「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2008年11月号
 

食農教育 No.65 2008年11月号より

三富新田の踏み込み温床

落ち葉がサツマイモ特産地をつくった!

松本富雄

 サツマイモの原産は中南米、熱帯から亜熱帯の植物で、その発芽には高い温度を必要とする。関東地方の西部地域の武蔵野台地に位置する三富新田では、自然のままなら、サツマイモが発芽できるのは五月半ば過ぎ。その芽が成長し、畑に植え付け(苗さし)できるようになるには、さらに約二ヵ月がかかる。しかし、真夏に苗をさしても、根の部分のイモが育ちきらないうちに、霜の降りる十一月をむかえてしまう。

 そんな気候条件を克服し、三富新田が江戸時代後期には「畑方第一の作物」とされるサツマイモの特産地になるのに貢献した技術が、落ち葉を使った苗床(踏み込み温床)である。以下、三富新田の落ち葉の苗床づくりや落ち葉の知恵を紹介しよう。

踏み込み温床のつくり方

(二九頁の図も参照)

▼苗床づくりの目安はコブシの花の咲き始め

 三富新田では「ヤマにコブシの花が咲き始めたら苗床づくりをする」と伝えられる。三月中旬にコブシの花が咲き、その一〇日後ころには桜が咲く。コブシの花は春がもう隣まできていること教え、苗床づくりを急がせる。ヤマとは高い山ではなくナラやクヌギを主体とする平地林、すなわち雑木林であるが、「三富のヤマには雑木すなわち役にたたぬ木はない。だから雑木林ではない」と農業者はいう。

▼苗床は陽だまりに

 苗床は、冷たい北風を遮る屋敷林に囲まれた木漏れ日のさす庭先が選ばれる。杭と竹で骨を組み、麦稈か稲ワラで囲いをつくる。現在では麦生産が減り稲ワラで囲いをつくる。朝から始め、昼にはワラ囲いまで終わる。ワラ囲いの中は陽だまり。子どもたちは中で遊ぶことを喜ぶが、ゆっくりと遊ばせてあげられない。春先の夕方は冷え込む。冷え込む前に苗床をつくりあげねばならい。昼飯もそこそこに午後の作業を再開する。

▼ものすごーい量の落ち葉が活躍

 午後からの作業は、ワラ囲いの中に入れた落ち葉の踏み込み。毎年、三富新田の農業の知恵を学習するため、ヤマの落ち葉はきと苗床づくりを市民で体験する。市民のつくる苗床は幅二・四m、長さ三・六mと決して大きくはないが、踏み込む落ち葉はハチホンと呼ばれる大きな竹カゴに一〇〜一二杯(約七〇〇〜八〇〇kg)必要だ。約一〇〇〇m²のヤマの落ち葉の量になる。市民参加で行なう落ち葉はきでは、一日で約二〇〇〇m²をはくが、その半分が苗床に踏み込まれてしまう。

▼落ち葉に水かけ開始

 乾いた落ち葉を厚さ約五〇cmまで踏み込み、平らにしたら水を打つ。水は落ち葉一枚一枚に染み込むように周りのワラ囲いから染み出るくらいたっぷりとかけ、約一〇cmほどかき混ぜながら米ヌカを施す。かつては水や米ヌカの代わりに、水で薄めた汚わいをたっぷりとかけたが、近年は衛生知識が高まり、代わりに米ヌカを使う。汚わいも米ヌカも発熱が早く、落ち葉の発酵の口火となる。

ワラ囲いにはたっぷりと落ち葉が詰め込まれる
5月。苗床には、サツマイモの苗がすくすくと成長する
▼芽肥を敷いた上にサツマイモを伏せ込む

 平らにした落ち葉の上に、芽肥(落ち葉を一〜二年寝かせてふるい分けした細かな堆肥)を敷き、サツマイモの種芋を並べ、再びサツマイモが見えないくらいに芽肥で覆う。これをフセコミという。芽肥に潜む発酵菌が水に濡れた落ち葉に浸透し、「醸熱発酵」を促す。落ち葉の発酵は緩やかで、ほぼ一週間後に発熱のピークを迎える。どんなに高くても四五℃程度まででおさまり、やがて三〇℃から三五℃に落ち着く。

▼仕上げはモミガラとムシロで保温

 苗床の一番上には、保温材として小麦ガラか稲のモミガラが敷かれムシロがかけられる。さらに苗床の上には透明ビニールでトンネルをつくる。これは温度を下げないためと、雨除けの目的がある。雨水が落ち葉の発熱を抑え温度を下げ、サツマイモは冷え腐れを起こす。ビニールのなかった時代には障子に油紙を貼り被覆した。

約20cmに成長した苗は、根元から切り取られ畑に苗さしされる

苗の管理から収穫まで

▼苗床づくりは毎年が一年生

 サツマイモは概ね三〇℃前後(二五℃から三五℃)が発芽によい。温床の温度がこれ以上上がると「焼け」、下がることを「冷え」といい、種イモのサツマイモを腐らせる原因となる。三富新田のサツマイモ農家は「苗床づくりは毎年が一年生だ」と不安定な季節の苗床管理の難しさを語る。また、苗づくりは「苗七分」とか「苗半作」という。苗の出来不出来は収穫を左右する。冷える晩には布団をかけることもある。

▼エゴの花が咲いたら苗さし

 ヤマに初夏を知らせるエゴの花が咲く五月中旬までには苗は約二〇cmに成長し、畑に植え付け(苗さし)される。また、畑にはサツマイモが嫌う窒素成分が少ないがバランスのよい「ツゴシ」(「次ぐ年」か? 落ち葉を一年寝かせた堆肥)が施される。

▼ヤマの葉が赤くなる前に収穫

 自然よりおよそ二ヵ月はやく植え付けられたサツマイモは夏の暑さや雨の少ない間に蔓を畑一面に伸ばし、秋に向かって根茎を太らせ、甘くホクホクしたサツマイモを育てながら、収穫の秋を迎える。「ヤマの葉が赤くなるまでには終えろ」といわれ、十月から収穫を始め、遅くとも十一月半ばまでには収穫を終える。

ヤマは三富新田の暮らしのパートナー

 ヤマは落ち葉の醸熱発酵というすごい力を与えてくれるパートナーである。しかし、それだけではない。春を知らせるコブシの花や初夏の訪れを知らせるエゴの花、収穫の終わりの目安の紅葉と、ヤマは暦の代わりになる。さらにナラやクヌギを主体とするヤマは、薪燃料になり、かつては薪出荷は重要な現金収入であった。また、防風効果や保水効果も忘れてはならない基本的な効果である。

 三富新田の開拓は、木々のあまりない萱原の開墾から始められ、現在あたかも自然のようにみえるヤマは、開拓のさいにナラやクヌギの苗を植え、つくりあげてきたものである。ヤマとは、古語で大きなめぐみという意味がある。三富新田のヤマは多面的な機能や効果をもたらし、開拓地の人びとにサツマイモの育成をはじめ、大きな恵みを与えてくれている。

 三富新田のうちの上富村一軒分の屋敷割図(埼玉県「三富新田とその周辺」パンフレットを参考に作図)。元禄7〜9年(1694〜96年)に開かれた三富新田は、入植農家一軒ごとに間口40間(約73m)、奥行き375間(約682m)、面積5町歩(約5ha)を均等に分与している。道路沿いに屋敷を構え、その奥に畑を開墾し、最奥に雑木林(ヤマ)をつくりあげていった。詳しくは、本誌2003年9月号参照
農文協食農教育2008年11月号

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