「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2008年9月号
 

食農教育 No.64 2008年9月号より

2回目のお泊まり保育の舞台「森の家」

森の保育で子どもが育つ
木更津社会館保育園の挑戦

森の家に泊まり、保育士と園児が力を合わせて自炊する

フリーライター 斉藤道子
写真 岡本央

年数回の宿泊保育を通してたくましくなる子どもたち

 木更津社会館保育園では、年長クラスになると、年に数回宿泊保育がある。まず初回は、四月。保育園に泊まる。例年、進級して一週間以内に行なっていたが、今年は少し延ばして二週間以内に変更された。四月のお泊まり保育は、新しく入園してきた子どもとの仲間意識を育てることが大きな目的だ。なかには祖父母の家や友達の家に泊まった経験がある子どももいるが、外泊するのは生まれてはじめてという子が少なくない。親から離れて他所に泊まるはじめての体験に、不安な気持ちを抱く子もいるはずだ。そんな気持ちを吹き払うように、保育士はお泊まり保育に向けて、子どもたちの気持ちを高めていくのだ。

 今年の新入園児は一名だったが、本人は泣いたりせずに過ごしたらしい。ホームシックになったのは、在来園児三名ほどだったという。

 二回めのお泊まり保育は、六月下旬。四月から本格的に始まった森の保育も回数を重ね、森での生活に慣れてきたころだ。今回宿泊するところは、森の家。このときは、担任二人と子どもたちだけで自炊するのが課題だ。

 「園からの援助はないので、担任の保育士二人と子どもたちで力を合わせて過ごします。森に泊まり、自炊することを通して、子どもたち同士、また保育士との関係を深めたいと思います。素泊まりの楽しさを子どもたちに感じてほしいですね」と担任の山本舞先生。食事が給食室から用意されないので「素泊まり」と呼び、「お泊まり」と区別している。

畑で収穫したじゃがいもをその日の夕食に

 六月二十日、素泊まりの日の朝は小雨模様だったが、くじら組の子どもたちは元気よく歩いて森に向かった。田んぼのあぜ道でカエルをつかまえたりしながら森の分園、佐平館に着いたころには、本格的な雨になっていた。荷物を置き、雨がっぱを着て畑へ出かけると、野菜の世話を担当する鈴木康裕さんが待っていた。じゃがいもの収穫だ。子どもたちは茎を引っ張るとじゃがいもがたくさんついてくるので、大喜び。収穫したじゃがいもを次々とリヤカーに入れていく。「土の中にもまだまだいっぱいあるからね」と鈴木さんに言われ、さらに収穫を続ける。

 「晩ごはんで使うから、たくさん掘るんだぞ」と声をかけて、根気よくていねいにじゃがいもを掘っている子どもがいる一方で、じゃがいも掘りには興味を示さず、友達とずっと遊んでいる子もいる。ここの保育園では、何事もいっせいにやらせたりしない。保育士が声をかけ、あとは子ども本人のやる気に任せている。担任も特に注意したりはしない。

 リヤカーいっぱいに積んだじゃがいもを、担任の水野友美先生と子どもたちが佐平館まで運んだ。

 昼ごはんを終えると、じゃがいもの仕分け。収穫したじゃがいもをバケツやビニール袋に入れて、その日泊まる森の家へと移動した。

 夕飯のメニューは、キャベツなど野菜を丸ごと入れて煮込むスープとごはん。二人の担任が森の保育にくわしい主任の三橋京子先生の助言で決めたという。食材の買出しは全員で行くはずだったが、予定を変更して、六つの班の各班長と山本先生が指名した男の子が行くことになった。お泊まりを嫌がっていたので、買い物に誘ったらしい。キャベツ、ニンジン、ベーコン、スープの素、昆布などを買って、森の家へ戻った。

「まだ土の中にじゃがいもがあるよ」。野菜の世話をしている鈴木さんと
担任の山本先生と。じゃがいものほかに大根も数本収穫した

森の家での自炊は薪で火をおこすことから始まる

 夕食の準備が始まった。じゃがいも洗いや米とぎに、それぞれやりたい子どもが集まっている。米は、昨年保育園の田で収穫したものを使う。調理にはガスを使わず、自分たちで火をおこして薪で調理するのだ。「小枝と杉っ葉を集めてきてね!」という山本先生の声かけで、何人かの子どもたちが探しに走っていく。

 一方、枝をのこぎりで切っているグループもいる。なかなか慣れた手つきだ。両端は二人がしっかりと押さえている。刃物を使っていても、とくに保育士がついているわけではない。冬季には園庭で焚き火をしているので、子どもたちは年中クラスのころからのこぎりを使っているからだ。もちろんのこぎりは正しく使わないと危ないこと、火をさわったら熱いことなどは気づかせ、経験させてある。

 「子どもの周りに『危ない』『痛い』を体験する機会をどのように配置してあげるかは、大人の腕の見せどころです。子どもの周囲から『危ない』『痛い』を完全に排除しようとする子育てと、どちらが子どものことを考えているでしょうか。子どもには大人が考える以上に、自己保全の能力が秘められています。危ないことをすべてさせなかったら、子どもの生きる力をつぶしてしまう子育てになるのではないでしょうか」。このような宮崎栄樹園長の考えが保育に現われている。

枝を切るのこぎりさばきも手馴れている
杉っ葉と小枝を使い、火をおこす

 無事火がおきて、大鍋をかけ、キャベツ、タマネギ、じゃがいも、ニンジンなど野菜をまるごと入れて煮込みはじめた。米は、お釜に入れてかまどで炊く。雨で湿気が多く、火がつくまでに時間がかかったが、なんとか無事に炊き上がった。火をおこす術があれば、どんな事態がおきても生きていけるだろう。この子どもたちは、五歳にしてその術を身につけている。

 大鍋からいい香りが漂いはじめる。丸ごと入れた野菜が煮崩れてきて、「ばくだんスープ」が完成。炊き上がったごはんは海苔の上に乗せ、その上に子持ち昆布をのせて折り、おにぎりならぬ「おにぎらず」に。自分たちでつくった夕食を子どもたちはおいしそうに食べた。夕食前に泣いていた子が一人いたが、食べはじめたら元気になった。

森の家のかまどに火をおこし、ご飯を炊く
ばくだんスープをよそる担任の水野先生と子どもたち

闇への恐怖心を体験することも子どもの成長に必要

収穫したじゃがいもで作ったポテトチップスを食べる

 夕食後、夜の散歩へ出かけた。晴れていたら、田んぼまで二〇分ほど歩いてホタルを見に行くはずだったが、雨がひどくなっていたため森の家の周りを少しだけ歩く。電柱などは一切ない地域なので、まったくの暗闇だ。現代の生活では、こんな暗闇を体験する機会は少ないだろう。歩くには、懐中電灯がたより。暗闇をこわがって泣いている子どもの声が聞こえたが、雨の音にかき消されてしまった。

 外でひとりずつシャワーを浴びて寝る準備を整えると、先生が神棚から、手紙と「ひみつのクッキー」の箱を出してきた。話をしてから、眼をつぶって待つ子どもたちの口に入れられたのは、そのクッキーだった。子どもたちにとても効きめがある、おねしょをしないおまじないだ。

 「わけのわからない、おどろおどろしいものへの不安や恐怖は、この現代を生きる子どもたちも持っているべきだと思います。無感動、無関心な子どもに育ってほしくないのです。科学が発達した現代でも、神秘的なものに対してバランスある構えができる根を子どもたちのなかにしっかりと育んでやりたい」と宮崎園長は考えている。

 七月の二泊のお泊まり保育では、保育園の園舎で肝だめしをするのが恒例だ。いつも元気がよかった子どもがひどく怯えて泣いたり、おとなしかった子が怖がらないこともあって、肝だめしによって子どもの知らなかった一面がわかるようだ。その後、子ども集団の力関係に変化がおきたりもするという。

 「六月の素泊まりが終わってから、子どもたちの声が一段と大きくなりました。自信をつけてきたのだと思います」と山本先生は話す。

 冬には雪国に出かけて宿泊する。そのほかにも、保育士の要望で森に泊まることがあるという。年に数回の宿泊保育を通じて、子どもたちは精神的にもたくましくなり、成長を遂げていくようだ。

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