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農文協トップ主張 1989年02月

広域品種を地方品種にとりこもう

目次

◆品種、タネへの関心の強さ
◆将来を託する品種とは−科学的広域品種と民間的地方品種
◆注目を集める科学的広域品種−50年余り前に生まれた小麦、鴻巣25号
◆品種が農業をしやすくし、消費をふやす
◆広域品種の地方品種化をすすめる
◆社会的不自由の中での自由さの拡大

品種・タネへの関心の強さ

 この品種特集号をお読みいただくのが、ちょうど正月。そして、私たち編集者が、新しい年を迎えて、ヨシッと元気が出てくるのが、ちょうどこの頃です。

 なぜなら本号でご紹介した、あの品種この品種について、「入手方法は?」「この品種をつくっている人を教えて」……とたくさんのお便りを頂くからです。もっとも、記事で紹介しただけでタネの頒布は行なっていない場合があったり。“入手先”に申し込まれてもたくさんの人に分けるだけの量がなかったりすることもあって、ご迷惑をおかけすることもしばしばです。この点は編集する側も心苦しさがありますが、それにしても、品種・タネについての反響が大きいということは、心強い限りです。

 農産物輸入の拡大、価格の引下げなど、農業の先々について暗い話ばかり新聞やテレビに登場する昨今にもかかわらず、農村に品種・タネへの関心・熱気がある限り、日本農業は、そう簡単にへこたれるものか、と思います。品種には、経費をあまりかけずに、栽培の現状の問題点を改善したり、流通上有利にしたり、経営の新しい局面を拓いたり、といった期待感があります。事実、どこの地方でも、半ば強制的に作目や品種を選ばされることがあるにせよ、最終的には農家が自分で品種を選び、農業生産のしくみをつくってきました。農業の歴史は品種の歴史であるといってもいいすぎではありません。品種への期待の中身は、農業のあり方についての期待の中身に通ずる、ともいえます。

 では、いま国際化時代、農産物輸入圧力の強まりのもとで、品種への関心、熱気、期待はどんな農業の方向を指し示しているか。品種は、これからの厳しい国際化時代の農業にとって、どんな役割が期待できるか。このことを考えてみたい、と思います。

将来を託する品種とは――科学的広域品種と民間的地方品種

 バイテク育種――これからの農業と品種、といえば、すぐさま思いうかぶ言葉です。遺伝子組換えや細胞融合といった最先端技術を駆使して、耐病性・耐寒性などの強い品種をつくったり、いままでなかったような高能力の新作物・新品種をつくることをねらうバイテク育種。多くの夢が語られます。こうしたバイテク品種が代表するような科学技術を駆使して、研究機関の実験室やメーカーの研究所で生まれ、全国いや全世界をかけめぐる品種を、「科学的広域品種」と呼んでおきましょう。コシヒカリにしろササニシキにしろ、またトマトで一世を風びしている桃太郎にしろ新たに登場したおどりこにしろ、どちらかといえば、この科学的広域品種に入るものです。近年の、商品生産業は、大部分、科学的広域品種によっている、といえます。その延長線上で、バイテク品種の夢が語られます。

 さて、もういっぽうに、古くから各地域に根づいて、そこの地域だけでつくりつづけられてきた品種があります。たとえば「カブ」と呼ばれるだけで品種名のないさまざまなカブが、全国各地にたくさんありますが、これらは科学的広域品種に対比すれば、まさに「民間的地方品種」です。

 というと、「ああまた『現代農業』の地方品種のおすすめ、懐古趣味か」と、いわれそうですが、今回は、地方品種万才だけを唱えようというのではありません。

 確かに、本誌品種特集号では、民間的地方品種を意欲的に紹介してきました。それは、地方品種は、その土地の自然条件や土壌条件にうまく合うものが選ばれ、また他の作物との輪作や間作などがなされて、その土地で人々が農業で生きていくしくみの中にピタリと納められていたからです。そして、同時に、その品種をよりおいしく食べる料理法が工夫され、伝承されてきていました。まさに、地域の自然を生かして、農と食がおりなす文化を形成していたのです。今風にいえば、無農薬でつくるような、健全な土地利用・作物生産を成りたたせていました。

 こうした地域独自な「農―食文化」と健全な作物生産が、科学的広域品種の普及・侵入によって、つき崩されてきたことは事実です。

 だから、科学的広域品種一辺倒の状態から、地方品種を取り戻していくことは、重要です。実際に、各地域で人びとの努力によって、絶滅しそうになったカブやネギやゴボウなどの品種が再評価され、生産・料理法ともども復活された例は少なくありません。中には、それが地域の特産物として全国品種になったものもあるほどです。現代において貴重な取組みです。

注目を集める科学的広域品種――五十年余り前に生まれた小麦・鴻巣二五号

 しかし、さていっぽうの「科学的広域品種」です。これなくしては、今の農業は成りたちません。懐古趣味だけでは農業をつづけてはいけません。

 とはいえ、民間的地方品種は趣味的品種であって、科学的広域品種こそ実用品種と、わりきってつきあっていたのでは、次々と繰り出される「実用品種」の効能書に混乱させられるばかりです。科学的広域品種と、徹底してつきあう。今月は、このことを提案したいと思います。

 徹底してつきあう、とはどういうことか。それは、民間的地方品種と同じようにしてつきあう、ということです。そうした動きが、いま始まっています。

 たとえば、昨年の品種特集で大きな反響のあったのが、小麦品種「鴻巣《こうのす》二五号」「農林四二号」。鴻巣二五号は、「日本の小麦はパンに向かない、だから輸入小麦だ」といった常識が流布される中で、グルテン(麩質)の含量が一三・二%もある硬質小麦で、パン適性は、世界一といわれるカナダのマニトバ産小麦に肩を並べる、とされた品種です。農林四二号もまた、日本の硬質小麦です。

 この鴻巣二五号が育成されたのは昭和八年。すでに五十余年をすぎ、古い品種に属しはしますが、日本の小麦と外国の小麦とをかけあわせてできたものですから、れっきとした「科学的品種」です。しかも、全国的に栽培できる品種(収量性や栽培技術は未解明・未確立のまま、日の目を見ずに現在に至った)ですから、まさに「広域品種」です。

 本誌では、この品種と農林四二号(これも古い品種)を保存されてきた育種研究者・名取一好氏から、タネをいただき、各地農家に試作していただいて、昨年希望される方にごく少しずつタネをお送りしました。日本の硬質小麦であるこの品種のもう一つの特徴は、いつまいても穂を出す性質があり、タネまきから収穫までが四ヵ月と短いこと。そして試作の中で、高冷地でも春まき夏どり、夏まき初冬どりの年二回の収穫ができることも判明しました。

 パンに向く硬質小麦、年二回どりも可能。このことが反響を呼び、多くの方々から試作のご希望をいただいたわけです。各地の栽培、試食の結果などは九八ページの記事をご覧いただくことにして、こうした中で、この「科学的広域品種」が、グンと地域の農業の中にとけ込んで、農業をやりやすくする可能性をみせ始めたことをご紹介しましょう。

品種が農業をしやすくし、消費をふやす

 九州、宮崎県清武町にある宮崎大学農学部。ここの学部長の池田一先生は育種の研究者で、麦に並々ならぬ熱意をそそぎ、いま、九月まき一月どりという、これまでにない作型の小麦栽培を試験中です。主な対象品種は、現在全国的に栽培されていて、名実ともに「広域品種」の農林六一号。地域に小麦の新しい作型を確立するとともに、冬どりによってグルテン含量が高まることも期待しての試験です。

 この試験の中に、池田先生が組み込んでいるのが鴻巣二五号。十一月末現在、鴻巣二五号は年二回どり可能という特性を発揮していち早く穂ぞろいとなり、農林六一号もまた、かなりの期待がもてそうな育ちぶりをしています(くわしくはカラー口絵および、九二ページ参照)。

 そして、同じ清武町の農家で、九月まき一月どり小麦の栽培試験に挑戦しているのが、川越義正さん。川越さんは、池田先生のすすめで取り組んだのですが、いま、この新作型の小麦の熟期が近づくにつれ、日ごとに期待をつのらせています。

 というのは、この九月まき一月どり小麦、川越さんのねらいは麦だけでなく水田利用にあるからです。川越さんのイナ作は早期水稲。イネは三月タネまき、四月田植え、八月上旬刈取り。九月まき小麦なら、この早期水稲のあとにピタリだし、小麦が一月に刈取れれば、イナ作の準備にも大きなゆとりができます。そのうえ冬どりだから、農薬はほとんどなしで小麦ができてしまう。

 つまり、川越さんは、水田という土地を最大限に生かすために、同時にそこでの家族の労働を無理なく生かせるように、小麦九月まき一月どりをやろうというわけです。

 こうした、池田先生や川越さんたちの試みには、「国産小麦、県産小麦でパンを焼こう」の運動をすすめているパン屋さんとそのお客さんが大いに注目し、また声援を送っています。また、池田一先生は、一月どりという条件での寒さにはやや弱そうな鴻巣二五号と、寒さに強い農林六一号とを組み合わせて、耐寒性のある硬質小麦品種をつくろう、と意気込んでおり、ここにも川越さんとパン屋さんの期待が集まります。

広域品種の地方品種化をすすめる

 科学的広域品種を、地方品種として、とり込んでいく。川越さんの場合、水田二毛作。しかも早期水稲を組み込んだ二毛作です。つまり、暖地・宮崎の自然条件を徹底して生かした水田利用のための、小麦品種選びです。地域の自然条件・土地条件をさらに高度に生かすことは「科学的広域品種」によって可能だ、ということです。

 そればかりではありません。早期水稲と組み合わせられた無農薬の冬どり硬質小麦は、いま地域のパン屋さんやそのお客さんが待ちわびるところだ、というところに注目しなければなりません。農産物輸入圧力が高まる中で、逆に地域に国産・地元産小麦粉活用の動きが起こっていることです。

 農家が、土地と労力をフルに生かして、農業をやりやすいようにしくむことが、同時に地域に、地元農産物利用の動きをつくる。地域の自然条件をフルに活用することが、地域の社会条件も整えていく、ということが重要です。現在の社会は、確かに輸入食品が押しよせ、加工食品が氾濫しています。しかしそれだけに人びとはより安全なもの、身元確かなものを求め出しているのも事実です。そのような動きを生み出し連携する方向で、地域(社会)の「農―食の関係」をつくっていくことに、大きく貢献する品種の取入れ方がある、のです。

 そもそも、作物の品種は、長い年月でみれば、もとからその土地に存在したというものはありません。遠く海外から伝わり、また日本列島に入ってから、土地から土地へと伝えられたものが大部分です。伝わってきた「広域品種」中で、まずは地域の自然条件に合うものが定着し、その中から選抜されたりして、「地方品種」となったのです。

 そして、地域の自然条件にかなうばかりでなく、社会条件に対応し、農家が暮らしやすいように社会条件を整えてきたのも、「広域品種」を「地方品種」に取り込んでいく営みでした。イナ作の減反が始まる前までの長い年月、水田はイネをつくりコメを納める場所、というように社会的圧力が加わっていました。そんな圧力のもとで、農家は、イネの品種を早生・中生・晩生と組み合わせながら、裏作を行ない、家族の食事を満たしてきました。

 また、畑や田のアゼなどでは穀物・豆類・野菜を、やはり品種をいろいろと選び組み合わせることによって、より多く確保して食事にあててきました。大豆一つとってみても、アゼ豆の品種や、木の下など日陰でもとれる品種、生育期間が短く輪作に入れやすい品種など、地域地域で生活の充実に向けた品種づくり、「品種の地方品種化」がつづけられてきました。

社会的不自由の中での自由さの拡大

 厳しい収奪のもと、地域の人びとの生命を支えたのです。それは「田んぼをふやせ、田んぼにはコメをつくれ」という不自由のもとでの、農家の地域の自由さ獲得の闘いでもあった、といえます。それを大きく支えたのが、「広域品種の地方品種化」だったのです。

 そしていまは、「田んぼにコメをつくるな」という社会圧力。さらには、他の農産物も輸入拡大の中で「過剰」といわれます。現代の農村の不自由の根本はここにあります。この不自由の中でどう自由さを拡大するか。品種はそのための一つの力強い味方です。「過剰だから市場で高く売れる品種を」という対応も必要でしょう。しかし、それだけでなく、いやその中にも、「科学的広域品種の地方品種化」の努力を貫きたいものです。

 水田にコメをつくらず大豆をつくる。不自由なことにちがいありません。しかし、かつてアゼや日陰でとれる品種で不自由をしのいだのと同じように、いま水田で多収できるまったく性質のちがった品種が育成されています。たとえば、長野県で育成されたタマホマレは、水田の地力と水分(成熟期)を生かして、反収四〇〇kg、五〇〇kgをねらえる品種です(一〇二ページ参照)。これが育成地・長野から暖地に向かって広がる「広域品種」です。この大豆品種で水田輪作を仕組み、コメ以上の所得をあげ、なおかつイネも肥料を減らしつつ多収を実現できることは本誌でたびたび紹介しているとおりです(たとえば一月号一四四ページ)。

 地域の水田利用の中にそうした品種を取り込み、その品種を生かせるように、村で共同で水などを管理し、大豆・イネともども健全多収技術を実現していく。地域の集団による「広域品種の地方品種化」だといえます。小麦と同じように大豆でも、国産大豆豆腐、地域産大豆納豆への気運は盛り上がってきている今日です。

 地域でより多くの農家が農業に取り組めるように、土地(気象や土、水)―作物(品種)の関係をととのえていくこと。それは必ず、じわりじわりと地域の農産物による健全な食生活づくりの実現につながっていきます。それこそが、いま世界各地で健康的な「農―食の文化」をつき崩している食糧輸出入拡大という誤った国際化をくいとめ、真の国際協調につながる道です。

 この正月はぜひ、品種について、古いものにも新しいものにも、地方品種にも広域品種にも、じっくり思いをめぐらせていただくことを、おすすめします。

(農文協論説委員会)

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