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農文協トップ主張 1996年6月号
いやな防除からやりがいのある防除へ
――産直時代のおもしろ防除――

◆各地で動き出した産直時代のおもしろ防除

 「防除という仕事は、やむをえず行なう、うしろ向きの仕事だと思われてきた。人間にも害のある農薬を使って病害虫を殺す、必要悪としての防除。しかし、よく考えてみると、本来防除はそんなものではないだろう。外敵から作物を守り、作物が健康に育つのを助ける、それが防除の基本だ。それはいろいろと気をつかいながら赤ちゃんを守り育てるおかあさんの仕事に似た、やりがいのある仕事であるはずである」
 以上は、昨年の本誌6月号・防除特集号の主張の一部である。当時は、正直にいってすこし力んで書いた一文だったが、それから1年。
 産直が大きく広がる中で、防除のイメージは大きく変わってきた。農家の健康を守り、生産物の品質を高め、さらには村の景観を美しくする防除までが試みられるようになってきた。

◆村をあげて取り組まれる「美しい」防除法

 秋9月の後半、北海道の大雪山国立公園・層雲峡を越えて、国道39号線を知床半島に向かってしばらくいくと、十数キロに渡って幅300メートルの黄色いお花畑に出会う。バスガイドさんから花の名前の問合せが殺到したり、テレビや新聞にとり上げられたりして、ここ留辺蕊町のイメージアップに大きく貢献しているこの花は、キカラシというアブラナ科の緑肥作物で、この道はキカラシロードと呼ばれるようになった。
 留辺蕊町ではクリーン農業と土づくりの取組みが全町あげて広がっている。土つくり・連作障害の回避とともに地域の景観づくりにも役だつキカラシは、この取組みの目玉であり、小麦やタマネギの後作緑肥としてとり入れられ、町と農協では種子代を補助し、その普及につとめてきた。堆厩肥や緑肥による土づくり、それに防除法の改善で、当面、化学肥料も農薬も30%減らすことを目標にしており、フェロモントラップや除虫菊など害虫忌避作物の導入も意欲的に試みられている(注1)
 水田地帯でも新しい動きがでてきた。同じく北海道のJAひがしかわ管内では水田の畦畔にハーブを植える動きが大きく広がっている。ローマンカモミールという黄色の花を咲かせ、リンゴに似た香りを放つ多年草のハーブ(香り草)が植えられた畦畔にはカメムシやヒメトビウンカがほとんど寄りつかず、もちろん水田内で生息も少ない。害虫を減らし村を美しくしてくれるだけでなく、その花を陰干しにすればハーブティーや薬草風呂を楽しむことができる。また、紫色の花を咲かせアブラムシの忌避効果があるハーブ、ユリ科のチャイブも畦畔や農道を飾っている。チャイブは乾燥気味のところでもよく育ち、ドライフラワーとして楽しめるし、料理の薬味として生でも利用できる。
 JAひがしかわでは、かねてから特栽米に取り組み、年々産直のお客さんをふやしてきた。水田を訪れる消費者はみな、畦畔のハーブの香りや花に感動する。ハーブは消費者との交流にも1役買い、地域の活気の象徴になっているのである(注2)
 兵庫県南光町では転作田を利用したヒマワリ栽培に町をあげて取り組んでいる。町が種子を無料で配布し「1戸1a運動」を展開してきた。ヒマワリの咲く夏に開かれる「ひまわり祭」前後の1週間には連日1万人以上の人々が訪れ、地元の新鮮な野菜や漬物、山菜などの加工品が飛ぶように売れていく。ヒマワリは病害虫に強く無農薬でつくれ、手間もほとんどかからない。消費者に楽しんでもらったあとは健康増進に優れた効果をもつヒマワリ油をしぼり、そのしぼりかすは有機質肥料として利用される。この油かすを施すと、じっくりとした肥効をあらわし、病害虫が減るだけでなく味がぐんとよくなるという。そのうえ後作のイネの出来がまたすばらしい。ヒマワリの根が地中のリン酸を有効化し、1割は増収するとのことである。

◆ 「おもしろ防除」時代をひらいた木酢液の魅力


 キカラシもハーブもヒマワリも、病害虫を少なくし、村を美しくし、そして農家の健康を守ることにつながる。苦痛な防除から「おもしろ防除」へ、そんな動きや工夫が、個々の農家でも、市町村レベルでも大きく広がっている。
 この動きは木酢液に代表される、新しい防除資材の活用から始まった。今や、木酢液の利用は全国津々浦々に広がっているが、その魅力やおもしろさは農家の工夫によって発見されてきたものである。木酢液は病害虫を抑制する一方で、薬を厚くしたりテリをよくするなど作物を健康にしてくれる。土に混入すれば、硫化水素やアンモニアなどの有害ガスを除去し根を健全にする。土の微生物もふえる。
 そうした効果が総合的に働いて病害虫が抑えられる。また、木酢は強酸性だからモノを溶かす力が強く、トウガラシやニンニク、キトサン(カニガラ)などを混ぜると一層防除効果の高い資材になる。また農薬の浸透力を高めるので、木酢液と農薬を混ぜれば使用量を大幅に減らすことができる。木酢は正露丸や健康飲料に使われているぐらいで、良質なものなら散布する人の体にもいい。そのうえ、木酢液の原料には間伐材などが使われるから、山の手入れも行き届き、キノコなどの発生もよくなる。
 病害虫を抑え、土をよくし、農家の健康を守り、地域の景観をもよくする木酢、できすぎた話のようだが、しかし偶然ではない。
 地域で互いに関係しあって生きてきた生きものは、木も草も虫も、みなそれぞれに固有の生命力、防除力をそなえている。生きもの世界が複雑である以上、その力、作用は決して単純、単1ではありえない。木酢液には200種以上もの成分が含まれているが、そこが肝心で、それらの成分が総合的に効く。木酢液には樹木がそなえる生命力、防除力が秘められており、その樹木は季節や土地柄で変化する多様な環境に耐えてきたがゆえに、その結晶である木酢は病害虫や作物、土に、多様に作用するのである。各種の植物エキスや土着菌の利用も同じことがいえる。
 歴史的に形成された地域の生命空間、その力によって作物という生命を守り育てる。害虫という生命も、地域の生命空間の中で分をわきまえた生きものにもどる。そのための防除は環境形成、地域形成へとつながっていく。

◆「おもしろ生態」から「かしこい防ぎ方」へ

 病害虫を農薬で殺すことだけが防除なのではなく、病害虫がでにくい環境を整えていくことも防除であり、むしろそのことが防除の本道といえよう。
 病害虫がでにくい環境とは病虫や病菌を撲滅する無菌の、死んだ環境ではない。さまざまな生きものが生きられる環境をつくることが病害虫を減らすことになる。作物が病害虫の脅威にいつもさらされ、人間と病害虫が裸で闘わなければならない状況とは反対に、いろいろな植物や虫たちが病害虫とかかわりあっているから病害虫の異常な増殖が抑えられる。地域の生命空間に支えられて成り立つ農業、それを上手に仕組んでいくことが防除技術の土台にすえられる。今、話題の天敵利用も、そんな技術の一つである。
 農水省果樹試験場口之津支場の下田武志さんが大変興味深い指摘をされている(234頁)。果樹園のハダニの天敵にケシハネカクシという在来の虫がいる。どこにでもいる虫で、彼らはもっぱらハダニだけをエサとしているが、その食欲がすさまじい。雌成虫は1日に約100個、1生の間に1万個のハダニの卵を食べるという。ふだんは園外の下草や防風樹にいて、そこにいるハダニを食べて暮らしており、園内のハダニ密度が高くなると成虫が園内に飛来してくる。つまり、ハダニが多発したときに大活躍し、短期間にハダニを抑制するタイプの虫なのである。
 そこで下田さんは、「園周辺の彼らの生息場所を保護してやることが、園内での彼らの働きを強めることにつながる」と述べている。園周辺の雑草や防風樹も防除に大切な役割を果たしているというわけである。
 こうした害虫とそれを取りまく生きものの関係から、防除のいろんなアイデアがでてくる。農文協から『おもしろ生態とかしこい防ぎ方』というシリーズ本がでている(注3)。このシリーズは、害虫をにっくき敵とみる前に、生きものとしてどんな暮らしをしているかを丹念に洗い出し、そこから防除のヒントを得ようというねらいでつくられた。昆虫などの生態はじつにおもしろい。それを知れば、かしこい防ぎ方が浮かんでくるというわけだ。
 このシリーズの「ハダニ」で奈良農試の井上雅央さんが意外な指摘をしている。ハダニの発生源はハウスの周辺雑草であり、これを刈り取って焼却するのが耕種的防除だというのが通り相場だが、これでは無理があると井上さんはいう。手間がかかるうえに、だいたいはハダニの行き場を失わせ、ハダニがハウスに入ることを助長してしまうからだ。お年寄りやかあちゃんたちに負担が大きい耕種的防除はすすめたくない。ではどうするか。「働きたい気持ちを抑えて昼寝をする」のである。よけいなことをしてハダニを雑草から動かすことはない。「疲れたから少し昼寝をしよう」は単なる昼寝だが、ハダニの侵入を防ぐための昼寝は立派な耕種的防除になるというわけだ。
 こんなこともある。収穫が終わって残った茎葉はハダニの巣になるので焼却すべしとよくいわれるが、これも負担が大きい。そこで井上さんはハウスから離れた、雑草の茂る空き地に捨てることをすすめる。ハダニは雨に弱く、そのうえ天敵に食べられて徐々に減っていく。野山でハダニがふえないのは、天敵と雨にさらされるからである。とくに風をともなう激しい雨は苦手で、ミカン園のハダニが3分の1に減ることもあるという。耕地内だけでなく周囲の自然まで考えに入れた、大きなスケールで防除を考えたい。
 ところで、先の下田さんはもう一つおもしろい指摘をされている。ハダニの食害を受けた植物が、ハダニの天敵を誘引する特殊な揮発性の匂い物質を放出するというのである。いわば、天敵を自分のボディーガードとして雇っているようなものだ。
 まだまだわかっていない地域の「おもしろ生態」がたくさんあるはずだ。それを発見し、おもしろ防除に生かしたい。それにはゆとりが必要だから、緑肥やハーブや木酢液を活用して病害虫がでにくい状態をつくっておく。産直という消費者とのつながりも、経済的なことも含めて、そんなゆとりをつくり出してくれる。消費者ニーズに合わせて無農薬野菜をつくるのが産直ではない。自分の身体に合わせ、地域自然を生かし、暮らしやすい、美しい村をつくる。農産物をとどけるだけでなく、村=ふるさとを丸ごとアピールすることによって、消費者に、ふるさとというものが人間にとってかけがえのない空間であること、農村の価値をからだでわからせる。それが本当の産直だ。とりわけ防除のありようは消費者の関心が高いだけに、消費者とのつながりをつくるカナメになる。「農薬を使っていませんか」と消費者にきかれたら、「うちではこんなふうに楽しく防除してますよ」と新しい防除の考え方を知らせてやりたい。それが、農家による消費者教育というものだ。

◆農薬利用は土着天敵のことも考えて

 おもしろ防除時代には、農薬の使い方も変わってくる。岡山県の農家・岩崎力夫さんは、難防除害虫を防ぐための3段階防除術を提唱している(注4)
 第1段階は、害虫の密度を低く抑えることで、ここでは粒剤が便利である。それでも増殖してきたら天敵にやさしい農薬で密度を下げる、これが第2段階。そして被害が発生するような状況になったら、第3段階として卓効のある切り札剤を使う。天敵の力を最大限に生かした防除体系だということになる。忌避作物や木酢液の利用は、防除の面からみればこの第1段階、あるいは第2段階に相当する。はじめから第3段階の切り札農薬に頼ってしまうと、それは天敵にもよく効いてしまうから、散布後にかえって害虫の発生が多くなったり(リサージェンス)、害虫の薬剤抵抗性を発達させたりしてあとあと苦労することになる。
 こうした在来の天敵を生かす防除体系の試験研究も行なわれるようになってきた。たとえば埼玉園試の根本久氏は、キャベツとナスの新しい防除体系を提案している(注5)。
 キャベツの場合、無防除の畑ではコナガが少なく、アオムシ、アブラムシが多発することが多い。コナガが少ないのはクモ類やヒメハナカメムシなどの天敵のおかげであり、農薬で防除すると天敵を殺してしまうために、今度はコナガが多発する。コナガは薬剤抵抗性が発達しているものが多く、こうして農薬散布がどんどんふえていく。
 といってアオムシやアブラムシを防除しなければ減収してしまう。そこで、これらの防除にはコナガの天敵を極力殺さない農薬を選択する。こうして、定植時の粒剤も含めて1作5回で、実用的、経済的な被害がでないほどに防除できるという。同様に露地ナスでは定植時のアドマイヤー粒剤にはじまる月1回の農薬散布ですむ防除体系を提案している。
 農薬に依存すると、農薬が農薬を呼んでしまう。そこをどこかで断ち切らなければならない。それを在来天敵や地域の自然力に手助けしてもらう。農薬と病害虫との関係をみているだけでは、農薬を使いこなすことはむずかしい。

◆おもしろ防除の最大の武器は

 防除という仕事と施肥という仕事を比べてみると、施肥は作物を観察しながら自分の腕前を発揮するやりがいのある仕事だが、防除はそうはいかない、これまではそんな感じだった。だが、産直時代の防除はそうはならない。もともと農業技術は空間で成りたつ技術、田畑の作物から地域の環境にひらかれていく技術である。防除も施肥もそういう技術だ。ただし、防除のほうがより広く周囲にひらかれている。施肥は自分の田やイネを対象にしていればよいが、防除は病害虫が地域に広がって生きているかぎり、対象を広く設定しなければならない。ウンカなどは毎年中国からやってくる。あえていえば、施肥とは「作物との対話」であり、防除とは「自然との対話」だといえよう。
 それだけに施肥とはちがったむずかしさが防除にはあり、だからこそおもしろい。そしておもしろく防除するには、情報がたくさん必要だ。
 この春、農文協では、本誌『現代農業』の11年分の記事を検索し、必要な記事を取り出して読むことができるシステムをつくり、CD―ROM版(注6)とインターネットで提供する仕事を開始した。そこには防除についても、農家の皆さんが発見した病害虫の「おもしろ生態」と「かしこい防ぎ方」の情報がたくさんつまっている。農薬情報は古くなることもあるが、農家の発見は古くはならない。防除に役だつ地域の生命空間の1断面を描き出してくれるからである。おもしろ防除の最大の武器は、化学農薬でも、あるいは木酢液でさえもなく、そうした「情報」にあるといえよう。
(農文協論説委員会)

(注1)橋爪健著『緑肥を使いこなす』
(注2)8木晟著『植物エキスで防ぐ病気と害虫』
(注3)『おもしろ生態とかしこい防ぎ方』シリーズとして「ハダニ」「コナガ」「アブラムシ」「コナジラミ」「ミナミキイロアザミウマ」「ウンカ」「センチュウ」が発行されている。
(注4)岩崎力夫著『新版・ピシャッと効かせる農薬選び便利帳』
(注5)根本久著『天敵利用と害虫管理』
(すべて農文協刊)
(注6)『現代農業』記事検索CD―ROMは5月末発売。インターネット農文協ホームページ『ルーラルネット』は本格運転を開始している(http ://www. ruralnet. or. jp/)。


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