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農文協トップ主張 1998年7月号

地域づくりの三種の神器
現代科学と先人の知恵むすび、地域を豊かな生命空間に

目次
◆今、農業は「六次産業化」の時代
◆「六次産業化」の土台に暮らしがある
◆自給が生みだした生物種の多面的・複合的な利用
◆地域生物資源の組み合わせがつくる豊かな空間
◆歴史的生命の物語を込める
◆地域づくり、物産づくりの三種の神器
◆地域と教育の再結合にむけて

◆今、農業は「六次産業化」の時代

 「農業の六次産業化」という言葉をよく耳にするようになった。農業の総合産業化という意味で、これからの農業は作物の生産(一次産業)だけでなく、加工(二次産業)、販売(三次産業)にも取り組む必要があり、1×2×3で、六次産業というわけである。
 この六次産業化論をいちはやく提唱した、今村奈良臣氏(日本女子大学教授・東京大学名誉教授)は、次のように述べている。
 「1990年(平成二年)には、国民の食料消費支出額は68兆1000億円であったが、このうち国内農業生産(水産を含む)に帰属した分はわずかに20.7%、流通経費27.6%、飲食店サービス18.5%となっている。国内農水産業のシェアは1960年の41%から90年の21%に低下し、逆に流通経費は19%から28%へ、外食サービスは6%から19%へ拡大している」。こうした動向は一段と強まっていく可能性があるが、「そういう動きを座して見ているだけでは、農業の展望は切り拓かれないのではなかろうか。農業を農産物原料の生産のみに閉じ込めて、付加価値を農業外の分野にさらわれるに委ねてよいのだろうか。農業がその主体性をもちながら、二次産業、三次産業に吸いとられていた付加価値をせめて幾分なりとも確保しつつ総合産業としての体質へ変わらなければならないのではないか、というのが私の提案の趣旨である」(「山形新聞」、平成8年8月10日付)。

◆「六次産業化」の土台に暮らしがある

 六次産業化は、経済行為として、加工から販売までを行ない、付加価値を高めるということであるが、たとえば、次のような取り組みこそ、六次産業化の核心をついているのではないだろうか。
 中国山地の山懐にある人口2000人の島根県柿木村は、20年前、干シイタケ生産で県随一を誇り、これにワサビを加えて現金収入を得、生活を支えてきた。だが、高齢化と輸入物の攻勢で生産は縮小、過疎化に拍車をかけた。「条件が不利な山村では、産地間競争の農業は成り立たない」、そんな思いが役場の若手職員をつき動かし、「売る農業」に決別する。こうして、女性たちを中心に庭先での無農薬の野菜栽培が産声を上げ、自給的生産の輪が広がっていった。95%が山林の村の農地はわずか150ha。300戸の全農家の自家菜園には40種類の野菜がつくられ、穀類やお茶など、農作物は80種に増えた。家の不足分は村の直売所でほとんどまかなえる。こうした村の取り組みに呼応する消費者グループがあらわれ、徳山、益田、岩国などの近隣の市の消費者との産直が広がっていく。そんななかで、梅漬け、手づくり味噌などの加工も盛んになっていった。「村に貴重な財産がこんなにあるなんて。自給的生産があったから換金できる農産加工に発展できた」と、農産加工組合の会長さんを務める河野昭子さんは語る(「日本農業新聞」、平成10年1月1日付より)。
 生産から加工、販売へ、柿木村の六次産業化は、農家の暮らしをよくする自給から始まった。「売る農業」から離れることによって、結果的として、消費者とのつながりが広がり、加工も販売も軌道に乗ったのである。
 加工、特産づくりで成功しているところには、哲学があり、物語があるということを聞いたことがあるが、まさにそのとおりなのだと思う。農家の暮らしや農業そのものが豊かになる。そこには、「村に貴重な財産がこんなにあるなんて」という発見がともなう。「売る農業」で見えにくくなっていた地域の生物資源の豊かさ、多様さをとりもどしていく、それが、農業の六次産業化だ。
 農業の近代化という「売る農業」の急速な展開は、地域の生物資源の活用を貧困にする過程でもあった。つくられる作物も家畜の種類も限られ、品種も広域品種が幅をきかせ、多様な地方品種が姿を消していく。消失した資源や情報の復活は困難を極める。こうした、「国家的損失」ともいえる貴重な生物資源の消失に危機感をもった国の研究者たちの思いから、一つの大企画が生まれた。この春、農文協が出版した『地域生物資源活用大事典』である。そして、「資源の保全は活用されることによってより確かなものになるものであり、そこで本書では、活用の立場から実践的な情報を収録することにしたのである」(編集代表
 藤巻宏・農業研究センター所長)。取り上げた生物種は植物、動物、そしてきのこ・微生物まで約400種、品目別に、(1)生物的特性、(2)利用特性、(3)資源の分布・保全、(4)栽培(飼育)、(5)育種・増殖、(6)利用法、(7)情報拠点の7項目についてコンパクトにまとめている。執筆者はその道の専門家270名に及ぶ。
 この『大事典』をもとに、地域の生物資源の活用による農業の六次産業化の方法を考えてみたい。

◆自給が生みだした生物種の多面的・複合的な利用

 まず、ひとつの生物種の多面的な利用である。昔から「一物全体食」という言葉がある。ダイコンでいえば小さな間引き菜に始まり、根だけでなく葉も上手に利用する。この事典では、生食用、食品加工用はもちろん、油脂用、香辛料、薬用、繊維・皮革用、染料、油蝋・燃料用、工芸、家具用、建築用、観賞・観光用、飼料用など、品目別に多様な利用法を網羅している。たとえばイチョウの利用法の項では次のように書かれている。
 イチョウの材木は、緻密でやわらかく、光沢があり、碁盤、将棋盤、彫刻用材、まな板から家具材まで用途は広い。実はギンナンとして食用となり、滋養強壮、せき止め、夜尿症に効果がある漢方薬としても利用されてきた。葉は、本などにはさんでおくとシミなど害虫がつかないといわれ、昔からしおりにもちいられている。さらに葉にはフラボン類などの薬効成分が多く含まれ、高血圧、動脈硬化の防止、ガンの予防、育毛効果などがあるという。「古くからチベットの僧たちは、葉のエキスを老化を防ぎ、若々しさを保つために使用してきた。ドイツ、フランスを中心としたヨーロッパでは、イチョウ葉エキスは高齢化社会を背景に循環器疾患の予防・治療薬として大きな市場を形成している」といった興味深い話もでてくる。
 こうした多面的利用には、先人の知恵がつまっている。米だけでなく米ヌカもモミガラもワラもとれるイネから、昔の農家は、ご飯だけでなく酒や糠漬け、さらに肥料からムシロなどの農具までをつくりだした。その基本に自給があり、自給が地域の生物資源の多面的な利用法をもたらした。この『大事典』は、自給の価値に科学の成果も含めて光をあてている。

◆地域生物資源の組み合わせがつくる豊かな空間

 地域生物資源は他の資源と組み合わせることでも、一段と価値が高まる。たとえば、アケビ。
 春先のアケビの新芽はお浸しや和えものに、果実は生食や水煮に。独自な苦味がある果皮は他の野菜との炒めものや、干して醤油味のアケビ煮に。一方、ツルは腎臓炎、膀胱炎のむくみなどに効く漢方薬として利用でき、さらに篭など素朴な味わいの細工ものにアケビのつるは最適だ。
 生食、食品加工、薬用、工芸品など多様な使い道があるアケビ、これに他の物産を組み合わせると、さらにおもしろい展開ができる。たとえば、山形県羽黒町の「あけび味噌」、独特の苦味があるアケビの果皮と味噌の相性を活かした特産品として好評だ。地域の加工品をあけびのツルで編んだ篭に入れて売るのはどうだろう。
 このような地域資源の複合的利用は、個性的なモノだけでなく、空間をもつくりだす。大分県大野町の林業後継者は自分たちで「木んこん館」という喫茶店をつくった。地元のイチョウの木の椅子に杉のテーブルを置いた店内、そこではオリジナルメニューや地域の酪農家の手づくりアイスクリームが好評だ。店の軒先には直売コーナーが設けられ、お年よりがつくった青果物や豆腐、お茶、木炭、竹ほうきなどが並び、地域の人々に喜ばれている。
 かつての一村一品運動のような単品の物産づくりとはちがい、地域の資源を多様に組み合わせることで、個性的で魅力的な空間が、物語がつくられていく。地域にある資源を掘り起こし、その活用法、組み合わせ方をデザインし、新しい地域づくりのイメージをふくらませる。そのための素材、部品を整備し、活用の方法・着眼点を満載したのがこの『地域生物資源活用大事典』だ。

◆歴史的生命の物語を込める

 物産に物語が込められるのは、そこに歴史があるからである。すべての生物資源は、人間との長いかかわりの歴史をもっている。本書では、縄文時代の重要な食料であったとされているクリ、ドングリ、ヤマモモ、ヤマブドウ、ワラビの根、各種の山菜、そしてイノシシやクマも取り上げている。その後の農耕文化の中で人々の命を支えたアワやヒエ、エゴマなどの雑穀類、そして、アイ、アサなどの繊維・染色素材、コウゾやミツマタなどの和紙素材、ろうの原料であるハゼなど、江戸期に花開いた特産づくりを支えた生物資源が網羅されている。これらの利用の歴史や栽培・品種の現状、さらに問い合わせ先まで記述されており、伝統的作物の復活、再生に大きな手がかりを与えてくれる。
 伝統的な発酵食品で活躍する微生物も、歴史的で地域的な生物資源だ。たとえば、クサヤ菌の項では、伊豆諸島でつくられるあの独特の臭気と風味をもつクサヤにどのような菌が関与しているかが書かれている。科学的にいえば、クサヤ菌という特定の微生物がいるわけではなく、さまざまな菌群の総称なのだが、この菌を維持している「クサヤ汁」は「古いものは四〇〇年以上経過したものもあり、短期間にはつくれない」。その菌集団は、まさにクサヤ菌と呼ぶにふさわしい。島によってクサヤ汁の食塩濃度がちがうというから、その菌の中身も微妙にちがうだろう。クサヤ菌はすぐれて地域的なものであり、それは、その地域の人々とムロアジなどの魚と微生物との共同作業によって生まれたものである。かつお節かびも、木曽の御岳山麓に伝承されている塩を使わないすんき漬け菌も、そして本書で数多く取り上げた野菜の地域品種も、その風土のなかで歴史的につくられたものである。
 地域の生物資源は人間のかかわりによってつくられた歴史的生命であり、それによって織り成されるのが農村空間なのである。農業の六次産業化とは、農村を歴史的生命空間として再創造していくことにほかならない。そこから、都市への魅力的な働きかけが生まれる。

◆地域づくり、物産づくりの三種の神器

 この『大事典』から『日本の食生活全集』につなげてみると、物語は一層おもしろくなる。『大事典』にでてくる生物種の伝統的な食べ方や暮らしの中での位置づけは、昭和初期の庶民の食事を聞き書きした『食生活全集』で調べるとよくわかる。たとえば、この全集の索引巻である『日本の食事事典・素材編』で先の「あけび」の項をひくと(本全集のCD-ROM版でひくのもいい)、生食のほか、すし、あけび茶、和えもの、塩漬け、でんがく、煮ものなど一九種の食べ方・利用法がでてくる。山形県羽黒町の特産品になっている「あけび味噌」もでてくる。実際、成功している特産品には、郷土の伝統を活かしたものが多い。技と物語が込められやすいからだろう。
 さらに、さかのぼれは、江戸農書の世界がある。6月に発行される『日本農書全集』第52巻「農産加工 3」では、漬物、豆腐、ゆば、生麩、味噌、醤油、塩などの古文書が取り上げられている。この中の「漬物塩嘉言」(塩加減をもじって嘉言=qめでたい言い伝え〉という遊び心も楽しい)は、江戸の漬物屋の秘伝技術を64種にわたり書き残したもので、塩漬けした秋なすを、春早く口をあける沢庵漬けの大根の間にはさんで漬ける「沢庵百一漬」など、ネーミングもつくり方も凝った漬物がたくさんでてくる。素材を組み合わせ、あるいは糠やみりんなどを巧みに使う、その技法は六次産業化にとって宝の山だ。
 現代の科学者が幅ひろい視点からとりまとめた『大事典』で地域づくり、物産づくりのアイデア、デザイン、構想を練り、『食生活全集』で庶民の暮らしと技を知り、『農書』に立ちかえって歴史を現代に活かす方法を考えてみる。大事典―食生活全集―農書、これを農業の六次産業化、地域づくりの三種の神器として活用していただければと思う。

◆地域と教育の再結合にむけて

 地域が豊かな歴史的生命空間になるとき、それは教育をはげます。地域の活性化にとって、農業の六次産業化とともに重要な柱は、地域と教育の再結合である。そして、この大事典は、教育関係者にも大きな価値がある。
 今、「生きる力を育む教育」にむけ、「いのちの教育」の重要性がいわれている。「いのちの教育」は、まさに命にふれることから始まるが、単に、命あるものにふれればよいというものではないだろう。命に人間の歴史をも感じる。そこで、地域生物資源が魅力的な教材になる。
 最近、学校でも、利用や加工を含めた栽培、農業学習が注目されるようになってきた。たとえばナタネをつくり油をしぼってお好み焼きを食べる。サトウキビをつくり汁をしぼって糖を得る。コウゾやミツマタとはいかないが、ケナフを栽培し、その繊維から紙をつくる。ワタをつくり糸まで紡いでみる。アイをつくり、その糸を染めてみると、世界はもっと広がる。牛乳パックで紙をつくり、リサイクルを考えるのもいいが、子どもたちには、植物から紙をとるというより本物の体験をさせたい。体験を通して肌で感じ、そして先人の知恵に思いをはせる。そんな「総合学習」に地域資源はぴったりだ。本書は、学校教育でますます重要視されてくる「総合学習」を構想する格好の素材であり、地域と教育の再結合の足がかりを豊富に与えてくれる。農家から学校へ、寄贈してはどうだろう。
 本書のウマ(在来馬)の項では、低カロリー、低脂肪の肉の価値とともに、こんな記述がある。「最近は社会ストレスが多く、いじめや不登校、少年犯罪等が問題になっている。その中で、心身を癒す乗馬の効果が注目され、学習障害、知的障害、肉体的障害、不妊などの治療(ヒポセラピー)が試みられ、馬の飼育施設をもつ小学校や老人ホームも出現している。乗馬施設を備えたペンションもある」。これには、日本在来馬の利用が広がることが望まれるという。日本在来馬は、おとなしく、体が小さいため女性、老人および子どもでも扱え、乗りやすい。地域の風土と農耕馬としての利用の中で、日本在来馬は生まれた。そんな歴史性も含む馬だからこそ、日本人の心身を癒し、固有の教育力を発揮するのだろう。
 掘り起こしたい宝がたくさんある。地域の生物がどれだけ豊かに活用されているか。それは、その地域の、その国の文化のバロメータである。 (農文協論説委員会)
『地域生物資源活用大事典』20,000円
『日本の食生活全集』全50巻 145,000円
『CD-ROM日本の食生活全集』120,000円
『日本農書全集』全72巻、各巻5000〜7000円


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