主張
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農文協トップ主張 1994年10月

石灰を効かせて経営と健康を守る
今はじまった新しい施肥改善と土つくり

目次

◆石灰が効けば生育がガラッと変わる
◆石灰は養分だという見方が施肥の全体を変える
◆石灰とチッソの相乗効果で中期の活力を高める
◆石灰を効かせる知恵が日本の農業を支えてきた
◆今、よい堆肥とは何か

 今月の「施肥特集号」では、昨年につづいて“石灰をどう効かせるか”の特集を組んだ。なぜ今、石灰なのか。

 健康の分野ではカルシウムが一つの焦点になっている。たとえば高齢化の中で重大な健康障害として騒がれている骨粗鬆症《こつそしょうしょう》、骨のカルシウムがどんどん血液に溶けてスカスカの骨になっていくのだから、カルシウムをどうやって多く摂るかは一大関心事になる。カルシウムを含む機能性食品もたくさんでている。昔と比べると野菜に含まれているカルシウムは半分くらいしかないという報道もされたりして、なおさら関心が高まる。

 しかし『現代農業』が石灰問題を追及するのは、野菜のカルシウムが減って消費者が困るからではない。野菜に石灰、つまりカルシウムが不足すると収量が上がらないのである。また石灰吸収が不足すれば野菜が健康に育たず、病気にかかりやすく農薬も多く必要になる。これでは手間とコストがかさみ、経営が苦しくなる。体がきつい。女性や高齢者が農薬作業の少ない身体にやさしい農業を続けるためには、作物に石灰を十分吸収してもらわなければならない。作物が健康に育ち、人が楽しく農業を続けられることが、結果として高齢化社会の全体の健康をも支えることになるのである。

石灰が効けば生育がガラッと変わる

 「畑作物、とくに野菜、花、果樹などに現れる生理障害は、いろんな原因でおきるが、現在、その原因の最大のものはカルシウム不足によるといっても過言ではない。……作物の体内のカルシウム濃度を高めることが病原菌の進入を防ぐうえで重要であることが指摘されている」と全農農業技術センターの嶋田永生氏が述べている(昨年十月号)。トマトの尻腐れ、ハクサイの芯腐れ、その他、多くの石灰欠乏症が農家を悩ましている。明らかな症状がでなくても石灰が不足すれば細胞がしっかりせず、病気に弱くなる。このことは農学においても常識である。しかし、なかなか解決できなかったのだが、今その解決への糸口がいろいろ見つかってきた。次の試験もその一例である。

 サトイモの石灰欠乏症である芽つぶれ症に対して鹿児島農試が行なった試験である。元肥時に炭カル(炭酸カルシウム)を反当七四kgから六〇〇kgまで各段階に分けて試験した。その結果、炭カルの施用をふやすと芽つぶれ症は激減するものの、しかし収量増加はわずかである。ところが炭カルは一番少ない七四kgで出発して、生育中期に塩化カルシウムを一〇〇kg追肥した区では、芽つぶれ症が激減するうえ、しかも収量は三五%アップしたという結果がでた。このことは何を意味するのだろう。

 作物は石灰を生育中期から成熟期にかけて多く必要とする。一方、石灰は一度組織に取り込まれると再移動することはなく、体内を非常に移行しにくい成分であることもわかっている。したがって生育中期の生長が盛んな時に十分吸収されなければ生長の激しい部分に障害がでるのは当たり前だ。目に見える生涯がでなくとも弱い体質の葉になり、病気にかかりやすくなるばかりか、成熟期の光合成を支えきれない葉になってしまう。

 だから、石灰は石灰を最も必要としている時に効きやすい石灰の形(この試験では水溶性の塩化カルシウム)でやればよいということになる。事実、右の試験の結果は石灰追肥の効果を証明するものになっている。そして、今、この石灰追肥で、また、元肥時に施すのであればそれが全生育期間にわたって効く工夫をして、作物の生育がガラッと変わったという農家が、続々でてきている。

石灰は養分だという見方が施肥の全体を変える

 なぜこれまでのようなやり方では石灰が作物に必要なように効いてくれないのか、いろいろな理由があるだろう。

 第一に石灰資材そのものの問題。石灰といえば炭カル(炭酸カルシウム)が苦土石灰(石灰分は炭カル)と相場が決まっているが、炭カルには水溶性の石灰分は少なく、土の中の酸と反応してジワジワ溶けだす緩効性の石灰質肥料である。作物が健全なら根から酸(有機酸)を出して炭カルを溶かして吸収することができる。石灰必要量がまだ少なく、しかも根が若くて有機酸の分泌も多い生育初期なら、一定の炭カルからの供給で間に合うだろう。しかし中期以降はそれだけではむずかしい。石灰が効きやすい水溶性の形で土に豊富になければ、中期以降の旺盛な石灰必要量をまかないきれないのである。

 第二に今の多くの土にはアンモニアやカリなど、石灰の吸収をじゃまする養分がかなりたまっているという事情。未熟な家畜糞尿、厩肥を入れればカリ過剰に拍車をかけるうえに土の中で多量にアンモニアが発生し、石灰の吸収を妨げる。有機物+土壌改良剤+施肥という、すっかり定着した施肥・土つくりの方式が、未熟な厩肥+炭カル(あるいは苦土石灰)+三要素肥料ということになってしまっては、石灰の吸収不足はまぬがれえないのである。

 第三にこれまで石灰は土の酸性をなおす資材としてとらえられ、養分としていかに吸収させるかという見方はされてこなかったこと。酸性改良に入れれば、養分としても必要量をまかなえるはずだというとらえ方であった。事実、土壌診断すればたいていは土の石灰含有量は高い、たまっているとでる。しかし、それが肝心の中期に十分に効いてくれないから問題なのである。いやむしろ、効いてくれないから土にたまっているのである。そしてリンなどと反応して効かない形に変成し、それが土の物理性も悪くしているのである。元肥時に酸性改良を目的とする施用をしているだけでよいかという問題である。

 養分としての石灰を十分に効かすこと、そこから施肥や土つくりの全体を見通す時期がきた。

石灰とチッソの相乗効果で中期の活力を高める

 一方では、チッソの効かせ方が施肥改善のもう一つの焦点になっている。イネでは昨年、リン酸を効かせ積極的に補肥を打てたイネが冷害やいもち病にも強いことが明らかになった。一方、リンゴやミカンでは夏肥が暑い注目を集めている。石灰の追肥も常識はずれだが、この夏肥も果樹農家にとってはかなり衝撃的である。長野県のあるリンゴ農家からこんな便りをいただいた。

「現在もりんご栽培の技術の中で鉄則のように『窒素は七、八月には効かせないように……』といわれています。しかし、土の中のこと、そんなコントロールが果して出来るのか、しかもあの成長真盛りに窒素の飢餓状態にすることがいいことなのかという疑問を前から持っていました。ナガイモも作っていますが、これも茎葉が出来上がった八月以降は窒素の追肥は無用という指導。ではなぜ水稲だけは穂肥の技術が全国的に定着しているのかと、へ理屈で反発していました。そこへ貴誌で中間先生(ミカンの夏肥の提唱者、農文協から単行本『ミカンは夏肥で』を発行)の記事を見、佐々木さんの実践(秋田県で夏肥リンゴをつくる)に勇気づけられ、今年で三年目の追肥をやっています。

 私の場合、七、八月に元肥という度胸はありません。十一月に元肥窒素一二.四kg、七、八、九月にそれぞれ窒素三kgを施しています。この量の範囲で二次成長など悪い影響は何一つ見えません。葉に精気が見られます。つがつは最後まで固くしまったリンゴが穫れます。千秋も同様、裂果も少ない。ふじについては一昨年、特に黄葉がキレイで驚いた。内部で何か変化がおきたのでしょう。

 リンゴつくりは施肥ばかりで結果が出るものではなく、他のいろいろな条件・技術の総合ですが、少なくとも適当な量の施肥はよい成果につながるということはいえそうで、タブーを破って勉強する必要があるでしょう」

 品質、糖度低下を招くとしてタブー視されてきた夏肥だが,最も養分吸収が盛んな夏場に窒素を十分効かすことは、樹体の活性を高め、増収になり、品質を向上させることがわかってきたのである。今、施肥は、作物の養分吸収のピークにあわせた中期栄養重視へと移っている。こうした積極的なチッソ追肥は、石灰の吸収を高めるものとしてもみることができる。石灰はふつう対イオンとしてチッソ(硝酸)とともに吸収されるものであり、チッソの追肥は石灰の吸収を高めるのである。

 適度の夏肥を施したところ、二次生長もなく果実はよくしまったものになったという先のリンゴ農家の話は、チッソが石灰をはじめミネラルの吸収をも高めた結果といえよう。中期栄養重視とは、チッソもミネラルも総合的によく吸収され、高い活力をつくることなのである。

石灰を効かせる知恵が日本の農業を支えてきた

 チッソと石灰は互いに助けあって作物の活力を高める。チッソの追肥が効果的に効くには、それによって石灰の吸収が高まらなければならない。そして石灰の吸収が高まることによって、チッソの吸収、移行、消化が高まるという関係にある。

 石灰の追肥が効くのも、それによってチッソの吸収・消化力が同時に高まるからだ。水に溶けやすい石灰は土中のチッソを引き出すのである。実際、消石灰を追肥すると地力チッソがグーンとでてくるので、元肥などでチッソが多量に施肥され肥効が後引いている場合などは、石灰を追肥するとチッソが効きすぎ、枝が徒長するというブドウ農家もいる。元肥チッソは控えめにし、中期以降に効きやすい石灰を効かせて地力チッソを引き出し,チッソと石灰を相乗的に効かす、これは従来になかった新しい施肥パターンだ。この場合、石灰は作物を活性化させる養分とみることができよう。

 土を活性化させるということは、一方では土を消耗させるという危険もともなう。石灰が地力チッソを引き出すということは、石灰が有機物の分解、無機化を促進することであり、それが地力の低下を招くことが十分考えられる。かつて、地力低下を防ぐために、石灰施用を禁止しようという動きがあったぐらいである。

 効かない石灰にはそうした心配は少ない。しかしこれでは作物は石灰不足に悩み、一方土つくりとして入れられる有機物も有効に働いてくれない。石灰を十分に効かせつつ地力を維持することが課題だ。かつての有機物利用には、そうしたしくみがキチンと働いていた。

 昭和三十年代の始めごろまでは、石灰は非常に少なくしか施されていなかったのに、石灰はしっかり作物に吸収されていた。現在と比べて収量水準や栽培時期がちがうとはいえ、もともと石灰不足の火山灰土壌が多く、そのうえ多雨で石灰をはじめとするミネラルが流亡しやすい中で、昔の農家は上手に石灰を効かしてきたのである。そこには石灰の豊富なヨーロッパの農法には見られない日本独自な石灰と堆肥の巧みな組合せがあった。

 たとえば各地の堆肥・厩肥作りでは、過リン酸石灰や消石灰、石灰チッソを混入してその養分の総合性を高めていた。過リン酸石灰も石炭チッソも石灰に富む肥料である。この石灰は堆肥化の発酵過程で分解されて微生物に取り込まれ、あるいは微生物がつくる有機酸と結合して吸われやすく長持ちする有機酸石灰=栄養分に変わっていた。この有機酸石灰に富む良質堆肥を毎年一〇aに二t前後施し続けるというのが日本の農法の土台にあった。このように、日本の農法・技術は、今から思うと石灰をはじめとするミネラルの微生物への取り込み、そして有機酸との結合を基本技術としていたのである。漬け物などの発酵技術も野菜の石灰分を発酵微生物の力を借りて吸収されやすい有機酸石灰に変える手法だとみることができる。

 一方、石灰は現在行なわれているような土の酸性の矯正という狭い観点でなく、作物への栄養として施されていた。愛知県あたりでは、そろそろ石灰分を吸いきってしまったと判断されたら、わずかな量の生石灰や消石灰を二〜三年に一回畝の下に溝施用して補充した。溝施用は、効きやすい石灰を作物に害がないように与え、かつ石灰が土の他の成分と反応して不溶性になることを防ぐ技術だといえる。

 また、かつては貝殻なども貴重なミネラル資材として活用されていた。貝殻を焼いた灰を極めて貴重な肥料とみていたのは、江戸時代の農学者・佐藤信淵である。シジミだろうがサザエだろうがあらゆる貝殻は集めて焼いて灰にして溜めておくことを推奨している。この灰を施すと、冷害に弱い山間田でもイネが育つし、あらゆる作物の甘味が増すといっている。貝殻の主成分は炭カルだが、これに火を通すことによって、効きやすい石灰分に変わるのだろう。ただあまりにも土の肥料分を吸う力を作物に与えるから、他の肥料をきちんとやらないといけないと忠告している(『培養秘録』農文協発行の「日本農書全集」第II期に収録予定)。

 しかし昭和三十年代以降、石灰を、堆肥に混ぜて長効きする養分に変えるというきわめて手間がかかる方法の意味―酸性の改良とともに養分の保持、そしてミネラルを溶けやすいものに変えること―は顧みられることなく捨てられた。石灰は、単に、土の酸性を改良する資材として位置づけられた。そのため消石灰や石灰チッソなど扱いづらい(やけどをするなど)資材は避けられ、炭カルや苦土石灰など、酸性を改良もし一定の吸収もされるが、水溶性石灰分に乏しく、全生育期間にわたる作物の必要をまかなうことは難しい資材とその施用が本流となった。微生物の働きを生かし、あるいは火(灰肥など)や水(青草液肥など)の力を利用して肥料分を有効化する、こうした技術が見失われ、有機物や肥料をバラバラに切り離された成分としてのみ見るようになった時、養分の過剰と不足とが深刻になった。石灰問題はその象徴である。

今、よい堆肥とは何か

 今、かつてのしくみに学んだ、新しい石灰利用が進んでいる。各種の水溶性石灰資材や高度な発行技術による有機酸と結びついたイオンカルシウムの開発なども盛んに行なわれている。それらも上手に使用したいところだが、石灰問題は地力問題と深くかかわっていることを考えるとき、改めて堆肥づくりをどう進めるかが課題になってくる。

 基本は土自身の石灰供給力、石灰を有効化する力を高めることである。土の微生物が効きにくい石灰を有機酸石灰など効きやすい形にしてくれている。そうした土の力を高める堆肥はどんなものか、今、もう一度堆肥の中身を吟味しようという農家がふえている。未熟な家畜糞尿の裸の施用では土の石灰供給力を低めることはあっても高めることができにくい。といって、昔のような堆肥つくちは、素材入手の点でも手間の面からもむずかしい。そんな中で現代の新しい堆肥つくりが始まっている。

 野菜農家などに喜んでもらえる堆肥をつくろうと張りきっている畜産農家がふえてきた。やっかいものの糞尿を処理するという発想ではない。地域の堆肥センターもより良質な堆肥をと、技術開発に励んでいる。モミガラや畜産の臓物、さらに生ごみまで、地域にあるものに新しい資材、技術を加えて、糞尿を宝に変える、そんな動きが活発になってきた。

 石炭をはじめミネラルが豊富であれば、堆肥の発酵はよく進む。こうして有機物と結びついた石灰などが多い堆肥ができ上がる。発酵がよく進めば、アンモニアが土中で発生することもなく石灰の吸収を妨げることもない。その石灰分と堆肥の地力チッソが中期以降の作物の活力を高める。そうした“良質の堆肥”を地域の中でつくり出したい。畜産農家や地域の堆肥センターの堆肥つくりが変わることが、高齢化時代の農業を支えることになる。

 高齢者は現在の石灰がなぜ昔に比べて効きが悪いのか、どうしたらいいのかを自分の歴史的な体験において深く理解できる知恵と感性を持っている。婦人は子育てなど生活を重視する発想から食べ物の栄養を高める技術については本質的な積極性を持っている。だから、老人・婦人が農業を主に担う時代になったのは、憂えることどころかまさにこの人々の洞察力によってのみ石灰問題の解決ができるということなのである。石灰を効かせて経営と健康を守る、それを支える地域のシステムつくり=ネットワーク農業の形成が急がれている。

(農文協論説委員会)

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