣医師

中川美穂子さん

 茨城県で鳥インフルエンザに感染した養鶏場のニワトリが処分されたり、中国やインドネシアで人への感染によって死者が出るなど、鳥インフルエンザをめぐる報道が毎日、マスコミでとり上げられています。保護者から不安の声もあがっていますが、鳥インフルエンザで日本の学校のニワトリは大丈夫なのでしょうか。獣医師で、学校飼育動物をめぐる学校と獣医師の連携をすすめている中川美穂子さんにうかがいました。
【編集部】

 今、おそれられていることは人のウイルスが発生し、感染した人により日本に運ばれ流行することです。
 人にウイルス病を感染させる一番の原因動物は、人間です。すでに、国内の、しかもひっそりと少しずつ飼われている学校のニワトリたちの問題からは、まったくはなれた事態になっています。

●人の新型インフルエンザウイルスは日本ではなく、海外で生まれる

 今、東南アジア・中国などで、鳥同士の感染が続いて、ときどき人にも感染しています。それで、この地域から新型インフルエンザが発生し、それが世界に拡散したときに大流行し、多くの犠牲者がでることがおそれられています。

 といっても、学者は新型インフルエンザウイルスが国内の鳥から発生することを心配しているわけではありません。それは、日本では平成十六年の流行期とは異なり、現在のところ国内でのH5N1型鳥インフルエンザの発生がみられないからです。現時点で国内の学校のニワトリからの感染を警戒することは意味のないことです。

 もしも人の新型ウイルスが発生したら、もはやニワトリの問題ではなく、病気の人がウイルスを運ぶことを警戒する必要があるわけで、すでに人の問題になっています。

 また、元気なニワトリ自体が突然この病気になり、人にうつすのではありません。必ず東南アジアや中国など、他の国からの人や輸入品・輸入鳥を介した感染の原因があるわけです。野鳥も感染経路として疑われていますが、日本ではまだ証明されていません。

 茨城を中心とした低病原性鳥インフルエンザの発生は、国が禁止しているワクチンを畜主がこっそり接種したのではないかと考えられています。財産であるニワトリを病気で失いたくなかったのだと想像されます。しかし、国はワクチンで抗体を持ったものも含めて、すべて処分することを決めています。それは日本全体の養鶏業を守るための措置であって、人への健康被害を心配しているわけではありません。

●鳥のインフルエンザがなぜ人に感染し、人型のウイルスに変化するのか?

 基本的にウイルスは吸着する場所の型により、同種類の生物の中でのみ媒介し、増えていきます。つまり同種類の生物にだけに感染します。ときたま起こる鳥インフルエンザの人への感染については、その人の型が鳥に似ていたか、あるいはウイルスが入った鶏糞を食べたり、乾燥した糞が舞っている空気を大量に吸い込んだりした、などということが原因と考えられています。

 この感染は今のところ、鳥から人にうつっただけで終わっていますが、このような人への感染が続くと、鳥のウイルスが人の体内で人型に変化するのではないかと心配されています。そのメカニズムについては、感染した人が同時に人のインフルエンザにもかかっている場合に、二種のウイルスが一緒になるのだろうとか、いや、他のインフルエンザと同じようにいったん豚の中で人型に変わるのだろうとか、ウイルスの突然変異でそうなるのだろうとか、いろいろな説がありますが、結局それは説であって、人から人にうつる鳥インフルエンザ由来の新型インフルエンザがまだ発生していない現在ははっきりしたことは言えません。

 いずれにせよ、鳥のウイルスが人にうつることは、普通では起きない、ごくまれなことです。実際、世界でこの病気で一億羽以上のニワトリが殺処分されましたが、感染して亡くなった人は七〇名弱です。一方、普通の人インフルエンザでは、毎年日本だけで千数百人もの方々が亡くなっています。

●日本のニワトリから直接人に感染するか?

 もしも日本のニワトリたちに病気がうつったとしても、小学校では過密に飼われてもおらず、外気が通う環境ですので、養鶏場の閉鎖鶏舎のように、舞い上がる大量のニワトリの糞を人が吸い込むことはまずありません。
 それで、日本の小学校などのニワトリが人に健康被害を与えることは、専門家のあいだでは心配されていません。

 東南アジアなどの人への感染例は、ワクチンなどで症状が見えなくなっている病鶏がたくさんいるなかで生活している人や、その病鳥を食べた人たちです。物理的にそのような鳥の腸内容(糞)を大量に吸い込んだり、口に入れてしまったと考えられています。肉やタマゴは大丈夫ですが、生きた病鳥を調理したさいの腸管の処理や、まな板などの処置に問題があったのでしょう。
 つまり、日本がそのような状態(病気のニワトリがたくさんいるなかで人が生活し、あるいは、それぞれの家庭で生きた鳥を購入し、さばいて食べる習慣)にあるなら、ニワトリからの感染を警戒しなくてはなりませんが、そうではありませんし、そもそも現在は、国内にこのH5N1型鳥インフルエンザウイルスの発生もありません。

 つまり日本では、学校のニワトリたちを危険と考えている学者はいません。考える議題にものせていません。
 農林水産省は国の養鶏産業を心配し、厚生労働省は、外国からの人の新型インフルエンザウイルスの波及を心配して、行動計画をたて、発信しています。

●この冬にインフルエンザにかかるかもしれないからといって、今健康な人を隔離するだろうか?

 高病原性インフルエンザが発生していない日本で、ニワトリたちを現時点で隔離することは、「病気ではない人を、この冬にインフルエンザにかかるだろうから、今から隔離しておく」のと同じことで、科学的な処置とは言えません。

●学校は地域に正しい知識を発信する場所

 学校は、未来の国民に、非科学的なことを発信するのではなく、しっかりした科学的な冷静な視点を養うようにしなければならないでしょう。
 「保護者が文句を言ってきたので、ニワトリたちを排除する」とか、「将来危険があるから、今までこどもたちがかわいがってきた鳥をよそにやってしまう」などといった、愛情のかけらもない、しかも非科学的な処置ではなく、「動物の病気について知識のある獣医師の支援を得て、愛情を大事にして、かつ科学的な処置」を子どもに見せていただきたいと思っています。

 学校は家庭や地域の教育の発信場所でもあります。子どもたちに科学的な対応を伝えれば、保護者が落ち着き、やがて地域全体が落ち着くでしょう。学校は地域のセンターなのです。

※以上の内容をメールで発信したところ、多くの先生方から反応がありました。そこで、学校や地域での説明に便利なように、この内容を簡単に要約したプリントをつくりました(下の表)。ぜひご活用ください。
「学校飼育動物を考えるページ」 http://www.vets.ne.jp/ ̄school/pets/
「学校飼育動物研究会」 http://www.vets.ne.jp/ ̄school/pets/siikukenkyukai.htm

今の鳥インフルエンザと日本の学校の鶏たちは、別の問題です

【問題の整理】
 前提(ぜんてい:大事な事実や条件)
  ウイルスは同じ種類の動物の間でのみ感染が広がる
  鳥インフルエンザウイルスもこの性格
 感染の方向と危険性
  鳥→鳥:おきる可能性は大きい=現在の養鶏産業界の問題
  鳥→人:野生動物であれ鶏であれ日本での可能性はほとんどない。もしくは、考えられない
・・日本に、このウイルスはない・・・
  人→人:おきる可能性は大きい=世界的な医学の問題で今、世界中がおそれている社会的な大問題になるかもしれない

結 論
 以上から、今の日本で、鳥そのものを人がおそれる必要はない。  ちょっとの注意(*)をしていれば十分である。

*ちょっとの注意:・糞を毎日片づける ・世話が終わったら手洗い、うがいをする。

病気を防ぐ基本的な注意
 1 動物:しっかりとした世話のもとに飼い、動物を病気にさせない。
  ・十一月になったら、必ず巣箱を与えて寒さを防ぐ
  ・毎日 糞や食べ残しを清掃して、乾燥した環境で生活させる。
  ・朝夕の二度、動物の元気さをチェックし、新鮮な餌と水を与える。
  (つまり「ひとりではないよ」、と動物を安心させること)

 2 人:普通の衛生観念を実行し、感染を防ぐ
  ・疲れないように、しっかり食べて十分な睡眠をとる
  ・流行期には人ごみにでない、出るときはマスクをする
  ・外出から帰ったら(人ごみにでたり、外遊びしたり、動物の世話をしたら)手あらい、うがいを励行する。
(人のインフルエンザ予防・意外に弱い病原なので、うがいと手洗いでかなり効果があります。)

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