「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2010年3月号
 
岡本央撮影

食農教育 No.73 2010年3月号より

トマト

オンリーワンのオリジナル品種をつくる!

文・写真 大浦佳代

*6頁からのカラー口絵もご覧ください

 小学生がトマトの品種改良?! ちょっとびっくりする話です。

 盛岡市の小学五年生が総合学習で品種改良に興味をもち、東北農業研究センターを訪ねました。そこで研究者に誘われ、オリジナル品種の開発を始めました。しかし、安定した品種をつくるには数年が必要。うまいことに学習発表会で興味をもった後輩が引き継ぎ、四年目の今年、完成間近です。

 新品種の開発というと、高度な専門分野のイメージがありますが、トマトなら学校でも手軽にできるといいます。校歌、校章、校トマト……。学校のオリジナル品種も夢ではありません。

品種改良に挑戦中の(左から)つぐ美さん、芹郁さん、あかねさん
芹郁さんが6年生のとき、学習発表会用に使った資料。交配と選抜についてわかりやすく書かれている(由比進ほか著『野菜、くだもの、花の研究開発』(草土文化)、をもとに作成)

牛を飼うおばあちゃんのために

 盛岡市立生出小学校(児童数五二名、小笠原洋子校長)は、岩手山麓に戦後開拓された農村地域にある。同校の総合学習は"一人一課題"が特徴。子どもたちは、自分で課題を見つけ掘り下げる。

 佐々木芹郁さん(現盛岡市立渋民中学校一年)は、生出小五年生のとき、総合学習の課題として品種改良に興味をもった。きっかけは、祖母のノブヨさん。

「ばあちゃんが花好きで、家にタネがいっぱいあったのと、四年生でおしべとめしべを習って花粉に興味があった」という芹郁さん。図鑑やインターネットで調べていて、"品種改良"という言葉に行き当たる。

「意味がよくわからなかったけど、トウモロコシの品種改良が簡単だとネットで見て、やってみたいなと思いました」

 ノブヨさんは一二頭の乳牛を飼い、飼料のデントコーンも栽培している。芹郁さんは「いいトウモロコシをつくってばあちゃんをよろこばせたい」と思ったのだそうだ。

小学生と専門家の共同開発

由比進さん。交配や栽培など“実習”の合間を見て、芹郁さんたちに“講義”もしている。たとえば、トマトの種類や品種の特徴(病気に強い、味、色など)、自殖性と他殖性、メンデルの法則、なぜ品種改良をするのか、などだ。「小学生には難しいテーマもありますが、トマトで実体験しているせいか、きちんと理解していて舌を巻きます」(岡本央撮影)

「小学生が品種改良をおもしろがるのか、と驚きましたよ」

 (独)東北農業研究センターの由比進さん(寒冷地野菜花き研究チーム長)は、担任の鈴木誠先生に伴われてきた芹郁さんの話を聞いてそう思った。それまで相手にしてきたのは若くても大学生までだ。

「説明だけで理解するのは大変だし、露地栽培は厳しい時季になるし。月二回ぐらいならセンターの温室で一緒にやってもおもしろいかな」と、ついその気になった。

 由比さんは野菜の品種改良が専門。たまたまその前年、小学生向けの本に文章を書いたことで「トマトの品種改良は教材になる」と感じていたのも弾みになった。

 芹郁さんの希望は飼料用トウモロコシだったが、由比さんはトマトをすすめた。

 というのは、トウモロコシは完全な"他殖性"、つまり他の花の花粉で実る植物なので、交配のコントロールが難しいのだという。反対にトマトは"自殖性"で、他品種の遺伝子が混ざる心配がなく、二代目以降は交配した中から気に入った株を単純に選抜していけばよいので扱いやすい。

 こうして二〇〇七年の夏から芹郁さんのセンター通いが始まった。車での送迎は、忙しいお母さんにかわり、ノブヨばあちゃんが引き受けてくれた。

F2のタネから実も苗もバラバラのトマト現わる!

 芹郁さんの品種改良は、交配すると色や形の変化がおもしろそうな五品種を選び、一〇粒ずつタネをまいて育てることから始まった。赤い大玉、黄色いミニ、赤くて細長いミニ、赤くて丸いミニなど、色も形もまちまちだ。

「いつも食べているトマトの中にタネが入っていたなんて、それまでぜんぜん気づいていなかった」。タネまきの過程にも、品種の勉強だけではない驚きと発見があり、芹郁さんはタネの不思議に引きこまれていった。

 最初にまいたタネは"親世代"だ。八月末のタネまき後、定植、芽かき、枝の誘引などを教えてもらい、トマトは順調に生育。十一月中旬にいよいよ交配を行なうことになった。交配の組み合わせ数は、多すぎると栽培も管理も大変なので五通りに絞った。

「交配は難しかったけれど、おもしろくて楽しかった。自分のトマトをつくって生出の人に食べてもらいたいと思いました」交配をしたことで、芹郁さんは"自分のトマト"を強く意識するようになった。

 翌年の二月、交配させた花が実ってタネがとれた。このタネがいわゆるF1だ。次に、F1のタネから育てた苗が実をつけ、F2を採種。そして、F2のタネをまいて数ヵ月後……。「トマトの実も苗の高さも、ぜんぜん違う!」。勉強どおりとはいえ、交配五通りの三六株ずつ、合計一八〇株のバラバラなトマトに、芹郁さんは目を見張った。

 実ったトマトは、教室に持ち帰ってクラスのみんなに食べてもらい、どれがおいしいか感想を聞いてみた。大きさや色の違うさまざまなトマトの中から、どれを残すかを決める"選抜"の段階に、いよいよ入ったのだった。

花の咲き具合を観察する。交配は慎重な花選びから
選抜した個体を区別しているラベル(岡本央撮影)

後輩が引き継ぎ、つなぐタネ

岩手大学の学生が大学の授業の一環として、総合学習をマンツーマンで支援している。お兄さんお姉さんと子どもたちは仲よし

「来年のためのトマトを植えている。大きく育てばいいけど……。でも来年うち、いない! つぐにがんばってほしい」

 卒業が迫ったころ、芹郁さんは観察ノートにそう書き記している。「つぐ」というのは、一学年下の佐々木つぐ美さんのことだ。

 生出小学校では毎年、総合学習の発表会を開く。芹郁さんの一年目の発表を聞いたつぐ美さんは、「おもしろそうだったし、品種改良には何年もかかると芹郁さんが話していたので、自分があとをやろうと思いました」と、総合学習のテーマをトマトの品種改良に決め、芹郁さんと一緒にセンターに通うようになった。

 翌年、今度はつぐ美さんの一年下の菅原あかねさんが加わった。芹郁さんが交配したトマトは、次々に後輩の手でつながれ、今F5のタネがとれるところまできている。

 芹郁さんは卒業前の発表で、感想を次のように結んでいる。「これまでは、植物は植物、タネはタネとしか見ていなかったのが、植物とタネは(つながっていて)次の世代に続くんだと思うようになりました」。

 芹郁さんの卒業後、つぐ美さんとあかねさんが引き継いで選抜を続けた。テーマは「どんなトマトがいいトマトなのか」だ。

 つぐ美さんは、「芹郁さんが選んだ甘いトマトよりも、自分は酸味が強いトマトのほうが好きだ」と思った。そこで、地域の温泉センター・ユートランド姫神で、アンケート調査などを実施。ミニキャロルとティンカーベルを交配した通称「ミニティ」に絞って選抜を続け、F3以降に世代をすすめてきた。

「そろそろ地域でミニティをつくってもらって、今年の夏にはユートランド姫神の産直コーナーにだせるかな」と、由比さんは今考えている。芹郁さんのノブヨばあちゃんや、つぐ美さんのおばあさんが「自分の畑で栽培する」と手をあげてくれている。

 三人の小学生がそれぞれの思いを込めてつないできた夢が、もうすぐ実を結ぶ。

つぐ美さんの観察ノートの一部。大学生のお手伝いでデジカメのデータ処理もばっちり。難しい遺伝などの講義メモもきちんと整理されている
由比さん(左)のもとに集まった3人の“子ども研究者”。付き添いは先生、学生、保護者と大所帯

メンデル遺伝の再発見!?

 芹郁さんが交配してタネをとったF1は、どの株も似たような実をつけた。F2世代では、最初の親世代の特質が株によってバラバラに現われる。ただし最初の親世代がすでに種苗会社がつくった交配種でもあり、そう単純にはいかないが、F2世代をよーく観察すると、皮の色、果肉の色、葉の形、草丈など、メンデルの遺伝分離になっている性質がみつけられるかもしれない。


トマトはF5かF6世代でほぼ固定

 オリジナル品種をつくるためには、交配は親の世代の1回かぎり。次の世代からは、ばらばらな遺伝形質の株から“選抜”を繰り返していく。由比さんの話では、形質がそろってほぼ“固定”されるのは、トマトではF5かF6世代以降だという。


トマトは理科の教材にぴったり!

――(独)東北農業研究センター、由比進さんの話

 遺伝の教材はだんぜんトマトをおすすめします。誰にとっても身近で親しみがもてるし、さらに食べられるから。そのうえ自殖性ですし、ふつうの果実収穫のための栽培をすれば、タネがとれます(キャベツやダイコンはタネとりのための特別な栽培が必要です)。
 F2でいろんな色が楽しめておすすめなのは、オレンジ色のトマト*です。オレンジトマトは、色の異なるトマトを親にもつF1です。
 赤いトマトのタネからは、ほぼ赤いトマトしかでず、黄色いトマトのタネからは、ほぼ黄色いトマトしかでないのに対して、オレンジトマトの実からタネをとってまくと、赤とオレンジと黄色のトマトがでてきて驚かされます(6頁参照)。
 ただし、最低10株はつくること。少ないと、たまたま赤ばっかり出るということも起こります。だから学級の全員で1個体ずつつくるといいですね。教材向きです。
 最初は全員の株に緑色の小さい実がつくけれど、生長するにつれて、だんだん赤や黄色やオレンジに色変わりしてくる。「えーっ!」ということになりますよ。
 親トマト、子であるF1のオレンジトマト、孫であるF2の赤や黄色やオレンジのトマトと、3代そろえると“ザ・遺伝”がわかる。教材用のタネを種苗会社が開発したらいいと思いますよ。
 芹郁さん、つぐ美さん、あかねさんのように、先輩から後輩へと5、6年引き継いで、学校のオリジナルトマトをつくるのも楽しいと思います。品質や固定を厳しくする必要はないんです。ナンバーワンではなくオンリーワンのトマト。学校のトマトはそこがポイントでしょう。

*野菜売り場でオレンジトマト(オレンジキャロルなど)を買って、そこからタネをとってみよう



「田舎の本屋さん」のおすすめ本

この記事の掲載号
食農教育 2010年3月号(No73)

オドロキいっぱい!マイ野菜/一人いっぽんマイ野菜!/容器の工夫でおもしろ栽培/センター方式でもやれる! 地場産給食 ほか。 [本を詳しく見る]

 そだててあそぼう ミニトマトの絵本』すがはらしんじ へん/じんさきそうこ え

甘くておいしいミニトマトのプランター1本仕立て、10段収穫に挑戦!生育診断やなりすぎたときの対処法、養液栽培、タネとりも。 [本を詳しく見る]

 ミニ&ベビー野菜 ガーデニングノート』淡野一郎

狭いベランダ、小さな鉢でも気軽に作れ、少人数家族でも使いきれるかわいい野菜たち。短期間で収穫できるから栽培も簡単。葉もの、根菜、トマトやメロンまで28種のコツと簡単レシピ、野菜作りの基本がわかる解説つき。 [本を詳しく見る]

田舎の本屋さん 

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