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農文協トップ主張 1999年8月号

「総合的な学習の時間」成功のため、
村の小中学校の図書館を
本気で整えるとき


目次
◆国ではなく市町村で教育内容をつくる時代が始まった
◆「総合的な学習の時間」成功の鍵は農家の協力
◆学校図書館の大きな役割と現状の貧困
◆調べ学習の学習環境をどうつくるか
◆トマトの絵本
◆村の力で学校図書館充実を

国ではなく市町村で教育内容をつくる時代が始まった

 いま、学校教育の巨大な変革が始まろうとしている。その目玉は、2002年から始まる「総合的な学習の時間」という授業時間の創設である。小学校(3年生以上)から高校までに新設され、とくに小中学校では、年間およそ100時間ほど(週にすると3時間程度)の授業が充てられることが決まっている。年間100時間とは国語、算数に次ぐ時間数である。このような大きい授業時間なのに、教科書はつくらない。また、文部省からこれを教えなさいという具体的な課題の指示はいっさいない。「総合的な学習の時間」の教育内容は学校ごとに考えることになっているのである。

 このように、授業の時間数とその創設のねらいだけを定めるという教育改革は、明治以来はじめてのことである。教育の根本を、国家ではなく市町村でつくる時代が始まったのである。

「総合的な学習の時間」成功の鍵は農家の協力

 この授業時間の創設のねらいについて、文部省初等中等教育局の嶋野道弘教科調査官は次のように述べている。

 「もうこれ以上(無意欲、無関心、無感動な子どもがふえているという問題の解決を)積み残すことはできないというわけで、教育のあり方、学校の役割や、それらのあるべき姿を根本的に問い直したのです。(総合的な学習の時間を設けた)ねらいは、(1)自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること (2)学び方やものの考え方を身につけ、問題の解決や探求活動に主体的・創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにすること――この2つです。」(4月11日出版ダイジェスト「希望とロマンをもって『総合的な学習の時間』への取り組みを」)

 一方的に教える詰め込み教育ではない。子ども自らが学ぶ教育に変え、子どもに生きる力をつけてもらうのがこの教科のねらいだというわけである。嶋野さんは続ける。

 「(総合的な学習の時間でとりあげる課題にはいろいろあり得るが)特に強調しておきたいのは、その学校の教育課題を考えるときに必要なのが、地域の把握だということです。地域の環境にはどういう特色があるか、地域にどういう人がいるか、地域にどのようなモノやコトがあるか、どういう文化があるか。それを間接的につかむのではなくて、直接、教師が地域に出て、教師自身が直接肌でふれて、耳で聞いて、足でかせいで、実感的に把握することが重要です。(中略)教師が地域に直接ふれることのおもしろさを感じ始めたら、『総合的な学習の時間』は軌道に乗ったも同然だと思います」

 明治教育改革は富国強兵の目的のもと、西洋流知識を学ぶことが至上命題であった。戦後の教育改革も、アメリカ流民主主義と科学立国に向けての科学知識の詰め込みであった。しかし、これからは「その学校の教育課題を考えるとき必要なのが、地域の把握である」というのである。そして、その「地域」には、もちろん、われわれ農家がいる。農家が育てている作物があり、生産の技術があり、暮らしをまわすために作り上げたさまざまな文化があり、産直や加工で消費者に健康と安心を届ける動きがある。これらは「地域」の土台の文化をなすものである。つまり、この農家の文化、動きを直接つかんで教育課題を定めたいという時代が始まったのである。

学校図書館の大きな役割と現状の貧困

 地域に直接ふれて教育課題を考え、「総合的な学習の時間」をすすめていくというとき、絶対に忘れてはならないのは学校図書館、そして公民館や公共図書館など、子どもたちの読書環境の充実である。「地域とふれあう中から自ら課題を見つけ、自ら学び……」という全く新しい学習方法は、生徒や教師が自ら立てた課題を深く楽しく追求していくことに応えられる情報環境がなければ成立しないからである。このことについて(社)全国学校図書館協議会(SLA)理事長の笠原良郎さんは次のように述べている。

 「このような学習活動は、毎週3時間、小学生が外へ見学に行ったり、カンパニアをやったりするというだけでは、到底持たないということです。基本は、地域に入って子どもたちとともに課題を見いだしていくための周到な準備や、子どもが自らの課題を深めていく場としての学校図書館の整備がなされないと、こういう学習は成立しません。」(4月11日出版ダイジェスト「『総合的な学習の時間』の成功は学校図書館の働きにかかっている」)

 学校図書館は昭和28年に成立した学校図書館法に基づいて設置されてきた。しかし、残念ながらこれまできわめて不十分にしか運用されてこなかった。その象徴的な例が、「司書教諭」という学校図書館の充実に不可欠の専門家を置かないままきている現状であり、その結果でもあるのだが、図書や資料も不十分なまま推移してきてしまっていることである。笠原さんは、「総合的な学習や調べ学習をすすめるには、それに対応できる学校図書館の広さと、相応の図書・資料の質や量、司書教諭・学校司書など人間の営みなどを保証する事が必要」と、強調している。

 学校図書館の現状について、雑誌『学校図書館』(SLA発行)の昨年11月号「98子どもたちの読書と学校図書館の現状」はさまざまな分析を載せている。一例を紹介すると、一校当たりの蔵書数は、小学校7068冊(前年比+307)、中学校9021冊(前年比+714)である。文部省が定めている「学校図書館図書標準」に比べてもまだまだ足りない。また、小学校の年間の図書購入費はわずか1000円の学校から、326万円のところまで大差があるという(平均は小学校で47万円、中学校で71万円)。

 では質的な面ではどうだろうか。SLAの調査では、「総合的な学習の時間」にとって決定的な「調べ学習」という方法について、「好き」と答えたのが小学校で52%、中学校で31%に対し、「嫌い」と答えたのが小学校で48%、中学校で69%である。嫌いな子どもが多い背景に「調べ学習に対応できるように学校図書館が十分に整備されていないことや、自分で調べることができるように利用指導が十分おこなわれていないこと」があるのではないかとSLAではまとめている。地域の文化や作物の生き様、村の自然を理解したり、他地域と比べての自分の地域の独自性を把握するなどの調べ学習にむけた蔵書は決定的に不足している。

調べ学習の学習環境をどうつくるか

 農文協が学校教育への関わりを開始したのは1980年代後半のことである。農業を守るには農業以外に働きかけなければならない、その中でも子どもの未来をつくる学校教育が基本であると考えての選択であり、出版内容の大幅な変革であった。絵本分野では「自然の中の人間シリーズ」のPHPとの提携販売に始まり、長野県飯田市中央農協が企画・編集した「ふるさとを見直す絵本」の発行、つづいて「自然とあそぼう 植物編」の発行を行ない、小中学校図書館への設置働きかけを開始した。子どもの世界が昔と違って自然から切り離されており、自然を知識としてしか認識させない教育の現状があることを克服して、自ら調べ学習するときに役立つ本を学校にそろえる事がどうしても必要だと考えての絵本発行の開始であった。

 かたや、1986年に「自然と食と教育を考える研究会」を発足させ、毎年、多数の教師、教科書出版社、マスコミなどを集めて教育の在り方、内容を話し合ってきた。この中で雑誌「自然教育活動」(現在は「食農教育」に発展)を発行して教育を変革する持続的な機関誌を発足させた。また、このながれの中で全集「江戸時代人づくり風土記」、「聞き書 日本の食生活全集」を発行してきたのである。

 全国300地域、5000人の農家のおばあちゃんから村で生きる技とともにその背景にある暮らしの考え方を聞き書きした「食生活全集」。また、各県の郷土史家や学校の教師がむらづくりや産業の形成、災害対策などについて丹念に資料を収集し、中学生にも読めるように丁寧に編集した「人づくり風土記」。この二つの全集はあるテーマ(例えば豆腐、そばなどの食べもの、開田、防風林、特産などの事柄)で各県、各地域を比べながら調べ学習するのには最高の資料である。他を知ることによってかえって、地元で独自に個性的に形成してきた技術や産業、文化の意味の理解を確実にすすめることができる。

 したがって、現在ではすでに24シリーズ200冊を超える「絵本群」、全50巻の「江戸時代人づくり風土記」、同じく全50巻の「聞き書 日本の食生活全集」の3つは、いわば「総合的な学習の時間」の調べ学習を目標につくってきたものなのであり、この3つの図書が図書館に整備されれば、「総合的な学習の時間」のための資料をかなりの程度整えることができるのである。絵本「そだててあそぼうシリーズ」の中の『トマトの絵本』の例で見てみよう。

トマトの絵本

 この絵本の著者はあとがきで次のように語っている。

 「生命のふしぎに感動し、生きものの成長や発育に興味をいだき、植物を愛する心が芽生える人がふえれば、地球環境の将来は明るいでしょう。そのためには、実際に、植物を栽培し、観察し、収穫し、調理して、その植物をまるごと楽しむことが、いちばんです。」(森 俊人)

 森さんは兵庫県立中央農業技術センター農業試験場の元場長だ。トマトを中心として園芸関係の研究に従事してきた。たくさんのトマトや園芸の専門書も書いてきたが、子どもに向けたメッセージとして絵本をまとめたのである。かいつまんでこの絵本の中身をのぞいて見よう。

 ――世界中の人がトマトを食べているのはトマトがおいしいからだが(いちばん食べているのはギリシャ)、それは他作物と比べてグルタミン酸量が抜群に多いからである。また、ビタミンCも多いから西洋では「トマトが赤くなると医者が青くなる」と言われている、このような話から絵本は始まっている。絵がイメージを広げるように描かれていることはもちろんだ。さらに、トマトは「葉、葉、葉、花」という四拍子のリズムを持って育っていくからいつも玉は同じ側につくとか、茎を解剖してみるとわかるがトマトの玉を太らせる葉は上と下の2枚の葉であること、トマトが大きくなるのは夜であること等のトマトといういのちの生き様を、作業の仕方や観察法を含めて教えてくれる。さらに、3〜4段が太りはじめる頃には1本の樹が一リットルもの水を吸うこと、追肥も必要なこと、そして「たいへん!トマトが病気!」というページでは病気、センチュウ、生理障害の写真と対策、診断法が出ていて、思わず気を引き締められる(育てるというのは甘くない!)。そしてたくさん取れたなら、そのままで、またおいしく料理したり、ソースやピューレに加工したりすることが描かれていて、トマトを食べられることのうれしさを感じ、トマトに感謝したくなる。最後はトマトの「大航海」だ。それによると、トマトは遠くインカ帝国が栄えた南米アンデス山脈に野生し、メキシコのアステカ文化が改良したトマトルが元だ。ジャガイモと一緒にヨーロッパに渡り、南欧ではケチャップで、北欧では生食でと利用が開発され、日本には330年前の江戸時代初期に入ってきた。――

 大急ぎで紹介したが、何気なく食べ、またつくってきたトマトには壮大な世界史、人類共同でつくり上げた文化が背景にあったのである。また、あらためてトマトの生理、生態に迫ることで、人間とは違ういのちの営み、生き様があることを知る。人間とは異なる他のいのちの営みがわかることは、人間がそれによって生かされていることをあらためて感じさせられ、またそのような作物になるまで共生的に育てあげてきた農業という産業の根本的な意義にまで見方が広がる。

 つまり、トマトを単なる商品生産対象として見る、あるいは単なる自然科学の対象として見るのとは違った世界が、この絵本にはあるのである。人が生きるという暮らしづくりの論理からトマト(と人間の関係)を見つめているのが『トマトの絵本』なのである。

村の力で学校図書館充実を

 そして実は、これは農家の論理なのである。

 「農業を農業生産の次元に限定してとらえることをしない。農家は米をつくるのではなくて田をつくる。山と川を活かして田畑をつくり“むら”をつくる。人々が暮らす場をつくるのである。それが根元的次元での農業である。農業は人々の暮らしをつくる特別の産業である。」

 この文章は1990年4月に始まった農文協の第4次10カ年計画の基本方針文書の書き出し部分である。農業を単なる生産次元では見ず、暮らしをつくる特別な産業として見るのだというこのとらえ方を教えてくれたのは「食生活全集」で取材した5000人のおばあちゃんたちであり、また、「現代農業」を育ててくれた各地の数えきれないくらいの農家である。その捉え方の上に「江戸時代人づくり風土記」や230冊に至る絵本群が刊行されてきた。

 だから、絵本、食生活全集、人づくり風土記、この三つが学校図書館に設置されるということは、人間社会を支えている農業、日常文化の意味、原理というものを、子どもたちが調べ学習する環境を整えることなのである。

 絵本群約45万円、食生活全集14万5000円、人づくり風土記22万4500円。すべてそろえると約80万円。決して安いとはいえない。しかし、農家、学校、教育委員会、議員、PTA、篤志家など、市町村のあらゆる人々が知恵を絞って、この全体を学校図書館や地域の公民館などに設置することで、「総合的な学習の時間」の成功の土台が整えられる。市町村とそこに住む人々自身による「教育改革」をすすめることができるのである。

 文部省は今年も、学校図書館図書整備費として100億円の交付税措置をとった。これは7年連続の増額措置である。市町村の議員や首長に働きかけ、文部省の措置を無駄にせず学校図書館の充実を図りたい。

  農村部は一般的には読書環境が悪い。書店も図書館もない市町村は4割もあり、その多くは農村部である。しかし、今回の教育改革を機に、村の小中学校読書環境をぜひ都会の小中学校以上の水準にしたい。本来、「人々の暮らしをつくる特別の産業である」農業のある農村部こそ、最高の教育をつくり全国の模範となることができるのである。
(農文協論説委員会)

〈ふるさとの知恵 江戸時代人づくり風土記〉全50巻 各県版+索引巻
〈日本の食生活全集〉全50巻 各県版+アイヌ+索引巻
〈農文協発行の絵本〉
●そだててあそぼうシリーズ
 トマト/ナス/キュウリ/カボチャ/メロン/イチゴ/サツマイモ/ジャガイモ/トウモロコシ/イネ/ムギ/ソバ/ダイズ/ラッカセイ/ワタ/ヒマワリ/ケナフ/アイ/カイコ/ニワトリ/ダイコン/サトウキビ/ヤギ/ヘチマ/コンニャク(ダイコン以下未完)
●校庭の自然と遊ぼう 全10巻 山田卓三編
●自然の中の人間シリーズ
 昆虫と人間 全10巻/微生物と人間 全10巻/土と人間 全10巻/森と人間 全10巻/海と人間 全10巻(以上、農水省農林水産技術会議事務局監修/川と人間 全10巻 農業土木学会監修/農業と人間 全10巻 農林水産技術情報協会西尾敏彦編(本年度完成)
●アフリカの動物たち 全5巻 黒田弘之文・写真
●きみのからだが進化論 全5巻 黒田弘之文・図 下谷二助絵
●きみのからだが地球環境 全5巻 小原秀雄編 下谷二助絵
●自然とあそぼう 中嶋博和構成
 植物編 全10巻/動物編 全10巻
●ふるさとを見直す絵本 全10巻 長野県飯田中央農協企画・編集 熊谷元一・肥後耕寿絵
●岩手の農と食を見直す絵本 全4巻 岩手県農協中央会企画
●かこさとしシリーズ かこさとし構成・文
 からだとこころのえほん 全10巻/たべものえほん 全10巻/食べごと大発見 全10巻/あそびの大宇宙 全10巻/あそびの大惑星 全10巻/あそびの大星雲 全10巻
●だれも知らない動物園 全10巻 中川志郎監修
●すてきな地球 全10巻 おちのりこ文
●ニラムおじさんのくらべてみよう「あれ」と「これ」 全10巻 本田睨構成・文

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