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農文協トップ主張 1999年10月号

産直・加工の広がりで、今、
「農家が肥料をつくる時代」

米ヌカ利用から広がる、循環型市町村づくり


目次
◆産直・加工によって広がる農家・農村の肥料づくり
◆米の命の本体、米ヌカパワーが拓く地域の有機物循環
◆米ヌカによる生命空間づくりは子どもたちにも魅力的
◆「農家が肥料をつくる時代」は、作物―土―田畑の生命空間を一緒によくする
◆江戸期のゼロ・エミッション(廃棄物ゼロ)社会に学ぶ
◆有機物の地域循環を土台にした新しい市町村自治

 田んぼへ、畑へ、各地で大きく広がる米ヌカ利用。米ヌカ利用は今、「農家が肥料をつくる時代」を切り開いた。これまでの化学肥料を中心とした施肥が、ともすれば地域の有機物利用・循環を貧弱にし、農家・農村からお金がでていく方向で作用してきたのとは反対に、農家がつくる肥料は、地域の資源と田畑をつなぎ、農村空間を豊かにし、農家・農村を潤す。

 農家・農村の肥料づくりが町や村を元気にする、そんな新しい時代が始まった。

産直・加工によって広がる農家・農村の肥料づくり

 秋田県大潟村の米産直農家グループ「あきたこまち生産者協会」では、「米ヌカ発酵肥料」の工場をつくった。有機米づくりにむけ、各種の有機質肥料について、安全性、食味への影響、供給の安定性などを検討してきたが、これらの条件を満たすものはなかなか見つからない。一方、米の産直で精米するから米ヌカはたくさんある。いっそのこと、自分たちで肥料をつくってしまおうという話になったのである。今年は多くの水田が、チッソ肥料としてはこの米ヌカ発酵肥料の元肥だけで栽培されている。

 「自分で栽培した米から肥料をつくり、その肥料で有機米を栽培する。循環持続的な米づくりが可能になります」と代表の涌井徹さん。米ヌカはコメの収量の一割、反当で60キロほど得られ、これを発酵させると約45キロになる。この発酵肥料の施用量は反当30〜60キロだから、施用量はその田でとれた米ヌカの量にほぼ匹敵する。単に有機質肥料を使ったから「有機米」なのではなく、循環的・持続的なしくみから生まれる「有機米」なのである(本誌102ページ)。

 そして米ヌカは、さまざまな食品加工で生まれる副産物の活用に要の役目を果たしている。

 茨城県JA岩瀬町では平成9年に堆肥センターを建てた。堆肥センターといえば家畜糞を堆肥にするところというのが常識だが、ここの堆肥センターはそうではない。素材は米ヌカ、モミガラ、オカラ、鶏糞で、鶏糞以外はすべて地元産。JA岩瀬町では、「太陽ひかり米」という銘柄でいち早く米産直をすすめるとともに、転作ダイズによる豆腐や味噌などの加工・販売にも取り組んでおり、オカラや米ヌカが豊富に得られる。そこで、腐りやすいオカラをまずモミガラくん炭と混ぜて一次発酵させ、そのうえで米ヌカと鶏糞で発酵させるという、地域の肥料づくりシステムをつくったのである。米ヌカを使うことで発酵がよく進み、養分的にもバランスのとれた良質の肥料ができる。「いずれはこの『くん炭有機』だけでコメをつくりたい」という副会長の菱沼秀昌さん。今、自分の田んぼで実験中だ(100ページ)。

 地域の産直・加工が地域産の肥料を生み、その肥料が作物を健全に育て、それがますます産直・加工を豊かにしてくれる、そんな循環が米ヌカを要にして始まっている。

米の命の本体、米ヌカパワーが拓く地域の有機物循環

 ところで、なぜ、米ヌカなのだろうか。

 全ての植物は子孫を残すために全遺産を濃縮して種子に詰め込んでいる。イネの種子は表皮部、胚芽部、胚乳部と、それらを保護するモミガラからできている。胚芽は子孫そのものであり、これを生かすためのデンプンというエネルギーを貯えているのが胚乳部(白米)だ。そして、胚芽と表皮部を合わせたのが米ヌカであり、米ヌカが「米の精」といわれるのもそのためだ。

 この米ヌカの最大の特徴はリン酸やミネラル、ビタミンなどに富み、微生物による発酵の起爆剤としての力が大変強いことにある。おいしい糠漬けができるのは、米ヌカによって酵母や乳酸菌などの有用微生物が増殖するからである。田んぼにまけば表層の微生物が繁殖して「トロトロ層」ができ、畑にまけば土の表面に菌糸がビッシリ見えるほど微生物が繁殖し、その結果、ミミズなどの小動物が増えてくる。米ヌカで元気になった微生物は土のミネラルなどを有効化し、米ヌカの成分と合わさって作物の生育を健全にし、病原菌の繁殖を抑え、味・品質をよくする。雑草を抑える効果も、この強い微生物繁殖作用から生まれる。急速な微生物の繁殖によって土壌の表層が一時的に酸欠状態になったり、有機物の分解にともなって発生する有機酸が雑草を抑えるのである。

 このように、米ヌカの多様な効果は、微生物との関わりから生まれる。そこが化学肥料とは異なる「農家がつくる肥料」の特徴なのだが、しかし、米ヌカには優良な資材というだけにはとどまらないもっと大きな価値がある。土着の微生物の世界を、身近に実感させてくれたことである。竹林から採ってきた土着菌を米ヌカで培養する過程は、目には見えない微生物の存在をリアルに見せてくれる。米ヌカをまいたあとの田畑の土の変化も、そこに微生物が動いているという実感を与えてくれる。

 そして、土着微生物に注目するとき、地域の有機物の価値が見直される。これまで未利用だった青草や野菜クズなども米ヌカで発酵させると効果の高い青草液肥になる。これは米ヌカで活力を得た微生物のはたらきによって、青草に秘められたパワーが引き出されたとみることができる。米ヌカによって地域の資源の価値が見えてくる。米ヌカが地域の資源と田畑をつなげる。

 米ヌカ利用を契機に農家の有機物利用が新しい形で展開しはじめた。そこが肝心なところである。

米ヌカによる生命空間づくりは子どもたちにも魅力的

 そこでは、地域の有機物を生かす多様な工夫が生まれる。地域の資源は使い方によって様々な反応や効果をもたらすからである。米ヌカそのものも、使い方によっては、微生物の繁殖にともなう土の一時的な酸欠などで作物に害を及ぼす。そのしくみが一方では雑草抑制にはたらくわけで、そこからイネに害がなく雑草に効果がある方法が工夫されることになる。その様相は田んぼによってちがってくるため、簡単にはマニュアル化できない。そこから各地で、多様で個性的な活用法が生まれる。といって難しいというのでもない。発酵させたり、施用時期を工夫すればそうした害は防げるし、畑で生ヌカを使う場合は、土の表面に施用すれば害はでにくい。要するに、誰でも簡単にできて、しかも奥が深い。だからおもしろい。

 石川県津幡町ではお母さんたちの間で米ヌカや、土着菌の米ヌカボカシが大きく広がっている。米ヌカの施用が遅くて草が生えてしまったり、ボカシの施用量が多すぎてマコモが立派に育ちすぎて期待したほど収量がとれなかったりと、「失敗」するたびにますます研究心が旺盛になっていく。米ヌカボカシは野菜畑にも使われるが、普通は植穴施用や溝施用、葉物は全面まき、ナスのように作期が長いものは追肥にも使い、またボカシを水に一晩つけてつくった水肥を土壌潅注するなど、次々に工夫が生まれる。なによりうれしいのは、野菜がおいしいことだ。「もう、野菜の味がぜんぜんちがう」「今年のカボチャ、1ツルに10個もなって、それがまたおいしいんや。ナスビもたくさん。ふれあい市にだすとあっという間になくなるんや」といった会話がとびかう。池内玲子さんのところでは、今年の夏休みの前日に、地区の小学校五年生が、社会科の授業の一環とかで、土着菌の元種培養を体験した。そして、家の裏山からとってきた落ち葉に米ヌカに混ぜて持ち帰っていった。これに、給食の生ゴミを混ぜて肥料にしたいとのことである(78ページ)。

 米ヌカから始まる命の世界は、子どもたちにも魅力的だ。

 農場をもち、学年別に栽培学習に取り組んでいる香川県三野町の下高瀬小学校の五年生は今年、田んぼに米ヌカをまいた。地元で米ヌカ除草に取り組んでいる農家の協力を得ながら、葉にかからないように丁寧に米ヌカをまいていく。毎朝、田んぼに出かける子どもたちは、田の水の濁り具合を観察し、隣の田に比べてカブトエビが多いことに気がつく。「米づくりの体験、特に水田に集まり、生活する生物たちの連鎖や、稲の成長の様子を手にとって観察する。これは環境について学ぶ原体験になる」という森田直樹教頭。イネの学習だけでなく、イネが育つ田んぼ、そこにある生きものの世界、そのつながりが「総合的な学習」を豊かにするのである(88ページ)。

「農家が肥料をつくる時代」は、
作物―土―田畑の生命空間を一緒によくする

 土着微生物に着目するとき、田畑が今までとはちがったふうに見えてくる。微生物や小動物が棲息し、作物が育ち、季節とともに命がめぐりゆく生命空間としての田畑。そして田んぼを生命空間として見るとき、各種の有機物もこれまでとちがった生かし方が生まれる。

 宮城県田尻町の小野寺実彦さんは、不耕起の田んぼに生の牛糞を春先に反当1トンほど散布している。不耕起だから表面にまくだけだが、その場合、完熟堆肥よりも生のほうが、微生物がよく繁殖し、ミジンコが増え、サヤミドロのような藻類が増えてくる。サヤミドロなどの藻類は酸素を発生させるようで、除草効果も期待してコイと金魚を放したところ、ビックリするほど大きく育った。金魚は色も鮮やかで、近くの幼稚園にプレゼントして喜ばれ、また直売に飾っておいたところ、早々に売りきれてしまった。

 そんな小野寺さんは、昨年から今年にかけての冬は、近くに飛んでくる白鳥やガンのエサ場にするために、二町の田んぼに水を張ってみた。すると期待どおり多くの鳥がやってきて、近所のお年寄りが孫をつれて見にくるようになった。小野寺さんは、田んぼの端に魚の越冬池を掘る予定だ。不耕起田の生牛糞利用が、微生物、藻類、魚、鳥へつながる生物がにぎやかな田んぼの空間をつくる(272ページ)。

 農業の近代化のなかで、作物を増収するための過剰な施肥が土の悪化、土のはたらきの低下を招いたことがあった。その反省にたってその後、土のはたらき、土が持つ養分供給力を生かすための施肥改善が進められた。そして今、施肥が地域の資源をつなげ、作物―土―田畑の生命空間を一緒によくしていく。「農家が肥料をつくる時代」は、そんな新しい施肥・土つくりの時代なのである。

江戸期のゼロ・エミッション(廃棄物ゼロ)社会に学ぶ

 地域の有機物の循環、それは地域の生命が生みだす全てを生かすしくみである。本来、農業にゴミはない。自然界にゴミはないのと同様である。自然界では植物―動物―微生物を基本とする生命連鎖=食物連鎖によって、その過程で生み出される全てのものが生かされる。農業もそのしくみのうえに成り立つものであり、この連鎖に人間が入って命がめぐるのが農業である。農業は、生産することが同時に再生産につながるしくみをもっている。作物は種子から種子へとつながり、その過程で生まれる有機物は全て、その再生産を助ける資源として、自然と人間の力によって生かされ、そして土に返る。イネにしても、米ヌカだけなくモミガラも茎(ワラ)もある。米を守るモミガラはケイ酸質の硬い組織でできていて、米ヌカとは反対に微生物のエサになりにくく分解しにくいが、それはそれで生きる。畑に使えば排水をよくし、保水性も高める。

 人間は、生産が同時に再生産になるという農業的システムのもとで、その長い暮らしの歴史を歩んできた。江戸時代は、そうしたシステムが高度に発達した時代であった。

 生活に必要なことごとくを国内自給し、3000万に及ぶ人口を輸入に頼ることなく養うことを可能にした江戸時代。その暮らし、食品から日常生活用品までを支えたのは、農作物を含む植物資源の徹底活用であった。たとえば、江戸時代の生産革命のなかで国産化に成功し、庶民にまでいきわたるようになった綿を、人々は浴衣から寝間着へ、さらにおしめに、最後は雑巾にと、ぼろぼろになるまで使った。綿の副産物である綿実から油を搾る技術が開発され、その粕は肥料にされた。搾油業が同時に肥料製造業にもなった。一つの素材の多面的かつムダのない利用が徹底して探求され、繰り広げられ、こうして、ゼロ・エミッション(廃棄物ゼロ)のしくみがつくられたのである。そして、農村と結びついた紡績業、醸造業、食品加工業、製紙業、搾油業などの加工業の発展は、個性的な在郷町、地方都市を生むことになった。江戸後期の100年間に、三都や地方大都市の人口は約10%も減少しているのに、地方中小都市や在郷町の人口は増加しているのである。

 しかし、近代化を支えた大量生産・大量流通は、この伝統的なしくみを大いに破壊した。大量生産・大量流通の加工業は地域の資源ではなく、輸入農産物との結びつきを強め、農家は生食用、あるいは原料用の単一目的の生産に向かい、その結果、膨大な廃棄物が発生するようになったのである。大量生産・大量流通、その効率性は生産の目的を単一にすることによって実現するものであり、それにあわないものは不用なものと見なす論理が働く。だから、廃棄物問題を解決しようとすれば、生産のしくみそのものを変えることが基本になる。それが、産直・加工を軸とした少量多品目の地域的、個性的生産なのだ。そのとき、生産とその過程で発生する全てのものが、地域の生命空間を豊かにし、地域を美しくする方向にはたらく。すでに、市町村ではさまざまな取り組みが始まっている。

有機物の地域循環を土台にした新しい市町村自治

 北海道北竜町ではヒマワリで、景観つくりと健康づくりが進められている。自給によって家族の健康を守るため、食生活の改善を進めていた農協女性部は、ヘルシーなヒマワリに着目。500戸の農家が「1戸1アール運動」として作付けがはじまり、その後、ヒマワリ迷路や、油や菓子など各種の加工品も開発された。そして油の搾り粕は良質な肥料になる。今では、北竜町の98%が有機栽培米で、それを支えているのが、ヒマワリ油の搾り粕と魚粕を混ぜてつくった肥料である。地元の北竜中学校では全校あげてヒマワリ学習に取り組み、開花期に開かれる「ひまわり祭り」には、全学年が2日間畑にでて、ガイド役を務める。ヒマワリによる栽培―加工―肥料づくりの連鎖が、美しい地域空間をつくり、人と人をつなぐ(注1)。

 滋賀県愛東町では、「菜の花エコプロジェクト」がスタートした。菜の花畑を増やして菜種油を採り、地元の家々が料理に使う。油粕は肥料に、さらに使用後の菜種油は町で回収して、環境負荷の少ないディーゼル車の代替燃料にするというのが、この青写真だ。愛東町ではゴミの減量化にむけてゴミの分別・再利用を徹底して進め、また、8割の世帯が生ゴミを堆肥にするコンポスト容器を導入している。その成果もあって、現在の住民一人当たりのゴミ量は、県内市町村平均の5分の1だという。小川の水質もよくなり、ホタルも少しずつ戻ってきた。そんな取り組みのなかで生まれたプロジェクトである。この構想は、ドイツでの取り組みがヒントになっている。ドイツでは菜種油を使ったディーゼルのタクシーが普通に走り、専用の給油装置をもつガソリンスタンドは800カ所以上もある。菜種の作付け面積も95年には30万ヘクタールにもなった。

 そしてわが町をふりかえると、かつてはどこの農家でも一反ほど菜種を栽培し、油を搾っていた。そんな歴史を現代に復活させようと町の女性グループが中心になって進めているのが、このプロジェクトである。町が借りた休耕田に植えられた菜の花の開花期には町民のほか、観光客も多数訪れ、収穫作業には地元の小学生も参加して鎌で刈り取りをする。現在、月200リットルのナタネ燃料が生産され、クリーンエネルギーとして町の公用車2台と福祉協会の車椅子用のリフト車2台に使われている。

 「子どもの時分は、菜種を落としたサヤ付きの枯れ枝を竹の先につけ、よくホタルをとったものです」とグループのメンバーであり、このプロジェクトの協力農家でもある堤昭子さん。21世紀には、小川に無数のホタルが舞い、子どもたちが昔のようにホタルがり遊びをする風景が甦るにちがいない(注2)。

 産直・加工を軸とする「生産革命」は、地域の有機物循環を創造し、美しい地域の景観をつくり、子どもたちの教育環境を豊かにする。循環的な「モノの流れ」「生命の流れ」を土台にして人と人が結びつく、ここから市町村の自治が展開する。自治の根底には自給がある。大量生産・大量流通ではなく、生活直結型の多品目少量生産、地域的で個性的な生産が、ゼロ・エミッションの美しい市町村をつくる。

 「農家が肥料をつくる時代」、それは自給と自治にもとづく新しい市町村づくりの時代でもある。

(農文協論説委員会)

 注1、2 北竜町、愛東町の取り組みは現代農業8月増刊「ボランタリーコミュニティ」(22、30ページ)を参照


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