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農文協トップ主張 1996年3月号
作って食べて余ったら売る
――必要価値の農産物

◆たばこと大豆のちがい

 先日秋田県の農家の友人が、農家のある会合の休憩の時間にこういうことをいっていた。
 「私たちの農業には経済の価値と必要の価値があります。私のところではたばこをつくっています。朝早いし、手はヤニで黒くなるし、家の者もたいへんですけど、収入がよいからやっているのです。大豆もつくっています。大豆はろくな収入にはなりません。ところがですね……」と彼が語るのはこういうことである。
 たばこは、それを自分できざんで吸うわけではないし、世間ではたばこで肺ガンになるとか胃に悪いとかいっている。つまり、人のためにならない、大して必要のないものだ――たばこ好きの人が聞けば、とんでもない、と怒りそうなところだが、たばこを吸いながらいっしょに聞いている人は、もっともだという顔でうなずいているし、たばこを吸わない私などは、大きくうなずいた次第である。
 そして彼はいう。大豆は金にはならないが、畑の肉というくらいに栄養もあるしからだにもよい。家では味噌をたくさんつくるし、大豆はたくさん食べる。
 「たばこは必要はないけど金になるから、これは経済の価値です。大豆は金にはならないけど大切な作物で、私の家にとっては必要な価値です」と彼はいう。
 私は、この人は自分の農業のなかで、ずいぶん自由なものの考え方をする人だと思った。しかも、たばこは益のないものだといって、つくるのをやめてしまうというふうに、 極端な結論をださない。こんにち、ふつうの暮らしをたてていくためには、お金になるたばこはやめにするわけにはいかない。しかも、お金があれば何でも買える時代だからといって、大豆つくりをやめて畑の全部をたばこにしてしまうというわけではない。そこは現実的に、着実に考えているのである。
 そして彼は、彼のいう「経済の価値」のものさしではかれる部分をなるべく抑えていこうと考え、「必要な価値」のものさしではかれる部分をなるべく広げていこうと、少なくとも気持のなかでそうしたいと思っている。しかし、たとえどんなに強く思おうとも、そう簡単にできることではない。だからといって、あきらめてしまうわけではない。
 彼は自分なりにその発見を誇りとし、その気持をいつも大切にしている。そこに彼の値打ちがある。たとえ2反の畑にたばこをつくっていても、その気持を持っているのといないのとでは同じではない。

 以上は、じつは引用であって『農業にとって進歩とは』という、守田志郎さんの本(農文協刊)の146ページにある文章である。この秋田県の農家が名付けたわが家にとっての「経済の価値」とは、その作物を売ってオカネに替え、そのオカネで子どもの学費を払ったり、テレビを買ったりする、そういう意味があるからつくる作物のことである。
 一方、わが家にとっての「必要の価値」とは、自分の暮らしに必要だから作って、そのまま、あるいはいろいろに加工をしたりして衣食住に役立てていく作物である。とてもわかりやすい話で、だからどうしたの……といわれるかもしれない。
 ところで、このたばこというところにイネと入れてみたらどうなるだろうか。イネを作って売って、そのオカネを教育費にしたりテレビを買う代金にしたりする。けれども、穫れたお米は家族で食べもするのである。つまり、経済価値の作物と、必要価値の作物とは、はっきりわかれているわけではない。これも、すぐにわかる話のように、まずは思われる。
 だが、すぐにわかる話は奥が深い。そこで、もうすこし考えをつづけよう。

◆なけなしの小麦をくれてやる

 「お宅、醤油までつくってるの?」そう聞くと彼、荒田さんはわざと何でもないことのように、「つくってるよ」と軽く受ける。そこで私は、「これだけ農家がそろっていても、醤油つくりの話は出ないな。出るのはどぶろくつくりや味噌つくりの話ばかりだ。あなたのとこは?」と隣にいる高井さんに水を向けてみる。
 「いやあ、醤油は私のほうではつくりませんね」
 渡辺さんも「うちでもつくらないな」といったりする。すると荒田さんは左から右へとみなを1わたり見回してから、細い目をいっそう細めてニタリと笑うと、こうつぶやくのである。
 「そりゃ、できるはずがないさ。誰も小麦なんかつくってないんだから。小麦がなきゃあ、醤油はつくれないんだからな」
 これでその場の勝負は決まったようなものである。居合わせた人のなかには、醤油なんか買えば安いもんだ、と思って彼の話を受けとめた人もあったろう。しかし、案外とそういうふうに反発を感じた人ほど、家に帰ってしばらくするうちに、スーパーに売っている醤油にはいろいろと薬がはいっていたり化学調味料がはいっていると聞く機会があったりすると、今年の秋、畑に小麦をまいてみようかな、などと思うようになったりするものである。
 荒田さんのところに電話をかけて醤油のつくり方を教わったり、車に奥さんをのせておしかけてきて現物を見せてくれ、などといったりする。荒田さんはまた、人なみはずれて人がよいものだから、なけなしの小麦を「持ってけや」などといってくれてやって、秋に仕込む小麦がなくなって結局醤油を買うことにさえなりかねない。まったく楽しい世の中である。

 以上も守田さんの本からの引用で、同じ本の62ページにある。
 いまどき醤油をつくっている農家がいるとは楽しいし嬉しいが、それで荒田さんのところに電話をかけたり、奥さんを車にのせておしかける人がいるかどうかはわからない。そこは守田さんの空想であり期待であろう。ただし、そうなったら荒田さんはなけなしの小麦をくれてやるだろうという推測はまちがいなく当たっている。
 さて、そこで――。

◆農法の変更を迫られて

 農業の営みというものは、まずは自分が食べるためにあったのではないか。いや、昔は着るため住むためでさえあった。作物をつくるのは、まず自分でしっかり食べるためであって、はじめに「必要価値」ありき――なのである。
 雪の来る前の東北の農村。農家の軒先に吊るされている柿。あれは正月に、こたつを囲んで1家だんらんをするための、おばあさんの働きだろう。大根も一冬食べるための糧として干されている。だが、同じ畑でつくられた同じ大根でも、洗われ箱につめられて出荷されたとしたら、そちらは「経済価値」のほうである。しかし、もともと大根に区別があるわけではない。いつのまにか、必要価値が経済価値に変わっていたのである。必要価値として大豆をつくる「秋田の友人」にしても、もし、そのつくる味噌がおいしいから、ぜひゆずってほしいといわれたら、「荒田さん」が小麦をくれてやるように、わけてあげるだろう。もし、そこでオカネをお礼にもらったとしたら、それは売ったということでもあって、必要価値がいつのまにか経済価値にもなっていたのである。
 農耕がはじまったとき、収穫物は作った者が食べたにちがいない。作って食べて余ったらくれてやる。これが農耕の原理とでもいうべきものだろう。だが、この原理は、農耕の歴史のなかで、そう簡単に貫けるものではなかった。わが国の米にしても、「作って食べて余ったら他人にわける(売る)」が実現したのは、たかだか昭和3十年という、つい昨日のことである。
 農耕が発生して、作って食べているうちに収穫物に余りがでてきた。これをステップにして、作らぬ部類の人間が発生した。まもなく、作らぬ部類の人間は余りでは満足しなくなった。作った者にまず貢がせ、作った者のほうが余りを食べることを要求した。
 わが国では、明治以来、米は地主に出し、わずかな残りも大方は換金し、自らは外米や麦や雑穀、イモを食っていた。敗戦前後は地主に代わって、国が供米を強要した。それが終わったのは、昭和30年の大豊作を待ってのことだった。
 そのとき、ようやく実現したかにみえた「作って食べて余ったら売る」という原理の貫徹が、昭和36年(農基法のできた年)を境に、ふたたびおかしくなってきた。今回は、食糧が不足したために作らぬ者たちの強権によって奪われたというのではない。工業が高度に成長するなかで起こった、もっと複雑なしかけによってであった。
 工業が都市に人を吸い寄せる。そして農業の近代化が迫られる。過度の機械化、化学化(農薬、化学肥料の使用)をするほかない。生産費がかさむ。価格は低く抑えられる一方で生活費が高騰する。自分の口に入れることをでなく、経済価値の作物を第1義とする農業を強いられてくる。
 そのためには、農法の変更を行なわざるを得ない。もともと「作って食べて余ったら……」のための農法は、さまざまな品目を季節と土地柄に応じて、順を追って少しずつ組合わせてつくるというやり方である。多品目少量輪作のみ持続である。そういう農法でなければ、食べることを豊かに、安心してつづけることはできない。一方、経済価値の農産物を生産する農業は、単1品目の大量連作ということになる。それは耕地の荒廃と農薬多投をもたらしもするが、なにより、1軒1軒の農家としては、作る作目が減るのだから、野菜も味噌も買って食べることになり、豊かさも安心も失われることになる。
 守田さんの文章に出てくる「秋田の友人」も「荒田さん」も、そうした村うちのようすに、多少ともあらがいたい気持があって、大豆をつくり、小麦をつくっていたというわけだろう。

◆田を大事にするということ

 今年の元旦に農文協は『日本農業新聞』に全ページ広告を出した。右上に大きく「女性の力でもうかる転作」と書かれている。じつはその下に「「生産調整」ではなく「生産創造」を」と書いてあり、これは先月号の主張の見出しでもある。
 この主張や広告に、多くの方々の意見をいただいた。
 「農文協よ、おまえもか」という意見もあった。おまえも転作に賛成するのかというお叱りだ。
 つぎのような意見もあった。もともと田に他のものを作っていけないわけはない。むしろ、米不足時代に精1杯作らされてきたから、余ったときには作るなといわれる。新食糧法によって自由に米が売れるようになったのだから、売る自信のない人は自家飯米以上の分は他のものをつくればよい。売る自信のある人は借地してでもつくればよい。これからは、いわれてやる転作でなくて、自分たちで考えてやる転作なんですね――と。
 そして、この人は守田志郎さんのつぎの文章を深い同感を持って読んだという(『農法――豊かな農業への接近』84ページ 農文協刊)。
 ――田をそまつにすることになるかどうかは、田に米を作るかどうかだけできまることではないように思います。米だけを作っている場合でも、ずいぶん粗末に扱われている田が多いように思います。農薬や化学肥料でひたひたにしてしまうほどにして土を生命のないようなものにしていることだって、田を粗末にしていることになりはしないでしょうか。米以外のものをときどき作ることが、案外田を大事にすることを意味するという考え方だってあるように思うのですが、どうでしょう。

 田を大事にするために、自分の意志で米以外のものをときどきつくる。その「米以外のもの」は、まずは必要価値の作物である。そして「作って食べて余ったら他人に分ける」ということになる。実際には売ることになるのだが、この場合、「売る」という意味を、すこしつっこんで考えてみると、必ずしも、ふつう使われる「売る」と同じことではないようだ。「売る」の中身を考えてみよう。
 例えば野菜の指定産地でレタスならレタスを大規模につくる。連作障害を土壌消毒で逃れて、1年中レタスをつくる。包丁で茎を切り、切口から出る白汁にまみれ、ひたすらセロファン包装の機械に掛け、段ボールに詰める。その間に、きついレタスの匂いを鼻がうけつけなくなって、わが家の食卓だけはレタスはごめん、というような塩梅になってくる。こうなればもう、ダンボールに詰められたレタスはまちがいなく商品であり、100%たばこ同様の経済価値の作物ということになる。
 一方、たとえば1ヘクタールの田んぼの30アールを自分の意志で「転作」するとして、20アールは手間のかからない作物(例えばイモとかハトムギとか)をつくる。10アールをこまかく作り回してさまざまな野菜をつくる。こうしてできた野菜類はレタスだろうと何だろうと、まずはわが家の食卓に旬を運んでくれるすぐれものである。ハトムギは自家製の健康茶にする。さて、それらが余って朝市に出したり、産直に乗せたりしたらオカネが入った。オカネはオカネにちがいないけれど、「売った」野菜やハト麦茶は商品――経済価値の作物だろうか。
 「作って食べて余ったら売る」の売るは、必要価値のおすそわけではないのか。つまり、農家の食卓のおすそわけである。かりに売るほうが大部分であっても、それが余りであることに変わりはない。おすそわけであり、荒田さんの小麦のように、くれてやるのと同じである。
 このような農耕の営みはいま、元気な女性たちの手で全国的にひろがっている。「女性の力でもうかる転作」は、そのことを指している。もうけるのではない。もうかる。「作って食べて余ったら……」という農耕の原理にかなった農業を、経済価値の作物とは別にくりひろげる条件が、ようやく現実味を持ってきた。時代は静かに変わっている。
(農文協論説委員会)


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