「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2008年1月号
 

食農教育 No.59 2008年1月号より

食育が私を変えた

食を切り口に美術の授業を見直してみたら

前・洲本市立洲浜中学校 中谷正代

プロフィール 中谷正代

 淡路島の洲本市生まれ。洲浜中学校で八年間、美術教師として勤務。その後、他校勤務を経て、再度、洲浜中学校で美術を教え、2007年3月に退職。

食卓の風景─作品の背景にある食生活を思いやる

 洲浜中学校は平成十七・十八年度の食育推進事業モデル校の指定を受けることになりましたが、美術教師の私は「美術で食育!? どう教えたらいいんだろう」と、ずいぶん迷いました。とにかく食べ物と美術を結びつけようと考え、「美術と食育」というテーマのメモをつくり(左頁参照)、このメモをもとに、年間の指導案をつくりました。

 作品鑑賞は美術の授業の柱の一つですが、「食べ物」をテーマにした絵を生徒たちに集中的に見せました。「食べ物」という視点で見ると、思いのほかたくさんの作品が浮かび上がってきました。

 たとえばゴッホの「じゃがいもを食べる人々」。十六世紀に南米からヨーロッパに持ちこまれたジャガイモは、この絵が描かれた一八八五年当時、ヨーロッパの人々の食生活を支えるものになっていました。オランダの農家のつつましい食卓を描いたこの絵の背景には、当時の人々の暮らし、食生活があります。

 ここ淡路島はタマネギが特産で、生徒たちにも身近な食べ物です。ゴッホは精神病院に入院しているときに、「タマネギは心の病に効くから」とよく食べていたそうなので、一年生にはそんな話をして、興味を持たせるようにしました。

 女性がつぼから別の器に牛乳を注いでいる場面を描いたフェルメールの「牛乳を注ぐ女」を見たある生徒は、「しぼりたての牛乳ってどんな味だろう。飲んでみたいな」とつぶやきました。絵のなかで、新鮮で濃厚な牛乳の匂いが、朝のさわやかな空気のなかに漂っているようです。女性はつぼのなかの牛乳をどこから運んできたのでしょう。農家がこの家の庭先まで、直接、売りにきたのでしょうか。「飲んでみたい」とつぶやいた生徒は、私たちが飲んでいる紙パックに密封された牛乳とは違う何かを、絵のなかの牛乳に感じ取ったのかも知れません。こういうところから作品に関心を持ち、作品のなかに入りこんでくれればいいと思います。

 「ダ・ヴィンチコード」という小説が人気を呼んで映画にもなったので、二年生は、レオナルド・ダ・ヴィンチが活躍したルネッサンス時代の作品鑑賞を行ないました。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を「食べ物」の視点で見ると、食卓のメインディッシュが気になってきました。何となく肉料理ではないかと思っていたのですが、最近の修復作業によって、魚料理であることがわかったということを知りました。それまでは「構図がすばらしい」といったところだけ見ていたのですが、私自身も作品を見る視点を変えることができたのでした。

食べ物の色が発するメッセージを暮らしに生かす

 いまスーパーに行けば、野菜でも魚でも年中あふれているので、生徒たちは野菜や魚の旬に気づくことがありません。そういう私自身も、在職中は、旬の野菜や魚を通して知る季節感や自然の豊かさを忘れがちでした。
 そこで食育授業に取り組むこの機会に、旬の野菜の実物を見せて、「おいしい色はどんな色」と生徒たちに問いかけてみました(野菜はできるだけ近くでとれたものをと、直売所から買いました)。たとえば太陽の恵みを受けた旬のトマトの鮮やかな赤い色を見て、私たちは食べる前に「わあ、おいしそうなトマト!」と何かしら感じ取っています。色は人間にメッセージを発し、メッセージを受け取った人間は何らかの感情が呼び起こされるのです。

 十八年度の研究授業の発表会では、色が発するメッセージをテーブルコーディネートに応用し、いろいろな色のテーブルクロスをテーブルにかけ、その上に果物を置いてみました。ちなみに生徒たちが選んだ「おいしい色」の一番はオレンジ色でした。

野菜や果物の季節と、体の季節を感じ、表現する

 十六世紀にウィーンで活躍したアルチンボルドという画家がいます。人の顔のように見えるが、よく見ると果物や野菜などの寄せ集めという不思議な絵で知られています。このアルチンボルドの絵を見せ、まず一枚の絵のなかに、野菜や果物が何種類あるか数えさせました。そして自分の食べたい野菜や果物を、紙皿の上に、アルチンボルド風に描いてもらいました。

 私が顧問をしていた美術部の生徒たちは、さらに本格的に、春夏秋冬の顔を野菜や果物で大きく描き、秋の文化祭で発表しました。

 春夏秋冬の顔とはどういうことかといいますと、春は芽吹きの季節で、生き物は激しく動き回っていますが、秋は実りの季節で、生き物にどっしりとした充実感がみなぎっています。子どもの体にも、そんな季節があるようです。春にはなんとなくそわそわしている子どもたちも、秋には落ち着くように感じます。「あなたたちに、その自分の充実感を表現してほしい」と話して、春夏秋冬の顔を書いてもらったのでした。

春夏秋冬の顔(右から順に、春、夏、秋、冬)
逆さにすると、器に盛られた野菜や果物に早変わり
和風の絵皿とはし袋

食育の教材性の奥深さ

 長年、美術の教師をやってきて、授業がややマンネリ化しているなと、自分でも感じていたのですが、食育は自分の勉強にもなり、まちがいなく授業を活性化させました。

 たとえば三年生は、「器も食事のひとつ 和食器のデザインをしてみよう」というテーマで、紙皿に和柄の模様を書いたり、はし袋に野菜の切り絵をあしらったりしました。食文化の一端を担う食器は、美術的な感性とも深くかかわっています。生徒たちは一人ひとり工夫を凝らし、自分だけのオリジナルな食器をつくったのです。

 はじめは美術と食育とはおよそ関係がなさそうに思えたのですが、美術と食文化・美術と生活文化を交差させるなかで、美術の授業が深まることを実感しました。同時に、食育の教材性の奥深さに目が開かれていったように思います。

 いま退職して家にいますが、食育を勉強したことが役立っています。前は、スーパーで買い物をするときに、加工品は製造年月日の新しいものから買っていましたが、製造年月日の古くなったものはゴミとして処分されると知り、陳列棚の前の列に置いてある製造年月日の古いものから買うようになりました。またゴミの分別は、同居している母にまかせきりでしたが、地域のゴミの分別のルールも一から勉強し直しました。いま地域の一生活者として食育を実践中です。

(文・編集部)

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