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農文協トップ主張 2000年5月号

「コメの命」=米ヌカで
田んぼが変わる、むらが元気になる

目次
◆米ヌカは「コメの命」
◆日本の発酵文化を支えてきた米ヌカ
◆米ヌカで田んぼが発酵の場になる
◆米ヌカで田んぼの構造が変わる
◆米ヌカ稲作は、極めつけの「小力技術」
◆米ヌカ稲作は人と人とを結ぶ

 米ヌカは「コメの命」である。この「コメの命」が今、田畑をめぐり、微生物を、作物を元気にし、農家を元気にしている。各地で大きな広がりをみせる米ヌカ利用稲作は、田んぼを変え、イネを健康に育て、米をおいしくし、イネつくりを楽しくする。そしてお金がかからない。

 産直のなかで農家が使える米ヌカが増え、田んぼから生まれる「コメの命」が、田んぼにもどってきた。

米ヌカは「コメの命」

 植物は、子孫を残すために生育を通して得た養分を濃縮して種子をつくる。イネの種子であるコメ(モミ)は、表皮部、胚芽部、胚乳部とそれらを保護するモミガラからできている。胚芽は子孫そのものであり、これを生かすためのデンプンというエネルギーを貯えているのが胚乳部(白米)だ。そして、胚芽と表皮部を合わせたのが米ヌカであり、だから米ヌカは「コメの命」なのである。

 ワラやモミガラなどが体の一部分なのに対し、命そのものである米ヌカは、リン酸や各種のミネラル、ビタミン、油脂成分などあらゆるものを含み、一方では、自らの生命を守るための各種の物質(抗酸化物質)を含んでいる。玄米に含まれるビタミンやミネラルの分布を調べると、白米部分はわずか5%で残り95%は米ヌカ部分に含まれているという。ソバが健康食として評価が高いのは、ソバ粉には胚芽部がそっくり含まれているからである。コメやムギとちがい、ソバでは種子の内部に胚芽部があるために取り除くことができす、そのことが健康食としてのソバの名声を高める大きな要因になっている。種子の生命は胚芽にあり、コメでは米ヌカがこれにあたる。

 この米ヌカを農家はさまざまに生かしてきた。

 「玄米を搗くと、糠ができる。この糠も用途が多い。まず、人の素肌を洗い、ものについた油をこれで洗うと油気がよくおちる。また、大根を糠と塩を混ぜて漬ける。これを沢庵の香の物という。(中略)。また、糠とまぐさとを混ぜて馬のえさとして与える。糠を火で炒って、小鳥のえさにする。畑の肥やしにもなるだろう」。江戸時代の農書「米徳糠藁籾用法教訓童子道知辺」(米の徳、糠・藁・籾の用い方を、子どもらに教えるための道しるべ)の一節である。洗剤、ぬか漬け、家畜の餌、肥料と、米ヌカは庶民の生活に生かされてきた。また、農書「培養秘録」には、米ヌカを炒って水を加えて発酵させる水肥のつくり方とその高い効能が書いてある。小麦のヌカであるふすまにもふれているが、その効力は米ヌカの半分以下だという(注1)。

日本の発酵文化を支えてきた米ヌカ

 米ヌカは、他のヌカ類に比べて、乳酸菌や酵母などの微生物がすぐに利用できる粗タンパクや糖質が豊富にバランスよく含まれ、また発酵微生物に必須なリン酸が他のヌカ類に比べて多く、大変すぐれた微生物の培地になる。この米ヌカの特性を人々は古くから生かしてきた。

 昭和初期の庶民の食生活を県別に描いた「日本の食生活全集」のCD―ROM版で「米ぬか」を検索すると、北は北海道から南は沖縄まで299の記事がヒットしたが、その多くは糠漬けである。野菜から山菜、魚まで、米ヌカを利用した発酵食品が、地域地域でつくられてきたのである。青森県のある農家では、大根の糠漬けを四斗樽で二本漬け、一本で約四升の米ヌカを使っている。重量で玄米の約一割の米ヌカがでるから、この家では大根だけで、玄米八斗(2俵=120キロ)分もの「コメの命」が使われたことになる。

 この糠漬けは乳酸菌の固まりだ、と群馬県・針塚農産の針塚藤重さんはいう。乳酸菌は人間の腸内細菌を整え、乳酸菌や酵母がつくりだす各種の成分は糠漬け特有の風味をもたらし、そして、身体にも大変いい。この乳酸菌はpHを下げ、雑菌による腐敗を防ぐ働きもしている。米ヌカ自体も今話題の機能性成分や繊維分が豊富で、針塚さんは、ヌカをつけたまま食べることを勧めている(注2)。

 味噌づくりに米ヌカを使うところもある。味噌を仕込むときに、樽の底に塩少々と米ヌカを豆の煮汁で固く練ったものを敷き、また、素材を詰めた最後には同じものをかぶせて、熟成させる。雑菌を抑え、うまく発酵させる工夫だろう。米ヌカは、日本の発酵文化を担い、庶民の健康をしっかり支えてきたのである。

 「食全集」には他にもいろんな米ヌカの利用法がでてくる。米ヌカを炒って味噌にまぜ焼味噌にしたり、豆腐つくりの泡消しに使ったり、米ヌカに卵黄をまぜて「かっけ」の薬にしたり、あるいは、家畜の餌はもちろん、砕いたタニシの殻と米ヌカを炒って土をまぜ、ドジョウとりの餌にするといった利用法もある。

 そして現代、米ヌカは、ガンや高血圧などの「生活習慣病」を防ぐ素材として、医学界などから熱い視線を集めている。ガンや心筋梗塞、脳血栓などに抑制作用があるフィチンやフィチン酸、フェルラ酸など、米ヌカには健康を守る多様な有望物質、抗酸化物質が含まれていることが明らかになってきたからである。コメが自らの生命を守るためにもつ防衛力が、人間を救ってくれるのではないかと、期待が大きく膨らんでいる。

米ヌカで田んぼが発酵の場になる

 その米ヌカが、今、田んぼを大きく変え始めた。

 これまでも、農家は農業生産に米ヌカを巧みに利用してきた。主な使い方は肥料とともに、有機物の発酵を促進する素材としての利用である。たとえば農文協創立60周年記念「現代農業特別号」をみると、千葉県の宇野沢さんは、堆肥に米ヌカをまぜてねかせてダイコンなどへの追肥に使い、「光る堆肥」の長野の瀬原さんは、堆肥の菌を米ヌカで増やして豚に食わせ、堆肥―餌―豚という循環のなかで有用菌を培ってきた(注3)。有用微生物がよく繁殖する米ヌカは、堆肥やボカシ肥つくりには欠かせない材料だ。

 その米ヌカが今、水田の土壌を大きく変え始めた。堆肥やボカシ肥づくりの発酵材としてではなく、米ヌカ主体のボカシを、あるいは除草を目的に生の米ヌカを、直接田んぼに入れる。それも田んぼの表層に集中させる。これによって、田んぼの微生物相が劇的に変化し、水田が変わってしまうのである。田んぼが、糠漬けの床のように発酵の場となり、その場がさまざまな生物を呼び込んで、豊かな生物空間がつくられる。

 リン酸やミネラル、ビタミンなどを豊富に含む米ヌカを田んぼの表面に施すと、乳酸菌などの微生物が猛烈な勢いで繁殖し、強還元(酸素が少ない)の「トロトロ層」ができる。土がトロトロになることで雑草の種子は深く沈み込み、さらに微生物の繁殖にともなって発生する有機酸や、土壌の還元化が雑草の発育を抑えるのである。

 このトロトロ層では微生物だけでなく、イトミミズなどの小動物も繁殖し、それがさらにトロトロ層を発達させる。とくに、イトミミズには大きなはたらきがあることがわかってきた(注4)。

 還元層の中で、土壌の粒子と一緒に微生物や有機物を食べて生きているイトミミズは、絶えず土をかき混ぜ、その結果、雑草の種子が土に埋没して発芽できなかったり、発芽しても根が浮き上がったりして、雑草を抑えてくれる。雑草が生えると土は酸素が増えて酸化的になっていくが、雑草が抑えられ、さらにイトミミズが土をかき混ぜることで、一層トロトロ層が発達するのである。

 このトロトロの還元層では、有機物の分解によってチッソ(アンモニア)が生成されるとともに、リン酸も溶け出し、これらの養分が土壌の細菌や有機物と一緒にイトミミズの撹拌作用によって田面水に放出される。こうして水中の養分や微生物、藻類が増え、これを餌にするミジンコなどのプランクトンが増加する。これらの生物はやがて遺体となって土にもどり、土の有機物量は増加し、再びイトミミズに利用される。わずか数センチの田んぼの土の表面で、こんな生物たちのサイクルが繰り広げられるようになるのが、米ヌカ田んぼの特徴だ。

 米ヌカの表面施用から始まる生きものたちの食物連鎖によって、多様な生物がすむ豊かな田んぼになっていくのである。そんな田んぼなら、ドジョウなどの魚が増え、これを餌にする水鳥もやってくる。

米ヌカで田んぼの構造が変わる

 イトミミズは有機物が多くあり、水がある土の表層で活発に活動するが、その下の土は透水性がよいほうが良く増殖するという。そこでおもしろいのが、表面だけ耕す半不耕起との組み合わせである。半不耕起にすることで、イネの根がつくる根穴構造が維持されて透水性がよくなり、さらにワラが表層にあることで微生物もよく繁殖する。「特別号」の208ページで紹介したように、ワラを表面施用するとチッソ固定菌が作土の表面や表層でよく繁殖し、すき込んだ場合と比べて数倍も高いチッソ固定力が得られる。

 こうして米ヌカの表面施用に半不耕起(根穴構造+ワラ表面施用)が加われば、微生物もイトミミズもより一層繁殖し、トロトロ層が発達する。そんな田んぼは、従来の田んぼとは大きく異なる。

 ふつうの田に水を入れると土は還元状態になるが、水を入れて1カ月もすると表層は酸化的になり、酸化層と還元層の二層構造がつくられる。生ワラを土中にすき込めば下層の還元化が一層進み、ひどい場合は異常還元で根腐れがおきる。どの教科書にも水田土壌の特質としてこのことが書いてある。しかし、半不耕起+米ヌカ表面施用の田は、これとは様相がずいぶんちがっている。微生物の繁殖によってごく表層には強い還元層がつくられ、これが一定期間維持され、下層は根穴構造によって酸化的になる。酸化―還元の関係が逆転するようなのである。この還元層はチッソを固定するとともに、微生物がつくる養分やアンモニア、リン酸を豊富に供給する。その後、この還元層も酸化的になっていくが、そこでは好気的な微生物が豊富な養分と餌を使って繁殖し、アミノ酸なども豊富につくられる。

 しかも、このトロトロ層は保水力も強いようだ。福島県須賀川市の藤田忠内さんは、出穂20日前頃から水を落として徐々に泥を固めていくが、米ヌカボカシを入れて浅く耕した田はヒビ割れせず、トロトロ層はスポンジのようになり、フワフワして弾力性があるという。「根を優しく包み込んでいる」ようなのだ。表面水を切っても水分は安定していて、これが根の活力を後半まで守ってくれる。こうして、イネは秋落ちせず、最後まで活力のある生育をするのである(注5)。

 米ヌカの養分と微生物がつくる養分によってコメの食味もよくなる。米ヌカ利用でコメが甘くなったとか、季節が暖かくなっても食味が落ちにくいという声をよく聞く。そんなコメの米ヌカなら、パワーも強いだろう。それがまた翌年の田をつくっていく。イネは種子によって次代につながり、田は米ヌカによって次代につながる。米ヌカ利用は、命のパイプを太くする。

米ヌカ稲作は、極めつけの「小力技術」

 藤田忠内さんは、昨年の猛暑のなかでもくず米はごくわずかで、むしろ近年にないほど増収した。耕土が浅く、肥料をやってもすぐに肥効が落ちるような下田や開田で収量が伸び、全体の収量を押し上げてくれたのである。田んぼにはイトミミズやタニシ、ドジョウ、二枚貝が増え、トロトロ層も発達してきた。こまめな追肥が必要な下田も地力が上がって、追肥もだんだんいらなくなってきた。「米ヌカボカシの持続力のすごさには、私自身驚いています。来年は追肥を減らせると、確信しました」と藤田さんいう。

 福島県いわき市の鈴木浩一さんは、二町三反のコシヒカリを、稲刈り後の米ヌカだけで栽培している。野菜との交換で米屋さんが運んでくれる米ヌカを、春はイチゴの作業が忙しいので、稲刈り後に反当300キロ散布する。これで施肥はおしまい。もともと砂壌土の水もちの悪い田んぼで、かつては化成肥料を元肥のほか、追肥で3〜4回やっていたが、5年間、米ヌカ利用を続けてきた結果、土が少しずつ粘質になり、田植え後の水の中には明らかにミジンコが増えてきた。ふつうの田の3倍以上はいるという。イネも初期の色上がりは遅いが、その後グングン濃くなり、7月に入っていったんさめるが、出穂前に自然に色が上がってくるので、穂肥もいらなくなった。以前より収量が増え、いもち病もでなくなって、航空防除もやめた。「米ヌカには、イネが欲しいときに欲しいだけ養分を供給してくれるような不思議な力があるのかもしれません」と鈴木さん。その結果、イネつくりにかかる資材費は除草剤だけになった。この除草剤もなくそうと、鈴木さんは一昨年から、米ヌカ除草を試している(注6)。

 空中のチッソを取り込んでくれる微生物も含めて、微生物やイトミミズ、小動物の力を借りれば、その田からとれる米ヌカとワラだけで地力は維持され、おいしいコメを取り続けることは可能だ。米ヌカ施用は、田んぼの循環を高めることによって、だれでも取り組めるお金のかかからない有機無農薬のイネつくりへの道を大きく切り開いたのである。米ヌカ利用稲作は極めつけの「小力技術」である。

米ヌカ稲作は人と人とを結ぶ

 そして、米ヌカ利用稲作は限りなく楽しい。

 米ヌカ除草には失敗がともないやすい。除草のための米ヌカは田植え後に散布するのが普通だが、散布時期が早すぎればイネに害がでやすく、遅すぎると除草効果が低下する。米ヌカの施用量はもちろん、苗の状態や水温によっても除草効果がちがってくる。しかし、失敗しても農家がめげないのが、米ヌカ稲作の特徴だ。市販の資材で失敗すれば資材のせいにしがちだが、米ヌカ利用はそうはならない。そして、失敗から多くのことを学ぶことができる。今、各地で農文協の新作ビデオ「水田の米ヌカ除草法」の上映会が開かれているが、そこでは、米ヌカの散布のしかたや時期をめぐって、農家のいろんな見方がぶつかりあって議論が盛り上がる。イネつくりに、久々の熱気が生まれている。そこには、自然を相手に、田んぼやイネに学ぶ、個性的な労働がある。

 ドジョウが増えたり、赤とんぼが大発生したりと、田んぼの生きものがにぎやかになるのも楽しい。産直でコメを届けるときや、都市民がやってきたときの話題にも事欠かない。田んぼの生物をつなげる米ヌカ稲作は、人と人とのつながりをも強める。米ヌカ利用には、コミュニティを形成する力がある。

 用水の管理や田植えの結など、かつての村は田とイネでつながっていた。稲作の機械化と農薬・化学肥料による「省力」化は、田んぼの生物のつながりを断ち、村うちのつながりを弱める方向に作用した。そして今、米ヌカが田んぼの生物空間を豊かにし、村のつながりを強め、そして農村と都市を結ぶ大きな力になってきた。

 「コメの命」が、田んぼを、村々をめぐり始めた。

(農文協論説委員会)

参考文献
 注1 日本農書全集(農文協刊)第62巻115ページ、および第69巻338ページ
 注2 本誌1998年12月号 66ページ
 注3 現代農業特別号 140ページ、および144ページ
 注4 農業技術大系・土壌施肥編(農文協刊) 第1巻 土壌と根圏(4) 209ぺージ 栗原 康「イトミミズ」
 注5 本誌2000年1月号 158ページ
 注6 本誌1998年11月号 176ページ


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