「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2006年5月号
 
小浜市地図
おばあちゃんに日野菜の漬け物を習う。学年ごとにいろいろな漬け方に挑戦(68頁参照)

食農教育 No.48 2006年5月号より

■地場品種で広がる「たねットワーク」

郷土自慢のタネを全国に発送!日野菜プロジェクト

滋賀・東近江市立愛東南小学校

小嶋和宏

家庭の味が伝統野菜からスーパーの商品に

 昨年の十二月、鈴鹿山脈の西側の麓、滋賀県蒲生郡日野町の田んぼで、地域の日野菜原種組合のメンバーが集まり、「母本」と呼ばれるタネ採り用の日野菜の植え付けを始めた……。

 この土地では五百年以上前から、日野菜という漬け物用の野菜が、この地に生きた人々によって守り続けられてきた。にもかかわらず、漬け物が家庭の味からスーパーの商品として変わる時代の波にもまれ、特産物としての日野菜が地域の意識から薄れはじめていた。その日野菜が、町の活性化の一役として動き出したのは、滋賀県日野町立南比都佐小学校(前任校)の「日野菜プロジェクト」の取組みからである。

 このプロジェクトは、地元の伝統野菜を総合的な学習の題材として取りあげ、(1)特産物日野菜を守る体験学習を通じ、地域やそこに住む人々をより理解する、(2)全国に日野菜のタネを広め、日野菜漬けを知ってもらい、日野菜を味わってもらう、(3)日野菜の育ち比べを通じて、気候の違いや文化の違いを知り、日本を理解していく、(4)タネの広がりを通じて、心を広め各地の人と交流を図る、の四点をネライとして取り組んだものである。

小浜市地図
日野菜はカブの一種だが丸い形ではない。地上部にでた部分がみごとに赤紫色となるのが特徴で、アントシアニン色素の一種。酢などを加えて酸性にすると、鮮やかな赤みを帯びる

名人直伝の日野菜漬けで、家庭での人気が急上昇

 五年前、最初に取り組んだのは、地域の伝統的食材である日野菜の見直しであった。まずは、「日野菜を育て食べよう」と総合的な学習の教材に取りあげ、地域の日野菜名人にお願いして、育て方を子どもたちに伝授してもらった。農村地域に育つ子どもたちとはいえ、畑づくりの体験は初めてで、鍬の持ち方からはじまり畑の耕し方までを実演してもらう。子どもたちは、軽く握った指の間からタネを均等に播く名人技に感心させられ、見よう見まねで日野菜のタネまきを終えた。

 それから収穫までの二ヵ月間、日野菜名人の直伝で学習をすすめていった。収穫した日野菜を漬け物にして食べるときにも、地域のお年寄りに登場してもらう。自分たちのつくった漬け物は格別で、それまで漬け物を食べなかった子どもにとっても、この日野菜漬けは格別であった。家庭でもその味を自慢し、それまでおばあちゃんの味として控えめな存在だった漬け物が、子どもを介して母親世代に広がり、親子日野菜漬け教室が行なわれるまでになった。

小浜市地図
タネの植えつけ。タネ採り用の株は、根っこに栄養が回らないように、12月に1度抜きとって植え替えをする
小浜市地図
タネの収穫。世界でたった一軒、原々種を栽培し続けるおじいちゃんからの手ほどき

IT活用で地域の日野菜の輪を全国に

 日野菜のタネまきから漬け物づくりまでを体験したあと、この伝統野菜を全国に広めようと、次のような形で学校ホームページからの情報発信を計画した。

(1)日野菜の歴史や漬け物工場を紹介

 育て方を伝える日野菜日記や日野菜漬けをつくるレシピはもちろんのこと、戦国時代の武将・蒲生氏郷とつながる日野菜の歴史、さらに町内の漬け物工場のようすなどを子どもたちが調べあげた。そして、「日野菜を有名に!」という子どもたちの思いの伝わるWEBができあがった。

(2)雑菜刈りをして原種栽培、タネを全国へ発送

小浜市地図

 続く二年目には、インターネットを使ってタネを広めることに取り組んだ。山裾の谷を利用して、原々種と呼ばれる混じり気のないタネを守ってきた土地柄である。日野菜は同種類の野菜と交配しやすく、それを防ぐために「雑菜刈り」という習わしもある。春先にほかのアブラナ科植物の花をすべて刈り取り、日野菜の原々種を守る方法だ。

 タネ採りをする地域の農家や種苗会社は、この地で受け継がれる純粋な原々種をもとにタネ(原種)を採るわけだが、この原々種づくりは、たった一軒の高齢農家が担い、雑菜刈りをとおして地域がそれを支えていた。

 子どもたちがこの風習を受け継ぎ、タネを自らの手でつくることで日野菜へのいっそうの愛着を高めると同時に、日野菜を全国に広げるもとができると考えた。日野菜を送り届けることはたいへんだが、タネならば郵便で全国どこへでも届けられる。

(3)日野菜有名度調査と生育比べ

 冬から春にかけてタネ採り用の日野菜を育てる一方で、インターネットメールの学習をかねて「日野菜を知っていますか?」という日野菜有名度調査を無作為で全国各地の学校に行なった。返答のあったところにはアンケートのお礼としてタネを送り、日野菜栽培の協力を呼びかけた。その育ちをインターネットを使って交流することで、日野菜は広げられるし、子どもたちのITを使ったコミュニケーション力が高められるとも考えた。

 もともと日野菜の特徴は、細長いカブの地上部が赤紫色に、地下部が白色に分かれるところにあるが、「土壌や気候によって色の特徴が変わってくる」と地元の人に聞いたのが生育比べのきっかけであった。

 寄せられてきた情報をWEB上に整理して提供することで、結果を交流相手にも見てもらうこともできる。また、そこにある日野菜の育て方や食べ方の情報も併せて利用してもらえる。とかく、つくっただけで満足しがちな学校ホームページが、交流の道具となって生きてくるのである。

(4)足で稼いでお年寄りに質問 「日野菜相談所」開設

 さらに、日野菜相談所というQ&AのコーナーもWEB上に設けた。これは、日野菜を育てたり、食べたりするなかでわからないことを交流相手に投げかけてもらい、子どもたちが地元の日野菜名人から聞き取って答え返そうというものである。子どもたち自身が気づかない課題を交流によって意識することができ、日野菜についてより深く知ることができた。また、答えを求めて地域の日野菜名人とつながるなかで、体験的に学習できる仕掛けでもあった。

タネの危機を救え!「日野菜サミット」の開催

 ところが、取組みがすすみ「日野菜プロジェクト」が巷で話題になり始めた三年目、学習活動は転換点に立たされる。それまで原々種といわれる日野菜本来のタネを受け継いできた唯一の農家が高齢のためにタネづくりを辞める、というのだ。

 原産地としての誇りをもって日野菜を広げようと子どもたちが取り組んできたのに、地元でのタネづくりがなくなってしまうことになる。これはたいへんだ。この日野菜の危機を救うために、子どもたちにできることはないかと考えた。そして地元の公民館で「日野菜サミット」を行なったのである。

 地域の人たちに日野菜の知識を授かったり、漬け物づくりを教えてもらったお礼の意味を込めて、子どもたちの学習を発表した。同時に「日野菜の危機を救ってください」と子どもたちは地域へ訴えた。サミットには日野町長や農協の代表、種苗業者の人たちがパネラーとして集まり、子どもたちの報告を受け、「日野菜の品種を守り、伝えていくことが肝心」「日野町産の漬け物をアピールしていこう」との意見が交わされた。

小浜市地図
日野菜の危機を救うため、学校のフェンス(街道沿い)にのぼりを立てて日野菜をアピールしにいく
小浜市地図
日野町長や農協の代表、種苗会社の人たちもパネラーとして参加した日野菜サミット

原々種の継承へ、町が動きだした

 その後、子どもたちの訴えが地域に広がり、町が動き出した。地元の農協が減少傾向にあるタネづくりを奨励する方向を打ち出したのだ。また、「できることからやろう」と、日野菜や地元の農作物を売る南比青空市場が小学校の近くで始められる。さらに、町内の商店街組合では日野菜のお茶漬け商品を開発し、販売に取り組む。行政でも、地場産業を支える核として日野菜が取りあげられるようになった。

 そして、子どもたちの願いであった原産地での日野菜保存活動が、ついに動きだした。地域の手で日野菜を守っていこうと「日野菜原種組合」が設立され、冒頭のとおり、これまで一軒の農家が担ってきた原々種づくりが、はじめて組織だった形で受け継がれることになったのだ。子どもたちの学びが町を動かし、「日野菜プロジェクト」の取組みが、それまで地域で置き去りにされていた郷土の味・日野菜の価値を高め、町の活性化を促したのである。

 「日野菜プロジェクト」は学校と地域、そして地域と全国を結び、町を動かした。伝統野菜の継承という、地域の宝を守る学習の力強さを感じずにはいられない。地域の教育力を生かし、学びのための学びではなく、生きる力としての学びが詰め込まれた学習であることを実感した。

 このプロジェクトをとおして、子どもたちは、地域の主体者として自ら町や地域に働きかけて生きることの大切さも学んだと信じている。

(日野菜のタネの問合せは、南比都佐小まで FAX:〇七四八―五二―八一〇六)

■南比都佐小日野菜学習の発展系列

学年ごとに4種の漬け物づくり

 日野菜は秋にタネを播いて2ヵ月で株を収穫できるが、翌年のタネを採ろうとすると、年度をまたいで6月に収穫となる。そこで、南比都佐小では左のようにメインの学習を4〜5年生において学習計画を組んでいる。

 また、日野菜の漬け物は何種類もあり、上の表のように、全学年がなんらかの漬け物づくりをするように仕組まれているのも特徴的だ。1・2年生は、包丁で輪切りする練習も兼ねて「浅漬け」を、3年生は、塩もみしたものを酢とみりんで漬ける「さくら漬け」。4年生では、一旦塩漬けしたものをザルにあげて、酢と砂糖で本漬けする「えび漬け」、5年生では、タクワンと同じような「ぬか漬け」を。そして、6年生で自分の好きなレシピを漬けるという格好だ。

小浜市地図
小浜市地図
小浜市地図

■日野菜プロジェクトの学習計画

小浜市地図
→食農教育トップに戻る
農文協食農教育2006年5月号

ページのトップへ


お問い合わせはrural@mail.ruralnet.or.jp まで
事務局:社団法人 農山漁村文化協会
〒107-8668 東京都港区赤坂7-6-1

2005 Rural Culture Association (c)
All Rights Reserved