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農文協トップ主張 1999年12月号

「村の福祉力」を生かそう

目次
◆昔のはなし
◆今のはなし
◆明日のはなし
◆足らずまい

▼昔のはなし

 ちかごろ高齢者というのは、65歳からの人を指すのだそうだ。この文章を書いている私も、65歳を超えた。ポックリ死ぬというのが願ってもないことで、ポックリがきてくれるまでは楽しく老いたい。これは私ならずとも、誰でも思うことだろう。

 でも、なかなかそうはいかない。

 30年もまえ、私が若かったころ、こっちの村あっちの村をたずね歩いていた。そのとき、こんなことに出あった。3つある。

〈その1〉 庭のよく見える座敷に招き入れられて、一生けんめい、その人のイネつくりの話を聞いていて、とくに、穂が出てから尿素をふるかふらないかという話になって、つい「それはふらない方がいい」といってしまった。そうすると、急に議論になって、「あんたはイネを知らないからそういうことをいう。イネは穂が出てからも根に力があれば、尿素を吸う力はあるのだ。それをみきわめるのがイネつくりなんだ」、「それはわかるけど、穂が出てからもふったら、米がまずくなる」、「でも、たくさんとれるぞ」。

 たしかに「あんたはイネを知らないから」といわれれば、私よりずっと、いま話をしている人の方が知っているにちがいない、と思ったとたん、議論をしたくなくなって、ふと庭を見ると、右から左へ、かなりの早足ですぎていく老人の姿が見えた。そして、一分ぐらいたつとまた、その人が、右から左へとよぎる。それを3回ぐらい、見るともなく見ていたら、ついさっき議論をしてしまった人がいうには、「ああ、あれはオレの母さんで、ちょっとボケたんだね。気分がいいときはああやって、グルグル回っている。でも、屋敷まわりの溝にはフタをしたし、穴などは埋めたから、危険なところはない。母さんが元気で回っている分には安心なんだ。見ていて、あれ、ちょっと間があいたなと思えば、ウラの畑でナスなどもいでいる。ボケてても元気、だいじょうぶなんだよ」。

 もう夕暮れになっていて、どうでも夕飯食べていけとさそわれて、えんりょもせずにごちそうになった。食卓にはそのおばあさんがずっとついていて、「うちのみそ汁は嫁のみそだからウマイだろう。ミソのつくり方はオレが30年かかって伝えたのだ」と何度もいう。ボケても、こういう話ならいいな、と思った。

〈その2〉 長野県の伊那市に光久寺というお寺があって、そこの住職の小林文成さんを訪ねたことがある。小林さんは、「楽生学園」という老人学級を昭和29年に始めたひとだ。

 訪れて、小林さんや、学級のご老人たちの話を聞くと、この人たちはお互いに助けあって生きているんだということが、すぐにわかった。たとえば脳溢血でからだの動きが不自由になり、ことばもよくいえなくなった人をかわるがわる毎日のように入院先に訪問して、オハヨウとかキョウハオテンキなどと、何回もゆっくりと話しかける。すると病人は、そうして話してくれる人の口の動きをじっと見つめながら、同じように口を動かす。声は出ない。でも、何カ月かたつうちに、かすかに、オ、ハ、ヨ、ウ、というかすれ声が出るようになり、一年もすると、かすれも消えて、はっきりと、よく通る「おはよう」のあいさつが交せるようになったという。また右手がしびれてしまった人とは、一緒に雑巾をぬった。運針がはかばかしくいかないから、一人だったら投げ出してしまうのだけれど、そばで仲間がぬっていてくれれば、ゆっくりでもぬいつづけられる、一日一枚でもぬいおわれば、元気がわいてくる。そういって、右手の不自由な人は、ぬいためた雑巾を、宝物のように見せてくれた。

〈その3〉 農家に泊めてもらって、寝るまえのひととき、なんとなくテレビを一緒に見ていた。その番組は「来るべき高齢者社会について」という解説番組だったのだが、なぜか画面には、安楽椅子で楽しげに読書する老人と、クワを手にして畑を起こしているシワの多い老人の絵が出てきた。そして安楽椅子は欧米の老人、クワを手にした老人は日本の老人なのだという。一緒に見ていた農家の人はなにを勘違いしているんかねえ、高齢になってからも働けるのがわしらの願いなんだが、と笑って、テレビを止めた。欧米にくらべて日本はまだ歳をとっても働かなければならない遅れた国だと、テレビはいいたかったのかなどと、その人と楽しく話をつづけて、夜明け前に寝た。

 以上3つは、かれこれ30年近くもまえの話ではあるけれど、なぜかはっきりと、しっかりと、私の頭のなかに刻まれて、きのうのことのように思い出す。

▼今のはなし

 そのころにくらべて、今は、福祉や介護のことは、だれでも語るようになっていますし、また、公的な支えも充実してきたようです。

 ただ、ちょっとふしぎに思うことがあるのです。私は65歳を過ぎていますから、高齢者に属します。元気ですが、徹夜して仕事したり遊んだりというわけにはいきません。それなりの、ふつうの老人です。その立場に立って、高齢者問題とかなんとか、いかめしい本を読んだりテレビを見たりしていると、ふと、ふしぎな気持になります。

 たとえば敬老の日のテレビで、特養ホームでの行事などが映し出され、紙風船の玉つきなどを車椅子のご老人がやっておられる。そこに小学校児童のグループが訪れて花束などをあげる。ご老人のにこやかな姿が大映しされる。そしてキャスターが現われてニコニコして、さも、ほほえましい光景とでもいうようなことをいって、サッとつぎのテーマに移ります。

 あれは、私が車椅子に乗っていたとして、そのテレビニュースを見ていたら、なんか、いやな気持ちになると思います。きっとそれは、ニュースキャスターの人たちは私たち老人の姿を見て、老人たちは自分たちとはちがう世界に住んでいる、そしてお気の毒なのだから、せめて慰問してあげなければ、と思っている、そういう気持がみえてしまうからでしょう。そんな気持はないといっても、私たちがそう思ってしまうのだからしかたがありません。

 さて、前段の〈その1〉の話なのですが、庭を一定の時間をおいて、よぎるようにグルグル回りをしている母親に、その息子さんはこういいました。「危険なんかないですから」。そうでしょう。息子さんはだまって「気くばり」をして、溝や穴の始末をしているのですから。

 〈その3〉の話ともなれば、これはもう、いまとなれば、お笑いぐさですね。近ごろ、「生産する福祉」ということばが使われています。施す福祉から自立する福祉へといわれるが、自立には生産が必要である。だから「生産する福祉」となるわけでしょう。つまり、安楽椅子で本を読んでいる老人ではなくて、クワを手にして楽しく働く老人の方が好ましいということだと思います。あのとき一緒にテレビを見ていた人のいう「なにか勘違いしてるんじゃないのかね」の方が正論だったわけです。

 いま、日本中の村々で、老人が元気に働いています。ちょっとまえまではゲートボール全盛の時代でした。農業が機械化されて効率がよくなり、若い人だけで充分できる。老人はひっこんでいろという時代が、一時期ありました。だから、充分元気ではあっても、老人はゲートボールをやるほかなくなった。

 それがいまは様がわりしました。様がわりは、早いところでは10年以上まえから始まっていました。

 岐阜県の南端にある海津町は、ずいぶん早く水田の基盤整備が行なわれたところで、どちらかというと老人はヒマになってしまった。しかし、ここの老人は安楽椅子の読書にも、ゲートボールにも、あまり魅力を感じませんでした。イネのあとにナバナやイチゴをつくることをえらびました。ナバナはタカナ系の葉菜で一冬芽をかいて収穫をつづけます。摘んだナバナは結束したり、箱づめしたりせず、大きめの網袋に2キロずつつめて出荷します。しっかり育ってしまえば、さほどの労力も要らないしきつい労働もない。一気に収穫するのではなくて、値の上がり下がりをみながら一冬中少しずつ摘んでいればいいのだから、老人にもってこいの作物です。10アールで一冬2、30万円になる。農協が販路を開拓して、この町の、かかせない特産物になりました。かつてはイネ単作地帯のこの農協の、ナバナ販売額は、イネの4分の1にまでなったということです。

 このことは、14年前の本誌昭和60年5月号(122ページ)に出ています。そのころからもう、農村では「生産する福祉」が芽ばえていたわけです。ただ、ナバナは老人向き、とはいっても、じつは落し穴があって、それはウネ立ての作業です。かつてはクリーク地帯の水田でしたから、ウネはかなり高く立てなくてはなりません。海津町ではそれを農協が引き受けて、トラクターで一気にやってしまいます。ここにもちゃんと、「気くばり」がありました。ここでは個人のではなく、組織的な「気くばり」です。

 徳島県の山間地、上勝町も、老人の生産を組織したことで有名です。こちらは、「彩り」という全く新しい生産物を創作しました。山に生えているシャガや笹の葉で、舟や鶴や亀の細工物をつくります。それを料亭や結婚式場に出荷するのです。もみじや南天、ハランや柿の葉も出荷します。ふかしの技術で梅や桃、ツツジなどの花を早咲きさせて、その小枝も出荷します。花としてではなく料理のツマとしてです。(詳しくは11号と同時発売の『増刊現代農業・田園工芸』をごらんください)。

▼明日のはなし

 「なにか勘違いしてるんじゃないか」というのは、つまり、世の中、元気な老人がたくさんいるということを、みのがしているんじゃないか、ということなのだ。その老人たちが元気で働く場をつくる。それが「生産する福祉」ということで、ゲートボールをあてがうこととは正反対だ。そうではなくて、「生産する福祉」が可能なような、組織的な「気くばり」をする。それが農村の持っている「福祉力」だと思う。

 ゲートボールはいま農村ではすたれ気味で、むしろ都会で盛んになってきた。都会では「生産する福祉」といっても、なかなか生産の場がない。農村では、昔やっていたことを思い出したり、逆に世の中の新しい動きに目をつければ、老人にも、というより老人だからこそできることがいっぱいある。

 「ポックリいきたい」といっても、いますぐ「ポックリいきたい」わけではない。だから老人は死に直面しているのではなくて生に直面しているのだ。そこを勘違いしてしまう人が多い。高齢化問題とは、福祉の問題であるよりも(少なくとも福祉の問題であると同時に)、元気で生き続ける場を、日本中、どの村々にもつくる、ということなのだ。人生80歳時代には、それにふさわしい生き方ができるしかけ、「生産する福祉」が必要だ。生活の新しいスタイルである。

 「生産する福祉」とならんで、「介護の社会化」ということもいわれている。私は「介護の社会化」というのは、あの、溝にフタをし穴を埋めた個人的な「気くばり」が、海津町や上勝町のように組織化されることだと思っている。老人にウネ立ては無理だから農協がやる。いくら「彩り」という新商品を開発しても、それを売る販路がなくてはだめで、その道を農協がつける。それが「介護の社会化」。

 だが、いまこのことばは、来年4月から実施されるという「介護保険制度」のことを指していうらしい。

 厚生省のホームページを開くと、こんな文面が出てくる。
1.本格的な高齢社会の到来で介護を必要とする方は急速に増加し、その程度も重度化・長期化します。
2.家族機能等の変化で家庭の介護力が弱まっています。
3.国民の介護への不安が高まっています。
4.介護は家族に過重な負担を強いています。
5.国民の8割が介護保険の創設に賛成しています。

 「介護保険創設のねらい」という項目である。

 制度のこまかな運用には、いろいろと議論があるだろうが、こうした制度が必要であることはわかる。元気でいたいが、病む人もあるのだから――。

 いろいろなことが「社会化」するのが当今である。昔は家庭内でやってきたこと、村うちでやってきたことが「社会化」する。いま自分で住まいを建てる人はすくない。衣類につぎをあてることもめっきりへった。食事でさえも、外食したり、おかずを買ってきたりする。衣食住が社会化されてきたわけだ。教育もそうらしい。家庭でのしつけが減る。学校もだめで塾が栄える。

▼足らずまい

 「介護」もそうで「家庭の介護力が弱まって」きたから、「介護保険制度」として社会化されるというのだ。「介護に関する国民の不安に対応するため、介護を社会全体で支える」のだと、先の厚生省のホームページはいっている。

 ここで〈その2〉の事例を思い起こす。楽生学園のことである。そこの老人たちは、「オ、ハ、ヨ、ウ」と何度もくりかえして口の形を憶えさせ、脳溢血のひとが「おはよう」といえるようにした。雑巾をぬいつづけて、運針ができるようにした。これも「村の福祉力」といえないか。村々にはもともと相互援助の思いがあった。

 火事が出る。都会では、火を消すすべもなく、おろおろするか、高見の見物である。火消しはもっぱら消防署がやってくれる。やってもらうのではない、われわれの税金で行なわれるのだから当然である、という人もいる。そういう人たちはまた、こんなふうにもいう。都市にくらべて、農山村はまだ遅れていて、消防団がある。消防団に加わる若者がいなくなって女性団員さえいる。税金を払っているのに、この人たちには権利意識が欠如している……等々。

 だが、これも、どこか「勘違いしてる」のではないだろうか。火を消すのは、いくら消防車の時代でも、その到着まえの初期消火が大切だ。そこに女性消防団が活躍する。

 なにもかもが「社会化」して家の外に、村の外に出ていく。外に頼る。介護保険のばあい、外は国家だ。生活が慣習や習慣(その地域の人々が、あたりまえのこととして行なっていること)で守られるのでなく、制度で守られるようになる。

 たしかに介護の面では、村の相互援助、「村の福祉力」も弱まってきているのかもしれない。しかし、「生産する福祉」を組織する力は市町村や農協にはある。海津町や上勝町での工夫はどこでもできるし、ますます増えている。

 ここで、北海道の酪農の草わけ、黒沢酉蔵さんのことばを思い出す。黒沢さんは晩年、人に色紙を求められると必ず「健土健民」「循環農業無窮なり」と書いた。いつも笑顔でつぎのように話していた。

 「いま日本では大部分のエサは輸入しておりますが、これは少し多すぎるんです。ほんとうは自分の畑からとれたエサの足らずまいを輸入するのが原則なんです」

 「畜産というものは乳や肉や卵を生産するだけのものではないんです。家畜から排泄されたものが、つまり糞とか尿とか敷わらとかがまざりあって堆肥や厩肥になるわけです。これがもっとも貴重な有機質肥料なんですね。これを田や畑に入れる。それだけで足りないこともあるでしょう。その足らずまいが化学肥料なんだ。化学肥料が肥料の大宗(中心)ではない」

 足らずまいとは、足りない分、補なう分ということである。

 村の福祉力の足らずまいが、すなわち、介護保険制度なのだ。この機会に、村の福祉力(有機質肥料)の底力を示そう。化学肥料(制度)に頼るのはほどほどにして……。

(農文協論説委員会)


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