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農文協トップ主張 1996年5月号
今年、思いっきりおいしい米をつくって
産直しよう

――農家の中につちかわれた小力技術が稲作文化を変える


 この雑誌が届く頃には、南のほうではもう田植えが始まっているだろう。さあ、いよいよ種播き、という地域も多いだろう。今年もまた新しいイネつくりが始まる。
 2年続きの「豊作」で200万t以上の米をが余っているといわれる。1年に1000万tの需要量に対して200万tといえば2割の余剰である。ふつうの商品なら、大暴落は必然である。2割下がるどころか、4割、5割、の暴落になってもなんの不思議もない。しかし米の暴落は起きてはいない。
 なぜなのか。それは何よりも、日本の農家の稲作技術、農家と消費者との関係が、この10年間で大転換を遂げたからなのである。そして、その結果として現在広がりつつあるような米産直が発展した。イネつくりの文化が変わり、また食べる文化が消費者も巻き込んで大きく変わったこと。そこに、過剰なのにもかかわらず米価が暴落しない根本的な理由がある。
 今年のイネつくりと米の販売予約が始まっている今、この10年の稲作技術と稲作文化の大変革をもう1度ふり返り、自信を持ってイネつくり、産直に取り組もう。ふり返って見れば、現在のような米をめぐる激動の時代に向けてまさに準備してきたとも思えるような知恵や技術が、農家の間に成熟しつつあるのがよくわかる。
 その大変革は、昭和50年代を通じて普及した田植え機稲作を自分のものにしたことから始まった。

◆生育中期を重視するイネつくりが産直時代を拓いた

 米の輸入圧力が高まると必ずといっていいほど新しい技術運動が農家の中に起こる。
 田植え機稲作が大きな転換を遂げたのは、1984年(昭和59年)の韓国米の緊急輸入の頃だった。1980年からの4年連続の不作、そして翌年に行なわれた緊急輸入という事態をバネに、薄播き・薄植え、元肥減、深水栽培といった、田植え機稲作の技術改善の動きが全国の農家の間に広がっていった。それまでの田植え機稲作では、稚苗の密植で一定の成果を上げはしたものの、悪天候に弱く、倒伏や病害虫を抑えるためにどうしても農薬を多投せざるをえなかったのだ。
 新しい技術運動で農家が目標としたイネの姿は、太い分けつをゆっくり確保する太茎のイネだった。生育が天候に左右されにくく、病害虫にも強く、結果として減農薬にもなった。兵庫県の農家・井原豊さんが提唱した「ヘの字型稲作」の登場で、イネの見方と技術の焦点は、太茎を活かして、穂づくりが始まる生育中期の活力を最高に持っていくということへ定まっていった。
 中期活力重視のイネが広範な農家に受け入れられたのは、兼業農家や老人・婦人農家にも向くイネつくりだったからでもある。とくに「への字」は、かつてのV字型稲作に比べて施肥法は簡単、施肥の適期にもある程度の幅があった。倒さず、農薬を減らして、手間もコストもかけないイネつくりだった。そのため一方では、同時に大規模農家にも注目された。農家の身体と経営の両面から受け入れられた技術だったのである。
 新しいイネつくりはまた、つくる人それぞれが力点のおきかたを違えながら、同時に増収も求めるような、それぞれの事情に合わせたイネつくりでもあった。生育中期の活力を基本にするのは共通なのだが、人間の手間を減らして、イネが本来持つ力を発揮させるための手段の点で多様性が広がった。その中からは、不耕起栽培やアイガモ・コイ・フナとイネとの同時作に代表されるような、まったく新しい発想の栽培法も模索され始めた。
 農家が多様で個性的な米をつくり始めると、品種よりもむしろ作り方にこだわる消費者が生まれた。この両者を一気に近づけたのが、1993年の大凶作に端を発した、農家の保有米の産直だった。
 「これまで年賀状の交換もなかった、都会に住んでいる姪から『おじさんにこんなことお願いできる筋ではないのですが、幼い子供に安心できる米を食べさせてやりたいので、少しでもいいから都合してもらえませんか』と電話がありました。家族で相談し、たまにはパンやうどんを食べることにしてでも、いま困っている人にいくらかでも応えてあげようと、さっそく精米して宅配便で送りました」(1994年9月号47頁、富山県・高島忠行さん)
 この年、多くの農家が、自分の米がこれほどまでに当てにされる存在だったのだということを、そして、自分の米を食べてもらった感想を直接聞けることが米つくりにとってこんなに励みになるのだということを強烈に実感したのである。一部の人だけでなく非常に多くの農家がこの流通を経験したことが、産直時代に向けての大きな転回点となった。
 翌年、農家の増収にかける思いは近年になく高まった。自分の米を求める人に思う存分分けてあげたい――そんな気持ちが引き金となって、再び全国の農家の増収意欲に火が着いた。そして技術的には、これまでの中期重視のイネつくりが施肥技術の面で大きく発展したのである。
 たとえば冷害やイモチに強かったのは、指導機関などから一般にいわれたようなチッソを控えたイネでは必ずしもなかった。
 出穂40日前頃から始まる生育中期というのは、本来、これから登熟期まで活躍する大きな葉を出し、大事な根を深く伸ばし、そして穂づくりを進めるという、イネが大仕事をしてくれる時期だ。この仕事を支えるために、生育中期に積極的にチッソをやれた、あるいはチッソが効いていたイネが冷害にも強かったのである。チッソは生育中期のイネの活力を支える重要な成分である。これをやれないような消極的なイネつくりでは、株の真下に伸びる大事な根が深く張らないから低温に弱いし、イモチ病にもなりやすい。収量も食味も上がらない。過繁茂ではなく栄養失調で、地上部がヘタヘタと倒伏することにもなりやすいのだ。この大事なチッソを品種の特性に応じて、また生育中期のイネの姿に応じて積極的に効かせる施肥技術が各地の農家の実践から明らかになった。
 そして、この生育中期のチッソをスムーズに消化させてデンプン合成を高めるために、リン酸を追肥することが有効であることも明らかになった。
 こうした技術運動が急速に広まった結果、1994年は、全国的には作況指数109という大豊作を記録したのである。天候のせいばかりではない。

◆小力技術は人もイネも健康にしてしまう

 「ヘの字」に代表されるような、農家の労力やコストを軽減し、結果的に減農薬にもなる中期重点のイネつくりは、一方では、高齢化や女性化が進む中で「小力技術」としても発展を遂げた。
 手間がないのは何も高齢化した農家や女性中心の農家ばかりではない。兼業農家はもちろん、自分が村の田んぼを守るしかないという気持ちをしだいに高めつつあった大規模農家や複合経営の農家でも同じだった。いずれにしても、この手間がないという状況があったからこそ、育苗法や耕耘法の様式転換が起こったし、田んぼとのつきあい方が変わってきたからこそ、新しい発想の農法が生まれてきたのだ。これらは、作業をラクにしたいと考えたことがイネにも良いという、いわば人も作物も健康になってしまうような技術だった。これが小力技術であり、高齢者に代表される手間がない人のイネつくりの醍醐味だ。いくつか例を上げよう。
 福島県の藤田忠内さんが、それまでの育苗器を使う方法や積み重ね式の発芽法から太陽シートを利用した平置き発芽に変えたのは、お父さんとお母さんが年をとってきて、労力としてあまり期待できなくなったのがきっかけだった。藤田さんのところは田んぼが3町とナシ園が8反。この作業のほとんどを奥さんと2人でこなさなければならなくなった。イネの育苗の時期には、本田の耕耘・代かきの他にナシの作業も重なる。労力が減ったために、それまでのやり方では食事もできないほどに忙しくなった。
 ところが太陽シートを使うようになってからはイネの育苗の手間が大きく減った。播種した苗箱をいったん育苗器内などに積み重ねてからハウスに広げる手間が減ったうえ、最初からハウス内に広げた苗箱に太陽シートを掛けてハウスを密閉し、あとは芽が出るまで放っておけばよい。
 積み重ねたり育苗器を使ったりして温度をかけるのと違って、太陽シートを掛けておくと昼間は温度が上がり過ぎず、逆に夜は地温を高く保つので、根張りを良くすることができる。温度をかけてむりやり芽を出させるよりも発芽率も高い。だから藤田さんは、それまでの催芽モミで180gくらいだった播種量をだんだんに減らして、80〜90gにまで減らしてしまった。根張りが良いと田植え機に載せたときも苗が詰まってダンゴにならないので、欠株を出さずに薄植えをすることも可能になった。つまり小力育苗法に変えたことが、薄播き・薄植えに取り組みやすくすることにもなっているのである。
 これは水の保温力を生かすプール育苗でも同様だ。本葉1・5葉くらいの時期から苗箱を並べたプール内に水を溜めることによって、育苗中のかん水の手間が大きく軽減される。重いホースを引っ張りながら、1日に何度も苗に水をやる必要がなくなるのだ。加えて、水の保温力で夜間の箱土内の地温が高く保たれるので根張りが良くなる。そして夜間もハウスを換気したままにできるので、地上部は茎太のガッチリした苗になる。
 新しい農法には不耕起栽培もある。春の忙しい時期の耕耘・代かきの手間がなくなるうえに、追肥などのために田んぼに入っても、耕していないために足が沈まず歩きやすい。そして収穫直前まで水を張りっぱなしの管理をしても、不思議なことに秋のコンバイン作業に困らない。
 イネが、硬い土を突き破って根を伸ばそうとするので、茎葉が硬くなって病害虫に強くなったり、根も太くなって収穫まで健康に保たれるという効果もある。
 不耕起栽培は、地表面を浅く耕すだけの半不耕起という技術が加わったことで、いっそう広がりを持つことにもなった。これによって、不耕起専用の田植え機がなくてもふつうの田植え機で植えられるうえ、不耕起でやるとザル田になってしまうような田んぼでも、浅く代かきすることで水持ちを良くすることが可能になったのである。
 アイガモ水稲同時作も大きな広がりを見せた。昨年取り組んだ農家は、全国で1万戸にも上るともいう。
 この栽培技術を全国に広める役割を果たした福岡県の古野隆雄さんは、「アイガモ水稲同時作」は農業自体を楽しくする技術だととらえている。
 「『アイガモが田んぼで働く』とよく表現されますが、本当は働いているわけではありません。草や虫を食べ、泥をかき回しているのは、遊んだり、食事をしたりしているのです。同じ役畜でも、苦労して荷車を引っ張る牛や馬とはまったく違います。アイガモが楽しく食事をしたり、遊んだりすることで、雑草防除、害虫防除、養分供給、フルタイム中耕濁水、ジャンボタニシ防除、イネに刺激を与えるなどの各効果が総合的に発揮されるのです。人間が化学肥料を散布し、農薬をまき、トラクタを運転する代わりに、アイガモを人間が田んぼで直接使役しているわけではない。アイガモ君は、田んぼで働くということの本来の意味、遊びと仕事の統1を私たちに教えているかのようです」(本年3月号193頁)
 だから農家も田んぼに行くのが楽しくなってしまう。農家が田んぼとのつきあい方を変える中で、人がラクになりイネも良くなってしまうという象徴的な例が「アイガモ水稲同時作」だ。そしてその結果として、「誰でもいきなり無農薬米を、始めたその年から慣行栽培並みに収穫できてしまう」のである。

◆産直はイネをつくりやすくする

 大凶作をきっかけに広まり始めた農家の米産直の動きは、昨年十1月の新食糧法の施行で弾みがついた。しかしその下地は、こうした小力技術が生まれ、農家が田んぼとのつきあい方を変えてくる中で作られてきたものだ。
「年をとるにしたがい、私は短期集中的な農作業の『競技会』についていくことができなくなった。私はそのために、肉体的・精神的に負担となる作業は必要最小限にすることを決断した。そうして現在の作付け面積(2町7反歩)を減らさずに維持することを考えたのだ。これによって収量が低下した場合のことを考えて、94年から付加価値のある米(特別栽培米)つくりの導入に踏み切ることにした。体にラクなイネつくりをしようと思うと農薬の散布回数が減る。だから結果的に減農薬の米も穫れるわけだ」(1995年1月号165頁、埼玉・大島11さん)
 こうおっしゃる大島さんが具体的に取り組んだのは「ヘの字稲作」だった。ただし生育中期に硫安を1発追肥という「ヘの字」ではない。牛糞の処理に困っていた地域の酪農家に無償で田んぼにまいてもらった生糞に微生物資材を施用して、いわば元肥1発で「ヘの字」肥効を実現するという超小力の栽培法である。
 そして「ヘの字」の本家・井原豊さんは、先月号で牛糞堆肥利用の元肥1発「への字」稲作の詳細を紹介していただいたのに続いて、今月号178頁では「栽培による土つくり」というさらに新しい「への字」技術を展開している。
 堆肥が手に入らなければ裏作にムギをつくろう、野菜をつくろう。ムギは実を収穫してもいいし、採算が合わないと思えば無理に収穫する必要はない。春に緑肥としてすき込んでしまおう。それで確実に地力が高まる。青刈りしてすき込むのはダイズだっていい。ダイズだったらまったく無肥料でできる。裏作にジャガイモやタマネギをつくった後でも、イネを倒さずに収量を上げる方法もある。そんなこと面倒だと思うなら、冬に耕耘せず肥料をやって雑草を繁茂させて、それをすき込んでも緑肥になると井原さんは書いている。いずれのやり方でも、土中のリン酸などの成分を溶かしてイネが吸いやすくしたり、深層から吸い上げた微量要素も含んだ有機物として土に供給する効果があるという。だからおいしい米が穫れる。
 硫安を出穂45日前に1発という当初の「への字」技術を、時代とともに、ご自分の年齢とともに深めていく井原さんの実践は、自分の身体と産直の取組みに合わせて、次々と技術や経営を発展させていく日本の農家の象徴である。
 小力技術である不耕起栽培や半不耕起栽培に取り組んだ結果、根が収穫時期まで生きているので米の粒張りが良くおいしい、また病気に強いので減農薬米になるために消費者に喜ばれている農家もある。同様なことは、田植えする苗箱が少なくてすみ、田んぼに入っての作業もラクになる疎植栽培でも現れている。
 このように、消費者が求めるおいしくて安全な米をつくるには、なにも特別な重労働が必要なわけではない。反対に、自分の体にとってラクになるような、作物本来持っている能力を引き出したり回りの環境の自然力を生かすやり方で結果的においしくて安全な米が穫れる。消費者のニーズに合わせて米をつくるのではない。つまり、産直に取り組むことによって農業もかえってやりやすくなってしまうのである。
 米の産直がうまくいけば、他の農産物もその上に載せられる。同じく今月号の58頁、滋賀県の木村秀夫さんのところでは、転作田のダイズでつくる自家製味噌が米といっしょに大評判だという。そのほか野菜や果樹や山菜やキノコや肉も産直できる。母ちゃん、お年寄り、村の加工業者の腕も生かせる。地域の総合的な産直へ発展して行く。
 今年も思いっきりおいしい米をつくろう。そしてより積極的に産直に取り組もう。農家が自分の体にラクなつくり方でつくった米を消費者は待っている。
(農文協論説委員会)


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