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農文協トップ主張 1998年6月号

防除の変革で
地域を豊かな生命空間に

――今、防除が楽しみに変わる――

目次
◆田んぼの天敵がナスの農薬を大幅に減らした
◆水田は畑の天敵の供給源<
◆田畑の周囲の自然環境も重要だ
◆地域の生物相を豊かにする試み
◆生物の多様性がもたらす安定性とは
◆人間と天敵のための栽培方法の変革
◆防除は、仕事を楽しく、地域を豊かにする

 「『勝つ防除』から『負けない防除』へ―田畑の自然治癒力を生かして『小力防除』を実現しよう」と提案した昨年六月号の主張では、土着天敵など生物群集がもつ害虫抑制力=田畑の自然治癒力を高めることを防除の基本にすえ、防除の変革にむけた技術課題を次の三点に整理してみた。
(1)土着天敵に悪影響のない防除手段を工夫する(農薬も含む)
(2)作物を丈夫に育てる
(3)生物群集が豊かになるような田畑や周囲の環境をつくる
 それから1年、各地で防除の変革にむけた動きが広範にひろがり、試験研究でも、天敵を生かす「総合防除」を現場の技術にするための技術開発が精力的に取り組まれている。なかでも特徴的なのは、田と畑のつながりや周囲の環境への着目である。防除は今、地域の生命空間のありかたを問い、創造する一大技術運動として、展開しはじめた。

◆田んぼの天敵がナスの農薬を大幅に減らした

 「虫見板」を武器にしたイネの減農薬運動の発祥地、福岡県。その露地ナス産地で、今また、大変興味深い防除の取り組みが始まっている(56頁)。農薬散布が増える最大の要因になっているミナミキイロアザミウマを、ナミヒメハナカメムシという土着天敵を生かして防ごうという取り組みだ。これにより、ミナミキイロアザミウマへの農薬散布をやめても被害がでなかったという例も生まれている。通常は20回ぐらい散布されているから、これは画期的なことだ。この成果は、福岡県農業総合試験場の大野和朗氏らと農家が共同して取り組んだ、ミナミキイロの天敵、ハナカメムシを殺さない農薬を選択する防除体系を採用することでもたらされたものである。
 その過程で、興味深いことがわかってきた。この天敵のハナカメムシはどこからくるのか、調査してみると、それは周囲の田んぼからであった。水田やその周辺の雑草群落が、天敵ハナカメムシの根拠地になっていたのである。
 この天敵はナスにミナミキイロがつく前に、田から移動しナス畑に定着する。定着するにはエサが必要で、そのエサになっていたのが「害虫ではないアザミウマ類」だった。このアザミウマ類は、従来どおりの農薬を使っている慣行のナス畑ではみられないという。つまり、このハナカメムシを殺さない防除体系は、天敵を殺さないだけでなく、天敵のエサをも供給し、こうして天敵を育てる水田の力が生かされたわけだ。
 そして、この大きな成果を支えたのが、福岡県でこの間取り組まれてきた減農薬運動だ。虫見板を使って虫の発生状況をつかみ、ムダな農薬散布をなくすという取り組みによって農薬の散布回数が大幅に減り、その結果、田んぼには「ただの虫」が多くなった。ナス畑の天敵ハナカメムシは、イネにとってはほとんど「ただの虫」である。イネの減農薬は、ナスの減農薬につながった。だれも予期しなかったことである。

◆水田は畑の天敵の供給源

 田んぼが畑の天敵の拠点になっている。こうした田と畑のつながりは、昔から知られていた。たとえば桐谷圭治氏(元農業環境技術研究所)らの、こんな調査研究がある。野菜などの大害虫ハスモンヨトウの幼虫による被害はふつう8〜10月に大きくなるが、これには理由がある。ハスモンヨトウの天敵に、イネの害虫の天敵でもあるコサラグモがいる。かれらは5月下旬にこぞって田から畑に移動して畑にいるハスモンヨトウの幼虫を食べ、やがて梅雨があけて夏になると、高温乾燥の畑から水田へと帰っていく。コサラグモがいなくなった畑ではハスモンヨトウの幼虫がよく育ち、こうして8〜10月に被害がでるというわけだ。このコサラグモは、ほかのクモと同じように当時使われたBHCなどの農薬に弱く、水田で農薬散布を徹底すれば、コサラグモが畑にやってこないので早くからハスモンヨトウが大発生することになる。ハスモンヨトウの被害の早期化には水田の防除、水田の生物相が深くかかわっていたのである(この話は六月発行「昆虫と人間編」第10巻 桐谷圭治著「都市の昆虫 田畑の昆虫」でも取り上げている)。
 水田の生物相が貧困になれば、畑の天敵が減り、害虫の被害が増える。天敵の供給源としての水田の役割に光をあてる必要が大いにありそうだ。イネはイネ科で、野菜や果樹、草花などと共通する害虫はほとんどいない。そのうえ、水を湛える水田には固有の豊かな生物相が発達する。農薬をかけていない水田ではクモ、トンボをはじめ約600種の生物がみられるという。多くはイネの害虫でも天敵でもない「ただの虫」だが、かれらには知られていない、畑の害虫を抑える働きがまだまだあるにちがいない。

◆田畑の周囲の自然環境も重要だ

 土着天敵の活用を考える時、必ず周囲の環境が問題になる。圃場内だけで考えてしまうと、害虫を食べつくせばエサ不足で天敵も生きられなくなり、安定した天敵の活躍は望めない。だから、クモなど害虫以外の虫も食べる広食性の天敵が、たえず周囲からやってくるという状態をつくることが、重要になる。先の例では、周囲の水田が畑にとっての重要な環境になっていた。そして、周囲の自然もこれまた重要だ。ここでいう自然とは、野原とか雑木林とか里山とかため池など、人間の手が加わってはいるが直接防除の対象になっていない、田畑の周囲にある空間のことである。この周囲の自然が、田や畑の害虫・昆虫相に与える影響も大きい。イギリスの果樹園で、規模を拡大するために園を区切っていた垣根を取り除いたところ害虫が大発生したという歴史的な事件もあった。垣根は天敵のすみかでもあったからだ。自然農法の茶園ではこんな例がある。
 無農薬に切り替えた当初は害虫の被害が多発し、やがて被害は終息していったという茶園のクモを調べると、最初の1〜2年目は網をつくるクモが増え、3〜4年目にはこれに変わって徘徊性のクモが増えだし、そうなってから生産も安定するようになったという。網をつくるクモは、網にかかるのを待つ怠け物タイプで、害虫などがたくさんいないと生活できない。これに対し、徘徊性のクモは歩きまわってエサを探し出すタイプのクモでエサが少なくても生活できる。そして、網をつくるクモはよそからとんでくるが、徘徊性のクモは、周囲から歩いてやってくるという(高橋史樹著「対立的防除から調和的防除へ」農文協刊より)。
 周囲からくるクモが優先種になるということは、それだけ周囲の自然とのつながりが強まることだといえよう。自然農法の安定化は、周囲の自然の豊かさに支えられる。周りの植生が豊かな中山間地のほうが自然農法が実現しやすいといわれるのもそのためだろう。

◆地域の生物相を豊かにする試み

 周囲の植生を変えて昆虫相を豊かにしていく試みも、各地で始まっている。
 北海道美唄市の元氣招会の農家は、斑点米をつくって品質を下げるカメムシの防除を農薬に依存しないで防除できないかと考え、アゼ草に注目した(86頁)。カメムシは畦畔のイネ科雑草で増殖する。だから、これを丁寧に刈れば発生を抑制できるが、しかし、時期も問題で、出穂期以降、すでに幼虫や成虫が発生している時期に雑草を刈り取ると、逆にカメムシを水田に追いやることになる。草刈りにもタイミングがあるのだ。こうした雑草の管理の工夫で、カメムシを農薬なしで防ぎ、オール一等米を実現した今橋さんたちは、その後、アゼにハーブ(ミント)を植えることにした。このミントのアゼにどんな虫がいるか、何度も調べた結果、カメムシはみあたらず、クモや蜂の仲間がたくさんいた。イネ科ではないミントはカメムシを減らし、天敵を増やすのである。こうして、アゼにミントを植えてカメムシの防除をなくし、もちろんアゼ草への除草剤をやめた結果、田んぼにはクモの巣がたくさんみられるようになった。トンボもいっぱいいる。
 そして、今橋さんたちの目はアゼから防風林へとむかっていく。防風林にやってくる小鳥や大型のワシは、スズメを追い払ってくれる。ササやキノコなども生える防風林は風だけでなく、天敵を育て害虫をも防いでくれる。
 「田園にクモ、トンボ、カエルや無数の虫たちがいて、小鳥がさえずる農村風景は、限りなく安全の証である」と今橋さんはいう。

◆生物の多様性がもたらす安定性とは

 周囲の自然が田畑の害虫を抑制してくれるのは、その自然に多様な生物がすんでいるからだ。多様な生物がいることによって特定の種だけが増えられないような、安定的な状態が保たれ、その力がいろんな形で田畑にも作用する。
 それでは、生物の多様性がもたらす安定性とはどういうものか。生物相が最も安定した系である森林の例をあげよう。長年かかってつくられたこの生物相では、特定のものだけが異常に増えることはない。ここにすむ昆虫たちは食う―食われる関係の中で、時により多少の変動があっても、それぞれの生物種の密度は一定に保たれる。ここにも、植物を食べる虫がいるが、たとえばこんなぐあいである。
 クロマツ林に葉を食べる松毛虫がいる。この若い幼虫は新しい葉を好んで食べるが、その量はごく少ない。これに対し、摂食量が多い老齢の虫は若葉を好まず、古い葉をよく食べる。古い葉が食べられると、新葉への日当りがよくなる。しかも、分解の遅い針葉を食べて糞にし、窒素やリンなど養分の循環を促進しているのだから、松毛虫はクロマツ林を支える重要な生物だということになる。長年かかってつくられた複雑な系では、それぞれの生物は食べて生きることで、その系を支えている(前掲「対立的防除から調和的防除へ」より)。
 それに対し農業は、自然を改変し、多様な生物を排除し、生物相を単純にするものだといわれる。しかし、農業は一方的に単純化を進めてきたわけではない。複雑化に向けた自然の力が働き、人間が加わって維持されるシステムが長年かかってつくられる。水田はその典型である。水田は、多様な生物を取り込む複雑なシステムとして維持されてきた。人間がつくる水田には、自然のしくみが生きている。こうした水田なら、天敵の供給源としての価値も大きいだろう。水田だけでなく、里山の二次林や防風林も、さまざまに生物の生活場所を提供してきた。カブトムシやクワガタは、農家がつくる堆肥を格好の繁殖地とし、薪や炭つくりのための雑木林をすみかとしていた。人間がかかわってつくられた複雑化した自然、それが日本の村の自然である。
 農業の近代化は、そうした伝統的なしくみをこわし、一方的に単純化を進めた。害虫の多発はその結果である。とすれば、作物も含めて地域の生物種そのものを多様にすることが基本的な課題になる。
 地域の多様な生物資源を生かすことで、生物相の多様性、それがもたらす安定性を保持していく。この春、農文協が発行した「地域生物資源活用大事典」は、「現実の農林水産業では、経済合理性を追求するあまり、主要な農作物と家畜の大規模生産や限られた種類の魚貝類の捕獲・栽培が重視されすぎている」(「発刊にあたって」編集代表・藤巻宏 農業研究センター所長)という、現状を憂える気持から生まれた。農業の近代化の結果、失われつつある地域の貴重な資源、地方品種などの、特性から栽培法、加工などの利用法をとりまとめたもので、取り上げた生物種は、植物、動物、きのこ・微生物まで、約400種に及ぶ。作物だけでなく、自然資源も多く取り上げている。
 生産そのものの多様化が、地域の生命空間を豊かにする。そして、その条件が整ってきたのが、現代という時代である。少品目大量生産から、加工も含めた多品目少量生産への切り替えが求められている。水田も創造的に活用したい。水田にソバをつくり、景観を豊かにし、ミツバチを呼び、ひきたての美味しいソバを楽しみ、加工して産直する。荒地に枝物や花木をつくれば、現金収入を確保しながら、昆虫を増やし、鳥を増やし、生物相を豊かにできる。

◆人間と天敵のための栽培方法の変革

 栽培方法そのものも改善したい。これに関して、奈良農試の井上雅央氏が、興味深い提案をしている(264頁)。具体的には、果樹の低面ネット栽培という新しい仕立方の提案なのだが、そのねらいは「防除効率のよい機能的な畑をつくって、年をとってもゆとり農業」を実現することにある。この仕立方の特徴はネットに低く枝をはわすことで、これにより人間が管理する空間は低い位置に限定される。従来の仕立方では樹全体が管理の対象となり、どんな害虫がどれだけいるか、天敵はどうかという観察はほとんど不可能で、これが虫を見ずして防除するという事態をもたらし、農薬が農薬を呼ぶという悪循環を招いている。この方式なら害虫をよく観察できるし農薬もかけやすい。さらに、空いた空間は作業空間や、天敵保護ゾーンにしていく。
 これまで、果樹の生産力ばかりが重視されてきたが、人間の都合と天敵の都合を考えて栽培法や圃場のデザインを変えていく。これも小力防除の、重要な課題だ。増収重点の栽培法とはちがった、構想がふくらんでいく。

◆防除は、仕事を楽しく、地域を豊かにする

 防除を農薬散布に限定してしまえば、害虫の発生消長をみるだけですむが、土着天敵を生かす小力防除では、地域の昆虫の生態を把握しなければならない。それを農家がやりやすいようにしよう、というのが井上氏の提案である。
 天敵を生かす総合的病害虫管理(IPS)は世界的な課題になっており、これを提唱しているFAOの報告書には次のように書かれている。IPSは「農民の参加と生物的防除を基本とする体系への漸進的移行である」とし、それは「農民が作物栽培において害虫管理を直接支配することを可能にする」と位置づけ、「農民は自らが作物の健康状態及び有用昆虫の活動を定期的に監視し、またその情報と自らの知識に基づいて、適切な防除手段を決定する」としている(「FAO世界の食料・農業データブック―世界食料サミットとその背景」下 国際連合食料農業機関編、発売農文協 より)。
 害虫管理を農家が「直接支配」するものとしてIPSを位置づけている点は、なかなか興味深い。確かに、農薬に依存した防除では、農薬の選択や散布の仕方の工夫はあっても、農家の創造性は発揮しにくい。それに対し、自分の田畑の昆虫生態を、作物や田畑や周囲とのつながりの中で把握し、構想をするのは楽しい仕事だ。「虫見板」もそのための武器である。そのうえで、農薬も使いこなす。もっとも、欧米とちがい田畑のありようも昆虫相も複雑な日本では、農家を支援する指導機関の役割も大きい。
 そして使える情報が必要だ。今年7月、農文協が発行している「病害虫診断防除編」の追録4号では、天敵を生かす防除体系とともに、「天敵巻」を新設、発行する。土着天敵のカラー写真とともに、その見分け方、生態、農薬の影響、そして採取・飼育・増殖法までを解説。自分の田畑にどんな天敵がいるか、それはどこからやってくるかを調べるのに、大いに活用していただきたい。
 今、防除は、仕事を楽しく、地域を豊かにする。
(農文協論説委員会)


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