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農文協トップ主張 1997年2月号
「女性革命」と「情報革命」
――農村女性は村の原理を表現する


 今、農村に「女性革命」とでもいえるような大きなうねりがおきている。95年農業センサスによると、農業就業人口約490万人のうち女性は約286万人、ほぼ60%を占める。農業生産はいまや女性の力なしには考えられない。さらに、その女性たちは生産にとどまらず、加工や販売にまでその力を発揮しはじめた。いわゆる女性起業である。
 新年に当たって、農村女性の活躍に注目したい。

◆「トマト狩り」の看板から始まった
思わぬ展開

 ひと昔前、リヤカーを引いて自分の家でとれた野菜や自ら漬けた漬物を売り歩く女性が、各地にたくさんいた。産直は昔からあったのであり、その多くは女性によって担われてきたのである。そうした潜在していた力(縁の下の力もち)がいま女性起業として引き継がれ、開花しようとしている。
 今月号で紹介した群馬県白沢村、宮田農園の看板娘(?)敦子さん(41歳)のこの2年間は、まさに革命的な日々だった。
 家は周囲と同じようなトマト農家、嫁に来た時、東京出身の大学出のお嬢さんに農家の嫁がつとまるかな、といった周りの目に負けないように頑張りすぎて、自分がこわれそうになってしまったこともあった。以来、無理をしないよう自然体で生きるようにしてきた敦子さん、「村の中で、1番畑に出ない農家の嫁さんだった」という。そんな敦子さんが、農業は少し縮小して働きにでも出ようかと考えていた矢先、コンニャクの自家販売している青年に「トマトつくってるんだったら、トマト狩りでも何でもやれるじゃない」といわれた。「トマト狩りなんて、お客がわざわざ来るわけない」とはいったものの、何とも魅力的なアイデアだ。「自分でつくったものを宣伝したり、商品として美しく見せることも、広く考えれば農業だよ」と普及所の人もいっていた。
 お客さんが来なかったら普通に出荷すればいい。ここで何かしなくては一生このままだ。売ることなら私にもできるかもしれない。そう思った敦子さん、トマト狩りの看板とチラシをつくってしまった。やがてボツボツお客さんがやってくる。別に特別、味に自信があって始めたわけではないが、けっこういけるみたいだ。夫の和夫さんも、トマト狩り用のハウスは水をしぼって味をのせるようにしてくれた。
 お客がふえ、キュウリやナスもほしいといってくる。そうなると、宮田家では俄然、ばあちゃんの出番だ。野菜つくりが好きで、いつもたくさんつくっては、人におすそ分けしていたばあちゃんの腕が頼りになる。
 2年目にはハウスも露地も野菜の種類をふやし、小屋の前にはサービス用にズラーッと花を植え、花狩りもやれるようにした。昨年はトマトも大暴落、もしこの野菜狩りをやっていなかったら経営はかなり苦しいはずだ。面積的にはほんの一部でしかない野菜狩りが、農協出しのトマトと同じくらいかそれ以上に稼いでくれた。
 パートに出なくてよかった。農業でやれてよかった。敦子さんは今、本当にそう思っている。

◆女性起業の
「こころざし志向」と「ビジネス志向」

 ここ数年間のうちに、敦子さんのような「観光農園」や朝市、夕市が急増している。山口県の例だが、昭和56年に86カ所だった朝市がその後直線的に増え、平成7年にはつかめているだけで271カ所にもなっている。その担い手はほとんどが女性である。
 もともと男のほうは、とくに年輩の方々は物を売るのがにが手で、「お愛想をふりまいて物を売るなんていやだな。そんなことなら、オレはもともと百姓なんかやらなかった」というようなことになりそうだが、その点、女性はちがう。楽しく会話しながら、上手に売ってしまう。
 そして、この消費者に物を売るという女性の行為が農村を変える。さらには社会を変える。それを「女性革命」と呼ぶことにしよう。農業をする女性が変わることで村が変わり都会まで変えるのである。つまり世の中が変わる。
 朝市や観光農園、加工グループによる販売など女性が主体になった「経済的行為」である農村での女性起業の特徴について、宮城道子氏(十文字学園女子短期大学講師)が数多くの事例調査をもとにとりまとめているので、そのポイントを紹介しながら、女性革命の意味を考えてみたい(「農業構造問題研究」1995年No.1より)。
 女性起業の特徴として第1にあげられるのは「こころざし志向」と「ビジネス志向」のバランスである。物を売ってお金を稼ぐというのがビジネス志向だが、女性起業で実際行なわれていることを見ると、それだけではわりきれないものがある。同じ生活者として消費者に安全でおいしい食べものを届けたい。あるいは、働く後ろ姿を子供に見せてあげられるという思いが働く。農業労働は汚い、きついものではなく、育てる楽しみがある、そんなふうに農業労働の意味を見直したい、そういう農業にしたいというこころざしが強いという。
 現金収入を得て自分のサイフをもてるのもやりくりのうえで助かるというだけでなく、自分の働きが家族の中で目に見える形で評価されるといううれしさがある。地域の人に役だつ仕事をしたいという思いも強い。こうしたこころざしこそ、女性起業を特徴づけているのではないかと、宮城氏はいう。
 2番目の特徴は、働き方の選択肢の拡大につながるということである。加工もあれば販売の仕事もある。顧客管理もあれば消費者へのチラシや通信といった仕事もある。ここにはもはや、生産の補助作業者といった姿はない。
 そして3番目にあげられるのは、平等主義の重視である。組織原則はゆるやかだが、仲間意識が強い。特定のリーダーシップによってみんなが引っ張られていくというより、みんなが納得しなければ始めないし、みんなが納得した方向にしか向かわない。タテ型ではなくネットワーク的だ。

◆産直・起業の中で、
女性は「村の原理」を表現する

 以上の3つの特徴から、「女性革命」の意味をもう少し考えてみたい。
 朝市や加工などで現金収入を得、新しい仕事をつくり出すことは女性が「イエからの自立」を目ざすものと一般的にはいわれるが、一方では農村の女性起業では家族とのパートナーシップを大事にし、村や地域に貢献したいという思いも大変強いと宮城氏はいう。そこが都市の女性起業とはずい分ちがうところだ。都市の場合、これまでの企業にない雇用関係をつくるとか、専業主婦の仕事づくり、あるいはコミュニティの創出とかが意識されるが、農村女性ではイエのしがらみからぬけたいという気持ちが働くと同時に、家族や村が強く意識される。というより産直や女性起業の中で女性が家族や村の主役になっていくといったほうが正確だろう。
 農村の女性としてごく自然のことのように見えるが、それはなぜだろうと考えてみよう。するとそこに、村の原理が浮かび上がってくる。
 原田津氏は『むらの原理 都市の原理』(農文協、人間選書)の中で次のように述べている。
 「村が村である限り、いいかえれば、農業を営む生活がある限り、いくら『都市化』といわれる現象が起こっても変わらない暮らしの原理が、2つあると思う。第1は、生活と生産が一体であること。第2は、権利でなく自立して生きるということ。どちらも都会の生活では成り立ちようのない原理である」
 「暮らしに必要なものを自分でつくるということ(第1の原理)を基本に据える。据えることができる、という点が、農村の暮らしの第2の原理につながっていく。権利でなく、自立して生きるという原理である。都会では、権利なしには生きられない」
 「都会の原理は権利であり、農村の原理は自立である。そして権利の裏腹に管理があるとすれば、自立の対になるものはなにか。相互扶助という名の義務である」
 原田氏がいう村の原理を女性もまた体現している。商品ではあるが、からだによい食べものを消費者に届けたいと思うのは、生産と生活が一体化しているからである。イエやムラのしがらみからぬけたいと思いつつ、家や村を強く意識するのは、相互扶助の気持ちが働くからである。女性起業の運営で平等主義が重視され、ネットワーク的になるのも〈自立―相互扶助〉が原理としてあるからだ。
 むしろ村の原理は今、農村女性によってもっとも強く表現されているといえるのではないか。そして農村から都市への働きの中で示される村の原理があればこそ、権利と管理で生きる都市民は農家・農村に、その日常生活文化に魅力を感じるのである。
 この自立と相互扶助は村うちの関係にかぎられたことではなく、作物を栽培する行為そのものにも働いている。イネは生きものとして自立的に生きており、それをふまえたうえでの手のかけ方は「栽培管理」という言葉を使っても、いわゆる管理ではなく、人とイネの相互扶助である。相互扶助的であるがゆえにイネのために手がぬけないといったきびしさがあるが、それゆえ育てる楽しさもある。そうして生まれた食べものを、作物のいのちをそのまま届けられ、それへの反応が直接返ってくるのが産直や朝市の本質的な魅力である。だからこそ、産直や朝市は女性を元気づける。食べる人があるから育てる楽しさが深まる。家族に野菜を食べさせる感覚が買う人をも包み込む。
 「生産と生活が一体」ということは、野菜を、これはお金のため、これは家族が食べるため、というふうに分けて考えないということである。そんな村の原理が女性たちの産直には強く働いている。

◆「女性革命」は日常生活文化を創造する

 つまり、産直や女性起業による「女性革命」とは、村が村であり続けること、農業が農業であり続けることを守ることであり、農村の近代化の中で生じた村の原理からの逸脱をただすことなのである。都市に働きかける中で、村の原理が培ってきた日常生活文化を見直し再創造していく。女性が変わり、女性が変える。この女性革命は、原理がちがうがゆえに都市とも響き合うことになる。

◆女性の活力は1世代とびこえて復活した

 ところで、ひと口に女性といっても生きてきた時代が異なり、考え方にもちがいがある。
 山口県農林部にある農村女性・むらおこし推進室の藤井チエ子氏は次のように、興味深い指摘をしている(農文協刊「自然と人間を結ぶ」1996年10・12月合併号より―注1)。
 「(昭和初期の食事のようすを聞書きで描いた)『日本の食生活全集』の世界を生きたおばあちゃんたちは、昭和恐慌や戦争なども経験し、大変な思いをして子育てをした70歳代も後半を過ぎた人たちです。しかし、そのなかで培われた生活体験と生活技術(技能)は、すごいものを持っています。物資が乏しい時代に、その技能を繰り出して子どもを育てたのです。そこには人間が生きる原点があります。
 それに引き換え、私たち中年世代の生活技術はこの70代の女性に及びません。中年の世代は、昔の女性たちの大変さを知っているから、あんなふうになるのはいやだという思いが強かったのです。だから手軽に買って暮らす生活に憧れました。しかし、そこに生活文化は新しく生まれなかったのです。
 ところが面白いことに、私たちの下の若妻の世代になると、おばあちゃんの持っている生活文化と生活技術に素直に目を輝かすのです。専業農家の若妻がこう語っていました。
 『わが家のおばあちゃんの手は魔法の手のようだ。そして玉手箱だと思う。いつも外で働く義母や実家の母にはない生活の技術や生産の知恵があるし、ばあちゃんは、そんな義母へのグチをよく言います。言われる義母も可哀相と思いますが、私は、すごいばあちゃんからいろいろ教えてもらって、農家が好きになりました』『若嫁が集まって、農産物を詰めた産直を行なっていますが、そのネーミングを「ばあちゃんのグチ」と名付けることにしました』
 いまの若い人は、私たちのように、親の苦労を見ていません。そして食べ物については、けっこうグルメで、こだわり派なのです。たとえば都会で育って村に来た若妻たちが、茶がゆが素敵だといって感激しています。茶がゆもダイエット食として見直される時代なのです。瀬戸内海の島、大島の茶がゆは豆茶を煮出したものですが、「お腹が痛い時はこの豆をガリガリと食べろ」と言われてきました。茶豆にしても、あの豆でないとだめだと決まっていました。こういったかつての生活文化が、「こだわりの時代」のいま、若い世代中心に再評価されるようになってきているのです。」
 「彼女たちは作物も農業も大好きで、農村の生活文化に感動する人たちです」という藤井さんは、彼女たちを農村の後継者に育てたいと、若妻のネットワークづくりに精力的に取り組んでいる。

◆女性革命と情報革命

 日常生活文化を創造するネットワーク型の女性革命がどのように進むか、そのことが21世紀の日本の農業・農村のありようを大きく左右するだろう。その展開に向けぜひ力にしたいのがパソコンによる情報活用である。
 先の藤井さんは次のように述べている。
 「いま、パソコンが家庭に急速に普及し始め、農村にも入ってきていますが、若い女性たちの農業や地域社会への主体的な参画、そして仲間づくりのための柔軟なネットワーク組織の形成を考えた時、パソコンの登場は非常に大きな意味を持ってくるように思われます。
 たとえば『若い農村女性交流スクール』に540人の若妻の参加を得たと言っても、地域に戻れば若妻は点的な存在であることに変わりません。その時、インターネットによる若妻同士の日常のコミュニケーションは、大きな役割を果たすに違いありません。都合のよいことに、いまの若妻は、就職して職場でパソコンを操作した経験を大半がもっていますから、キーボードで書くことに抵抗感があまりないのです。」
 そんな若い女性も巻き込んで、農村での情報活用を進めたい。生産と日常生活文化の創造に向けた情報活用、それには村うちや自分の経営からの情報も含めて、情報を自分や地域に役だつように編集しなければならない。パソコンは情報の交流・編集機である。またそのように使ってこそパソコンは農家にとっての農具となる。自立を原理としているがゆえに、農家、農村女性はだれよりもパソコンの威力を自らの力とすることができる。パソコンにたじろがず、パソコンを農機具にしてしまう。
 農文協が『現代農業』11年分、『農業技術大系』全45巻、そして『日本の食生活全集』全50巻でデータベースを作成したのも、暮らしや農業技術、そして伝承文化の継承と創造に役だてていただくことによって農家、農村女性の手で情報革命をおし進めてもらいたいからだ。
 農村女性が情報を変える、情報で世の中を変えるという情報革命を進めることによって、農村から都市への影響力は飛躍的に強くなるだろう。
(農文協論説委員会)
(注1)「自然と人間を結ぶ」1996年10・12月合併号は「食―農―教育における「情報革命」の可能性」を特集。定価260円、送料80円。


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