「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2008年4月増刊号
 

食農教育 No.61 2008年4月増刊号より

安塚の棚田を田植えに向かう(2007年)

横浜市立小田小学校の安塚体験学習

棚田に囲まれた農家で
子どもたちが体験したこと

編集部

 二月下旬、横浜市立小田小学校五年担任の森島秋美先生、池長健吉先生、豊田亮先生の三名は上越新幹線の越後湯沢駅から「ほくほく線」に乗り換えた。列車は新潟県の谷合を進み、家々の屋根に積もる雪が深くなっていく。三名が向かうのは上越市安塚区(旧安塚町)。きょう、あすは五月に控えた六年生の宿泊体験学習の実踏(実地踏査)なのである。


体験学習について語る池長健吉先生

修学旅行から体験学習へ

 小田小学校が新潟県上越市安塚区への宿泊体験学習をはじめたのは、一九九九(平成十一)年のこと。それまでは、横浜市の他の学校のように日光の名勝を訪ねる修学旅行を行なっていた。

 当時は総合的な学習の時間もスタートするころで、一般的な修学旅行ではなく、子どもたちの生きる力を育み、人とのふれあいのある、横浜ではできない体験学習ができないかと、当時の校長を中心に受入れ先さがしがはじまった。

 ちょうどそのころ、棚田で有名な安塚町(当時)では、東頸城郡の周辺町村とともに体験学習の受入れをはじめていた。両者の思いは一致した。

 以来一〇年、二泊三日の安塚体験学習は小田小の行事として定着し、毎年六年生から五年生への引継ぎ会を行ないながら、続けられている。

吹き飛んだ保護者や教師の不安

 この安塚体験学習も最初からすんなり、保護者に受け入れられたわけではない。

 池長先生は小田小に赴任した一九九九年に、第一回の安塚体験学習に参加しているが、最初のころは保護者からさまざまな不満や不安の声が出たという。

 横浜市在住の保護者の多くは小学生時代に日光の修学旅行を体験して、自分の子どもにも同じ体験をさせたいという思いがあった。費用も増える。農家にホームステイするとなると、食事やトイレ、風呂が心配という声も出された。そうした疑問に、ときには安塚の担当者に問い合わせをして一つひとつ答えていった。

 先生方にも不安はあった。一斉に行なう田植えや縄ない体験とちがって、農家ホームステイでの体験のなかみはそれぞれの農家まかせになる。子どもたちには手伝いを申し出るように、そして聞きたいことをあらかじめ用意しておくようにしてはいたが、はたして初対面の農家の方ときちんとかかわれるだろうか。

 しかしそんな心配は、一泊の農家生活体験を終えて帰ってきた子どもたちの生き生きとした表情を見て、吹き飛んだ。お別れの会では、ふだんはわんぱくな子どもが本当のおじいちゃん、おばあちゃんと別れるように涙を流す姿に、先生が驚かされた。
(民泊受入れ先の農家の人びとと子どもたちがどんな交流をしたかは、二〇〇五年に参加した小須田恵理さんの体験記参照。二二〜二五頁)

 保護者も子どもたちが旅行から帰って農家生活体験を夢中になって話すようすを見て、安塚の農家の暮らしに接することが、横浜という都会で核家族で暮らす子どもたちにとって、いかに貴重な体験であったかを悟ったのである。

 そして、安塚体験学習が終わると、六年生は全校に体験を伝える会とともに、五年生に対する引継ぎ会を行ない、手づくりのガイドブックを手渡している。こうしたことから下級生も自然に「自分たちも六年生になったら安塚にいって農家生活を体験するんだ」という心構えができるようになった。きょうだいが体験学習旅行を経験した子どもも多い。こうして体験学習は小田小学校にすっかり定着した。さらには、安塚周辺の「越後田舎体験」が横浜市内の八校に広がっている。

農家の方へのお礼としてできることを考える

 小田小の体験学習のおおよその流れは図のとおり。毎年マイナーチェンジしているが、第一日目 春山トレッキング(施設泊)、第二日目 地元の安塚小学校との交流会(スポーツ交流や縄ない体験など)、全員で棚田で田植え体験、三〜四名のグループに分かれて民泊する農家へ移動(農家泊)、第三日目 各農家で農家生活体験、お別れ会 というようなスケジュールで行なわれる。

 なかでも、農家民泊は体験学習の最大のポイントだ。

 森島先生と池長先生は三年前の二〇〇五(平成十七)年にも六年担任として安塚体験学習に行っている。一ヵ月ほど前に民泊で自分がお世話になる農家が決まったら、子どもたちは自己紹介の手紙を送る。森島先生は「農家の方はみなお年寄り。お金で考えたら合わないのに、あなたたちを一生懸命お世話してくださるのよ」と、あえてきついことをいいながら、子どもたちが農家の方にお礼にできることを考えさせる。農作業や食事の手伝いはもちろん、子どもたちは自分たちのかくし芸を見せる「小田ショー(小田小とかけている)」を楽しんでもらう準備もすすめた。

ほくほく線の車内で話し合う森島秋美先生と豊田亮先生

地域の食を紹介しあう地元安塚小学校との交流を企画

 体験学習を充実させるためには、五年生のときに積み上げた体験や学習とどうつなげていくか、それと地元安塚小学校との交流をどうからめるかがポイントとなってくる。実踏に向かう車中で、今回が初参加の豊田先生をまじえた五年生の先生方に、来年度のもくろみを聞いてみた。

 ──毎年五年生は安塚の苗をもらって、学校のミニ田んぼで稲づくりに取り組んでいる。池長先生のクラスでは、昨年お米があまりとれなかったことを子どもたちが残念がって、種もみを残して苗を育て、六年生になってから稲づくりに再挑戦する予定である。また、貴重な稲わらで紙すきをして、農家に手紙を書きたいとも考えている。

 また総合では、社会科の農業学習の発展として、学校給食の残菜が豚のえさとして生かされていることを学び、そうして生産された「はまポーク」を使った料理を実習した。

 「さむい地域とあたたかい地域」の学習や国語でのビデオ番組づくりの学習をからめて、小田小と安塚小でお互いの地域のよいところを自慢しあうような交流ができないだろうか。体験学習では安塚小のニオ(野菜を保存する雪室)や雪冷房施設を見学し、スポーツ交流をつうじて親しくなり、お互いに行き来ができるようにしたい。

 さらには、地場産学校給食に熱心に取り組む安塚小の給食、わけても本誌三月号で紹介された「めちゃうま汁」がいっしょに食べられたら最高なのだが。

 ──とまあ、こうしたもくろみをもった五年担任団の今回の実踏の重要な目的のひとつは、安塚小学校に今回の交流についての希望を伝えることだったのである。

 安塚小では村山暁校長と五年担任の山?彰先生が検討を約束した。山?先生からは、安塚に雪の残る五年生のうちに、ビデオやカードで交流をはじめる逆提案も出された。

先生が棚田のオーナーに──民泊する集落との交流が深まっていく

 小田小学校の安塚体験学習では毎年一二〇名程度の子どもたちが一班三・四名に分かれてホームステイする。受入れ先の農家は七〜九集落の三〇軒くらいになる。小田小学校の体験学習がはじまった前年の一九九八年、当時の東頸城郡の市町村への体験旅行をすすめる「越後田舎体験推進協議会」が設立され、小田小はその最初の取組みのひとつとなった。いまでは安塚区内だけで約一五〇名が、新潟県が定めた要綱を満たした教育目的のホームステイの受入れ農家となっている。

オータムポエムと池田勲さん・ふじいさんご夫妻

 真荻平も小田小の子どもたちを毎年受け入れている集落のひとつ。池田勲さん(七五)とふじいさん(七八)夫妻は水田二町歩を耕作する。棚田は五〇枚くらいに分かれ、畦畔ののり面が耕作する部分と同じくらい広いので、管理は容易ではない。なにごとも地域のために新しいことに率先して取り組むご夫妻は、農業改良普及員のすすめで冬場は育苗ハウスを使ってオータムポエム(アスパラ菜)をつくり、地元直売所「雪だるま物産館」に出荷している。

 池田勲さんは、また小田小学校の先生方が三年前から会員になっている真荻平地区の棚田オーナー制度「きらめき米」の世話役のひとりでもある(一口六〇sのところを二〇sに小分けにしてもらって、教職員二四名が参加)。

 二〇〇七年度は体験学習の時期が近かったため、田植えには参加できなかったが、稲刈りには教員四名が参加した。毎年、小田小では雪だるま物産館や池田勲さんを通して、安塚産米をとりよせ、給食で食べている。安塚産大豆と米こうじで味噌をつくり、六年生から五年生の引継ぎ会のときに「味噌づけおにぎり」にして食べたときもあった。いつも、むらの将来が気になってしかたがない勲さんのねがいは「子どもたちが体験学習で安塚によい印象をもってもらい、行き来が先まで続いていって、こちらでつくるものを食べてくれるようになれば」ということだ。

小須田さんたちが残していったくす玉を手にする池田慎二さん・美子さんご夫妻

 同じ集落の池田慎二さん(七六)、美子さん(七六)の家は二二頁からの体験記を書いた小須田さんが、二〇〇五年に泊めてもらった家だ。

 慎二さんは栽培の細かい仕事より、木を切ったり、田んぼの周りの土木作業が得意。山菜とりも大好きで、雪解けを待ちきれず山に通う。小須田さんたちが手品やマッサージをしてくれたこともよく覚えていて、くす玉は大事にとってあった。足が弱って山を歩くにはかつての三倍くらいかかるようになったが、子どもたちがくるときはおみやげのウド、コゴミ、タラノメなどをとりに必ず山に入るという。子どもたちを大切に思う気持ちが伝わってきた。

 小田小の五年生は、昨年、家庭科との関連をはかった総合の授業で味噌を仕込んだ。今回の安塚体験学習では、それぞれの民泊先の農家に、子どもたちが自分で仕込んだ味噌をもっていき、安塚の野菜を具にして、味噌汁をつくるのはどうだろう──担任の先生方はそんな構想をふくらませている。

農文協食農教育2008年4月増刊号

ページのトップへ


お問い合わせはrural@mail.ruralnet.or.jp まで
事務局:社団法人 農山漁村文化協会
〒107-8668 東京都港区赤坂7-6-1

2008 Rural Culture Association (c)
All Rights Reserved