主張
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食農ネット 田舎の本屋さん
農文協トップ主張 1988年03月

コメ、ムギ、ダイズ、基本食糧の増収に取組もう
農業が国際社会に貢献する道

目次

◆心躍る農業の記事
◆ブームとなった国産小麦パン
◆国産食生活に国民的合意のきざし
◆ムギ、ダイズの超多収が可能になった
◆水田とコメが支えるムギ、ダイズの増収
◆国際社会への貢献の道

心躍る農業の記事

 「久々に血が騒ぐ思いがして、手紙を書きました」

「心躍る記事で、是非私にもと、お願いする次第です」

 この六十三年正月、読者から『現代農業』編集部にこんな便りが寄せられている。

 昨年にひきつづく減反拡大と米価引下げの動き、ガット裁定の受入れ決定、竹下首相訪米後の牛肉・オレンジの輸入枠拡大(自由化)の不安……農業に明るい話題は見当たらない今年の幕開けだった。工業その他の産業は、円高対策に人員整理合理化、業種変更、海外進出などをすすめてきて、この六十三年にはほぼ景気が回復していくメドがついている。高成長、大幅賃上げを予想する学者もあり、明るさが見えはじめている。

 それにひき比べ、農業だけは今年、ますます厳しさを増すばかりだ。畑作、畜産、果樹、その次はいよいよコメの輸入自由化か、との懸念が深まる。

 こんな年の年頭に、「血が騒ぐ」とか「心躍る」とはいったい何のことか。

 今年二月号「品種特集号」で紹介したコムギ品種・鴻巣二五号と農林四二号の記事を読まれてのことである。『現代農業』では、一昨年七月から「国産小麦でパンを焼く」という記事の掲載を続け、各地で実際に焼いておられる個人やグループを訪ねてきた。そして「国産コムギではおいしいパンは焼けない」というつくられた誤った常識をくつがえしてきた。その中で、日本のコムギ品種でもとくに食パンを焼くのに適したものが育成されていたという事実に出会い、五〇年前にできて、いまにも消えゆきそうになっていたその品種の種子を入手した。それが鴻巣二五号と農林四二号だった。

 このことを昨年二月号で読者の方々にお伝えし、種子をふやしたいというねらいもあって、全国数か所の読者に栽培試験をしていただいたわけである。この栽培試験の結果と、パンを焼いてみた人の成果を今年二月号で紹介。

 日本の品種で、パン用に適する硬質コムギ。しかもとくに鴻巣二五号は、同じ畑で、春まき夏どりしたあとすぐタネをまけば、夏まき初冬どりができる。収量性は未だ定かではないものの、年二作が可能という、きわだった性質をもっていた。こうした特徴を知って、多くの読者から「久々に血が騒ぐ」「私にも種子を」といった便りが相次いでいるのである。

 このような読者の反響、熱意に勇気づけられて、『現代農業』は今年、ムギ多収運動に取り組む決意である。ムギばかりでなく、ダイズ、コメなどの穀物、すなわち基本食糧の増収に本格的に力を注ぎたい。農業が厳しい局面を迎えるとき、何かもうかる作目を探し、そこに力を注ぐという姿勢ではなく、基本食糧を守り、その国内生産をさらに発展させるという姿勢が大切だと考えるからだ。

ブームとなった国産小麦パン

 ムギ、ダイズは大部分が輸入依存、さらにコメ自由化の外圧・内圧が高まっているときに、ムギやダイズの生産発展などとても、と思われるかも知れない。しかし、これら基本食糧を軸にして日本農業を確かなものにしていく可能性と、現実的な基礎はすでにそろってきている。ここが重要なところだ。

 まずその可能性についてである。「国産小麦パン」の記事をもとにまとめた単行本『国産小麦でパンを焼く』は、いま非常な売行きをみせている。冒頭の手紙を寄せてくれた読者は農家の方だが、一方、町の消費者の間では、「国産小麦パン」はいまや一つのブームになっているくらいだ。この単行本をまとめどりして組合員にすすめる生協あり、国産小麦パンを展示してPRする消費者グループあり……また編集部への問合せもひきをきらない。

 このような動きの中に、私たちは新しい食と農のあり方を見い出すことができる。いま国際化時代といわれるが、こうした動きこそ国際化時代の食と農のあり方を告げている。たとえば、アメリカのコムギ生産自体が、激しくすすむ土地の侵食と家族農場の崩壊とで将来性が危くなり、なおかつアメリカはアルゼンチンなどの中南米諸国に生産拠点を求めざるを得なくなっていること、輸入穀物のくん蒸消毒による危険性が明らかになってきたこと、チェルノブイリ原発事故をきっかけに農産物の放射能汚染への警戒心が高まってきたこと……などなどの国際情報が、外国産コムギの方が安いという国際情報よりも重要だと、人びとが感じてきていることの現われである。

 そこに、「国産コムギのこの品種でおいしいパンが焼ける」あるいは「北海道産コムギのラーメンはかなりのものだ」といった、知られていなかった地域情報が流れ始める。国際情報と、そうした地域情報とが結びつき、人間の健康を支えるという食べものの基本線にのっとった食と農のあり方が目指されているのだといえるだろう。

国産食生活に国民的合意のきざし

 ダイズについても同様である。いま、豆腐づくりで国産・地域産ダイズへの関心が急速に高まっている。たとえば二月号で紹介したダイズ品種・スズユタカ。この品種は、豆腐に加工するのにもってこいのダイズである。アメリカ産ダイズは油とり用に開発された品種がほとんどで、脂肪分は多いがタンパク質や糖の含量は少ない。したがって本当に味のいい豆腐や納豆には加工しにくい。これに比べ、たとえばスズユタカは糖含量多く、豆腐に加工しておいしいのである。

 この事実を重視した山形市の豆腐屋・仁藤斉さんは、スズユタカ豆腐をよりおいしく味わう料理法を消費者に教えながら、広めているという。ダイズの品種情報、豆腐つくりの情報、料理食べ方の情報といった地域の情報がつながって、国産・地域産のダイズ生産、ひいては農業が支えられ、同時に地域の人びとの食生活が健康的で豊かなものになっていく一つの好例である。

 仁藤さんは、スズユタカ生産農家と無農薬栽培の契約を結び、買入れに当たり一俵三〇〇〇円の無農薬栽培研究費を上のせしているという。地域産無農薬豆腐の値段は一丁一〇〇〜一六〇円と決して安くはないが、そこには消費者が、おいしく健康的な豆腐を豊かな料理法で食べられることでよしとする、一つの合意があるのだろう。

 国産・地域産農産物による食生活と、それを生み出す地域農業を支えていこうという国民的合意。それが、ムギ、ダイズといった基本食糧で生まれつつあることが重要だ。

ムギ・ダイズの超多収が可能になった

 さて次に、ムギ、ダイズなど基本食糧の生産が発展する現実的基礎とは何か。それは、ムギでもダイズでも、現在の一般的な収量をはるかに上まわる多収技術が出てきていることだ。

 これまで、ムギもダイズも、イネを何かに転作しなければならないから、もうからなくても……といった「あきらめづくり」の人が多かった。しかし、いまや、ムギもダイズも、「あきらめづくり」でやっていたのでは何とももったいない段階に入ってきている。

 本誌でおなじみの井原豊さんの単行本『知らなきゃ損する痛快ムギつくり』は、いまたくさんの農家によって読まれている。そして、今月から本誌に登場するのが、コムギ一tどり技術である。

 現在のコムギの平均反収は三三〇kgだから、実にその三倍。しかも、いま注目を集めているパン用に適した、タンパク含量のきわめて高いコムギの一tどりである。

 ムギが冷遇され続けてきたここ数十年の年月、並々ならぬ熱意でコムギ多収技術を追究されてきた、元岩手県農試・土井健次郎先生の研究成果である。くわしくは五六頁からの記事をお読みいただくとして、超多収、しかもパン用にも最適とあって、土井先生の栽培法と品種でコムギ栽培(転作が多い)に取り組む農家がいま岩手県でふえている。それに加えて、県内の製粉業者が、このコムギ利用に積極的に取り組み、多収コムギ生産を支援している。

 コムギは決して割に合わない作物ではない。第一に、現在反収五、六俵の人が九俵、一〇俵と収量を倍増させるのは夢のような話ではない。さらには一t一七俵どりへと三倍増の道は可能なのである。ここがコメと異なるところだ。

 第二に、ムギは圧倒的部分を輸入に頼っている(コムギで総需要量六一〇万t、うち国内生産量はわずか八七万t、自給率一四%)が、現在国家貿易品目であるから、国内生産したものは政府が無制限に買入れる。だから、増産しても過剰・値くずれということはない(その分輸入が減ることになる)、一俵増収すれば農家の所得は一俵分ふえるわけである。

 もし一〇俵とれば、一〇万九六三〇円(六十二年産コムギ一等)、これに転作奨励金と各種加算金が五万円つけば、反当一五万九六三〇円である。仮に一t一七俵の超多収が実現すれば反当二三万六三七一円だ。

 この点ではダイズも同様である。ダイズは輸入が自由化されているが、農協系統を通じて国へ販売計画を出し交付金を申請すれば、交付金が得られる。交付金込みで一俵一万六五八五円(六十二年産一等)。これも反収が倍増すれば、農家所得も倍になる。

 そして、ダイズでも、いま各地に多収技術が生まれつつある。たとえば、山形県農業試験場が開発した超多収栽培は反収六六〇kgを実現し、七〇〇kg台が夢ではなくなろうとしている(六二頁、二六〇頁の記事をご覧ください)。

 ここに、ムギ、ダイズに「あきらめづくり」で取り組んではいられない理由がある。

水田とコメが支える ムギ・ダイズの増収

 「穀物、基本食糧の増収運動を」といいながら、これまでムギ、ダイズのことばかり書いてきた。「基本食糧増収」とは、コメ―ムギ―ダイズの増収である。コメと水田について触れなければならない。

 すなわち、右にみたようなムギ増収も、ダイズ増収も、水田という農地と、そこでのコメ増収があって可能となるのである。水田も稲作技術も、私たちの祖先が二千年もの長い歴史をかけて育みつちかってきた。この歴史の重みがいま意味をもつ。

 まず水田は、世界的にみても類いまれな農地である。水をためることによって有機物の消耗が少ない、連作障害が出にくい、畑雑草をおさえられる、水のもつ保温性が生かせる、などなど、優れた特徴をもち、ここにさらに人びとの改良の手が注がれてきた。この水田が、イネだけでなく、ムギでもダイズでも健全多収を可能にする。

 たとえば右に紹介した岩手県土井先生の一tどりコムギつくりでは、水田の地力の高さを生かすとともに、水田だからこそのコムギ無農薬栽培が可能になっている。ムギ刈りしたあと、ムギワラが散ったほ場へ水を張る。すると夏の暑さでワラが急速に分解する過程で、雑草種子が死んでいく。こうして、除草剤なしの栽培ができ、同時にそれはムギワラでの地力づくりにつながっている。

 次に稲作技術については、一月号から私たちは、「コメ新・増収時代」を特集している。コメ新増収時代とは、イネの力、水田の水のもつ力を最大に生かし、悪天候でも安定増収する技術である。それは同時に減農薬、減化学肥料(元肥)で安定多収する技術でもある。新増収イナ作は安定多収稲作であるばかりでなく、減肥による良質米生産技術、減農薬による健康的な食糧生産技術、その結果としてのコスト(資材費)ダウン技術である。

 そして、重要なことは、いま各地に根づきつつあるムギ、ダイズの増収が、イネの新増収技術と大いに共通する技術によって可能になっていることである。コムギの土井先生の技術は、これまでの播種量が反当たり八kg、一〇kgというのに対して、一〇分の一の一kgそこそこという超うすまきである。播種量を多くしたり元肥によって初期からの生育をすすめるのではなく、初期(秋〜冬)にガッチリした茎をつくり、出穂期頃に株張りを最高にもっていく、登熟期活力最大のムギである。

 イネの増収に取り組んだ人なら誰でも、ムギ、ダイズの増収が必ずできる。ムギ、ダイズで増収すれば、イネの育ち、増収技術もまたよく見えてくる。これが、「基本食糧増収」の現実的な基礎である。

国際社会への貢献の道

 コメ―ムギ―ダイズの基本食糧の増収がいま日本で可能になる。このことは、ひとり日本の農家、あるいは日本人の健康的な食生活にとって意味があるばかりではない。

 むしろ世界の人びとの食生活と農業の安定発展にとっても、欠かせないことなのである。先月号の主張でも述べたように、世界ではいま、食糧の不足に悩む国と過剰に悩む国とがあり、食糧の余る国(たとえばアメリカ)が同じく余る国(たとえば日本)に輸出しようとするから、不足の国はますます苦しむ結果となっている。もし、世界的な穀物不作が起これば、日本はあり余る金にまかせて食糧を輸入できるが、不足の国はますます飢えに苦しむことになる。

 こうした事態を避けるためには、日本での基本食糧の増産、自給力向上が不可欠である。それこそ国際平和に貢献する道であり、真の国際化の方向である。

 さらにいえば、日本は小農の国だ。そして世界のほとんどの国の農業は小農で成り立っている。むしろアメリカが例外なのである。日本の小農が、穀物生産力を倍にも上げる。規模の大幅拡大によらなくても、二倍三倍も生産性を向上させる。

 この事実は、世界のとくに発展途上国の農業、食糧問題、ひいては経済問題の解決にとって重要な意味をもつ。だから、日本での「基本食糧増収」は、世界の農業改革の先鞭にもなりうるといえるのである。まさに国際社会への貢献の道がここにある。

 ◇

『現代農業』では、お年寄りでも婦人でも、個人でも集団でも取り組める、水田を軸にした基本食糧増収、いわば「水田増収」をねばり強く記事にしていきたい。この春から、心新たに「基本食糧増収」に立ち向かっていこう。

(農文協論説委員会)

前月の主張を読む 次月の主張を読む