「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2006年4月増刊号
 

食農教育 No.46 2006年4月増刊号より

6年2組の食缶は今日も空っぽでーす

■給食を生かす授業づくり……野菜嫌いを克服する

全国の産地へ横浜からのラブレター

ぼくらにできた!産直給食

神奈川・横浜市立小田小学校の実践

編集部

 あるクラスの児童たちが、スーパーで買った食材の袋に記されている生産者へ手紙を書く。そのうちいくらかは返事が届き、なかには丁寧な手紙とともに、たくさんの農産物まで届いた。

 そこまでなら、なんとなくありそうな話だ。ところが、その気持ちに応えようと、子どもたちは給食の流通のしくみをしらべあげ、返信をくれた農家に給食食材として納入してくれるように依頼文を書く。そして、三月の一ヵ月間、断続的に七品目もの産直給食を実現させてしまったとしたら――。

森島秋美先生(写真 岡本央 ※を除く)

食缶はいつも空っぽ

 そんなステキな取組みを行なった横浜市立小田小学校の森島秋美先生は、この学習の成果を三点あげる。「人との出会いを楽しんだこと。毎日口にする食材に対して興味をもつようになったこと。そして、自信をもっていえることは、給食をまったく残さなくなったこと。足りなくなると調理室や下級生の教室にまで物色しにいくまでになりましたよ」。

 食べることは生きること。なんて頼もしい「生活力」を備えつけた子どもたちだろう。もちろん、調理員さんも了解済みで、欠席者が数人でたとしても、ハンバーグなどのおかずの数量は減らされない。食缶のスープはいつも余分目に入っていて、返すときは空っぽだ。五年生になった当初は、給食を全部食べられない子が半数はいたというのに……。

 この二年間にいったいなにがあったのだろうか? ことのはじまりは、五年生社会科の授業にさかのぼる。

社会の教科書をそのまま体験

手紙とともにホウレンソウ農家に送った写真。壁に貼ってある画用紙が子どもたちの食材地図。日本地図に、食べた野菜の産地を色ぬりし、その横には野菜の袋を貼った(※)

 最近の教科書はよくできたもので、五年生の社会科を開けると、スーパーで買ってきた食材がどこから来たのかをしらべて日本地図に貼りつけ、そこから米どころの稲作農家に手紙を書き、農家の仕事やその苦労などを語ってもらう、といったしらべ学習が、教科書を読みながら追体験できるような内容になっている。

 森島先生は、読むだけではおもしろくない、とこれをそっくりそのまま児童一人ひとりに行なわせた。家庭の食卓にのぼる野菜の袋を持ってこさせ、画用紙に貼りつけ、産地の位置を地図上に落としていく。一ヵ月ほどかけて食材地図ができあがると、それぞれいちばん興味をもった食材の生産者に手紙を書く(国語 依頼文の書き方)。

 自己紹介とともに、食材をどこで買って、どうやって食べたのか、どんなところがおいしかったかを伝え、最後に、農家に聞きたいことを質問する。社会の教科書には、溝切りや中干しといった田んぼでの水管理の工夫が載っているが、ジャガイモ農家ならどんな工夫や努力をしているのか? それぞれちがうはずだ。また、農事(作業)暦も教えてもらうと、同じジャガイモ農家でも北海道と九州でのちがいなど、しらべた子どもごとにズレがでておもしろい。

 こうして、さまざまな作物や果樹について全国の産地情報が集まる。一学期の終わりには、グループごとにしらべたことを発表し合い(クラス単位の総合的な学習、以下総合)、そのようすを返信いただいた農家に報告し、お礼の手紙とする(総合)。

農家も消費者とつながりたいんだなー

 返信がきたのは、秋田の卵、栃木の牛乳、埼玉のホウレンソウ、千葉のニンジン、神奈川のコマツナとホウレンソウ、福岡の万能ネギ、鹿児島のジャガイモとピーマンなど一三ヵ所(クラス三四名中)。うち、四ヵ所からは、ダンボール箱に入った農作物や、つくり方を示した下敷きが届いたりした。夏休みにぜひ遊びにおいで、といった熱いラブコールも。じつは森島先生、平成十三年度にも同様の試みを行なったが、手紙だけでなく、こんなにたくさんのモノは送られなかった。農家も消費者とじかにつながりたいという思いが強くなってるんだなーと実感したそうだ。

お礼の手紙だけでなく、給食食材として購入できたら……

 二学期に入りしばらくは、運動会や足柄体験学習などが続いていたが、体験学習から帰ってきた十一月のある日、なんともうれしいニュースが待っていた。

 お世話になったピーマン産地のJAそお鹿児島の生産者たちが、横浜の中央市場に視察にきたさいに、小田小へ足を運ぼうとしたのだが、時間切れでかなわなかった。そこで中央市場の方があとで、おみやげにとピーマンを届けに来てくれたのだ。じつは、JAそお鹿児島のピーマンの収穫期は十一月〜五月で、適期のピーマンの味を伝えたくて、秋にわざわざ手渡しで届けようとしてくれたわけだ。

 喜んだ子どもたちは、お礼の手紙をだそうとしたが、森島先生は「どうしてここまでしてくれるんだろう? その気持ちに応えるにはなにができるだろうか?」と一歩立ち止まって送り主の気持ちに立つような問いかけをした(総合)。

 旬の味をみんなに食べてほしいのでは? 実際にお金をだして買って食べたなら、うれしいと思うだろう。ぼくたちだけでなく、全校のみんなにも、このおいしいピーマンを食べさせてあげて、おおいに宣伝したい!

 そんな気持ちがふつふつと湧いてきて、「給食の食材に使ってもらおう」というアイデアが浮上したのだ。

5年生 産直給食 学習の流れ(2004年度クラス総合30時間程度)
5月
  • 食材地図づくり(社会 わたしたちの生活と食料生産)

    6月
  • 生産者へ手紙を書く(国語 依頼文の書き方)
      →全国13ヵ所から返信。農産物のお土産も
  • 調べたことをまとめる
  • 調べ学習発表会

    7月
  • お礼と報告の手紙を書く

    11月
  • JAそお鹿児島からピーマンが届く
  • 返信をくれた方たちに何ができるか? を議論

    12月
  • 栄養士による横浜市給食流通についての講義

    1月
  • 給食食材への納入を依頼

    3月
  • 産直給食の実施
  • ピーマンの袋をとおしてJAそお鹿児島に手紙を書いた松枝初珠さん(右)と梶ヶ谷早苗さん

    横浜の給食食材の流通のしくみは?

     非常に具体的、かつ実践的な課題だけに次に行なう行動は明確だ。まず、校長の加藤先生に可能かどうかを交渉。学校栄養士の中川先生や調理員さんたちにも許可をもらい、中川先生からは横浜市の給食のしくみや歴史について授業で話をしてもらうことになった(総合)。

     中川先生によると、横浜市では三六〇校以上の学校があり、各校の調理室で給食がつくられている。しかし、単価を抑え、安定供給するために、食材は横浜市学校給食会を通じての一括購入。ほしいときに好きな食材を入手できるわけではない。各校は、二ヵ月前に給食会へ食材を発注せねばならず、食材も、袋詰めでなく箱詰め、当日納品か前日でも可能か、大きさ、色、硬さ、など品目ごとの細かい規格をクリアしないと使えないという。

    産直給食が実現!

     なんともややこしい話だが、子どもたちは産直給食の実現に向けて、もう一度グループに分かれて九名の業者に依頼文を書き、横浜市の規格に添って購入させてもらえるなら、ぜひ送ってほしいと伝える(総合の時間を使って、国語の学習を振り返る)。

     もちろん、手紙のあと、森島先生も電話で直接交渉したのだが、「実現できればうれしいですが、どうかムリをしないでください。みなさんとコミュニケーションをとれただけでも、子どもたちの学習は充分に達成されているから」と話したという。プロの生産者に対して品質がどうのとか、正直言って失礼な内容も含まれた手紙だ。第一、支払いは現金払いか振込みかもわからない。しかもすぐには支払えない。それでもいいですか? と尋ねるだけの覚悟が教師にも必要なのだ

     子どもたちと森島先生の熱意が伝わってか、結果は九件中、七件がOK。そして、三月のメニューに待望の産直給食が登場したのだ。

     「五年二組です。今日は鹿児島県阿久根市の上野食品のジャガイモです。おいしさのヒミツは、赤土の畑で、農薬をひかえ、堆肥を多く使っているから! ジャガイモは体の調子をととのえ、力のもとになる野菜です。地下のくきの部分を食べています!」。当日は、こんな内容の産直だよりをつくり(総合)全校に配布してアピールした。

     産地からは市場をとおさず、宅配などで品物が送られてきた。もちろん、商売になるような購入価格ではない。むしろ、手間のかかる面倒な作業だ。それでも、温かい手紙とともに気持ちのこもった食材を届けてくれた生産者の心意気には、熱いものを感じずにはいられない。そして――。

    なんでも食べられる子は、他人もよく受け入れられる

     「人と食べものとの関係は、人と人との関係に通ずるものがあるのでは?」と森島先生。なんでも食べられる子は、他人もよく受け入れられる。嫌いなものが多い子は、対人関係でも逃げてしまうことが多いように感じるのだ。

     子どもにも親御さんにも言うそうだ。「家ではムリに食べなくてもいいです。でも、学校は勉強や運動を、みんなといっしょにがんばるところ。給食も同じ。飲み込んでも、パンといっしょに詰め込んでもいいから、嫌いなものも少しずつでも食べられるようにがんばりましょう」と。

     森島学級では、給食の食べ残しは厳禁だ。そのかわり、自己申告制で事前に量を減らすことができる。食べる前に減らせば、ほかの子がおかわりしてくれる。食缶の脇に座る先生のところに、「半分減らして」「キュウリをとって」と児童が言いに来る。「昨日はキュウリ一枚だったから、今日は二枚どう?」と森島先生。

     「アサリだけとって」「一個くらい食べなよ」「えー!! 死んじゃうよー」「じゃー、先生がお線香あげてやるから、飲み込んじゃいな」といった会話が続く。牛乳を飲めない子には、家庭にも連絡し、飲みやすいようにミロをもってきて挑戦しようと提案する(アレルギーなら別だが)。

     とにかく、クラスの食缶も、個人のお皿も空っぽにすることが重要なのだ。逆上がりや縄跳びができるようになることといっしょで、全部食べられた、という目に見える成果こそが、子どもたちやクラスの自信につながるのだ、と森島先生は考える。

     最近は個人の自主性を尊重することが大事と、子どもの好き嫌いに口を挟まない先生も多いが、本来「給食指導」という言葉はどういう意味なのか? 「空っぽが大事」という森島先生の言葉は重い。

    産直給食のさいに全校配布した「産直だより」

    産地の農家と都会の児童が顔の見える関係に

     「子どもたちを現地に招待しましょう」。活動の過程で、JAそお鹿児島からビックリするような話が舞い込んだ。担当の森満さんによると、とかく子どもに嫌われがちなピーマンの消費拡大を考えていた最中で、ぜひ生産現場を体ごと体験し、地元の子どもとも交流してもらいたいと思ったそうだ。

     こうして春休みに、森島先生と二名の子どもがに二泊三日で鹿児島に行き、収穫作業や選果場での袋詰め体験を行なった。交流会では、産地ならではのピーマンづくしの料理がふるまわれる。農家ステイも体験。農産物の学習をとおして消費地の児童と産地の農家が、文字どおり顔の見える関係で結ばれたできごとだった。

    市場をとおしてJAそお鹿児島産のピーマンが給食に

     あれからおよそ一年。平成十八年二月二十二日に、卒業間近の六年二組を訪れた。この日の給食は、ごはんと味噌汁に、もやしとホウレンソウのお浸し、そして、ピーマンが入った変わりきんぴら。食材に使用されるピーマンの産地は、JAそお鹿児島だ。

     さすが六年生。山盛りの変わりきんぴらを、大きな口を開けながらパクパク食べていく。なかにはピーマンは嫌いだけど……、と言いつつも飲み込むように食べきる子どもも。森島先生が言ったとおり、ほんの一五分ほどで食缶は空っぽ。十数名の給食委員が元気よく食缶を調理室へ返しにいった。

     この日の食材にJAそお鹿児島産ピーマンが使われたのは、特別な行事としてではない。昨年度の交流を受けて、なんとか産地に迷惑をかけずに、JAそお鹿児島のピーマンを給食に使ってもらえないかと、既存の流通ルートを使った納入方法を森島先生が模索した結果なのだ(六二頁参照)。

     二年越しの交流が実り、一年前にかなわなかったJAそお鹿児島の農家による小田小出前授業も実現。十一月から三月までの期間は、八百屋さんの特別な計らいにより、使用量はごくわずかだが、JAそお鹿児島産のピーマンが給食で調理され、子どもたちの胃袋におさまっているのだ

    追跡!鹿児島産のピーマンが子どもたちの口に入るまで

     2月22日(水)、市場に荷卸された鹿児島産ピーマンがどのように学校に届き、子どもたちの口に入るのか? 一部始終拝見しました(編集部)

    (1)横浜市中央卸売市場南部市場
    (2)納入業者(八百屋)の(株)はまゆう物産、社長の鈴木勇一さん。今日は市場は休日だが、給食には当日納品の食材がある。あらかじめ注文していたもやしやピーマンをとりにいく
    (3)中央市場からお店には車で10分ほど。はまゆうさんでは、学校のほか、病院などの公共施設の食材も納入している
    (4)お店に到着。買い付けたピーマン20箱を店内に運ぶ
    (5)学校ごとに、指定された重さを量りながら、袋に小分けしていく。今月入札したのは、近隣の小学校20校ほど。指定された8時〜9時の間に届けなければならないので、4〜5人で手分けして回る
    (6)学校ごとに3枚つづりの納入伝票をもっていき、控えにハンコを押してもらう
    (7)小田小到着(4校目)。調理員さんにピーマン3kg納品。「色ツヤがよくてやわらかいのが入ってますよ」
    (8)調理員さんによって千切りされるピーマン。このあとさっとゆでられた
    (9)変わりきんぴらのほかの具材に混ぜられ、いよいよできあがり
    (10)子どもたちがいつ来てもいいように、栄養士の中川先生が並べられた食缶の数を入念にチェックする
    (11)最初に来たのは、1年1組のちびっ子たちだった。栄養士さん、調理員さん、担任の先生とともにカシャ!
    (12)ピーマン入りの変わりきんぴら。栄養士さん、調理員さんの愛情がいっぱい。とってもおいしい
    (13)6年2組の教室で。みんなあっという間に平らげていた
    (14)「先生! おかわりください!」
    嫌われがちなピーマンもみごと完食!

    どうすれば通常のルートで産地指定ができるのか?

     横浜市のピーマンをはじめとする給食食材(青果)の流通は図のとおり。

     青果物の流通は、各地の農協から横浜市中央市場の卸売会社に販売される(卸売会社が万が一倒産したときの保証などのため、ペーパー上は県単位の経済連をとおす)。そして、給食納入業者である八百屋さんは、卸売会社から購入(仲卸をとおすことも)した野菜を、各校分に小分けし、調理室へ配達している。

     発注の流れについては、市の健康教育課でつくられた基準献立にもとづき、各校(三六三校)の栄養士さんが児童数などを勘案して横浜市学校給食会に発注する(二ヵ月前)。給食会はこれを集計して、納入業者へ発注するのだが、地区ごとに何件かの業者さんがいて、毎月入札により納入業者が決まるという手順だ。

     今回、森島先生は中央市場の卸売会社である丸中青果の小野英樹さん(ピーマン担当)と面識をもったので、JAそお鹿児島産のピーマンを通常の流通をとおして給食で使えないだろうかと相談した。小野さんは産地についても、納入業者の八百屋さんについても情報をもっている。小田小の地区の八百屋さんのなかから、ある程度小回りのきく規模の会社で、ムリをきいてくれる社長さんはこの人だろうと、はまゆう物産を紹介してくれた。そこで、森島先生がはまゆうさんに電話し、このお願いをOKしてもらったというわけ。

     はまゆうさんは、値段や品質を考慮して、納入する食材を決めているが、こと小田小のピーマンに関しては、ほかが宮崎県産のものになろうとも、JAそお鹿児島のものを使うようにしている。ただ、はまゆうさんが、入札で小田小の地区を担当しない月については、そのかぎりではない。

     ちなみに、ふだん学校の先生が接することのない、小野さんのような卸売会社の担当者に出会うには、交流をもった産地のJA担当者に聞いてみるのが一番だろう


    鹿児島産のピーマンが調理室に届くまでには丸2日かかる。午前中に収穫されたピーマンは12時〜14時ごろJAに集荷され、トラックか船で36時間ほどかけて(夜の12時〜2時ごろ)市場に到着。早朝に八百屋さんが仕入れして、8時〜9時に調理室に到着する(当日納品の場合)。
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