「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2007年5月号
 
もち米を田植えする(写真提供 須賀川市歴史民俗資料館)
深谷哲雄さん(57歳)。イネ2ha、畑1ha、山6ha。米はすべて産直。学校外での食農教育にも取り組み、異業種仲間7人を中心に、沖縄や北海道、東京や韓国の親子とも交流。周囲の雑木林や畑・川をフィールドに、炭焼きや石窯ピザなど、さまざまな体験の場を創造する。

食農教育 No.55 2007年5月号より

農家が田んぼ体験をお手伝いする理由

福島県須賀川市 農業 深谷哲雄さん

文 編集部

■冷暖房完備のトラクターに乗っていても……

 極端にいうと、今の稲作は一回も田んぼに入らなくてもお米がとれてしまうんです。私だって冷暖房完備の乗用トラクターを使っている。車と同じで、サンダル履きでできるし、夜中でも、雨の中でも作業できる。で、妻や子どもによく言われるんです。自分はそんな機械で農業をして、子どもたちに手作業の稲作を教えてるのは、矛盾してるんじゃないかって。

 でもねー、私らには経験があるんですよ。昭和二十五年生まれの団塊世代。子どものころは、いっぱしの労働力として田んぼや畑の仕事を手伝わされてきた。牛の鼻とりといってね、田んぼの代かきをするために、牛に馬鍬を引かせた。これで土を細かく砕いてドロドロにするんですが、そのかじ取りをするのは、子どもの仕事だったんです。いまのように田んぼが四角くなかったから、うまく隅々まで馬鍬が入るように誘導するのはけっこう難しくて、慣れないと同じところを二度行ってしまい、後ろから親父におこられました。

 あの馬鍬には、十二本のツメがついてましてね。おばあさんが「これは、十二歳になったら休んでいいということだよ」と、教えてくれたんです。十一歳まで一生懸命やって、来年は休めるかと思ったら、次の年に耕耘機が入ってきました。

 いま、忘れられてしまったもの、なくなってしまった技術を伝承できるのは、私らの世代が最後かなー、と思うんです。経験があるのとないのとでは、見えるものがちがってくる。昔ながらの農業から、非常に現代的な農業までを経験してきた私らだからこそ、子どもたちに教えなければならないことが、たくさんあると思うんです。

■間引きを知らずに、もやしニンジンを植え替えた!?

 学校での農業体験をはじめて手伝ったのは、息子が通っていた長沼小での生活科でした。カレーライスの食材を全部自分たちでつくろうと、田んぼでうるち米を育て、畑でジャガイモ、タマネギ、ニンジンを育てた。ブタも飼おうかという話にもなりましたが、さすがにそれは実現しませんでした。

 ある日、もやしみたいなニンジンを子どもたちがもってきたんです。トマトの苗を定植した経験があったから、ニンジンも植え替えると思ったんでしょう。直播きして間引くということを知らなかった。子どもたちだけでなく、学校の先生にも農業体験が必要なんだなー、と実感しました。

 今の長沼東小とは、八年前からのおつきあいです。ちょうど総合的な学習の時間が始まる、と騒がれだしたころ。県でも非常勤講師制度といって、三八時間までなら地域の人にお金を払って講師になってもらえる、というしくみをはじめた。そのときに、声がかかりました。いまでは、いろんな学校がその制度を利用してるんで、一八時間分しか回ってきませんが……。

 余談ですが、そうなると先生たちは遠慮して、一八時間分しか依頼しにきません。ボランティアでいいんだから、遠慮しないで、って言ってます。

■お年寄りを引っぱりだすと……

 で、長沼東小では、五aの田んぼでもち米づくりをはじめた。最初は、田植えと稲刈りだけでしたが、そのときのほうがたいへんでしたね。農家はあとあとのことをイメージして段取りを組み、作業をします。まっすぐに植えないと、除草するときに田打ち車(手押しの除草機)を押せない。でも、子どもたちはそんなことおかまいなし。イネ刈りでも、刈ったらそのままほうりっぱなしの子もいる。二時間たったら、先生といっしょに学校に戻ってしまうから、一人であとしまつをするのがたいへんでした。

 そのうちに、公民館にも呼びかけて、お年寄りを五〜六人手配するようになりました。お年寄りは、一人ひとりていねいに説明するし、「苗は尺角で植えたんだぞ」と、昔の稲作をリアルな言葉で教えてくれる。私は、「尺角っていうのは三〇cm×三〇cmで、いまより植える間隔が広かったんだよ」と翻訳する立場になった。

 稲刈りのときも、刈った束を結わえるために、前の年のワラのハカマ(シビ)をすぐったあと、水に浸して木槌でトントンたたいて軟らかくするんです。五〇人が使う分を一人で用意するのはけっこうたいへんでしたが、お年寄りだとこういう作業はお手のものです。

 体験が終わると、校長室に行く機会をつくってあげる。校長先生と話ができると、年寄りは喜んでまた来てくれますよ。田んぼを通りかかると、ちゃんと水もみてくれる。こっちは大助かりです。

 去年は完全無農薬でやりたいと学校から要望があったんですが、「あれじゃ、たいへんなことになんべ。除草剤せんとイネになんねぇ」って電話してきた人もいました。年寄りは面倒をみすぎるきらいがあるので、そこはちょっと注意が必要ですが……。

■がじ・長縄・土ずるす・木ずるす

 地元の歴史民俗資料館といっしょになって、昔の稲作を学校でぜんぶできるようにしたいんです。イネの生育や育て方は全国ほぼ同じでも、道具は土地土地でぜんぜんちがう。

 私らは田植えするのに、がじという道具で線を引きます。竹を割った棒が一二本ついていて、これをしならせながら線を引いていく(次頁)。いびつな形の田んぼで菱形にならないように縦横の線を引くのは、けっこうむずかしく、昔は決まった人の仕事でしたが、黒土の湿田だからこんなやり方だったんでしょう。私は隣町の岩瀬農業高校をでたんですが、ここではもっと原始的なやり方で、長縄植えだった。火山灰土の土では、線が消えてしまうので、両側から縄を張って田植えしたのだと思います。

 昔の籾すり機を知ってますか? この辺では、籾をすることを「するす」というんですが、竹で編んだものを布やワラと土で固めて、ちょうど石臼のような道具をつくり、籾すりをしていました。「土ずるす」というんです。ほとんど壊れてしまって、資料館にも一台しかなく、これは借りられません。

 でも、あるとき、テレビ番組の「鉄腕ダッシュ」で丸太の「木ずるす」で籾すりしているのをみたんです。「これだ!」と思い、調べてみると、奥会津歴史民俗資料館に木ずるすがあるとわかった。仲間の大工さんといっしょに行って、写真に撮って、まったく同じものをつくりました。山深い奥会津なら木がやまほどある。だから、木ずるすだったんですね。

 ちなみに、稲刈りの鎌はあえて用意しません。家庭からもってこさせます。使い込んだ鎌をもってくるのは一〇人以下ですね。ケガしないように、荒縄を巻いたりダンボールでカバーしてあるのは、お年寄りのいる家庭です。ふつう、稲刈りはギザギザの鋸鎌を使いますが、草刈り鎌をもってくる子もいるし、ひどいばあいは、草掻き用の草取り鎌をもってくる子もいる。草を「掻く」のと「刈る」ことのちがいもわからない。親世代の体験こそが必要だと感じています。

唐箕を使って籾を選別。お年寄りの実演に見入る子どもたち(写真提供 須賀川市歴史民俗資料館)
がじを使って田植えの線を引く(写真提供 須賀川市歴史民俗資料館)
木ずるすをまわして籾すりをする。石臼と同じ原理で、中の目立てはもっと粗くなっている。体験学習で大活躍していて、もう4〜5台つくった(写真提供 須賀川市歴史民俗資料館)

■田んぼ体験は、算数にも体育にもなる!

 最近、総合的な学習の時間が減るとかいわれていますが、そうなると、学校はその枠のなかで体験させることを考えますよねー。でも、移動時間も含めて二時間で稲作体験をしようなんて思っちゃいけませんよ。発想を変えなきゃ。

 田植えするときは、田んぼの面積を測る。四角でないばあいもある。そして、何cm×何cmで植えるには苗が何本必要か考える。一株に何本植えるかという要素もでてくる。そうすると、算数の勉強になる。膝まで浸かりながら泥の中を歩く作業は、体育の授業。工夫すれば、理科にも国語にもなる。そうやって、半日くらい作業する時間をとりましょうよ、と提案してるんです。

 畑でジャガイモを三〇cm間隔に植えていくとする。巻尺をもってこなかったら、先生は「○○ちゃん、とってきてー」って、すぐとりに行かせます。でも、「ちょっと待て、お前何cmの靴はいてるの?」とたずねて、それで間に合わせるという方法もある。農業体験で身につける力って、そんなもんじゃないですか? とにかく、社会科の教科書にある庄内平野の米づくりを、わずかな時間でさっと読んですませるんじゃなく、体験をとおして生きた知恵を学んでほしいんです。

 クラスでいつも下ばっかり向いてる連中が、田んぼに入ったら急に元気になる。そんな姿をみると、うれしくなりますよー。最近は変な平等主義とやらで、運動会でも順位をつけなくなってきている。五感を働かせて思いっきり身体を使う農業体験は、そういう意味でも貴重な時間だと思うんですがねー。

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