「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2007年3月号
 

食農教育 No.53 2007年3月号より

そこが知りたい

ラッカセイのQ & A

千葉県農業総合研究センター(指定試験地)
主席研究員 岩田義治

Q お店で買ったラッカセイをまいたら、芽が出ますか?

ラッカセイの出芽の様子
ラッカセイの出芽の様子

 ラッカセイのお店では、サヤごと煎った「煎りサヤ」、サヤを剥いて中の実を塩水に浸してから煎った「味つけ」、渋皮を剥いて油で揚げた「バターピーナッツ」などが売られています。
 消費者がおいしく食べられるように、これらの製品は、すべて熱を加えてあります。
 芽が出るためには、種子が生きていなくてはなりません。加熱されることによって発芽能力は失われてしまうために、お店で売っているラッカセイをまいても、芽は出てきません。
 芽が出るためには、生の豆が必要です。お店によっては、加工前の生のラッカセイをおいているところもありますが、ラッカセイをまいて生育を観察したい場合は、種苗店で購入したほうが無難です。
 種子が入手できたら、まいてみましょう。
 写真は、種子を横向きにまいてからの様子です。左から、まいて一日目、根の先端がちょっと見えます。二日目、根が伸びてきました。三日目、伸びた根と豆の間にコブのようなものがあります。四日目、根は下に伸び、根よりも太い胚軸が豆を地表に押し上げていきます。五日目、豆が地表に顔を出しました。この豆が子葉です。地表に顔を出し光に当たると、胚軸は伸びるのをやめます。このため、ラッカセイの子葉(豆っ葉)は地表付近で開きます。
 大豆やインゲン、エンドウやソラマメの子葉の位置と比べてみると面白いかもしれません。
 サヤごとまいたらどうなるか。芽は出てきます。でも、芽が出るまでの時間がかかるし、生育がそろわないので、一般的な栽培では、サヤを剥いて中の種子をまきます。

Q 千葉県はなぜラッカセイで有名なのですか?

 千葉県といえば「ラッカセイ」と言われるほどに有名になっていますが、栽培がはじまったのは明治に入ってからです。
 明治九年に山武郡南郷村(現在の山武市)の牧野万右ヱ門氏によって試作されたのがはじめとされています。その後、明治十年に、当時の県令(知事)がラッカセイの栽培奨励に着手し、これを受けて金谷総蔵氏が県から種子の下付を受けて栽培に着手し、近郷農民に普及しようとしました。
 しかし、当時はラッカセイに対する認識がなく、香味が村民の嗜好に合わなかったため、栽培する者はありませんでした。その後、販路の開拓により、ほかの雑穀類の数倍の利益をあげられたことから、栽培が広がり、ラッカセイ栽培が千葉県に定着していきました。
 現在、国内には、ラッカセイの主産県が八県あります。千葉県以外に、関東・東海で茨城県、神奈川県、栃木県、静岡県の四県、九州で鹿児島県、宮崎県、熊本県の三県です。
 全国の作付面積は、平成五年が、一万四五〇〇ヘクタール、平成十七年が八九九〇ヘクタールと全体的に減少していますが、千葉県の全国に占める割合は、平成五年で約六〇%、平成十七年では七二%に上がっています。国産ラッカセイの七割は、千葉県産のラッカセイなのです。
 しかし、国産ラッカセイは、平成十六年で消費量全体の一二%しかありません。なお、生のラッカセイ以外に、半分以上は製品として輸入されています。

Q ラッカセイはどうやって日本に入ってきたのですか?

 ラッカセイの故郷は、南米のアルゼンチン北西部からペルーにかけての、アンデス山脈東麓地域とする説が有力です。栽培の歴史は古く、もっとも古いラッカセイは、ペルーのリマ市に近いアンコン遺跡で発見されたもので、土器から完全な子実が出土しました。
 ラッカセイは、南米各地やカリブ海諸島・メキシコなどへ、原住民によって伝えられていました。そして、これらの各地から、スペインやポルトガルなどの探検家・航海者らによって、アフリカやアジアなど世界各地へ伝播したものとされています。

 ラッカセイが日本に伝えられたのは、宝永三年(一七〇六年)に中国から入ってきたのが最初とされています。しかし、このときには栽培はされませんでした。栽培されるようになったのは、明治に入ってからで、明治四年(一八七一年)に神奈川県中郡国府村寺坂(現二宮町)の渡辺慶次郎氏が、横浜の親戚から一サヤもらい受けて栽培したのが最初とされています。当時はラッカセイという呼び名ではなく、「異人豆」「南京豆」と呼ばれていました。
 ラッカセイの呼び名は、日本全国にいろいろあります。代表的なものは、「南京豆」です。そのほか、多くの地方で呼ばれている名前に、「唐豆」「地豆」「底豆」「つち豆」があります。また、「かんと豆」「たこ豆」「かいこ豆」「俵豆」と呼んでいる地方もあります。ラッカセイが国内に広がっていき、その地方で独特の呼び名ができたのでしょう。
 英語でも「ピーナッツ」(豆〈ピー〉と堅い木の実〈ナッツ〉という言葉が合わさった)「グラウンドナッツ」「アースナッツ」「アースアーモンド」(大地からとれるナッツという意味)などの呼び名があります。

Q ラッカセイのサヤはどうやってできるのですか?

 ラッカセイのサヤは、土の中にできます。では、どうやって土の中にできるのでしょう。種子をまいて四〇日前後で、花が咲きはじめます。色は黄色で、葉の陰で目立たなく咲いています。開花は朝で、そのときにはすでに受粉しています。そして午前中には受精し、午後には花はしおれてしまいます。
 花がしおれた後、五日から七日過ぎると、花の付け根から堅い紐のようなものが伸びてきます。これを「子房柄」といいます。子房柄は地面に向かって伸び、土の中に刺さっていきます。
 土の中に潜った子房柄は、先端がふくらみはじめます。ふくらみはじめるのには、暗黒・接触刺激・水分の三つの条件が必要です。土の中は、この条件を十分満たしてくれます。このうち暗黒は絶対条件で、明るいところでは、サヤをつくることはありません。バケツなどで栽培し、容器からはみ出して土に潜れなかった子房柄は、二〇cmくらい伸びたところで生長が止まってしまい、サヤはできません。
 ふくらみはじめたサヤは一カ月くらいで生長を止め、それから中の子実が大きくなっていきます。サヤと子実はへその緒のようなものでつながっていて、それを通して栄養をもらい大きくなっていきます。
 ラッカセイの花は、一株で三〇〇から四〇〇の花を咲かせますが、子房柄は二〇〇前後しか伸びません。また、ちゃんとしたサヤになるのは三〇から五〇くらいです。一見無駄なように思えますが、子孫を残すための知恵なのだと思います。

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