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農文協トップ主張 1994年06月

イナ作施肥改善で1俵増収を
中期重点、リン酸施肥が「米輸入」を阻止する

目次

◆今、なぜ「イナ作施肥改善」なのか
◆中期に積極的にチッソをやれたイネは冷害にもイモチにも強かった
◆施肥改善の要、「リン酸追肥」
◆1俵増収にむけ、穂肥をどううつか

 田植えを終えてホッとした人、サァ、これから田植えだという人、苗つくりにとりかかった人、それぞれに「今年は」という想いがつのっているにちがいない。

 先月号の主張では「あなたが一俵増収することが未来を拓く」と訴えた。今年、米を一〇〇〇万トン以上とることができれば、来年は輸入米を全部備蓄に回すことができる。その水準をずっと続けることができれば、輸入米は倉庫に満ち余る。そうした状況をつくりだすことができれば「コメ輸入大国」への道を防ぐことができる。近い将来に必ずくる世界的な穀物不足の中で、金にあかせて世界の食糧を食いあさる日本であってはならない。そんな日本を子や孫に残してはならない。

今、なぜ「イナ作施肥改善」なのか

 「一俵増収」、もちろん大不作の去年と比べてではなく、あなたの平年作と比べてである。

 品種が多収品種から良食味品種に変わった、身体がきつくなる一方、ガットやらの世の中の動きの中で昔ほどイネつくりに力が入らなくなった。気がついてみたらこのところ年々収量が下がっていた、そう感じている農家も多い。そこをなんとかしようという「一俵増収」である。

 その輪を広げたい。ひところ「『現代農業』はイナ作の雑誌だ」とよくいわれた。野菜や果樹に力を入れている農家の本誌に対する不満の声だったが、その『現代農業』にでてくる全国イナ作農家に学びながら、増収に情熱を傾けたことがある農家が村々にたくさんいる。そんな年輩の方々にも頑張っていただきたい。「今年は、イナ作記事、ガンバレよ」と声援を送ってくれた野菜専業の読者がいた。

 それでは今年、どんなイネつくりをするか、その軸を「施肥改善」においてみたい。それも「追肥」に焦点をおいた「施肥改善」である。土つくりも苗つくりも、元肥も植付け間隔ももちろん重要であるが、今年のイネつくりという点でみれば、多くの農家にとっては、もうこれらはすんでしまったことである。今からやれることは追肥と水管理、そして防除である。こういうと、これからやれる次善の策を考えようというように聞こえるが、そうではない。去年の大不作の中で、追肥の意味、重要性が改めて浮かび上がってきたのである。

 昨年十月、農水省は作況指数九〇以下の地域を管内にもつ普及所を対象に、「冷害などを受けた地域にありながらも、被害を軽減した農家の技術的特徴」を調べる異例の緊急アンケート調査を行なった。それによると回答事例(一二九七事例)のうち、被害を軽減した技術要因のトップは「施肥」で二二・五%を占めた。次いで「水管理」が二〇・八%、「防除」が一五・五%、「地力対策」が一五・二%。意外な気がする。これまでの常識からすると、効果的な冷害対策(とくに障害型冷害)として深水、水による保温がトップにきてよさそうだし、あるいは、イモチ病が大発生したのだから、防除がきちんとできたかどうかも、もっと大きい数値になってよい気がする。

 「施肥」ということは、イネの生育、イネの体質の全体にかかわることである。冷害に強い体質のイネと弱い体質のイネがあった、農薬をかけてイモチ病がピタッと止まったイネとそうでないイネがあった。その差は施肥のしかたのちがいがもたらしたものである。品種や土つくり、水管理が主に課題とされたかつての冷害に比べて、今、明らかに施肥に焦点があたっている。

 それではなぜ今、施肥なのか。田植機イナ作で、これまで主要な問題にされてきたのは「植付け密度」である。田植機の導入は、若苗という苗質と植込み本数の増加により、それまで穂数不足で低収という地域の収量を底上げする大きな力になった。だが、一方では密植、過繁茂の大きな弊害をもたらしもした。こうして昭和五十五年からの冷害を契機に、薄まき・薄植えという技術改善が元肥減とあわせて浮上してきたのである。しかし、それだけで、十分な成果が上がったとは必ずしもいえない。大苗植えにしろ小苗植えにしろ、生育中期の栄養のもっていき方、それを左右する施肥技術が鮮明にならなければ、イネつくりとして完結しないからである。しかも品種の変更が加わり、なにを基準にどう施肥するかがわかりにくい状況が続いた。

 今や、そこを整理できる段階にきた。それは田植機時代(それには土つくりの変化やコンバイン収穫に見合った田の管理も含む)にふさわしい、イネの栄養生理のとらえ方と施肥技術が、この間の農家の蓄積によって確立できる段階にきたということである。生育中期をどうみるか、そのための施肥をどうするか、そこを軸に苗つくりや植付け密度も含めてイナ作の全体を見直す段階にきたということである。

 そして、施肥の課題を明確にすることで、一俵増収は可能である。昔の手植え時代とちがって、現代の田植機イナ作では、施肥という調節技術の占める比重はきわめて大きい。施肥という人為がイネの自然力の発揮のしかたを大きく左右している。

中期に積極的にチッソをやれたイネは冷害にもイモチにも強かった

 さて、先の調査でトップになった「施肥」の内容をみると、被害軽減事例として一番多いのは「生育診断等による追肥の抑制」で、以後「元肥の抑制」「生育診断による適切な追肥」「元肥と追肥の抑制」「リン酸分の多用」と続いている。一方被害につながった要因として「元肥の過用によるイモチ病の発生」「画一的な元肥」「緩効性肥料によるイモチ病の発生」があげられている。

 この結果から受ける印象は、施肥量をひかえぎみにしたのがよかったということだ。低温、日照不足では当然イネの光合成能力は低い。デンプン生産が少ないのにチッソが多ければイネは軟弱に育ち、イモチ病にもやられる。だから肥料をひかえ目に、というのはすじが通った話ではある。

 しかし、それでは一俵増収にはなりにくい。問題は施肥量全体ではなく、元肥と追肥をどうするかである。元肥はできるだけ少なくし、そして追肥、穂肥をもちろん生育との相談のうえだが積極的に打つことだ。それが冷害に強く、増収に結びつくことは、去年の経験でも示された。積極的に追肥、穂肥を打ち、中期の葉色を濃いめにもっていった農家が冷害やイモチ病の被害が大きかったわけではなかった。むしろ事実は逆だった。

 やませの常襲地、青森県南部地区、障害型冷害で去年の作況指数は2、そんな大凶作の中で六戸町の小林福蔵さん(六八歳)は、刈取りは遅れたものの「むつほまれ」も「まいひめ」も五〇〇キロとった(注1)。例年は八〇〇キロ前後の収量だ。「冷害対策の根本はイネに冷害に打ち勝つ体質をつけることなんです」という小林さんは、去年の大凶作についてこう話す。

 「決定的なダメージを受けたのは、イネが減数分裂をして花粉をつくろうとしている八月二日から五日の四日間、一〇度以下の低温が続いたことなんです。不稔が多発したイネは、このあと一番活躍している上位の葉がいっぺんに黄化してしまった。低温で根がやられ、一番蒸散作用の盛んな葉が水分不足になって黄化してしまったんだと思うんです」

 不稔発生の原因は、幼穂そのものへの低温障害だけでなく、根の障害による水不足が大きな原因だったと推測されるのである。小林さんのイネにはこの葉の黄化現象がみられなかった。それは直下根が深く張り、その下層の根が水分をしっかり吸収してくれたからだ。

 小林さんは例年より多少少ないもののチッソで四キロの穂肥を打った。もちろん元肥は少ない。元肥が多いと根が甘えて深く張らないからだ。「前半は葉色を上げずデンプンを貯めて根を深く張らせたい根なら、幼穂形成期から減数分裂期に葉色が濃くても、低温に強いんです」と小林さん。実際、小林さんのイネは穂首分化期(出穂前三〇日ころ)から出穂後二〇日くらいまで一般のイネよりも葉色が濃い。中期に葉色が濃くチッソが効いていると冷害に弱くなるという常識はあてはまらないのである。

 同時に、チッソが多いとイモチ病がでやすくなるという常識も疑ってみる必要がある。

 山形県の鈴木恒雄さんは、今度農文協から発行した『ここが肝心イナ作診断』(注2)の中で「イモチ病は葉色が上がっている過程では発生は意外に少ない。発生しやすいのは根腐れし始めたときや、一度チッソ過剰で上がりすぎた葉色が下がり始めるときだ」と述べている。「減数分裂期に葉色が落ちてきて、出穂後に葉色が上がらないようだと、確実に穂首イモチ、穂イモチにやられる、このような場合は倒伏の危険があっても減数分裂期後期の追肥をやったほうがいい」という。イモチ病が心配で穂肥をひかえるということが、かえってイモチ病をふやしていることが多いのではないか。

施肥改善の要、「リン酸追肥」

 「攻撃は最大の防御である」という言葉がある。倒伏やイモチ病を心配して穂肥をひかえる、食味の悪化を心配して実肥をひかえる、この間広がったそんな消極的なイネつくりは、おもしろみがないだけでなく、気象災害に弱かったといえるのではないか。倒伏にしても、過繁茂ではなく栄養失調でヘタヘタと倒れる倒伏がふえていると、栃木農試の山口正篤さんは述べている。チッソは生育中期以降の活力を支える重要部分であり、チッソの吸収は生育中期から急増する。これが十分効いていなければ、イモチ病抵抗性も高まらず、収量も食味もよくならない。

 といってむやみにチッソをやるわけにはいかない。そこで生育をみながらの追肥、穂肥の判断と、中期からチッソを十分に効かせられるイネの態勢づくりが必要になる。チッソを効かせられる条件は生育前半の根づくりであり、そのために元肥減や苗つくりや植付け密度が重要になるのだが、しかしそれがどうであろうと、チッソを上手に効かせるために、中期に打てる手がある。それが「リン酸の追肥」だ。チッソを生かして一俵増収する施肥改善はリン酸を有効に生かしてこそ、やりやすくなる。

 先の鈴木恒雄さんは、生育中期にリン酸の肥効を最高にもっていくことが重要だという。生育中期にリン酸が効くと、その後チッソを多めにやっても葉色が鮮やかな青さになり、しかもチッソの消化力が高いのでチッソが葉先から抜けるスピードが速い。リン酸がよく効けば葉は小ぶりで厚くデンプン生産力の高いイネになり、細胞が充実するので障害型の冷害にも強くなるという。

 だから、うす植え、元肥減で生育中期にチッソを多くやるへの字型の太茎・太穂型のイネはもちろん、密植、元肥多で早期に茎数を確保したイネに対してもリン酸は重要になってくる。こうした早期茎数確保型のイネは中期の管理がやっかいで、チッソを少しでも多くやるとますます茎数過剰になり、といってチッソを切ると分けつが退化し根の活力も低下し秋落ち型のイネになってしまう。葉色を上げることも下げることもできない。そんなイネに対しては、リン酸を効かせ効かせしながら少しずつチッソをやっていくことが生育中期をのり切る決め手になる。「穂肥はNK化成でというのが一般的だが、NK化成なんて、私にいわせればNPKの真ん中が抜けた、マヌケ化成だ」と鈴木さんは鋭く問題提起している。

 リン酸は元肥にというのが常識で、これまでリン酸追肥は多収をねらう一部の特殊な技術とみられてきた。しかし、今では一俵増収のための施肥改善を支えるポイントとなる肥料といえる。昔のように、リン酸を堆肥にくるんで施し、根の強い成苗を植えるというなら、リン酸の追肥はそれほど意味がないかもしれない。しかし、今はちがう。地力の低下でリン酸が効きにくい形になっていることが考えられるし、リン酸を吸収する根の力が弱いイネも多い。中干しで田を乾かせばリン酸が効きにくくなるし、急激な中干しは根を傷める。そこで、リン酸を中期にやって、根の活力を高め生育を整えて穂肥を迎えるという施肥の流れが、浮上してくるのである。

 使う肥料は過石、苦土重焼リン、焼成骨粉ナド水に溶けやすいリン酸分を含んだものがいい。過石や焼成骨粉には効きやすいカルシウムも含まれている。イネにカルシウムは不要というのがこれまでの常識だが、中期にカルシウムの肥効を高めることで、クズコメが少なくなるという試験結果もある。リン酸とともにカルシウムも見直したい。

一俵増収にむけ、穂肥をどううつか

 こうしたリン酸の追肥と穂肥の適切かつ積極的な施用が、イナ作施肥改善の柱である。その適切というのがむずかしい。元肥や植付け密度で変わるそれまでのイネの生育と品種のちがいをふまえなければ作戦がたたない。ひとまねはできない。施肥改善はそれぞれの施肥改善なのである。そのためのアドバイスが先の鈴木さんの本にたくさん載っている。

 鈴木さんが追肥判断で最も重視しているのは葉色である。といっても、葉色診断のカラースケールで何番がいいといった話ではなく、葉色の動きを見ることである。

 イネが腹をすかせているか(チッソを求めているか)どうかは、葉色の変化を見ればわかるという。追肥をして、葉耳の近くから葉先にむかって色が上がって濃くなり、チッソの消化能力が高いときは、それが葉先から抜けていくように葉先からまた下がってくる。このスピードが速いほどチッソを多く必要としているイネだという。こうした葉色の変化がなく葉が薄くたれさがってくるようではチッソの消化不良である。

 この葉色のもっていき方は品種によってちがう。鈴木さんは品種をA、B、Cの三つの型に分けている。ササ、コシ、など分けつが出やすく穂も大きくなりやすい中生品種(C型)は、出穂四〇〜二〇日前は下がりぎみにもっていき、二五日前をスタートにしてその葉色を平らにもっていく。一方、あきたこまち、はなの舞いなどの生殖生長の強い早生品種(A型)は逆に四〇日前の追肥を思い切ってやりたい。どまんなか、ひとめぼれ(B型)はその中間がよいということになる。

 この鈴木さんの品種特性についての整理は大変重要な意味をもっている。ササ、コシに換わる良食味品種がいろいろでた結果、追肥の判断が混乱し、わかりにくくなっているからである。わかりにくいから消極的になっているという面もある。東北の品種を例にあげたが、その見方は暖地でも同じだ。鈴木さんは新品種に対して、必ずその品種の葉色のもっていき方はどのタイプかを確かめ、追肥の基準にしている。

 葉色の判断はなかなかむずかしい、葉色の変化を見きわめるには一定の経験を要する。経験豊かな年輩の方には、葉色判断による積極的な穂肥による増収を期待したいが、だれもがというわけにはいかないかもしれない。その場合は先の山口正篤氏が述べているように(注3)、出補期と生育量によって穂肥の量は変えず、穂肥の時期だけ動かすという方法が考えられる。大幅増収とはいかなくっても、倒伏の心配なしに安心して一俵増収をねらえるやり方だ。

 平年作が八俵の人と、一〇俵の人では施肥の課題がちがってくる。それぞれの一俵増収、それを施肥改善で実現しよう。

(注1)この小林さんを含め、『冷害に強かったイネつくり』の事例を編集部が総力取材してまとめた本が農文協より五月末に発行される。

(注2)『ここが肝心イナ作診断――出穂40日前からの施肥と水管理』(農文協刊、一七〇〇円)。イナ作施肥改善の基本テキストとしてご活用いただきたい。

(注3)『誰にでもできる安心イネつくり――ラクして倒さず一俵増収』(農文協刊、一四〇〇円)。

(農文協論説委員会)

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